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哲学・思想

世界はなぜ、軍事力と恫喝が幅を利かせる時代に入ったか

戦後的秩序という「虚構」の終焉

国家の変わり方が変わった

国家は一国だけで自己完結してはいない。世界史のなかの国家である。

たとえば日本という古代国家が形成されたのは6世紀から7世紀にかけてのことだったが、このときは中国、朝鮮の動きが関係していた。

581年に中国で随が国家統一を実現し、618年にはその随が滅んで唐が中国を統一する。朝鮮半島では高句麗が勢力を拡大したものの688年には滅亡する。日本の朝廷と関係が深かった百済は高句麗に圧迫され、最終的には高句麗と同じ688年には滅亡している。

当時の日本に影響を及ぼしていた「世界」としての中国、朝鮮の変化が、独立した権力としての「日本」の形成を促したのである。

帝政ロシアはポーランド王国などとの対立のなかで生まれていくし、ヨーロッパの国々は王国同士の対立と同盟のなかで展開している。国家は権力として成立する以上、周辺の権力との関係が影響を与えつづける。

それは今日でも同じである。ただし、かつては自国に影響を与える国が地域的に限定されていたが、現在ではそれが世界化した。

といっても影響の濃淡は残っていて、それは国家間の関係の濃淡によって生じている。現在の日本をみれば、否応なく東アジア諸国の影響は大きなものにならざるをえないし、アメリカとは関係が深いだけにアメリカの動向も大きく関与してくる。さらに先進国の共通利害や資源国との関係なども日本に影響を与えている。

そういうことはあっても、はっきりしていることは、現在の国々は、国家の変容が世界的共通基盤の上で展開していくようになったということである。

 

「大国」の衰弱

ところで今日の北朝鮮問題をみると、明確になっているのは「大国」の衰弱である。北朝鮮という小国を、アメリカという大国は押さえられなくなっている。

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実はそれは、アメリカがベトナムに敗北したベトナム戦争のときからはじまっていたのだが、すでにかつての大国、旧ソ連もいくつかの国に分解している。中国は大国への名乗りを上げているが、その中国も北朝鮮を「属国」にしておくことはできない。ヨーロッパ諸国も日本も同様であって、大国といえるだけの力は持ち得ていない。

この現実は、否応なく各国に影響を与えていく。

戦後しばらくの間は、米ソで世界を管理することができた。だがそういう時代は終わった。世界は戦国時代のような様相を呈しはじめた。

だから、これまでの世界秩序を変更させようとする勢力がでてくる。中国はそのひとつの国であり、いま北朝鮮も限定的なかたちでそのことに挑戦している。権力の空白地域にはISなどの戦闘集団が生まれ、ヨーロッパやアメリカでも露骨な自国中心主義を掲げる勢力が力を伸ばし、その人たちも戦後的世界秩序にいらだっている。

かたちは違っていても、これらのことは同時進行的な出来事であり、今日の世界が生みだした諸現象だといわなければならない。

ISの誕生が特殊でもないし、アメリカのトランプ政権の成立が特殊な出来事だったわけでもない。あるいは、中国的覇権主義の成立が特殊でも、北朝鮮の「挑戦」が特殊でもない。すべては現代世界が生みだした現象なのである。

このような状況の下では、これまでの「共通認識」が通用しなくなっていくだろう。