昨年8月25日早朝、Fルート(旧林道)上のN1裏テント内で、沖縄防衛局職員が腕に抱えた書類を取り上げられ、その腕にあざができたとされる。これは刑法的に見て、公務員に対する暴行であって、公益が害されることになる、と評価できるのか。これを考えるヒントが、チッソ水俣病川本事件にある。
公訴権濫用論
水俣病患者である川本輝夫らは、1971年12月から20か月にわたり、被害補償等についてチッソ社長と直接交渉するために、東京の本社前で座り込みを続けた。患者らは社長との面会を求めるが、従業員らがこれを阻止し、激しく衝突することがあった。そして事件が起きた。川本が従業員らの腹部を手拳で殴打し、噛(か)みつくなどし、おのおの全治1、2週間の傷害を与えたとして起訴された。1審は罰金5万円、異例の低額罰金刑の判決である。しかし控訴審がこれを破棄した。公訴権の濫用(らんよう)、つまり検察官の起訴自体が無効であると判断した。
控訴審判決はこう述べた。およそ、検察官がある事件を立件し刑事処分を求めるに当たっては、当該犯罪の動機、原因、背景的事実を捨象して現象面のみを見ることは皮相である。水俣病の被害という比較を絶する背景事実があり、自主交渉という長い時間と空間のさなかに発生した片々たる一こまの傷害行為を、被告人らが自主交渉に至らざるを得なかった経緯と切り離して取り出し、それに法的評価を加えるのは、事の本質を見誤るおそれがあって相当ではない、と(東京高裁昭和52年6月14日判決)。
「水俣病の被害」を「沖縄戦と戦後70年の基地被害」、「自主交渉」を「ゲート前座り込み」にそれぞれ置き換えてみよう。さもなければ「事の本質を見誤る」。
残念ながら検察官が上告し、最高裁は公訴権濫用論をしりぞけた。それは「たとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」と。しかし、高裁判決を「破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない」と述べて上告を棄却した。つまり川本の行為は犯罪にはあたらない、とする司法判断が確定した。
片々たる一こまの行為を取り出して違法評価することはむなしい。前例のない公害事件の加害企業と被害者。生活基盤と健康を奪われ、その圧倒的に対等ではない力関係によって押しつぶされないために抗(あらが)うぎりぎりの方法。それが自主交渉であり、そこに正義があるとするのでなければ、法は存在理由を失う。加害企業側との衝突において、被害者側の行為だけを問題視すれば法は枉(ま)げられる。
国は被害者か
沖縄防衛局のヘリパッド移設事業に反対し、高江で座り込みをした者らの中には警察車両に轢(ひ)かれた者、機動隊員に骨折させられた者、小指を5針縫うけがをさせられた者などがおり、あざがでる程度の負傷者は数え切れないだろう。それゆえ、1人の防衛局職員のあざだけを特別視することはできない。問題は、なぜ高江はそうなってしまったかである。
その答えは簡単である。日本国政府は「日米同盟関係の強化」という日米安全保障条約上の目的を追求するために、ヘリパッド移設事業の完成を急いだ。極端な工期短縮のため、沖縄防衛局は警察力を借りて抗議行動を抑え込み、工事を強行した。
しかし沖縄防衛局は私企業ではなく、国の行政機関である。公務員は適法に職務を執行するものと期待される。その公務が妨害されるならば、被害者は国である。それゆえヘリパッド移設事業を妨げる行為は犯罪であると疑いをかけられ、刑罰法令が適用される。
その四つの方法がある。(1)沖縄防衛局の基地建設事業を保護するために公務執行妨害罪や威力業務妨害罪を用いる。(2)基地内の工事現場を保護するために日米地位協定の実施に伴う刑事特別法2条を用いる。(3)道路上の運送業務を保護するために道路交通法上の罰則を用いる。(4)基地建設事業の警備業務をする警察官の職務を保護するために公務執行妨害罪を用いる。
こうして1人の防衛局職員の負ったあざを理由に刑事裁判が争われる。違法は沖縄にあり、正義は日本国政府にある。ヘリパッド移設事業の目的は「沖縄県民の負担軽減」に他ならない。この論理は普天間飛行場移設事業でも同じである。
あわせて読みたい
タイムス×クロス コラムのバックナンバー
-
【高江ヘリパッド刑事裁判(下)】被告席に立つべきは国 差別の道具になった法 2017年10月15日 22:03
-
【高江ヘリパッド刑事裁判(上)】書類取り上げは犯罪か 警察力借りた強行を問う2017年10月15日 22:01
-
衆院選2017~沖縄から問う タカ派が抱える「安保選挙」の矛盾2017年10月4日 17:10
-
衆院選2017~沖縄から問う 基地問題の当事者は誰か? ペリー元米国防長官証言を読み解く2017年9月26日 17:50
-
沖縄基地問題 そびえ立つ「ワシントンの壁」 ジャーナリスト・屋良朝博のロビー活動記2017年7月24日 06:00
-
人手不足を乗り切るために企業がすべき2つの取り組み2017年6月30日 13:57
Feature
-
3年で3割増、沖縄産乳用牛の飼育数 県家畜センターが育成に力を入れる理由 2017年10月16日 05:00
-
米軍の協力なく捜査手詰まり 安富祖「流弾」事件から半年 2017年10月16日 05:45
-
沖縄そばの日に捧げる9257字 「そばじょーぐー」たまきまさみの一番長い日 2017年10月14日 11:25
-
衆院選2017:支持拡大へ奔走 最後の日曜日 2017年10月16日 05:00
-
紙面未掲載の写真を閲覧できます! 県内のスポーツ大会やイベント 沖縄タイムス「フォトギャラリーDL」 2017年10月4日 14:29
-
見る!買う!味わう! 「ちんすこうショコラ」のファッションキャンディ、リニューアルした宜野湾本店に行ってみた 2017年10月13日 18:05
-
【高江ヘリパッド刑事裁判(下)】被告席に立つべきは国 差別の道具になった法 2017年10月15日 22:03 タイムス×クロス コラム
-
【高江ヘリパッド刑事裁判(中)】法を超える権力の暴力 差別被害、受けたのは沖縄 2017年10月15日 22:02 タイムス×クロス コラム
-
【高江ヘリパッド刑事裁判(上)】書類取り上げは犯罪か 警察力借りた強行を問う 2017年10月15日 22:01 タイムス×クロス コラム
-
木村草太の憲法の新手(66)衆院選の注目点 改憲提案ぼかさず明確に 2017年10月15日 12:45 タイムス×クロス 木村草太の憲法の新手
-
有効求人倍率は1倍超えたが…非正規、低賃金など課題 助成や指導を強化 2017年10月14日 17:57 「働く」を考える
-
沖縄そばの日に捧げる9257字 「そばじょーぐー」たまきまさみの一番長い日 2017年10月14日 11:25 ウェブマガジンWコラム記事
9秒でわかる!サクッとニュース
アクセスランキング
注目トピックス
-
OKINAWA Startup Program 「アイデアとテクノロジーで沖縄を変える」そんな情熱を持ったスタートアップ起業を、琉球銀行と沖縄タイムスが応援します。オキナワ・スタートアップ・プログラム
-
当選本数400本!読者感謝祭 県産品、ホテル食事券など豪華20品の中から選べる!プレゼントのご応募はこちらから。
-
お祝い金がもらえる求人情報サイト「ジョブカロリ」 「ジョブカロリ」は、成果報酬型人財マッチングサービスです。
-
マンガ家大城さとしが行く!沖縄のじょ~と~企業探訪 おばあタイムスでおなじみのマンガ家・大城さとしさんが長編マンガで沖縄の企業を紹介するシリーズ企画です。
-
人と経営みらい塾2017 受講生募集 大久保寛司氏が、組織で働くための「5つの経営スキル」を3回シリーズで語ります。
-
クラウドファンディング「Link-U」 あなたの夢や想いを実現するために、あなたと一緒に挑戦します。
-
サクサク!電子版がアプリに! 沖縄の新聞社で初の「電子新聞アプリ」をリリースしました。
-
今日もがっつり!運転手メシ 沖縄タイムスの運転手がつづるグルメブログ。「安い」「おいしい」「腹いっぱい」の食堂や総菜屋さんを紹介します。
-
しまくとぅば新聞ポッドキャスト 毎日曜に掲載の「うちなぁタイムス」で取り上げたしまくとぅばの音声データを紹介