葦原祐樹(医学博士)

 「たばこは健康に悪い」と多くの人が信じて疑わない、その根拠は何なのでしょうか。たいていは、「人がそう言うから、そうだろう」と、受け売りの知識を信じているだけのようです。

 まず、「がん」の問題です。喫煙者と非喫煙者のがんの発症率を比べると、喫煙者に多い「たばこ関連がん」と言われるものがあります。これは疫学調査で示されていて、ここまでは事実です。「それは怖いことだ、僕もたばこを止めよう」と、これは素直な心理です。しかし、素直ではあっても、そう思った時点で、喫煙ががんの原因だと勝手に決め付けるという間違いが生じています。それは医学的には証明されていません。学術的にはっきりとしているのは、喫煙とがんの発症に「関連がある」ということだけです。だからこそ、喫煙者に多いがんを「たばこ関連がん」と言います。がんの中で最も注目されている肺がんを例に考えてみましょう。
 まず、図1を見て下さい。喫煙者率は減少していますが、肺がんの死亡者数は増えています。このグラフを見ると、喫煙は肺がんの原因ではないと直感的に思います。しかし、減少と増加と、グラフの傾きが逆ではあっても、関連があるのは事実です(こういう関連を「負の関連」と言います)。負の関連も関連であることにかわりはなく、これをもって、喫煙が肺がんの原因ではないとは言えません。疫学調査の結果で因果関係を断定するのは不可能で、それはどうにでも解釈出来ます。実際に、たばこを止めた人も、吸っていた時の悪影響が20~25年間ぐらい残って、遅れて肺がんを発症するという説を堂々と発表している人もいます。

 しかも、このグラフの弱点は、肺がんの死亡者数という「数」と、喫煙者率という「率」を比較していることです。比較するなら、両方とも「率」か「数」で一致しているほうが、説得力があります。
 では「喫煙者数」と「肺がんの死亡者数」をグラフにするとどうなるでしょうか。それが図2です。このグラフ、喫煙者数が横ばいなのを奇異に感じる人もいるかもしれません。喫煙者率は1960年代から減少していますが、人口が増加していることと、構成が高齢化して成人が多くなっていますから、喫煙者の人数が一定だと、喫煙者率は下がるのだそうです。図2を見ると、「たばこを吸う人は減ってないんだ」と妙に安心しますが、それはともかく、このグラフは重大なことを証明しています。