あまり知られていないが、これまで日本では外国人観光客に外国語でガイド行為をおこない、報酬を受け取る行為には「通訳案内士」という国家資格が必要だった。これは通訳案内士法で定められたもので、無資格で通訳ガイドをやると50万円以下の罰金が科されるルールである(この法律の今後については後述)。
同法の施行は1949年(昭和24年)。進駐軍関係者をカモにする闇ガイド行為の防止や、いい加減な日本人を外国人に接触させて国家の沽券にかかわってはけしからんといった、当時の日本政府の悩みも反映された法律だったのだろう。
施行前年の年間訪日外国人客数は、わずか6310人である。空襲で壊滅した街と闇市のバラックしかない敗戦国ニッポンに、わざわざ自費で遊びに来る物好きな外国人なんかほとんどいない時代に制定された法律だった。
だが、いまや日本では外国人観光客誘致が貴重な有望成長産業とみなされ、国策としてインバウンド受け入れを拡大するようになっている。2016年の年間訪日外国人数は過去最多の約2400万人に達したが、いっぽうで通訳案内士の登録者数は2万人程度しかいない。
しかも、この通訳案内士の数は英語やフランス語など10言語の合計だ。こんにちの訪日外国人の大半を占める、中華圏(中国・台湾・香港)や韓国の人々に対応した中国語・韓国語のガイド資格保有者は圧倒的に足りていない。
ゆえに、中国人を中心に大量の無資格ガイドが勝手に仕事をおこなっている現実がある。そもそも違法なガイド行為の特定は困難であるうえ、当局による摘発例が過去68年間でゼロ(!)ということもあって、通訳案内士法の罰則は実態としては有名無実なのだ。
法律自体が周知されていないこともあり、自身が違法状態にあることを認識しないまま、これまでにも大量の在日中国人がガイドの小遣い稼ぎに精を出してきた。
2013年1月、筆者は『週刊文春』の取材で、当時ブームだった中国人のインチキ格安日本ツアーを追いかけたことがある。当時、中国側の業者はツアー客の旅程を在日中国人の旅行会社に丸投げしていた。
一部のガイドのいい加減さは凄まじく、「日本が老人だらけなのはこの薬を飲んでみんな長寿だからだ」「昭和天皇はこの長寿薬をマッカーサーに献上したから戦犯処刑を免れたんだ!」などと好き放題の口上を述べ、自身がキックバックをもらえる免税店(中国人経営)に客を連れ回してボッタクリ商品を購入させていたのであった。
もっとも、現在は当時と異なり、すでに中国人観光客の5割以上が日本慣れしたリピーターである。スマホで調べてボッタくりを見破れるようになり、格安ツアーの悪辣さも広く知れ渡ったことで、以前のような超絶インチキ旅行は困難になった。
だが、ツアー旅行が下火になって無資格ガイド行為がなくなったかといえば、実はそうではない。むしろこれまで以上に、より気軽に「違法」なガイド行為をおこなう在日中国人が増えているようなのだ。
こうした動きを後押ししているのが、近年の世界と中国を席巻するシェア文化である。各国でガイドをやって小遣いを稼ぎたい現地の人と、ガイドがほしい個人旅行者を仲介するローカルガイドマッチングサービスというものが存在するのだ。
世界的大手には米国系の『Vayable』などがあるが、中国人は洋モノよりも中国国産サービスを好む傾向が強いため、もっぱら『8只小豬』などの中国サイトを使っている。そこで同サイトにアクセスし、日本国内でガイドや個人ツアーを受け付けている人を探すと……。
出るわ出るわ、ガイドの項目だけでも延べ800件以上が引っかかる。書き込みをおこなっているのは(たぶん)ほぼすべて、現時点では通訳案内士法に違反した無資格ガイドたちである(もっとも米国系の『Vayable』でも無資格と見られる日本人がガイドを受け付けている例が見つかるので、なにも在日中国人だけが違法行為をおこなっているわけではないが)。