宗教に関する変わったニュースが報じられた。
元Googleのエンジニアであるアンソニー・レヴァンドウスキが人工知能を信仰対象とする宗教団体「Way of the Future」の立ち上げを準備しているというのである(https://www.wired.com/story/god-is-a-bot-and-anthony-levandowski-is-his-messenger/)。
レヴァンドウスキは主に自動運転車の開発に携わってきた人物で、シリコンバレーでは広く知られている。
人工知能の信仰とは、どういうことだろうか。
キーワードは「シンギュラリティ(技術的特異点)」である。シンギュラリティとは、このまま人工知能が進化し、人類の知性の総和を超えるようになる状況を指す。
そのときには、一般的に普及するような廉価なコンピュータですら人類の知性をはるかに上回るようになり、人工知能自体がより高性能の人工知能を開発するようになる。
シンギュラリティ概念の提唱者であるレイ・カーツワイルによれば、2045年頃にシンギュラリティが発生する。スティーブン・ホーキング博士やイーロン・マスクのように、これ以上の人工知能の発達は人類にとって脅威になるという警告を発する世界的な著名人もいる。
人工知能の驚異的な発達は、身近なところでは将棋を通して感じられるだろう。1990年代には、人工知能がプロ棋士に勝つことは考えられなかった。勝つことがあるとしても、100年先の話だと思われていた。
だが、人工知能とプロ棋士が対決する電王戦ではトップ棋士たちが人工知能に次第に敗れるようになり、今年5月、佐藤天彦名人が将棋ソフト・ポナンザに2連敗し、電王戦は今期で終了となった。
将来、高度な人工知能がわれわれに何をもたらすのかは、筆者には分からない。しかし、宗教学の観点から見ると、キリスト教の神概念、あるいは一神教と多神教の文化的差異を考える上で、英米での人工知能のイメージのされ方は興味深い。
レヴァンドウスキによる宗教創設を報じた記事では、後半部、人工知能のこれ以上の開発は悪魔を召喚するというイーロン・マスクの言葉が紹介されている。
シンギュラリティに達したことで、人工知能が劣った存在である人間を攻撃したり排除しようとしたりするというイメージだ。同じニュースを報じた英国大衆紙ガーディアンは映画『エクス・マキナ』を想起させると論じている。
ポイントは、いずれにおいても、「高度に発達した人工知能に人間が排除される」というイメージが共有されていることだ。後述するように、人間と機械の共感や交流を描いてきた日本とは対象的なのである。
ハリウッド作品では、人間は、自らが作り出した人工知能に裏切られ続けてきた。
挙げればきりがないが、『ターミネーター』(1984年)では、2029年、人工知能スカイネットが反乱を起こし、機械軍が人間を絶滅に追いやろうとする。『マトリックス』(1999年)では、すでにコンピュータに支配され、人間が動力源として消費される世界が描かれた。
同じようなことはGoogle教(Googlism)にも指摘できる。これは実際の宗教団体ではなく、Googleのファンが遊びで作ったパロディ宗教だ。
興味深いことに、教義として、Googleが全知に近い存在であること、すべてを記憶すること、そして唯一無二の存在であることが強調されている。
つまり、代替不可能で全知全能という一神教の神の属性をGoogleが持ち始めていることが重視されているのである。
英米では、発達した人工知能の超高度な知能が一神教の神と無意識のうちに重ねられている。そしてその結果、一神教の特徴である神(=人工知能)と人間の厳しく遠い関係が予期されている。創造主が自分自身に似せて作り出した被創造物に裏切られるが、最後は創造主が勝利する。
そんな創造主と被創造物の敵対関係が繰り返し語られてきたのである。