現在大きな社会現象となっているストーカー事件。
被害を未然に防ぐために様々な対策がとられているが、かつてまだ『ストーカー』という言葉が知られていない時代があった。
しかし、ある恐ろしい事件をきっかけにその言葉は世界中に知れ渡り、さらには、アメリカで初のストーカー規制法が作られることになる。
1984年、ローラ・ブラックは大学を卒業後、アメリカ軍の戦略システムや技術開発を行う最先端企業、ESL社に入社した。
入社から半年が経った頃、一人の男が彼女のいるフロアに怒鳴り込んで来た。
彼の名はリチャード・ファーレー。
入社7年目になるリチャードは、傲慢で思い込みが強かったが、優秀なエンジニアだった。
この時、挨拶を交わしたのが悪夢の始まりだった。
ローラはその後、何度もリチャードに誘われたが、丁寧に断った。
だが、社内での待ち伏せに手紙、リチャードの行動は徐々にエスカレートしていく。
リチャードは、ESL社に入社する以前、10年間海軍で軍隊生活を送っていた。
その間、浮ついたことは一切なく、女性経験は少ないがプライドの高い男だった。
そんなリチャードが陥った激しい恋。
リチャードの誘いを断り続けているローラだったが、男性に興味がないわけではなかった。
特定の恋人はいなかったが、男友達とのデートを楽しんでいた。
そこに、リチャードが現れたのだ!!
かつて海軍に在籍していたリチャードはスパイ活動の訓練も受けていた。
そんな彼にとって、ローラのプライベートでの行動を探り出す事は容易いことだった。
リチャードは、ローラを監視するようにつけ回していた。
そして、ついに自宅にまでやってくるようになったのだ。
当時はまだストーカー規制法などなかった。
そのため、例えローラが警察に相談しても、リチャードの行動は迷惑行為としか言えず、警察は対処できなかった。
そこでローラは会社に助けを求めた。
会社側はローラの訴えを受け入れ、事実関係を調査。
その結果、リチャードのつきまといは、業務妨害にあたる嫌がらせになると判断。
二度とつきまとわないよう忠告を与えた。
ローラの願いが叶えられたのだ。
しかし、リチャードはローラのせいで会社での信頼を失ったとローラを脅してきた。
海軍に所属していたリチャードは武器マニアで、たくさんの銃を所持していた。
会社側は、忠告を無視してローラにつきまとったリチャードに厳しい処罰を与えた。
リチャードを解雇したのだ。
ローラを脅かすリチャードは、もう職場にはいない、彼女は安心して仕事に打ち込んだ。
だが・・・ある日、ローラの車の窓にリチャードからの「鍵を返してあげよう」というメモと鍵が貼ってあった。
そのカギは、自宅の合鍵だった!!
実はリチャードは、ローラの住むマンションの管理人に、「空き部屋を見たい」と言って接触。
管理人の隙をついて、合鍵の型を取っていたのだ!!
時を同じくして、ローラの元へリチャードから手紙が届いた。
その手紙とは・・
「これというのも全て、君が僕を馬鹿にして僕の真剣な気持ちを拒んだせいだ。これからもっとひどい事が起こるぞ」
というものだった。
ローラの身に危険が迫っているのは明らかだった。
彼女は警察に相談した。
しかし警察は、現状ではリチャードを取り締まる法律がないため、裁判所の判断がないと何も出来ないという。
そこでローラは、弁護士を通じ、リチャードに対する対策を打って欲しいと裁判所に訴えた。
すると、裁判所からの通知がリチャードに届いた。
裁判所はこれまでの経緯から、ローラの身に危険が及ぶ可能性があると認定。
リチャードはローラへの接触を一切禁じられた。
これ以上彼女につきまとえば、警察が逮捕できるようになったのだ。
ローラへの接触を禁じられたリチャード・・・これで心配事は解決、彼女に笑顔が戻った。
そんな時、社内に銃声が響き渡った!!
社内はパニックになった。
ローラはどこに逃げて良いか分からず、オフィスに閉じこもっていた。
リチャードは自慢のコレクションから選りすぐった銃と800発もの銃弾で完全武装し、ローラのオフィスを襲撃したのだ!!
そして、ローラはリチャードに撃たれてしまった!
警察に通報が入ったのは、突然の襲撃から3分後だった。
広い社屋だったため、どこに銃を持ったリチャードがいるか分からず、社内はパニック状態。
何とか自力で逃げだした社員もいたが、命がけの脱出だった。
間もなく警察が会社を完全に包囲。
特殊部隊が突入の準備を整えた。
そんな状況を察知したリチャードは、オフィスの電話から部隊を下がらせなければ建物ごと爆破すると、脅しをかけた。
残された人々は社内を動き回るリチャードと接触しないよう、身を隠さなければならず、半ば監禁状態。
警察はうかつに手を出す事ができなかった。
襲撃から3時間、このままこう着状態が続くかと思われたその時、予想外のことが起きた。
両手を上げ、後ろ向きに階段を下りて来る人影・・・リチャードだった。
突然、武器を捨て投降して来たのだ。
そして彼は警察に「ローラに伝えて欲しいことがあるんだ」と語り始めた。
ということは・・・ローラは生きているというのか?
実は、社内から逃げ出して来たローラの様子をマスコミのカメラが撮影していた。
駐車場の植え込みに逃げ込んで来た女性、彼女がローラだった。
必死で救助にあたっているのは、現場にいた警察官。
ローラの左肩は真っ赤な血に染まっていた。
だが、幸い命に別状はなかった。
彼女は一体どうやって逃げ出したのか?
実は、リチャードはローラを追いつめたものの、殺さずに立ち去っていたのだ。
この後 リチャードは、社内のコンピュータ機器や他の社員に銃弾を浴びせた。
リチャードの襲撃により、社員15人が撃たれ、そのうち7人が命を落とした。
だが、リチャードはなぜローラを殺さなかったのか?
実は立てこもっている時、リチャードは警察にこんな話をしていた。
「たっぷり後悔させてやりたいからさ。彼女のせいで死体の山が築かれることになったってさ」
リチャードは裁判中、反省するそぶりを一切見せなかった。
事件から4年後、死刑判決が下された。
だがカリフォルニアは、死刑の執行に慎重な州であるため、執行までに30年かかると言われている。
現在もリチャードは獄中にいる。
この事件がきっかけとなって、カリフォルニア州はアメリカで初となるストーカー規制法を可決。
ストーカー行為がエスカレートする前に、警察が動くことが出来るようになったのだ。
そして、「ストーカー」という言葉は、現在使われているような意味で広がっていく・・・。
リチャードは、ローラに全ての責任を負わせ生きていかせるために彼女の命を救ったという。
しかし、当然のことながら、誰一人ローラを責める者はいなかった。
肩の傷が癒えた後、ローラは職場復帰を果たした。
現在は別の会社に移り、順調にキャリアを重ねている。