またまた昔話になるが、『BtB』で初登場する「佐藤勝子」の声を決めた時だ。
実は僕は、今とはまったく違う、別人のキャスティングを考えていた。
それを何かの折に、たぶん『青春の影』の作業中だったか、音響監督の菊田さんに提案したら、即答で、
「え?それでいいの?」
ん?どういうこと?
「私、てっきり佐久間レイさんだと思ってたけど?」
と言われた。
完全に虚を衝かれた。
菊田さんは続けた。
「え?だってノン子さんと同じ、サンデーズの出身だし、アイドルだったし・・・」
それはもちろん知っていた。完全に忘れていたが。
しかしそれ以上に、僕の魂の深奥から湧き出る、ある作品のイメージがあった。
『トップをねらえ!』だ。
ノリコとお姉様、これを今やらない手はない!!
アフレコ当日、ノン子さんとレイさんにガッチリ左右を挟まれ、作品内容を説明する僕がいた。
あれだけの至福の時はなかった。僕は声優オタクではないが、まるで信仰の対象が目の前に現れたような、眩暈にも似た感覚を覚えた。
正直、ちびりかけた。
しかも正面には、真夢の母、須美さんが静かに座っている。
僕はひょっとして、歴史の新しい一頁を書き上げようとしてるんじゃないか?
そんな興奮と愉悦に、ひとり包まれていた。
アフレコ現場には、竹内Pはじめ『トップ』を知る多くのオールドファンが、少年のような眼差しで彼女達を見つめていた。
どうもレイさんとノン子さんも、仕事で会うのは久々だったらしい、そういう目線もあってか、大いに盛り上がってくれて、
「あの時とは立場が逆転よね☆」
と、昔話に花を咲かせてくれた。
あまつさえ、アフレコ後は去り際に二人のサービスで、
「行くわよ!ノリコ!」
「はい!お姉様!」
調子に乗りすぎたセリフ回しで、僕達を悶絶させてくれた。
現場が興に乗ってくると、こういう奇跡的な「面白いこと」があちこちからどんどん提案され、自然と出てくるようになる。
そうなるともう、現場が自然と回り出す。
作品が監督の手を離れる瞬間というものは、まぁいろんなケースがあるのだが、この場合はもっとも幸福なケースと言えるだろう。
監督の手がなくても、全てが噛み合ってくるのだ。
しかし裏を返せば、そういう現場の空気をどう作るのか、それがまさに監督の仕事なのだ。
僕はそれを改めて肝に銘じ、今後も現場に立つ。
奇跡的な「面白いこと」を探すために。