久しぶりに日本語について。
本日(6月25日)のライブドアニュースのトップページにこんな記事が出ていました。
●意外と知らない! 「下さい」と「ください」の違い
記事内容をまとめると、「クダサイ」には2種類の意味があり、英語で言えば「give」と「please」の意味がある、とのこと。で、「give」の時は「下さい」と漢字で表記し、「please」の場合は「ください」と平仮名で書く、と。で、
「また「下る」は字の如く、高い地位の人から下げ渡される意味もあり、漢字で書く「下さい」は、上から目線の言葉になりかねません。
特にご年配の方と関わる際は、注意しましょう。」
とか書かれてるんですけれど…
いや、ホント…(涙)
僕は先週だけで3本のティーチングをして、「日本語について」や「伝え方」、「プレゼンの方法」などを各地で教え回っているんですけれど、その最初に必ずみなさんに言うことがあるんですよね。それは…
世の中、ウソばっかだから、ホントにそういうの、聞かないでくださいね
ということなんです。
本屋さんに行くと、あるでしょ?「お前、誰なんだよ?」的な人が書いた「伝える本」とか、「正しい日本語本」とか。もうね、僕らから見ると、ほとんど失笑モンなわけです。いや、お前ら誰だよって。どうか、僕のブログを読んでいる人だけでも、そういう「知ったか君」たちの言うことをマトモに取り合わないようにお願いしたいと思います。
まず、答えを先に言っておきますね。
「ください」と「下さい」に関しては、大した決まりはないので自由に使ってください。
はい、これが正解です。日本語というものは、誰だか分からない「自称:マナー講師」とかが勝手にいじっていいものではありません。こういった「知ったか軍団」の言うことは無視しておいてください。
歴史を言いますと、昭和28年に「ください」は、全部平仮名で書くように、という基準をちゃんと文部省(当時)が出しています。その当時は「全部平仮名」が正しかったんです。
でも、昭和48年にこの記事のもとになっているように
「give」=「下さい」(漢字表記)
「please」=「ください」(平仮名表記)
という、一応の基準が示されます。なので、一見すると、元記事さんが合っているように思えたりするんですけれど、この元記事さんはその文部省の基準をちゃんと調べていなくって…
これ、あくまで【公用文章における基準】なんです。
要は、政府の文章(国会議事録など)であったり、区役所や市役所で正式な文章として使われる文章として一応の統一をしただけであって、明確に「一般人が書く文章」に関しては『規定なんてものは存在しない=どっちでもいい』っていうのが正解なんです。皆さんのお手紙とか、公用文じゃないでしょ?
間違っても、目上の人に「下さい」と書けば「見下してる」なんてことはあり得ません。この記事主さんはただの勉強不足です。
何でもかんでも、「これが正し日本語でぇ!」って言う変な人たちは多いんですけれど、そもそも、「正しい日本語なんてものは存在しない」と思っておいてください。昔も書きましたけれど、
東京の言葉は「正しくて」福島県の言葉は「間違った日本語」
なんてことは絶対にありえません。基準が示されているケースはありますが、「言葉」というものは「より正確に伝わる方がいいよね~」程度のものです。なので、年代によっても地域によっても性別によっても全部形は変わります。それらを
「これが正しい日本語で、あとは間違ってんだ!」
というのは傲慢以外でも何でもなくて、「出来るだけ統一の基準を設けるとしたら…」程度の基準を作れるのも、日本では文部科学省くらいです。我々アナウンサーでも、勝手にそれぞれの局で統一のものは作っていますが、それが「正しい」のではなくて、「うちの局はこちらの統一でいきましょうかね~」程度のものです。
よく言うジジーやババーが
「最近の日本語は乱れとる!」
って言うのは、翻訳すると、
「お前ら、若くて元気で羨ましいわい!」
となります。聞く価値のある指摘ではありません。無視してください。そして、しつこくくだらないことを言ってるなら、
「正しい日本語もいいけれど、お前らが作った国の借金1000兆円の『正しい』返し方でも教えてクダサイ」
とでも言っておいてください。
日本語なんて、僕が言うのもなんですが、もっとリラックスして自分勝手に使ってもいいものです。勝手に自分の基準を作って「これが正しい」って言ってくる人、結構いるんですけれど、大半は知ったかです。あんまり相手にしないでおきましょう。
そんな訳で、僕のブログはリラックスして書きまくっているので毎日誤字・脱字だらけです。気にしないでクダサイ。
本日(6月25日)のライブドアニュースのトップページにこんな記事が出ていました。
●意外と知らない! 「下さい」と「ください」の違い
記事内容をまとめると、「クダサイ」には2種類の意味があり、英語で言えば「give」と「please」の意味がある、とのこと。で、「give」の時は「下さい」と漢字で表記し、「please」の場合は「ください」と平仮名で書く、と。で、
「また「下る」は字の如く、高い地位の人から下げ渡される意味もあり、漢字で書く「下さい」は、上から目線の言葉になりかねません。
特にご年配の方と関わる際は、注意しましょう。」
とか書かれてるんですけれど…
いや、ホント…(涙)
僕は先週だけで3本のティーチングをして、「日本語について」や「伝え方」、「プレゼンの方法」などを各地で教え回っているんですけれど、その最初に必ずみなさんに言うことがあるんですよね。それは…
世の中、ウソばっかだから、ホントにそういうの、聞かないでくださいね
ということなんです。
本屋さんに行くと、あるでしょ?「お前、誰なんだよ?」的な人が書いた「伝える本」とか、「正しい日本語本」とか。もうね、僕らから見ると、ほとんど失笑モンなわけです。いや、お前ら誰だよって。どうか、僕のブログを読んでいる人だけでも、そういう「知ったか君」たちの言うことをマトモに取り合わないようにお願いしたいと思います。
まず、答えを先に言っておきますね。
「ください」と「下さい」に関しては、大した決まりはないので自由に使ってください。
はい、これが正解です。日本語というものは、誰だか分からない「自称:マナー講師」とかが勝手にいじっていいものではありません。こういった「知ったか軍団」の言うことは無視しておいてください。
歴史を言いますと、昭和28年に「ください」は、全部平仮名で書くように、という基準をちゃんと文部省(当時)が出しています。その当時は「全部平仮名」が正しかったんです。
でも、昭和48年にこの記事のもとになっているように
「give」=「下さい」(漢字表記)
「please」=「ください」(平仮名表記)
という、一応の基準が示されます。なので、一見すると、元記事さんが合っているように思えたりするんですけれど、この元記事さんはその文部省の基準をちゃんと調べていなくって…
これ、あくまで【公用文章における基準】なんです。
要は、政府の文章(国会議事録など)であったり、区役所や市役所で正式な文章として使われる文章として一応の統一をしただけであって、明確に「一般人が書く文章」に関しては『規定なんてものは存在しない=どっちでもいい』っていうのが正解なんです。皆さんのお手紙とか、公用文じゃないでしょ?
間違っても、目上の人に「下さい」と書けば「見下してる」なんてことはあり得ません。この記事主さんはただの勉強不足です。
何でもかんでも、「これが正し日本語でぇ!」って言う変な人たちは多いんですけれど、そもそも、「正しい日本語なんてものは存在しない」と思っておいてください。昔も書きましたけれど、
東京の言葉は「正しくて」福島県の言葉は「間違った日本語」
なんてことは絶対にありえません。基準が示されているケースはありますが、「言葉」というものは「より正確に伝わる方がいいよね~」程度のものです。なので、年代によっても地域によっても性別によっても全部形は変わります。それらを
「これが正しい日本語で、あとは間違ってんだ!」
というのは傲慢以外でも何でもなくて、「出来るだけ統一の基準を設けるとしたら…」程度の基準を作れるのも、日本では文部科学省くらいです。我々アナウンサーでも、勝手にそれぞれの局で統一のものは作っていますが、それが「正しい」のではなくて、「うちの局はこちらの統一でいきましょうかね~」程度のものです。
よく言うジジーやババーが
「最近の日本語は乱れとる!」
って言うのは、翻訳すると、
「お前ら、若くて元気で羨ましいわい!」
となります。聞く価値のある指摘ではありません。無視してください。そして、しつこくくだらないことを言ってるなら、
「正しい日本語もいいけれど、お前らが作った国の借金1000兆円の『正しい』返し方でも教えてクダサイ」
とでも言っておいてください。
日本語なんて、僕が言うのもなんですが、もっとリラックスして自分勝手に使ってもいいものです。勝手に自分の基準を作って「これが正しい」って言ってくる人、結構いるんですけれど、大半は知ったかです。あんまり相手にしないでおきましょう。
そんな訳で、僕のブログはリラックスして書きまくっているので毎日誤字・脱字だらけです。気にしないでクダサイ。
コメント
コメント一覧
今は「つりしょ」と言うらしいんですよ…。
あと「大漁旗」は「たいりょうばた」と。今は「たいりょうき」が正しいらしいんですが…。
あと「鍛錬」も「鍛練」が正しいとか…。
とても困惑してしまいます。
文章や言葉遣いに敏感であるというのは、とても単純に「自分が好む文面か否か」これに尽きるのではないかと気づき始めました。そして自分の好き嫌いを無意識のうちに正当化するために、世間や社会や時代などの理由を盾にしてそれが普遍で客観的事実なのだと武器にしちゃうのです。この理屈はあらゆる事象にもありがちですけども・・・。
公式的な公用文・公的発言でない以上は、結局は客観的正当性などは関係なく単純に主観的な好き嫌いなだけなのだと理解できるようになってからはとても楽になりました。
それでも、インターネット上(主に匿名掲示板など)では言葉なんて自由だと主張する層が増えてきた反面、文面が逸脱しすぎてる者には寄ってたかって日本語勉強しろなどと集中攻撃する一面もあり、主張が一貫してないなとは思うこともしばしばあります。そういうどこまでは許容範囲(自由でOK)でどこからアウトなのかってのも、結局は各々の主観的な好き嫌いや基準に則してるに過ぎないのだろうなと思います。
個人が好き嫌いを語る時、主張に正当性を持たせるための客観的理由などは実は関係なく、すべて主観的で個人的な好き嫌いなだけなのだと自覚できる人が増えればいいのになと思ってます。
もちろん、そういうミクロな話ではなくマクロ的に日本語はリラックスでOK
というご意見には大賛成です。
「ください」と「下さい」は使い分けるのではなく、
全て「ください」と表記すべきだと思ってますので「下さい」と私は漢字で書きません。
確かにどっちでもいいのかもしれませんが、それはあくまでも書き手側の言い分であって
読み手側の全ての人がそう思う方ばかりではないからです。
正しい書き方は「下さい」じゃなく「ください」なんだよっ!
なんて怒る方もいるでしょうね。
こんなくだらないことで読み手側の方に悪印象を与えてしまう可能性があるなら
全て「ください」と書けば問題ないと思います。
でも、これに答えられる人は何人いるのでしょうかwもしかして、いない可能性も・・・
頭でっかちに教えたり、それを受け止めるときにそれぞれが注意して、お互いに言葉を大切にしているという事実が残れば、なお嬉しい。
口語としては自由に使っていいように思いますが、ある程度基準がないと、受験生がかわいそうです。
論文なんてとても書きにくくなります
自分の経験からしか本当に身につくものはないのに、手っ取り早く何かを伝授しようとする、もしくはそれを享受しようとする人も「なんやねん!」て思います。
自己啓発系の本好きな人をみると、「ああ、この人、本に書いてあることを他人に教えてあげたくなっちゃうタイプの、押し付けがましい面倒クサイ人だな」と、一線引かせてもらってます。
相手に面と向かって話す場合には丁寧な言葉でも活字にすると冷たく、不快に感じる場合があるにで、漢字かひらがなかよりもそちらを重視して文章を書く事が多いです。
ことを書く人がいるんだなあ、と思いました。
その記事の著者は、なにかのマナーを教えている
ひとらしい。
マナーを教えてる人なら、確かにそんなこともいって
みるのも、飯の種になりそうだな。
私はマナーなんか習いたいとは思わないけどね。
個人的にはどんな言葉を使うかより、相手を考えてどのように伝えるか❗の方が遥かに大事だと思います❗
卜はそんなとこを重要視して子育てしてます❗
なるほど(^ー^)
ほぼ読み返し、自分と考え方が似てて嬉しかったです、あまりにも浅い方が自分の回りに多すぎて、反って自分が馬鹿なのか?と考えてたものですから…
とりあえず前置き~(笑)
単刀直入に伝えます。
今の日本の子供の育てかた、間違ってませんか?
まずひとつだけ提案。
子供は同じ、今こそ障害者の子供と健常者の子供を同じ学校に通わせること出来ないのかな?
子供にこそ、子供の時だからこそ、人間それぞれの行き方が分かるのに。
そしたら大人になったら
扱い方がわかるのに~
(すみませーん、酔ってます~゜o゜;)
いちいち出来てないからって生徒に罵声浴びせて何がエレガントスクールやねん、って思います。嫌いだわ、あのババア。
閑話休題…(←は?)
「ください」の使い分けは聞いたことはあります…まぁあまり神経質になるレベルではないのですかね。一応気にはしてますが。
ただそれこそマナー云々レベルまでは解りません。
ありがとうございます。
m(_ _)m
きっと、たいした正当性なく「自分は正しい」と考える方たちなんだろうなと思います。
若干日本語としておかしい記事だなとも思いましたし、よくある、意外と知られていないことを「知ったか」してみても、意外と知られていないので誰も意外と気にしないという、つまるところ本人だけのモノローグに過ぎない、といったところでしょうか。
日本語は誰に教えてもらうまでもなく自由だと考えます。使い方を指図される謂れはありませんね。
ちなみに私は仕事で使うので「下さい」と「ください」は使い分けています。もちろん、ここでのコメントのような私信の類いにまで厳密な基準は適用していません。ただビジネスマナーとして文書やメールとか、多様な考え方を知っておくためとか、または相手方が言葉を使い分けていた場合に意図を汲むためとかですね。
あくまでそれまでのもので、マナーの教示を請われたならいざ知らず、あまり人に教えることはしていませんが。
目上に向かって、「ご苦労様です。」「了解です。」「マジっすか?」
何かを勧められて「大丈夫です。」
考えれば考えるほど、その言葉を聞いたときに腹が立つので、考えないようにしてますが。
ところで、アナウンサーって、言葉のプロとか言われますが、普通の人となにが違うんですか?
今の若いアナウンサーも、やはり言葉のプロなんでしょうか?
日本語講座なんかを担当されてる元アナウンサーの方なんかは、さすが、一般人とはちょっと違うなと思いますが、キャピキャピしてる若いアナウンサーは、そういうオーラ、皆無ですよね。
フリかもしれませんが、アタマも悪そうな子も少なからずいます。
って読み返すと、ただのジジイのグチですな。因みに長谷川氏と同じ昭和50年生まれですがなにか?
元記事の言う事も、分からないではありません。 元々の語源や 使い方を知っているのは、 知識としては 別に 良いかな、と。
確かに 昨今の言葉の乱れは 気になるところですが。 私も 普段は 言葉遣いが悪い方ですから。
ただ、 言葉遣いもさることながら 語彙力が無さすぎる事、 諺や 慣用句が分からない事、 漢字の読み書きができなさ過ぎる事の方が
、非常に気になりますね。
読解力や 咀嚼力なんて、ありゃしない(苦笑)
私は てっきり長谷川さんは、 この元記事側の意見かと思っていました。
やはり 専門的に勉強されてきたでしょうし、 知的な方だと思っていますので。
長谷川さんの柔軟にものを考える事ができるところは、見習うべきかとおもいました。
時代とともに 分化や 言葉の意味も、変わるのですよね。 普段 何気なく使っている言葉や 言い回しも、 改めて 勉強してみようと思います!
作法(自分の勝手な思い込みのルール)と、マナー(相手への思いやり)
を履き違えた話が多いです。それも言葉狩り?でしょうかね??(笑)
少なくとも昔の方が言葉は多様でしたが、「乱れてた」とは思っていません。
現代においても「言葉が乱れている」など感じた事がありません。
指を洗う水を飲んだ人が居て、その人が恥をかかなくて済むように皆がその水を飲む話ですが
あれこそが、マナーだと思います
日本のバラエティー番組の
マナー違反をした人を、マナー知らずと叩いてるのを見ると
マナー違反と叩いてる側の方がよっぽど醜く見えます
もっと上品に番組作り出来ないものなのですかね…
今の借金はこの15年で半分以上が作られたという事実を国民の多くは知らないんですよね。
そろそろ定年する方々とかに返していただかないと!
以前の苫米地先生の相続税的な話で解決するでしょうかね?
下さい→業務上書面バリ使ってますよ!
言われてみれば…的な、知識の隙間にウィルスが入り込むわけですね!!
近いもので、何かで目にしたのですが…
【場合】→これ、ばわいと発していいんですかね? ばあいなんですかね?
テレビだと、ばわいと発してる人が多数に思いますが、目にした指摘では、字の如しで…ばあいだと指摘してたんすけど…
自分はそれまで、ばわいばわい発していたのですが、それ以降…ばあいと意識するようになってしまってるんです。思い出してまた悩む的な…
相手への依頼を示す丁寧表現「下さい」に丁寧の助動詞「ます」の命令形「ませ」を加えた言い方。丁寧に相手に指示・依頼する表現。(実用日本語表現辞典より)
なるほど、どっちも同じことか、とスッキリ!
職場で目くじら立てて怒られた経験があるだけに、なーんだ、という感じ。
よろしくお願いします。も、宜しくお願い致します。にしなさい失礼でしょ、とか・・・
「知ったか君」に騙されないよう、まずは自分で調べることにしようと思う。