「fate apocrypha」(外典)がアニメ放映中なので、「まどかマギカ外典」ともいうべき「たると☆マギカ」も紹介します。
この作品は「まどマギでfate apocryphaっぽいことやってる」作品です。fate apocryphaが聖杯大戦だとすればこちらは魔法少女大戦です。しかも舞台は「百年戦争」中のフランス。アポクリファでは「ルーラー」クラスで登場しているジャンヌ・ダルクがこちらの作品では主人公をつとめています。私は「百年戦争」が好きなのでこれかなりうれしいです。百年戦争は騎士道の終わり、近代国家(ナショナリズム)の誕生の時代でもありの時代でもありますが、黒死病と魔女狩りの時代でもあり、そういう意味でも「魔法少女」「魔女」というテーマは面白いんですよね。
「鹿目まどか以外では史上最強の魔法少女」であるジャンヌが活躍する
fateシリーズのジャンヌは「ジャンヌ」そのものが受肉したものではなく、物語としての位置づけもメインではないため、ジャンヌ自身の設定はまったく語られていません。FGOにおいても、生々しい部分は全部「ジャンヌ・オルタ」がもっていってます。羽川翼みたいな位置づけであり、ジャンヌそのものを真っ向から描くことを回避している。こういう描き方はめちゃくちゃ上手いけどズルいなぁと思います(笑)
一方こちらの作品は、ちゃんとジャンヌを一人の人間として描いてます。
ドンレミ村出身で、幼少期は家族7人と平和に暮らしていたが、村が兵達に襲われてしまい、妹のカトリーヌが彼女の目の前で殺され、この惨劇を繰り返さない事を願い、魔法少女となった。
ほむらの周回ループの因果を引き継いだ鹿目まどかを除いては最強の魔法少女であり、巴マミさんより強力な範囲攻撃を持つ上、防御力も美樹さやかより強いとやりたい放題。その代り、ソウルジェムが非常に濁りやすいという致命的な難点があります。防御力・回復力に特化していて持久力EXのルーラージャンヌとは性能が真逆なので、他の魔法少女とともに、重要なポイントで活躍するという、まさに主人公的な働きをします。
「まどか✩マギカ」を知っている人ならば魔法少女として強い力を持つというのはどういうことかはわかると思います。この作品も、その部分がカギとなります。
作品を通してフランス百年戦争後半の展開や人物を楽しめます
この作品は、本編と全く前提が違っていて
「魔法少女が軍事利用されている」
「魔法少女が1話から魔女の存在を認知し、戦力として利用している者もいる」
「魔法少女の成れの果てが魔女であることが序盤で明かされている」
となっており、魔法少女は普通に戦争に戦争に参加して戦います。
登場する人物についてみていくと仲間側として
シャルル7世やジル・ド・レなどの定番のキャラはもちろんのこと
・ジャン・ド・ジュノワ(バタール・ドルレアン)
・エティエンヌ・ド・ヴィニョル(ラ・イル)
・アルチュール・ド・リッシュモン元帥(百年戦争終結の立役者)
・ラ・モトレイユ(リッシュモン元帥との政争相手)
など有名どころはきっちり登場しています。
史実的には微妙なところだけれど「ドラゴン騎士団」のメンバーも登場します。
・バルバラ・ツェリスカ(ドラゴン騎士団の創設者。「乙女戦争」にも登場します)
・オズヴァルト・フォン・ヴォルケンシュタイン(史実では作詞家)
一方、敵側としてだれが出てくるのかと思ったらオルレアン包囲戦の時のメインプレイヤーであるソールズベリー伯やサフォーク伯、あるいは当時のイギリス軍摂政であるベッドフォード公ジョンかと思ったら、まさかのジョン・タルボット。
史実におけるジョン・タルボットは、この時代から百年戦争最後の戦いまでを戦い抜いたイギリス側の英雄です。 ゲーム版「JEANNE D'ARC」では何度も登場してジャンヌを襲ってきたのを覚えている人もいるかもしれません。シェイクスピアの影響もあり、イギリス史の中でもかなり人気のある騎士ですが、この作品では扱いが微妙すぎるwこのあたりはわかりやすさ重視でしょうか。
というわけで、今まで百年戦争あんまり知らなかった、という人には人物を知るきっかけになりますし、知ってたら「あの人物がこんなキャラになるとはw」という楽しみも得られます。どっちにしろすごいおすすめの作品です。単行本には歴史背景の解説が丁寧についているので、知らない人でも大丈夫。
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敵側のボス「イザボー」が一番の注目ポイント。史実においてジャンヌ・ダルクの位置づけを理解するうえでとても重要な存在
しかし、なんといってもこの作品の一番オススメしたいポイントは、「フランス史上最悪の王妃」イザボーです。
ジャンヌ・ダルクを扱ってる作品は多くありますが、このイザボーをちゃんと扱ってる作品、エンタメ作品としては初めてじゃないかな。
ジャンヌ・ダルクを語る上で、イザボーはセットとして欠かせない存在です。ジャンヌ・ダルクは知っているがイザボーは知らないという人は是非この作品を読んで欲しい。
王妃イザボーは史実では「狂王の妻」という立ち位置で非常に興味深い人物です。もともとドイツのバイエルン公の娘で、ドイツ名は「エリーザベト・フォン・バイエルン」といいますが、「フランスはイザボーによって破滅し、ジャンヌ・ダルクによって救われた」とさんざんな言われようであり、反対派からは「淫乱王妃」という身もふたもない名前を付けられていました。現代のフランス人の感覚はわかりませんが、当時は中国における「秦檜」並みに嫌われ者だったのではないでしょうか。
見合いの席でシャルルはイザボーに一目惚れした。
①花嫁は一見魅力的だったが性格は最悪だった。貪欲、わがまま、軽薄、怠惰、浪費家と絵に描いたようなエゴイストだった。外国から嫁いだ王妃はフランスに同化しようと努力するものだが、彼女は自分だけが快適な生活ができたらフランスのことなどどうなろうと知ったことではないというタイプだった。
②狂気の夫を無視しドレス、宝石など浪費癖は宮廷費を瞬く間に使い果たしてしまう凄さで自分の子供たちにすら満足な衣食を与えなかった。
③王弟オルレアン公ルイやブルゴーニュ公ジャンなどと関係を持ち、淫乱王妃と呼ばれた。ゆえに12人の子供は夫の子だと言い切れない。
④退屈した15歳のイザボーは青年貴族ボワ・ブールドンと不倫関係になる。
⑤その後王弟オルレアン公ルイと愛人関係になるが、
⑥愛人ルイがブルゴーニュ公ジャンに殺されると今度はジャンの愛人となった。
⑦そしてジャンが暗殺されるとイギリスがフランスに乗り込んできた。イザボーはいつでも強い方につく女である。イギリス側に寝返った。つまり我が子シャルル7世と敵対したのである。イザボーはシャルル7世を私生児だと宣言する一方カトリーヌ王女をイギリス国王ヘンリー5世に嫁がせヘンリーにフランスの王位継承権を与える。前代未聞の事件で「史上最悪の王妃」と呼ばれるゆえんである。
あまりにも一方的な書かれようですが、実際のところ彼女の思いはどうあれ、フランス王家を混乱に陥れたのは間違いありません。
特に、ただの浮気ならともかくオルレアン公ルイと関係を持ったのがまずかった。
オルレアン公ルイの暗殺で、争いは権力闘争の段階から内乱の段階に進む。そこをイングランド王家につけこまれ、勝利のフランス王国が台無しになる。五十年戦争で終わったかもしれないものが、百年戦争になってしまった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40775?page=2
「ジャンヌ・ダルク」は、この「イザボー」を仮想敵として掲げることで支持を受けたという逸話もあります。そのくらい「聖女」「神の遣い」であるジャンヌがシャルル7世をフランス国王として支持しているとアピールするキャンペーンは、ヘンリー6世の王位継承を承認した「淫乱王妃」イザボーへの対抗という面で非常に重要でした。逆にイングランド側としては、ジャンヌはなんとしてでも魔女に貶められ、火刑に処せられる必要があったわけですね。
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個人的には、女王イザボーも、ジャンヌ・ダルクと同じく当時のフランス貴族の犠牲になった哀れな女性だったかも?なんて思ってみたり
イザボーについては日本ではあまり研究がないので、本当のところはわかりませんが、こういう評価もあります。
フランスには、『この国は、一人の女によって滅び、一人の処女によって救われる』という言い伝えがあるそうで、当時の人々は、この一人の女とは王妃イザボーのことであると信じて疑わなかったようである。
しかし、私は言いたい。イザボーは、嫁いで来た時わずかに14歳。夫を失った時も17歳にすぎなかった。まだローティーンの一人の少女が、両親の元を離れ、言葉も通じない異国で知らない大人達に囲まれ、好きでもない男を夫として暮らしていかねばならなかったのである。しかもその夫は発狂してしまうわけで、こんな時、誰かを頼りたいと考えるのは、当然ではないだろうか。(中略)
また、自分自身がまだ子供であるというのに、毎年のように子供を産まねばならず、産めばすぐそばから乳母にとりあげられ、子育てを通して自分を成長させることもできない。そういう状況に置かれた17歳の娘が、我が子に愛情をもてず、子供より自分の身の方をかわいく思ったとしても、責めることはできないのではないか。
http://yamatonatu.hateblo.jp/entry/2016/02/01/110636
ジャンヌ・ダルクの生涯[Kindle版] | ||||
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というかですね。上ではあたかもこの王妃が淫乱なんだという扱いでしたが、お前ら、自分たちで彼女に愛人をあてがってるじゃねえかw
フランス王シャルル6世妃 イザボー - まりっぺのお気楽読書
シャルル6世は、発病(分裂症らしい)していないと、まったく普通の人でしたが
発病するとイザボーが誰だか分からない上に怯えだすということで
愛人をあてがいましょう、ということになりました。
オデットという女性が1405年頃からお相手を務めています。
イザボーのイメージとして則天武后のような女傑のイメージをすることも出来ますし、「カルバニア物語」に出てくるタニア女王の母親「プラチナ」なんかをイメージすることも出来ます。実際作者さんはちょっと意識しているのではないかなと思います。実際、イザボーの娘「キャサリン」はカルバニア物語の「黒衣のミネルバ」をちょっと思い出しますし。
キャサリン・オブ・ヴァロワ - Wikipedia
デンマーク王妃「カロリーネ・マチルダ」の話なんかを考えても
デンマーク王クリスチャン7世妃 カロリーネ・マチルデ - まりっぺのお気楽読書
この当時の貴族たちの男尊女卑ぶりは半端なく、男たちは自分勝手にふるまって問題を起こしたあげく、何か問題があればすべて女が悪いという風に扱っていたのだなぁと思います。なので、貴族たちが一方的に語っている歴史だけではなく、ジャンヌはもちろんのこと、「淫乱王妃」イザボーも、当時の貴族社会の男たちの犠牲になった人物なんじゃないかな、とか考えたりできます。
歴史はこんなふうに、事実からいろんなストーリーを想像できるところが楽しいですね。
レベレーション(啓示)(2) (モーニング KC) | ||||
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おまけ 「百年戦争」「ジャンヌ・ダルク」については過去記事でいろいろと語ってるのでこちらもどうぞ
百年戦争(1339~1453)について描いているマンガ - この夜が明けるまであと百万の祈り
百年戦争の間、イギリスもフランスもイタリアの銀行に多額の借金をしており、特にイギリスは踏み倒しとかやってるので百年戦争とイタリアの商人は切っても切れない関係であったりします。そういう点も考えながら読むと世界史っておもしれえええ!
英仏百年戦争(中編) リチャード2世とシャルル6世 - この夜が明けるまであと百万の祈り
イギリス人の半数は「シェイクスピア症候群」にかかっており「イギリスヘンリー6世が勝利してフランス王シャルル7世を臣下にしたけど(※実際にはそのような事実は無い)薔薇戦争で国内がgdgdになったからそのどさくさでフランスが土地を取り戻した。イギリスは負けてない」と思ってるらしい。つまり半数のイギリス人の中では百年戦争は1339年から1420年のトロワ条約までで終わっていて、その後を認識していない
シャルル5世は、ギリギリのところでフランスの大改造に着手してフランス王家の危機を救ったけれど、まだ中央集権とか常備軍を成し遂げるには早かった
「英仏百年戦争」(前編) エドワード3世とシャルル5世の時代 - この夜が明けるまであと百万の祈り
アルマニャック派とブルゴーニュ派が力を合わせてイングランドと戦うのかと思いきや、ここでアルマニャック派の王太子シャルルがブルゴーニュ公(無怖公)をモントレーで惨殺。仲間割れしてる場合じゃないのに、一番やってはいけないことをやりやがった
イングランド&ブルゴーニュ&ブルターニュ VS アルマニャック派の戦いとなって、完全にフランス側の詰み
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実際は、ブルゴーニュ派(&ブルボン公)はネーデルラント継承戦争にかまけててアルマニャック派との戦いには参加せず、ブルターニュ伯は今までずっとフランス王家になびかなかったのに、なぜかこの期に及んで微妙にアルマニャック派寄りに
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イングランド VS アルマニャック
英仏百年戦争(後編-1) 現代に伝わるジャンヌダルクは、ナポレオンによる創作? - この夜が明けるまであと百万の祈り
ジャンヌ到着後になぜすぐに勝利できたかというと「防衛戦」「持久戦」だったものが「短期決戦」に変わったから
ジャンヌダルクという名前すら、同時代の文書にはまれにしか現れない。当時の文書では「ラ・ピュセルと俗称されし女」であり、これは当時のニュアンスでは「下女」でしかなかった。
彼女は、国王に仕えた忠臣としてではなく、あるいは偉人、英雄、聖人としてではなく、むしろ民衆の代表としてこそ、歴史に位置づけられるべきなのである
安彦良和版「ジャンヌ」が素晴らしかった - この夜が明けるまであと百万の祈り
ジャンヌが死んだ10年後の「プラグリーの乱」のタイミングにおいて、ジャンヌの人生の遍歴を追体験していく、という構成。
生まれ故郷である「ドンレミ村」から「ボードクリール」の領主の元を経て、シャルル王太子と出会った「シノン」に趣き、さらにそこからオルレアン包囲戦、パテーの戦い、ランスでの戴冠式を経て、その後囚われの身となり、異端審問にかけられて火刑にて殺されるまでの人生を追体験していきます。その間、ジャンヌと共闘した人物や、ジャンヌが守ろうとしたシャルル7世とも面会して話を聞く展開になっている。