なぜハリウッドは大物のセクハラを見逃し続けてきたのか

米ハリウッドの映画プロデューサー、ハービー・ワインスティーン氏(65)が多くのレイプとセクハラ行為の常習者だった問題で、様々なメディアや関係者から糾弾されています。ニューヨークとロンドンの警察が捜査に着手しました。
アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが、長年横行してきた性暴力問題を読み解きます。

アカデミー賞に300作以上をノミネートさせた大物

有名な映画プロデューサーのハービー・ワインスティーンが、レイプとセクシャルハラスメント疑惑でついにハリウッドを追放されることになった。

ハービー・ワインスティーンは、1979年に弟のボブと一緒に創設したミラマックスで数々のインディ作品を成功させ、『恋におちたシェイクスピア』ではプロデューサーとして初のアカデミー作品賞を受賞した。

ほかにも『パルプ・フィクション』、『イングリッシュ・ペイシェント』、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』、『ギャング・オブ・ニューヨーク』、『シカゴ』、『キル・ビル』、『英国王のスピーチ』など、日本でも有名なアカデミー賞受賞作や大ヒット作を次々と産み出した。

2005年にミラマックスを退社して弟のボブと「ワインスティーン・カンパニー」を創設するまで、ハービーは約250もの作品をアカデミー賞にノミネートさせている。ワインスティーン・カンパニーを始めてからの業績を合わせると、ノミネート作品は300を超える。

ニューヨーカー誌に告発記事を書いたローナン・ファロー(女優 ミア・ファローの息子)は、ハリウッドでのハービーの影響力を次のように見事に表現した。

「(毎年恒例のアカデミー賞のステージで)受賞者から感謝の言葉を捧げられる数のランキングでは、スティーブン・スピルバーグの次で、神より上」

それほどの力を持つハービーを追い詰めるきっかけになったのが、10月5日のニューヨーク・タイムズ紙の記事と、10月10日のニューヨーカー誌の記事だった。

これらで明らかになったのは、30年にわたるキャリアで、ハービーが女優、会社のアシスタント、アルバイトなど弱い立場にある女性をターゲットにしてレイプを含む性暴力、セクシャルハラスメントを行ってきたことだった。


被害者は異なれ、パターンはほぼ同じだ。

女優や映画関係者を仕事の話し合いと称してホテルの部屋に招き、裸でのマッサージやそれ以上の性行為を要求する。断っても、別の行為を要求し続け、断ったときの報復を匂わせる。そして、場合によっては性行為を強要、あるいはレイプするというものだ。

ハービーの行為は、ハリウッドでは誰もが耳にしたことがある「公然の秘密」だったという。だが、これらの記事で人々が驚いたのは、アシュレイ・ジャッド、ローズ・マッゴーワン、ミラ・ソルヴィノ、ロザンナ・アークエット、ジェシカ・バースといった有名な女優たちが名前を出したことだった。

引き続きグウィネス・パルトロウやアンジェリーナ・ジョリーたちも被害者として名乗りを上げ、それに励まされるかのように、多くの犠牲者が声を上げるようになった。10月20日の現時点では被害者の数は50人以上に達している。

たいていの犠牲者は黙り込んだ

なぜハービー・ワインスティーンは30年以上も公然とセクハラや性犯罪を行うことができたのだろうか?

答えは簡単だ。
みな、報復が怖かったのだ。

CNNに出演したジェシカ・バースの説明がすべてを物語っている。

「相手は業界のパワーハウス。強力な弁護士チームも持っている。それに対してたったひとりの名もなき女性がどうやって戦うことができるのでしょうか?」

女優であれ、会社のアシスタントであれ、苦労して手に入れたキャリアを失いたくない。ハリウッドで神のような力を持つ男性から脅されたら、どうしてよいのかわからなくて凍りついてしまう。たとえ「ノー」と言って逃げることができても、報復されるのが怖くて訴えることができない。

実際に、ハービーの要求を退けたミラ・ソルヴィノとロザンナ・アークエットは、その後のキャリアに被害が出たと主張する。

また、勇気を持って性被害を受けたことを訴えても、優秀な弁護士のチームと広報専門家たちの手によって二次被害を受ける可能性が高い。


イタリア人モデルのアンブラ・バッティラーナ(現在はグティエレズ)のケースがそれだ。彼女は、仕事のミーティングとして訪れたニューヨークのワインスティーンのオフィスでハービーに胸を掴まれ、スカートに手を入れられる暴行にあった。

グティエレズはそれをニューヨーク警察に訴え、警察の指示で翌日盗聴器を着けてハービーに会った。ハービーが執拗にグティエレズを誘う会話がはっきりと録音されたというのに、警察は刑事事件にはしなかった。

その背後には次のようないきさつがあった。

この事件が明らかになった後、当時18歳だったグティエレズが、シルビオ・ベルルスコーニ元イタリア首相の乱交パーティに招かれ、その後証言台に立ったことがタブロイド新聞に掲載された。

新聞は元恋人へのセクハラ訴訟などの過去を書きたて、世論は「そういう女の言うことは信用できない」というムードになった。

警察の公式発表は「証拠が足りない」というものだったが、その事件に関わった警察関係者は、告発記事を書いた記者ファローの取材に対して「証拠はあった」と言い、「長年警察に勤務しているが、これほど腹が立ったケースはなかった」と答えたという。

グティエレズの例を見ても、訴えたほうが「品行が良くない女」というレッテルを貼られて葬り去られることのほうが多い。だから、たいていの犠牲者は黙り込む。

ハービーの場合には、ケースがややこしくなってくると、弁護士チームを使って示談に持ち込む。
警察から見捨てられたグティエレズも、結局は金で沈黙を売り渡すことになった。

黙認していた男性たち

だが、黙っていたのは被害にあった女性だけではない。
彼女たちから話を聞いていた男性たちもそうだ。

俳優のベン・アフレック、マット・デイモン、コリン・ファース、ブラッドリー・クーパー、レオナルド・ディカプリオ、監督のタランティーノ、マーティン・スコセッシなどはハービー・ワインスティーンと何度も仕事をしている。

だが、ガーディアン紙がそれらの男性20人にコメントを求めたところ、誰からも返事がなかった。

その後、スキャンダルはますます広まり、ジョージ・クルーニー、リン=マニュエル・ミランダ、ベン・アフレックなどがコメントを出した。

アフレックは「怒っている。他の人が同じ被害を受けないように、僕に何ができるのか自問している」というコメントを発表したが、ハービーにレイプされたローズ・マッゴーワンは、アフレックが嘘をついていると非難した。

レイプの直後にマッゴーワン自身がアフレックにそれを伝えたので、彼がこれまで知らなかったわけはないのだ。

『英国王のスピーチ』で主役を演じたコリン・ファースは、アフレックより正直だった。25年前に共演した女優のソフィー・ディックスから性暴力の体験を打ち明けられたのに黙っていたことを明らかにし、彼女がひどく動揺していたのに同情の意を示しただけの自分を「恥じている」とガーディアン紙に語った。

「彼(ハービー)は、パワフルで、抵抗するには恐ろしい男だ」と被害者たちの心境を代弁しているが、当時まだ若い俳優だった彼もそうだったのだろう。

沈黙の理由はそれだけか

だが、報復が怖いことだけがハリウッドの沈黙の理由ではないと思う。

私たちは「強い成功者」に憧れ、英雄を崇拝する癖がある。素晴らしい業績を残した人物が犯罪を犯しても、「誰にも欠陥はある」、「英雄色を好む」などの言い訳をしてしまう。
世論が加害者に優しく、犠牲者に厳しいのは、こういう心理が影響しているのかもしれない。

映画界に限らず、地位やコネクションのある男性が弱い立場の女性を犠牲にするのは珍しいことではない。しかも、世間は犠牲者の過去に少しでも落ち度があれば、「そういうことをされても仕方がない」と犠牲者のほうを責める傾向がある。

たとえば、故ジョン・F・ケネディ大統領やビル・クリントン大統領は、心理的にも社会的にも弱い立場にあったインターンを性的なターゲットにしたのに、国民からの尊敬は揺るがず、相手のインターンだけが嘲りと冷笑の対象になった。

ドナルド・トランプ大統領の場合には、「スターだと何でもやらせてくれるんだよ。何をやってもかまわない」と発言したビデオが投票日の1ヶ月前にテレビで公開されたにもかかわらず、結局、白人女性の53%が彼に票を投じた。

蔓延する性暴力と変わる時代

ハービー・ワインスティーンは、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーから会員資格を剥奪され、映画界から追放されることになったが、弱い立場の女優やモデルを犠牲にしてきたのはワインスティーンだけではない。

映画監督のロマン・ポランスキーは1977年に13歳の少女を強姦した罪で有罪判決を受けてアメリカ国外に逃亡している。これまでに4人の女性が13〜16歳以下のときにレイプされたことを訴えているのに、彼はいまだにアカデミーの会員であり、当然の制裁を受けているとは言い難い。

名画 『鳥』の主演女優ティッピ・ヘドレンも、アルフレッド・ヒッチコック監督からセクハラを受けていたことを告白しているが、ヒッチコックはいまだに尊敬されている。


けれども、今回のワインスティーンの事件は、これまでとは少し異なる。

訴え出てきた女性の数の多さだけでなく、ソーシャルメディアの #MeToo というムーブメントで、全世界の女性が自分の体験をシェアするようになっている。

性被害の犠牲者は誰にも言えずに沈黙を守ることが多く、そのために助け合うこともできない。けれども、これだけ多くの仲間がいるとわかれば、声を上げやすくなる。そうすれば、セクハラも起こりにくくなるだろう。

男女がこのテーマで語り合いやすくなったのもプラスだと思う。

実際に、この事件が明るみに出た時、真っ先に「ワインスティーンのニュース、聞いた?」と教えてくれたのは私の夫だった。
「権力を悪用する者がいるのは、ハリウッドに限ったことではない。小さな職場でも起こっている」というのは、20代の娘を持つ父親としての懸念だ。

そんな父親のひとりである友人の男性弁護士は啓蒙のために「あなたの娘をハービー・ワインスティーンのような輩から守る方法」という記事を書いた。

法廷弁護士であるミッチ・ジャクソンのアドバイスは、予防と緊急事態の対応のふたつだ。
セクハラ予防のために必ず誰かを同席させることとか、嫌な予感がしたときの安全対策、訴える場合に備えての証拠集めなど、重要なポイントが掲載されている。

嫌な事件だが、そこから発生したムーブメントの数々は、希望を与えてくれるものだ。

この連載について

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

otakuaoi https://t.co/5zruobFQlS https://t.co/7U1KxiuZhK 24分前 replyretweetfavorite

narumi27x28 力のある人間が、弱い人間の弱みに付け込むのは本当によくある。性暴力やモラハラ然り。私も経験した…。 33分前 replyretweetfavorite

tosacarte https://t.co/5uZV75u4AA 35分前 replyretweetfavorite

ShibasakiTomoka 「訴えたほうが「品行が良くない女」というレッテルを貼られて葬り去られることのほうが多い。だから、たいていの犠牲者は黙り込む。」 約1時間前 replyretweetfavorite