変化というか、動きといったほうがいいのかもしれない。
1つは、モノや人があちらからこちらに移動したりすることによる変化である。
トランスフォーマーの変形のようなものも同じだ。場所の移動により形態は変化しても、実はそれぞれの要素は何も変わっていないから、理論的には元の状態に戻すこともできる。
その意味では、建物を建てたり、服を作ったりというのも、この種の変化といってよいのかもしれない。部品を加工しちゃうから完全には元に戻せないということはあったとしても、これは可逆的な変化といってよい。
そして、もう1つの変化は、メタオルフォーゼ的な変化。変態だ。
サナギが蝶になったり、子供が大人になったり、蕾ができ花が咲き実になるような変化。これは不可逆的な変化で、元に戻すことはできない。
だから、イノベーションとかもこっちに入るんだと思う。逆に、新しい商品とかが出たとしても、それがイノベーティブなものでなかったとしたら、さっきのほうの可逆的な変化だ。
この2つの動きというか、変化はちゃんと区別をつけて理解したほうがいいと思った。
何度か読もうと思って手に取り、そのたびに挫折してきたフランシス・ベーコンの『ノヴム・オルガヌム(新機関)』を、いまようやく読み進めながら、そう思ったのだ。
「予断」によっては、諸学において大きな前進は生じ得ない
ベーコンは自然などに対する適切で真なる推理を「解明」と呼び、逆に浅はかで性急すぎる推理を「予断」と呼んで、これは役に立たないどころか、知能において邪魔にもなると批判する。もしあらゆる時代のあらゆる知能が会同し、労力を結集しかつ伝達したとしても、「予断」によっては、諸学において大きな前進は生じ得ないであろう。なぜならば根源的な、精神の最初の消化における誤りは、後からの〔器官の〕機能および療法の優秀さによっては、治療されないからである。フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』より
「予断」によっては、諸学において大きな前進は生じ得ない。
ここでベーコンがいう前進は、先の2つの変化でいえば後者のほうだ。
ベーコンは当時の主流だった学問の方法を批判する。元がダメなら、あとでどんな機能を付け加えたり、治療を行っても無駄だといっているが、それは後者のほうの不可逆的な変化が起こらないからだ。
オルガヌム=オルガノンとはギリシア語で「道具」(tool)を意味する。
新しい学びのために新しい学びの道具が必要だというのがベーコンの主張である。
そもそも、この『ノヴム・オルガヌム(新機関)』は、『諸学の大革新』という全6部からなるものとして着想された計画の第2部にあたるもので1620年に公刊されている。第2部とはいいつつも、第1部にあたる『学の尊厳』より先に公刊されていて、第1部は3年遅れているし、3部以降はちゃんとした形にはなっていないと言われている。
『諸学の大革新』というテーマ通り、イギリス・ルネサンス期を生きた哲学者であり、神学者であり、政治家でもあったベーコンが目指したのは、従来のギリシア哲学以来続く学問の方法の刷新である。
『ノヴム・オルガヌム(新機関)』というタイトルにしても、刷新の対象となる旧来的な学問の中心に位置するものといえる、アリストテレスの論理学的な著作をまとめた「オルガノン」への批判の意味が明らかである。
そういうことをテーマにした本だとはわかって読み始めたが、130の断章に分かれたアフォリズムのうち90近くまで読み進めてなお、ひたすら古代の学問がなぜ実地の作業にも役立たず、新たな学問的な発見にも寄与しないのかが延々と書かれている。
人間的知性は(或いは迎えられる信じられているという理由で、或いは気に入ったからという理由で)一旦こうと認めたくことには、これを支持しこれと合致するように、他の一切のことを引き寄せるものである。そしてたとい反証として働く事例の力や数がより大であっても、かの最初の理解にその権威が犯せれずにかいるためには、大きな悪意ある予断をあえてして、それらをば或いは観察しないか、或いは軽視するか、或いはまたなにか区別を立てて遠ざけ、かつ退けるかするのである。フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』より
果たして、この先、新しい機関=方法が提示されるのか、ちょっと不安にもなる。
ただ一つの希望は真の「帰納法」のうちにある
一般的に言われるように、ベーコンがここで提唱するのは経験主義的な学問の方法だといえる。従来のアリストテレス的な論理学のように、省察や思弁によって真実に達しようとするのではなく、「自然の精細は、感覚および知性の精細に幾層倍もまさっている。したがって人間のあの立派な省察や思弁や論争も的外れのものなのである」という考えに基づき、
推論式は命題から、命題は言葉から成り立ち、言葉は概念のしるしである。それゆえにもしも概念(ことの土台であるところのもの)が混乱しており、軽々しく事物から抽象されたなら、その上に建てられるものには、強固さなど全く存在しない。したがってただ一つの希望は真の「帰納法」のうちにある。ともに、フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』より
といった具合に、実地経験を帰納法的に積み重ねていく経験・実験を重視することで「自然の解明」を行おうとする新たな学問の機関=方法をベーコンは提唱する。
そうでなくては、学問から新たな成果や実地の産出は生じ得ないだろうと批判するのだ。
そして、このベーコンの提言を皮切りにはじまるルネサンス期以降の実験主義的な自然科学の成果が2世紀ほどのちの産業革命に結実することを思えば、ベーコンがこの『ノヴム・オルガヌム(新機関)』で打ち出した新しい学問的成果の創出と実地の産出のための新しい学問の方法は確実に的を得ていたということができる。
僕自身も、このベーコンの帰納法的な姿勢が、好みなので、基本的にはベーコン派である。
だが、しかし、それはそのとおりだが、では、果たしてベーコン以前のアリストテレス的なオルガノンがまったくの無益だったかというとそうではないと思う。いまの時代にベーコンを読み直して、ベーコンのいうとおりだと無邪気に納得してしまうのは、むしろ早計な「予断」であって、ベーコンを読んだことにならないと思うのだ。
「変化には2種類ある」。ここにベーコンを読み直すヒントがある。
ベーコンの方法はそのうちの1つの変化のための方法だということを、このあと見ていきたい。
そして、もう1つの変化なくしては真に社会が変わることはないのだということを。
新しい知識は増えないが、知識は人から人へ伝達される
このことを考えるためには、ベーコンが批判している中世以前の思考のかたちがどういうものかを見ていく必要がある。中世までの社会では、『知識の社会史』でピーター・バークが書いているとおり、
当時、大学は知識を発見する場ではなく、むしろ知識を伝達することに専念する場である、ということは、議論の余地のない前提であった、同じように、後代の人間は、過去の偉大な学者や哲学者の意見や解釈を否定したり、対等に張り合ったりしてはならず、教師の仕事は権威(アリストテレス、ヒッポクラテス、トマス・アクィナスなど)の見解を説明することに限られることが前提されていた。ピーター・バーク『知識の社会史』
で、「ボローニャ大学とパリ大学が原型となって、オクスフォード大学、サラマンカ大学(1219年)、ナポリ大学(1224年)、プラハ大学(1347年)」が13-14世紀の中世後期に次々誕生しているが、その知を司る機関そのものが知識は新たに発見されるものというより、過去の権威を伝達・理解するものと考えらえていたわけで、ベーコンが批判したとおり、ここには新しい学問的成果の創出と実地の産出などが生じる余地はすこしもない。
ここで読者を驚かせたいのであれば、いわゆるヨーロッパ近代初期の知的革命と言われる、ルネサンス、科学革命そして啓蒙主義は、いずれもある種の大衆的で実用的な知識が次第に表面化し(とりわけ活字化され)、何らかの学問的な機構により合法化したこと以上のものではない、と言うところだ。
(中略)
学者と職人との相互作用について例を挙げるなら、イタリア・ルネサンスに目を向ければよい。15世紀初め頃のフィレンツェでは、人文主義者のレオンバティスタ・アルベルティが彫刻家のドナテルロや建築家のフィリッポ・ブルネレスキと頻繁に語り合っている。こうした専門家の助力がなければ、絵画や建築についての論文を書くことは困難だっただろう。(中略)多くの分野に置いて、学者ばかりでなく実務経験のある男女が、活字化された知識の生産に何らかの寄与をなしている。ピーター・バーク『知識の社会史』
とバークもいうように、ベーコンのいう「経験主義」というのは、ある意味、もともと手によって世界を知るものたちである職人の知を学問的な知に変換する作業であったといえる。
これは現在、テキスト中心の教育の方法に、ハンズオンなアクティブ・ラーニングの方法が取り入れ始めたこととも重なる(「学びの解放」参照)。
テキスト中心の学問というのは、どの時代においても権威主義的で、新しい発見が生まれにくい状況が作られがちである。そこに自分自身の手による研究やら実験、実地訓練などが行われないとなかなか新しい発見は生じにくい。現代であれば、どちらに比重があるかはその時々によっても、環境によっても、学ぶ人それぞれの姿勢によっても揺れるが、ベーコン以前の中世までは、職人的な知は知として認められず、古代ギリシア・ローマの知を大事に受け継ぐような知が重視されていたわけである。
プリミティブな精神は、およそ名づけられるものすべてを存在と考える
そんな中世だから変化がなかったかというと、実はそうではないことに気づく。確かに不可逆的な変化は起こりにくかったのだろうが、逆に、可逆的な変化は頻繁に起こっていたし、その変化を起こすことに労力は費やされていたのではないかと思うのだ。
以前から読み進めているホイジンガの『中世の秋』も下巻に入って、ますます中世という時代が現代とはまるで異なる世界であるということがよりわかってきた。
「倫理が現実を茶番にする」という記事では、いまの倫理観ではとうてい受け入れがたい中世ヨーロッパの残酷すぎる思考、行動を紹介したが、今回は、中世の人々がさまざまな出来事を理解する際の、象徴主義やアレゴリーについてすこし紹介したい。それが不可逆的な変化はないが、可逆的な変化は多様にあったはずの社会を読み解くキーになると思うからだ。
かれらの考えでは、事物本来の状態は、その一般的性質のうちに、いわばとけこんでいる。してみれば、一般的性質が、すなわち事物の本性であり、存在の核心である。だから、美しさ、やさしさ、白さ、これらは、それぞれ実在であり、したがって単一体である。すなわち、美しいものすべて、やさしいものすべて、白いものすべては、それぞれ、当然、その本性上、関連しあっているのであり、同一の存在理由をもち、神の前に同一の意味を有しているのである。意味とは、すなわち、しるし(サイン)のことにほかならないのだ。ホイジンガ『中世の秋』
この引用だけだとちょっとわかりにくいかもしれないが、ようは彼らにとって「美しさ、やさしさ、白さ」などはシンボル、サインとして実在するものとして扱われ、犬とかマグロとかチューリップとかそれぞれの実在するものが犬なら犬で基本的に同じ性質を共有するように、美しいものは美しいもので、白いものは白いもので共有する性質をもつと信じられていたのである。例えば、白いものはどれも純潔であるといったように。それがうさぎであろうが、雪であろうが、花嫁であろうが。
そして、美しさや白さは、犬やチューリップと同様に実在するというのが中世の人の認識であるのだ。それは僕らが思うような形容詞ではなく、性質や状態をともなう名詞的実在なのだ。
このことがイメージできるようになると、なぜ文字を読めない人が多かったはずの中世ヨーロッパの人たちが、テキスト中心の学びにありがちな権威主義的な、不可逆的な知の前進から遠い学びのうちにあったかもわかってくる。
つまりは、さまざまなものが象徴=シンボル的に読み解かれるなら、世界そのものが記述されたテキストと変わらないからである。
そして、世界がテキスト化されるだけではない。もっと人が理解できやすよう擬人化されるのである。
プリミティブな精神は、およそ名づけられるものすべてを存在と考える。事物だろうが、性質だろうが、概念だろうが、なんでもかまわない。そして、存在と考えられたものすべては、すぐさま自動的に、天に投影されるのである。かくして、存在は、かならずしもつねにではないにしても、ほとんどつねに、人間存在のかたちをとる。なにかというと、擬人化された諸概念の輪舞がはじまるゆえんである。中世のリアリズム、すなわち実念論は、そのいきつくところ、すなわち擬人化なのだ。ホイジンガ『中世の秋』
人の形をした「美しさ、やさしさ、白さ」。そして、人というものがそうやすやすとは変態しないように、人の形を模すということは、不可逆的な変化から離れるということである。
一方、人の形であるがゆえに、起きやすくなる変化もある。それは感情の変化であり、行動につながる変化である。共感する動物である人間は同じ人型のものに心を体を動かされやすい。そして、それは可逆的変化である。
現代の人がSNSなどで、すぐに炎上案件にまきこまれたりするのと似ている。炎上が起こったからといって何も変わらないが、とにかく可逆的な変化という動きは起きる。
よくエモいとかいうのも同様である。
エモくなるためにはベーコン的な自然との対峙は必要ない。
むしろ機械化された、テキスト化されたわかりやすい象徴=シンボルのほうがエモさを生じさせる。
それはエロティックな衝動が機械的なものによって生じるのと同様である。エモさは実のところ、機械的でまったくエモくはないわけだ。
人を動かすという可逆的な変化のためには、ベーコンのいう帰納法的な積み重ねは必要ない。機械的に働くシンボルさえあればよい。
ある説教師は、しばしば、聴衆を前にして、15分ものあいだ、十字架にかけられた恰好をして、だまって立ちつくしていたという。
このように、人びとの心はキリストのことでいっぱいになっていたので、ちょっとした立居振舞に、ほんのすこしでも、主の生涯と受難のことを想わせるところがあるとなると、心の弦は、ただちに、キリスト思慕の調べをかなでるのであった。台所に薪を運ぶ一介の修道女が、自分はいま十字架をになっているのだと想像する。その行為を、至高の愛の行為の光輝に浴せしめるには、ただ、木を運ぶという動作を意識すれば足りるのだ。洗濯をするめくらの女は、たらいをまぐさ桶、洗濯場を馬小屋と思いこむ。ホイジンガ『中世の秋』
むしろ、心が刺激されるようなわかりやすい迷信じみたもののほうが有効なのだ。
変化には2種類ある、だから、区別して対処したい
イノベーションが必要だという。では、どうしたら、その変化を意図的に起こせるのか?
それを考える際に、この可逆的な変化と不可逆的な変化を区別して考えることは大事なことだと思う。
イノベーション自体ははじめにも書いた通り、不可逆的な変化ではある。
けれど、不可逆的な変化というのは、サナギが蝶になる際がそうであるように、変化の際には一度動きが静止する。実際にはサナギのなかがいっかいドロドロになり、成虫原基をもとに新たな形が形成され直すように、イノベーションの際には、いったん既存の価値観や観念がドロドロに溶けて混ざり合った上で、リフレーミングが起きて新たな価値観や観念を作り出すことになる。
ようは、この過程においては大した動きのないなかでじっくりと変化を起こすための溶解を経た再構成のような作業が必要になる。これをベーコンの自然解釈としての帰納法として理解することは可能である。
しかし、イノベーションがこれだけで現実化するかというとそうではない。そこでは成虫の形を成した原型をさらに現実に落とし込む行動が必要になる。このアクションは当然、不可逆的な変化のほうではなく、可逆的な変化をいかに起こせるかがポイントになる。ここではベーコンの帰納法はまるで機能せず、むしろ、中世の人々を動かした、象徴だとか、アレゴリーのほうが有効である。
実はベーコン自身はこのことをわかっていて、すべてを帰納法的で実験科学的な思考へと落とし込もうとしておらず、詩の力も同時に信じている。
この新と旧の、科学と詩の二重性こそがベーコン全活動の核心にあるものなのだし、この故にこそベーコンは一貫してそれを知の回復として語り、改革などとは言うことがないのである。『ノウム・オルガヌム』の序でベーコンはみずからの任を「かくも壮大なる学と知の回復」とし、かつては手中にされながら忘れられるか使われなくなるかした何かを取り戻す「大革新」としている。『大革新』の「序」では自分自身を指して、「地にある何物より、少なくとも地に属す何物より尊い人間精神と事物の自然との交渉が何としても元の完全な状態にされ得るものか、あらゆることをやってみなければならないと考える人間」と言っている。エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』
その力を信じているからこそ、それが生み出すイドラの罠にかからないよう、執拗に注意を促しているのが『ノヴム・オルガヌム』の展開なのだろうと思う。
この2つの変化に応じた、それぞれ異なる2つの頭の働かせ方。これをともに身につけているかどうかで、この変化の時代を生きやすくなるかどうかは大きくかわるはずである。
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