皆さんは覚えているだろうか。
昨年夏、チケットの高額転売に反対する意見広告を音楽団体が連盟で発表した。
それはツイッターなどで瞬く間に話題となり、賛成、苦言、様々な意見が飛び交った。
転売屋潰れろ。転売屋から買うな。でもダブってしまったチケットを、当たらなかった人に渡す正規の手段は?
それに応えるような形で今年五月、音楽業界公認・公式チケットトレードリセール=チケトレがオープンした。
取引は定価でのみ。運営が取引を仲介する形を取り、チケット詐欺の心配はなく、何よりも「公認」だ。これ以上に安心できるシステムはないだろう。
残念ながら開設当時、私の手元にはトレードに出したいチケットも、そうまでして取りたい公演もなく、
意見広告が発表された時と同様、賛成、苦言の意見を「ふーん」と半分他人事のように眺めていた。
今日が発券日で、ほんの一時間前、会社の飲み会を一次会で抜けて発券してきた。
多分、ライブにしろ、舞台にしろ、スポーツ観戦にしろ、何度かチケットの発券をしたことがあればその内お目に掛かるだろうあの緑の袋だ。
発券元はイープラス。とても大事な事なので二度言う。イープラス。察しのいい人なら、この時点で話のオチが読めるかもしれない。
チケットは来週某所で行なわれる某アーティストのライブのチケットだ。
券面で確認したところ、席はそこまで悪くない。気がする。もしかしたらとんでもない後ろかも。
しかしそれは私にとって正直どうでもいい。なぜなら私は来週海外出張を命じられているからである。つまり行けないのである。
1ヶ月前、出張とライブの日程が被っていることに気付いた私は、過去同じアーティストのライブへ一緒に参加したことのある先輩に譲渡を持ちかけた。
部署は違えど同じ会社。身内であれば金銭処理もチケットの手渡しも容易だと思ったからだ。
しかし、確認するとライブ当日、かなり厳格な本人確認が行なわれそうだという。
どうやらそのアーティストはチケットの譲渡を全面的に禁止しているらしいのだ。
それを聞き、私の頭には身分証の貸し出しという禁じ手すら一瞬よぎったが、すぐさま抹消した。さすがに法に触れそうな気がするし、そうでなくても私は女で先輩は男だ。普通に無理だろう。
そこで公式に迷惑を掛けてはいけないという自戒を敷いているオタク=私は先輩への譲渡を諦め、公式が推奨する手段に則ることにした。
私はこれまでチケットのトレードというものをほとんど行なったことがなく、チケキャンなどのサイトにも登録していない。
なので、チケトレの公開時、世間で上がった手数料等の意見はあまり気にしていなかった。多少でもお金が返ってくれば助かるし、もし見たいのにチケットが取れなかった人の手に私のチケットが渡るなら、それがお互いの幸せだ。win-winというやつだ。
なので数日かかる登録作業(出品者は口座確認があるため登録まで時間が掛かる)を苦に思うことなく処理し、いざ「出品する」アイコンを押した訳である。これが大体二週間前の出来事だ。
結論を言うならば、このとき私はチケットを出品することができなかった。
チケトレは音楽業界公認のサービスだが、運営はちけっとぴあが行なっている。
もちろん、だからと言ってぴあ以外のチケットが出品できない訳では無い。私もそれは事前に確認していた。
抜けていたのは、ぴあ以外から購入したチケットに掛かる出品制限だ。
実はチケトレ、「発券前のチケット」はぴあで購入した場合のみ出品可能なのである。
つまり、イープラスから購入した私のチケットは発券しなければ出品できない。
公演日、価格、席種などなど、そこそこ長い出品情報の入力を行ない、さあ最後一項目だ、というところでその一文を見たときの私のやるせなさをどうか感じて欲しい。
そうか…ぴあじゃないとダメなのか…そっか…そっかあ……。くらいの。
実際はもっと荒れて、イープラス購入者には人権がない!!!などとツイッターで吐き出していたのだが、できないものは仕方ない。
なにも、出品を断られた訳ではないのだ。発券さえすればいいのである。
出来れば発券番号だけの取引で済ませたいな~などの怠惰な気持ちを撲滅すれば出品はできるのである。
すぐさまイープラスのサイトへと飛び、発券番号を確認し、その足で徒歩数分のところにあるファミマへ向かえばいいのである。
そして私は衝撃的な事実を知る。何と発券日、まだだった。購入内容確認画面に「発券開始 10月12日14:00~」の文字。マジかよ。
だってそれ、ライブまで一週間切ってるよ?私が9月に取った11月の舞台はもうとっくに発券できるのに?マジで?
私の動揺を少しでも推し量って頂けるだろうか。
こちとら人生初の海外出張を控えているのに、出品して、買い手がつくのをジリジリ待って、そこからギリギリの発送処理を行なえと言うのか?
私は大いに荒れた。イープラス購入者に人権はないを叫びすぎてツイートが重複した。そのくらいのやるせなさだった。
人生初の海外出張を控えながら、出品して、買い手がつくのをジリジリ待って、そこからギリギリの発送処理を行なう覚悟で発券したチケットだ。
私は二週間ぶりにチケトレにログインし、「出品する」アイコンを押した。
今回は頭から二つめの欄にそれが書いてあった。
「公演日が近いため、未発券のみ出品可能です。」
なるほど。
なるほど。
運営側もそんなギリギリ発送のリスクは侵さないということだろう。
そりゃそうだ。日付の上ではまだ数日あるが、土日を挟めばほとんど猶予はない。チケットが届かないなんてトラブルとして手際が悪すぎる。
だったら番号のみの取引にして、購入者が自分で発券できるようにするのが誰にとっても安心できる。私だってそう思うしそう思っていた。
保身のため言わせて貰うが、私は別に、6500円×2枚+購入手数料+さっき払った発券手数料が惜しいわけでは無い。
行くことはできないもののチケットが取れたのは事実で、自分ではどうしようも出来なかったとはいえ公演日に出張が被ったのは別にアーティストのせいでもなんでもない。
むしろそういう人のためのシステムをせっかく用意してくれたのに、その注意事項を事前によく読まなかった私が悪いのである。
あとは空席を作ってしまう申し訳なさを当日海外の地で悔い、チケット代を勉強代として家計簿の出費欄に記入すればいいのである。
ただ、もう一つだけ言わせて欲しい。
私は今回、取ったチケットの日程に都合を合わせられなかった事以外、何も悪いことはしていない。
正規の手順でチケットを取り、正規の手順でトレードに出そうとした。
ただ、システム側がぴあ以外のプレイガイドを認めていなかっただけで。
ただ、発券日がシステム側で対応できる期間よりも後だっただけで。
ただそれだけなのである。
私の手元には今、二枚のチケットがある。
行くこともできず、譲ることもできない緑色の紙だ。
右下にはあのポップなeのマークがある。