(上からの続き)

機動隊が市民を規制する中、砂利を運び込むダンプ=2016年11月28日、国頭・東村境

 昨年8月25日早朝、Fルート(旧林道)上のN1裏テント内で、沖縄防衛局職員が腕に抱えた書類を取り上げられ、その腕にあざができたとされる。これは刑法的に見て、公務員に対する暴行であって、公益が害されることになる、と評価できるのか。これを考えるヒントが、チッソ水俣病川本事件にある。

公訴権濫用論

 水俣病患者である川本輝夫らは、1971年12月から20か月にわたり、被害補償等についてチッソ社長と直接交渉するために、東京の本社前で座り込みを続けた。患者らは社長との面会を求めるが、従業員らがこれを阻止し、激しく衝突することがあった。そして事件が起きた。川本が従業員らの腹部を手拳で殴打し、噛(か)みつくなどし、おのおの全治1、2週間の傷害を与えたとして起訴された。1審は罰金5万円、異例の低額罰金刑の判決である。しかし控訴審がこれを破棄した。公訴権の濫用(らんよう)、つまり検察官の起訴自体が無効であると判断した。

 控訴審判決はこう述べた。およそ、検察官がある事件を立件し刑事処分を求めるに当たっては、当該犯罪の動機、原因、背景的事実を捨象して現象面のみを見ることは皮相である。水俣病の被害という比較を絶する背景事実があり、自主交渉という長い時間と空間のさなかに発生した片々たる一こまの傷害行為を、被告人らが自主交渉に至らざるを得なかった経緯と切り離して取り出し、それに法的評価を加えるのは、事の本質を見誤るおそれがあって相当ではない、と(東京高裁昭和52年6月14日判決)。

 「水俣病の被害」を「沖縄戦と戦後70年の基地被害」、「自主交渉」を「ゲート前座り込み」にそれぞれ置き換えてみよう。さもなければ「事の本質を見誤る」。

 残念ながら検察官が上告し、最高裁は公訴権濫用論をしりぞけた。それは「たとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」と。しかし、高裁判決を「破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない」と述べて上告を棄却した。つまり川本の行為は犯罪にはあたらない、とする司法判断が確定した。

 片々たる一こまの行為を取り出して違法評価することはむなしい。前例のない公害事件の加害企業と被害者。生活基盤と健康を奪われ、その圧倒的に対等ではない力関係によって押しつぶされないために抗(あらが)うぎりぎりの方法。それが自主交渉であり、そこに正義があるとするのでなければ、法は存在理由を失う。加害企業側との衝突において、被害者側の行為だけを問題視すれば法は枉(ま)げられる。

国は被害者か

 沖縄防衛局のヘリパッド移設事業に反対し、高江で座り込みをした者らの中には警察車両に轢(ひ)かれた者、機動隊員に骨折させられた者、小指を5針縫うけがをさせられた者などがおり、あざがでる程度の負傷者は数え切れないだろう。それゆえ、1人の防衛局職員のあざだけを特別視することはできない。問題は、なぜ高江はそうなってしまったかである。

 その答えは簡単である。日本国政府は「日米同盟関係の強化」という日米安全保障条約上の目的を追求するために、ヘリパッド移設事業の完成を急いだ。極端な工期短縮のため、沖縄防衛局は警察力を借りて抗議行動を抑え込み、工事を強行した。

 しかし沖縄防衛局は私企業ではなく、国の行政機関である。公務員は適法に職務を執行するものと期待される。その公務が妨害されるならば、被害者は国である。それゆえヘリパッド移設事業を妨げる行為は犯罪であると疑いをかけられ、刑罰法令が適用される。

 その四つの方法がある。(1)沖縄防衛局の基地建設事業を保護するために公務執行妨害罪や威力業務妨害罪を用いる。(2)基地内の工事現場を保護するために日米地位協定の実施に伴う刑事特別法2条を用いる。(3)道路上の運送業務を保護するために道路交通法上の罰則を用いる。(4)基地建設事業の警備業務をする警察官の職務を保護するために公務執行妨害罪を用いる。

 こうして1人の防衛局職員の負ったあざを理由に刑事裁判が争われる。違法は沖縄にあり、正義は日本国政府にある。ヘリパッド移設事業の目的は「沖縄県民の負担軽減」に他ならない。この論理は普天間飛行場移設事業でも同じである。