「理由は二つある。一つは、犬がいたこと。もう一つは、その年、昭和二十四年には法隆寺が燃えているね。」
ー 森博嗣『封印再度』(講談社ノベルス、1997年)より
こんにちは。
今日のコラムは、文化財の保存と活用がテーマです。
先日、クローン文化財と3Dデータの著作権についてコラムを書いたところ、読者から大きな反響がありました。
文化財の活用のあり方について、みなさんの強い関心がうかがえます。
他方で、こんなニュースも目にしました。
もちろん保存のためには、金銭的にも、人的にも、コストが必要となります。
所有者が、そのようなコストを重荷に感じることもあります。
それでは、法律や税制は、所有者についてどのような手当てをしているのでしょうか。
今回のコラムでは、文化財の「所有者」の視点から、次の2点を解説します。
・1点目として、文化財の所有者が「法律」面で、保存と活用に関してどのような義務を負っているのか。
・2点目として、文化財の保護と活用のために、「税金」面で、どのような取り組みが検討されているのか。
以下で、順に見ていきましょう。
法律の話 ー 文化財の所有者が負う義務
まず1点目として、法律の話です。
文化財の保存と活用のためには、言うまでもなく、所有者ら関係者の取り組みが重要になります。
それでは、文化財の所有者は、法的にどのような義務を負っているのでしょうか。
例えば、上記の産経新聞の記事に挙がっていた「登録有形文化財」に関しては、所有者は、以下の義務を負います。
・文化財保護法や文部科学省令に従う形での管理義務(文化財保護法60条1項)
・滅失、毀損等したときの届出義務(61条)
・所在場所を変更する際の事前届出義務(62条)
・現状変更する際の事前届出義務(64条1項)
・輸出の際の事前届出義務(65条1項)
・所有者を変更する際に登録証を引き渡す義務(69条)
また、修理や公開は、所有者自身が行うこととされています(63条1項、66条)。
そして、登録有形文化財も含む「文化財」全般の「保存」と「活用」については、文化財保護法の4条2項が、次のように定めています(下線は筆者。以下同様)。
(国民、所有者等の心構)
第四条 (中略)
2 文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。
(※下線は筆者)
ここでは、所有者は、「できるだけ文化財を公開する」など、文化財の文化的活用に「努め」なければならないとされており、文化的活用については、(義務ではなく)努力義務にとどまっています。
もっとも、立法担当者による解説書では、この条文の趣旨について、次のように述べられていることに注意が必要です。
竹内敏夫・岸田実『文化財保護法詳説』(刀江書院、1950年)77pより
所有者は、この貴重な国民的財産たる文化財を公共のために、国民に代って保存管理する責任と光栄を自覚し、最新の注意を払ってこれに当り、単なる私有物として独占することなく、その文化的活用に積極的熱意を持つことを本法は求めているのである。若し所有者がこの貴重な文化財を所有する光栄と誇りのみをわがものとし、その保存修理は政府の援助のみに期待するとともにその公開活用を拒み、独占の快をほしいままにするような利己的態度をとることがあるとすれば、本法の期待を裏切るのみならず、世論の強い批判の対象となるであろう。
所有者に対し、文化的活用への「積極的熱意」を求めています。
その後の「光栄と誇り」や、「独占の快をほしいままにする」といった箇所も含め、この解説書ではやや強いトーンで書かれているようです。
そもそも文化財保護法は、1949年に起きた法隆寺金堂の火災による壁画の消失を一つのきっかけとして、その翌年に制定されたもの。
この火災事件は、当時の文化財関係者らに相当強いショックを与えたようで、翌年に書かれた上記の解説書でも、随所にこのような力強いトーンが見られます。
とはいえ、文化財の所有者側にもいろいろな事情があります。
「積極的熱意」を持つように言われても、コストの負担などから、どうしても保存や公開に消極的になる場合もあるかと思われます。
そこで、以下では保存と活用のための検討事項として、「税」によるフォローを紹介します。
税制の話 ー 文化財の所有者らに関する税制改正要望
税制に関しては、最近、こんなニュースがありました。
重文美術品の相続税猶予 文化庁検討、公開条件に(佐賀新聞2017年8月25日)
(※記事の冒頭部分から引用)
国の重要文化財のうち個人が所有する美術工芸品について、博物館や美術館に預けて公開することを条件に、相続税納付を猶予する仕組みの創設を文化庁が検討していることが24日分かった。(後略)
そこで調べてみたところ、文化庁は、平成30年度の税制改正要望として、以下の要望を提出しています。
美術館等(博物館法に基づく「登録博物館」又は「博物館相当施設」のうち、美術品の公開及び保管を行うものを指す。)が各館の収蔵品収集方針に照らし、活用が妥当と判断する美術品について、その対象となった美術品の所有者が安定的に寄託することを約し、また、その状態を維持する以下の場合において、相続人の相続税又は贈与税の納税を猶予する。(1)美術品の所有者である個人が、寄託期間中は解約の申し入れをすることができない旨の定めがあることを受け入れた上で寄託を約し、当該美術品を相続(遺贈を含む。以下同じ。)又は贈与により取得した者もその状態を維持する場合。
(2)相続又は贈与により美術品を取得した個人が寄託期間中は解約の申し入れをすることができない旨の定めがあることを受け入れた上で寄託を約し、かつ、その状態を維持する場合。
また、保存活用計画が策定された文化財について相続税又は贈与税の納税を猶予する。文化財保護法の改正により、保存活用計画の法律上の位置づけ等、新たな仕組みの構築を検討する。
ここでは、美術品の所有者や文化財について、一定の場合に、相続税または贈与税を猶予するよう要望されています。
文化庁がこのような要望を行う背景としては、
・今年施行された文化芸術基本法において、文化芸術に関する施策の実施に必要な税制上の措置を講ずべきことが明記されたこと
・高齢化社会が進行する中、相続を機に美術品等の適切な保存と公開活用が途絶え、次世代へ確実に継承されないことが懸念されていること
・美術品の海外流出や散逸を防ぐこと
などが挙げられています。
これらの要望事項が、今後どのような形で実現するか(しないか)は現時点では未定ですが、所有者が文化財の保存や活用を検討しやすくなる施策の一つになると思われますので、今後の動向にも注意が必要です。
終わりに ー 文化財の保存と活用に向けて
文化財は、言葉の響きからなんとなく古いイメージも持たれがちですが、定期的にホットなトピックになるものです。
例えば、このコラムの執筆と並行して、京都国立博物館では「国宝」展がはじまりました。
これも「利用」のひとつの形ですね。私も終了までに一度行ってみたいものです。
他方で、長野県の善光寺では、国宝の本堂や、重要文化財の三門と経蔵に落書きが見つかり、「保存」の観点からも大きく報道されています。
これから、訪日外国人がさらに増加することが予想され、海外の人に文化財をアピールする機会も増えるものと思われます。
そのような中で、日本が誇る文化財をいかに保存し、活用の途を拓いていくか。
法律家が、法律や税の観点から、サポートできる場面もまだまだ多くありそうです。
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