衆議院解散総選挙を受け、10月8日に日本記者クラブで党首討論会があった。その際、いわゆる加計学園問題に関する報道をめぐって、安倍晋三首相と坪井ゆづる朝日新聞論説委員の間で応酬があった。
首相は、八田達夫・国家戦略特区ワーキンググループ座長の証言に関する朝日の報道について「ほとんどしておられない。しているのはほんのちょっとですよ」と指摘。加戸守行・前愛媛県知事に関する報道も「証言された次の日に全くしておられない」と断じた。坪井氏が否定すると、首相が「ぜひ国民の皆さんは新聞をよくファクトチェックしていただきたい」と呼びかける一幕もあった。
産経新聞は、このやりとりを取り上げた阿比留瑠比論説委員のコラムを掲載。「朝日がいかに『(首相官邸サイドに)行政がゆがめられた』との前川喜平・前文部科学事務次官の言葉を偏重し、一方で前川氏に反論した加戸氏らの証言は軽視してきたかはもはや周知の事実」と首相発言を擁護する趣旨の論評を行った。同紙は7月12日にも、朝日と毎日の両紙が国会(閉会中審査)での加戸氏の発言を取り上げなかったと批判する記事を掲載していたが、これをこの討論会直後にニュースサイトに再掲した。
一方、朝日は翌日朝刊で、八田氏の発言を10回以上取り上げ、加戸氏の証言も報じたと反論した。
そこで、日本報道検証機構は、加戸氏らの国会(閉会中審査)での証言を、朝日を含む全国4紙がどう報じたかを独自に検証。前川氏の証言の扱いも調べた。その結果、以下の事実が明らかになった。
なお、ここでは、朝日を含む各紙の加計問題報道の扱い方の是非は問わず、報道内容にも踏み込まない。実際にどのような報道量だったかという数量的なデータを通じて、産経が報じた首相の指摘の真偽を検証する。
<調査方法>
安倍首相は加戸証言を翌日に報道したかどうかを問題にした(参考人なので正確には「陳述」だが、本稿では「証言」と記す)。そのため、閉会中審査で加戸氏が行った証言を当日夕刊または翌日朝刊で取り上げたかどうかチェックし、発言の文字数をカウントした(直接引用はかっこ内の文字数、間接引用は主語を除く一文の文字数)。
首相の指摘は、朝日と毎日が加戸証言を「一般記事」で報じなかったと指摘した記事(7月12日付朝刊)も念頭にあったと考えられ、この調査でも「一般記事」と「詳報記事」(審議の主な発言をまとめた記事)に区分けした。比較のため、八田・前川両氏の証言もカウントした。
八田氏の証言に関しては、首相の指摘は朝日がほとんど報じていないというものだった。そのため、加計学園問題が浮上した今年1月以降、10月7日(討論会前日)までに八田氏の発言を取り上げた記事本数をカウントした。
読売、朝日、毎日、産経も調査対象とした(各社データベースの東京本社版)。
加戸証言の報道
加計学園問題をめぐる閉会中審査は7月10日、24日、25日に行われ、加戸氏はいずれも参考人として出席。朝日は10日の証言を翌日朝刊の詳報記事で、24日の証言を翌日朝刊の一般記事・詳報記事双方で報じた。25日の証言は記事化していなかった。
首相は「証言された次の日に全くしておられない」と指摘したが、どの日の証言かは特定していなかった。25日の証言に限っていえば、その指摘は正しい。だが、10日、24日の証言は紙面で記事化されていた以上、加戸証言を全く報じていなかったかのような指摘は正確でない。
八田証言の報道:朝日の記事本数は読売に次いで多かった
八田氏は24日の閉会中審査で証言した。朝日は25日付で一般記事・詳報記事で報じた。他方、産経は全く報じていなかった。
加計学園問題が浮上した今年1月以降、10月7日までに八田氏の発言を報じた記事本数(閉会中審査に関するものを含む)は、読売(14本)が最も多く、次いで朝日(12本)、毎日(9本)、産経(4本)の順だった。朝日が格別に、八田氏の発言を取り上げる頻度が少なかったと言うことはできない。
朝日は「報道した」と反論
朝日は、日本記者クラブ党首討論会での首相発言を受け、翌日に「国家戦略特区WG座長の発言など 3月以降、10回以上掲載」と題する反論記事を掲載(以下、その骨子)。当機構の調査で、その反論内容は正確であることが確認された。
朝日新聞(東京本社発行の最終版)は、閉会中審査での八田氏の発言について、7月25日付の朝刊で獣医学部新設の決定プロセスを「一点の曇りもない」とした答弁や、「不公平な行政が正された」とする見解を掲載した。また、こうした国会での発言も含め、八田氏に単独取材した今年3月下旬以降に10回以上、八田氏の発言や内閣府のホームページで公表された見解などを掲載してきた。
加戸氏については、閉会中審査が開かれた翌日の7月11日と25日付の朝刊で、国会でのやりとりの詳細を伝える記事で見出しを立てて報じたり、総合2面の「時時刻刻」の中で発言を引用したりしている。
朝日新聞2017年10月9日付朝刊、朝日デジタル10月8日掲載「首相『朝日ほとんど報じてない』 紙面、10回以上掲載」より)
前川証言と比較
首相発言(およびこれを擁護した産経論説委員のコラム)の主旨は、朝日の報道において、加戸・八田両氏の発言の扱いが前川氏より格別に少なかった、という点にあるとも考えられる。そこで、閉会中審査における3氏の報道量(発言を取り上げた文字数)を比較した。
その結果、前川証言の報道量は、多い順に、読売>毎日>朝日>産経。加戸証言の報道量は産経>読売>毎日>朝日。八田証言の報道量は読売>朝日>毎日>産経だった(ただし、産経の東京版は夕刊を発行していない)。
前川証言を「1」としたときの加戸証言の比率は、産経(0.97)、読売(0.31) 、毎日(0.23)、朝日(0.21) だった。同様に、前川証言を「1」としたときの八田証言の比率は、読売(0.12) 、朝日(0.08)、毎日(0.04)、産経(0) だった。
以上のとおり、加戸証言の報道量が最も少なかったのは朝日だった。とはいえ、前川証言に比べて少なかったことは朝日に限らず、産経を除く3紙すべてに当てはまる。
八田証言の報道量は、全国4紙とも加戸証言よりも少なかったが、朝日は読売に次いで多かった。よって、全国紙の中でみれば、朝日が格別に八田証言の報道が少なかったと言うことはできない。
産経の論説委員コラム:首相の事実誤認を指摘せず
阿比留論説委員のコラムは、首相と坪井氏(朝日の論説委員)のやりとりを紹介しつつ、朝日と毎日が7月11日付朝刊で加戸証言を「一般記事中で一行も取り上げず、審査の詳報の中でごく短く触れただけ」と指摘した。
厳密には、朝日は一般記事の末尾で数行だけだが、間接的に加戸氏が証言したことに触れた記述があった。他方、詳報記事ではやや目立つ見出しで加戸証言を報じており、全体として毎日より扱いは大きかった。
他方、産経のコラムは「証言された次の日は全く(報道)しておられない」との首相発言を引用しておきながら、加戸氏の24日の証言に関する朝日の報道には言及しなかった。なお、阿比留論説委員は、「7月10日」に行われた証言について述べたかのように引用を補充しているが、首相はその日を特定した発言をしていない。
八田証言についても「ほとんど(報道)しておられない」との首相発言を引用しておきながら、朝日が実際にどう報じていたかは全く言及していなかった。産経が八田証言を翌日全く報じていなかったことにも触れていなかった。
要するに、産経のコラムは、もっぱら10日の加戸証言に関する報道にのみ言及し、24日の加戸・八田両氏の証言を朝日が一般記事でも報じていたことなどには触れず、首相発言が事実に基づいていたかのような誤った印象を与える論評をしたと言える。
- 朝日と毎日は「ゆがめられた行政が正された」の加戸守行前愛媛県知事発言取り上げず (産経ニュース 2017/7/12)
- (再掲記事)朝日と毎日は「ゆがめられた行政が正された」との加戸守之前愛媛県知事発言取り上げず (産経ニュース 2017/10/8)
産経ニュースサイトの再掲記事の問題
産経は、党首討論会で首相が朝日報道に言及した直後、ニュースサイトに7月12日付朝刊の記事を、「加戸前愛媛県知事の発言をどれだけ取り上げたか」と題する表とともに再掲した。
この記事と表は、11日付朝刊で10日の加戸証言を取り上げた量にしか言及しておらず、それ以降の加戸証言に関する報道が含まれていない。注意深く読めば気づくが、表に調査対象日が書かれていないため、これが加戸氏に関する報道の全てであったかのような誤解を与えた可能性がある。
【楊井人文、井澤謙一、丹羽智佳子、松本日菜子、保科俊、渡部史哉】
(GoHooはFIJの総選挙ファクトチェックプロジェクトに参加しています。)
- (初稿:2017年10月19日 21:00)