喫煙が原因ではないことの証明


 それは、喫煙者数と肺がんの死亡者数には関連がないということです。だからといって、「なんだ、何にもわからないのか」と落胆しないで下さい。実は、疫学調査の結果は、関連があっても因果関係を証明できないのに対して、関連がなければ、因果関係はないことが証明されます。つまり、肺がんになる人が増えているのは、タバコとは全く関係のない別のところに原因があるということです。このグラフが一枚あるだけで、「喫煙は肺がんの原因ではない」と証明されます。

 肺がんにも種類があって、「腺がん」と「扁平上皮がん」が主です。腺がんは非喫煙者の女性に多く、肺の奥の方に出来る傾向があります。扁平上皮がんは男性に多く、気管支の入口あたりに出来やすいがんです。症状やCTなどの画像診断である程度区別できますが、切除したがんを顕微鏡で見て最終的に確定されます。喫煙が原因と疑われているのは男性に多い扁平上皮がんで、腺がんは非喫煙者の女性に多いために、昔から喫煙とは無関係なことがわかっています。これは1980年代以前から医学界では常識です。

 1960年代では扁平上皮がんが肺がんの首位でしたが、現在では逆転して腺がんが半分以上と首位ですから、肺がんの主因が喫煙以外にあることは、現在の医学界では常識のはずです。

 近年肺がんの患者数が増えていて、60年代の20倍以上です。増えているのは主に腺がんですが、扁平上皮がんも比率は減少していても症例の絶対数は増えていて、60年代と比べると症例数は10倍以上です。喫煙者数が一定であるにもかかわらず扁平上皮がんの症例数は増えていますから、喫煙と扁平上皮がんにも関連は認められません。つまり、扁平上皮がんの原因も喫煙とは別のところにあるわけで、かつての常識も間違いです。

 では、肺がんの原因は何なのか。疫学調査では因果関係を証明することは出来ませんが、どこに原因がありそうかを推測することは出来ます。つまり、多額の研究費をどこに投入すればいいのか、そのターゲットを見極めるための予備調査が疫学調査です。

 喫煙が肺がんの原因らしいと示唆されると、そこが集中的に研究されます。そして、たばこの煙の中に40種類以上の発がん物質が発見されました。これは正しい方向性ですが、問題は実験方法でした。発がん物質の研究は失敗だったと前々回に書きましたが、細胞は分裂する過程で、正常の状態でも一定の確率でがん化します。がん細胞は発がん物質が存在しなくても毎日5000個ほど生まれていて、NK細胞という免疫系で排除されていることがわかってきました。

 最近はがんも治る病気になって、治癒してからしばらくすると別のがんになる人がいます。「20年前に胃がんで手術をしていて、10年前には大腸がんで、今回は膀胱がんの手術をする」などと、3回目のがんの手術を受ける患者も珍しくありません。もちろん再発や転移ではなく、新しく発症したがんです。こういう患者は、NK細胞の活性が低い人なのかもしれません。何か、NK細胞の活性を下げる因子があるのでしょうか。その因子を見つければ、がんの原因を突き止めたことになります。

 それは遺伝的な体質の違いなのか、あるいは生活環境の問題なのか。いずれにせよ、細胞をがん化させる発がん物質という観点は時代遅れで、がん細胞を排除する免疫系に着目するのがこれからの視点です。