真空フランジ: その種類と購入にあたっての注意点
思わず本文かと思うほど長い前書き
(ここは読み飛ばしていただいても結構です)
この「技術開発室だより」担当者=つまり私ですが、真空業界団体の会合 -- その中でもJIS規格やISO規格の制定・改訂に関係する作業委員会 -- に顔を出しております。で、たまにですが、その規格がらみのネタで業界誌に載せる記事を書けとか言われたりもします。
普通そういうのは研究所や大学の先生だとか、大手メーカーの部課長さんクラスの人(ご本人が面倒な場合は部下に投げたりします)がお書きになるのが通例だと思うのですが、こと真空フランジやガスケットに関係する話は、私のごとき下っ端のところにダイレクトに来ることが多いです。これにはワケがありまして、狭い真空業界の中でも真空計やポンプあたりですと主力製品として扱っているメーカーの数も専門で携わっている人数も大変多うございますので「なんか記事書いて下さい」あるいは「講演お願いします」というような話は、やはりそれなりに肩書きのある人のところに依頼が行くのですが、人類が21世紀を迎えて以降「強いて言えば真空フランジが専門です。ポンプや真空計のことはわからんですよ」と臆面もなく自称し、真空フランジのネタで学会発表したり海外の論文誌に投稿しちゃったりするピンポイントの真空フランジマニアは世界規模で見ても絶滅危惧種でして、少なくとも日本列島上で確認できる個体は私しかいないようです(2009年度の調査結果に基く)。
さて、回りくどい自己紹介はこの辺にして、上記のような事情でもって私が書いて真空業界誌に載せていただいた記事の中から、私の実家のオカン(一般民間人)に絶賛された1報を、ここで恥ずかし気もなく皆様に御披露申し上げたいと存じます。
下の記事は、日本真空工業会の機関誌である「真空ジャーナル」の2007年5月号と7月号に掲載された記事の内容に「技術開発室だより」の他のページの内容を合わせて再編集し、大幅な加筆訂正を加えたものです。すでに機関誌で掲載した内容を含む記事について発表することを快諾して下さった日本真空工業会の関係各位に心より感謝いたします。また近々、下の記事を再構成したものが「真空ジャーナル」に掲載される予定であることをお知らせすると共に、この場で先行発表することを許諾して下さったことにつきましても重ねてお礼申し上げます。
それから、忘れないうちに宣伝させていただきます。「真空ジャーナル」は季刊の真空産業情報誌で、日本真空工業会の加盟企業・団体には会報誌として配布されていますが、お勤め先が刊行元の日本真空工業会に非加入の方でも年間 4,800円 で購読できます。私見になりますが、業界団体の会報にありがちな手抜き感がなく、購読料相応の価値は十分にあると思います。詳しくは日本真空工業会サイト内の紹介ページ <http://www.jvia.gr.jp/journal/index.html> をご覧下さい。購読のお申し込みの際に「バックス・エスイーブイのサイトで記事を読んだ」と一言お申し添えいただければ、小生も多少は恩着せがましい顔ができます。
このページの記事は、このような方たちを対象としています
(ここは一通り読んでいただきたい)
もちろん、どのような方がお読み下さっても結構なのですが、私が特に意識したのは、 真空産業の現場で数年程度の経験を積まれた方々、具体的には真空装置やチャンバーの設計・製造に携わる技術者、セットメーカーやアセンブリメーカーの購買担当者・仕様決定に関与する立場の営業担当者といった方々です。自社製品に採用すべき真空用フランジについて、その選択のポイントを見定める一助になれば大変嬉しく思います。
顧客から制作を依頼された装置やチャンバーに取り付ける真空用フランジを実際に選定するにあたって資料を探しても、巷に出回る真空技術の初心者向けテキストでは情報が足りず、学術誌に載っている論文には欲しい情報が無く、実際に業者に問い合わせても自社製品を薦めるばかりで頼りにならん、というお悩みを抱えた現場実務者の方は多いのではないかとお察しします。真空産業以外の工業分野には大概、かゆいところに手が届くハンドブックやガイドブックが実務者向きに用意されているのですが、真空フランジなどというマイナーなカテゴリーには、そのような便利なものはありません。じゃあ僭越ながら私が書きましょうか、というわけで書いてみました。
また、真空装置やチャンバーを発注する側のユーザー諸氏におかれましても、自分の求める仕様を実現するためのフランジシール関連製品を探す参考にしていただければと考えています。
一応お詫びしておきます
業界誌上で発表することを前提に書いたもんで「技術開発室だより」にあるまじき表現となっております。
気が向いたときに「技術開発室だより」っぽい感じに直していくつもりですので、しばらくはコレで勘弁して下さい。
長らくお待たせいたしました。では、どうぞ。
***************ここからが記事の本体ですよ***************
真空用フランジ製品の互換性と規格・標準化の実情
【まえがき】長いですが、ガマンして必ず目を通して下さい。
「規格化されている」から「大丈夫」という思いこみの落とし穴
これから真空用コンポーネントを買おうとしている人なら、その対象がポンプであれ真空計であれ、あるいは他のものであっても、カタログ等を頼りに製品の仕様を一通りチェックするのが普通でしょう。しかし、真空用フランジやガスケット・Oリング等については、いちいち仕様を確認する人は少ないようです。
しかし、これはもっともな話で、元々フランジはコンポーネントやチャンバーを相互に接続するための「部品」であって、既に規格化されている=仕様が明確に決まっている=互換性が保証されている=代替品はいつでもどこでも手に入る、つまり、固い言い方をすれば「標準化されている」と多くの方が当然のこととして認識しているからと思われます。
これを書いている私も、やはり多くの真空用コンポーネントーユーザーの方たちと同じく「真空用コンポーネントの市場において、フランジの標準化はほぼ完了している」と見ていて、自社製の真空用フランジが市場で流通しているのは、他社製品との間に互換性があるという前提の上でのことだと了解しています。ですが一方で、市場で流通している製品の中には「一見しただけでは標準品と見分けのつきにくい、標準化の範疇からはみ出してしまった例外品が存在する」ことを日常の業務の中で見聞きしてきました。そして、意図せず「例外品」を手にしてしまった方々から、実際にお問い合わせやご相談を頂いてきました。
その具体的な内容について例を挙げますと、
・同じサイズ表記なのに国内のメーカーと海外のメーカーではフランジの仕様が違っているようで、手持ちのOリングが使えなかった。
・フランジとクランプを別々のメーカーから購入したら、接続できなかった。
・仕入れ業者を変えたら、指定したはずのサイズとは全然違うサイズのガスケットが納品された。
等々です。
そして、不幸にもこのような災難に遭われた方々が、ほぼ確実に口にされる一言が「こういうのって、規格では決まっていないの?」です。
これから自分が買おうとしている真空用フランジが「標準的なもの」なのかどうかを判定するための基準として公的規格を頼りにする方が多いようですので、ここで少しだけ、そのことに触れておきます。
日本真空学会と日本真空工業会は合同で「規格標準合同検討委員会」という作業委員会を組織しています。活動内容は真空用の器材や装置・部品、あるいは運用に関する規格および標準化促進の全般に及びますが、具体的には、真空に関わる国際規格ISOや日本工業規格JISの制定と改定内容についての検討、国内や海外の真空機器と標準化状況についての実態調査、また、これらの活動についての広報や情報提供のための説明会の開催などを主に行っています。
私がこの委員会にメンバーとして加わり、真空用フランジシール機構と配管類を担当するようになって、およそ10年が経ちました。この間、ISO規格の国際審議にも参加しつつ数件の規格について制定と改定に携わり、いろいろな実態調査もしてきましたが、真空用フランジ業者と規格標準活動の関係者という2つの立場を往復する中で「真空用フランジについての公的規格が制定されることと、フランジの型式やサイズが市場において標準化されることは、関連はするがイコールではない」ことを痛感するようになりました(なぜ真空フランジの専門屋が制定に関わっているはずの公的規格と市販品の実情が乖離するのか、という話を始めると、かなり長くなりますので、これは別の機会にさせて下さい)。
「購入者側の責任」で泣かないために
複数の真空機器メーカーのカタログに掲載されているような、国内で広く普及している型式のフランジについては、多くの場合、そのサイズと各部の寸法を規定した公的規格が存在します。ですが、実際の市販製品は、それらの規格で規定された各部の寸法を全てその通りに採用した「完全準拠品」ばかりというわけではなく、一部あるいは複数の箇所を規定とは違う寸法にしているものも相当の量が出回っています。これらの、厳密には「非準拠品」と言われるべきものを含む製品群が、それでも互換性を保持しているのは、それぞれのメーカーが互換性を確保するための必要条件、平たく言えば「勘どころ」を押さえた製品を販売することによって、市場でのコンセンサスを形成しているからです。これが、真空用フランジシール機構における標準化の実態です。
そして、このコンセンサスの範疇から外れてしまった製品が、先ほども述べた「例外品」になるわけです。
ですが「例外品」を製作しているメーカーが悪いのかと言えば、ほとんどの場合そのようなことはありません(もちろん設計や品質に不備がある場合は別です)。汎用性や「標準品」との互換性よりもピンポイントな機能に的を絞った製品にも確たる需要がありますし、それが市販品であれば、ほぼ間違いなく仕様がカタログ等に記載され、その製品の互換性を判断するための情報は誰もが入手できるはずだからです。ただ、購入者がその仕様を知ることなく「例外品」を「標準品」と思い込んで入手したときにトラブルが起こるのです。そして、不幸にもこのようなトラブルに遭った場合にも、悲しいかな、多くの場合は注文するときに仕様の確認を怠った購入者側の責任になってしまいます。
自分がこれから入手しようとしているシール機構の型式やサイズ等の仕様は標準化されている、という無意識の盲目的な思いこみは時として非常に危険です。フランジ型式の呼称・サイズ表記・詳細寸法・材質・接続方法等が標準化されていなという例は意外と多く、注文したはずの品物と違うものが納品されてしまうというトラブルは後を絶ちません。また、一見して標準品のように思えても、実は開発元の独自規格で、他メーカー製品との互換性に乏しいものも存在することを認識して頂きたいと思います。
幸か不幸か、国内で広範に普及している真空用フランジシ-ル機構の型式はそう多くはありませんし、存在が確認されている「例外品」も数が限られていますので、
この記事では主に:
・存在が確認できている「例外品」と、その見分け方について
・あまり標準化されていないために「例外品」の識別が難しい場合には、混在の状況について
特に注意していただきたいポイントを、できるだけ具体的に分かりやすくお伝えできればと思います。
この記事が皆様のお手許で、真空用フランジシール機構を選択する際の不安を減らし、起こりえたかもしれない不慮のトラブルを1つでも回避するためのガイドになれたなら幸甚です。
まえがきの最後に、毎度のことではございますが
免責事項・お願い・ご注意
この記事は、当社の本来の事業・業務とは別に、あくまで無償のサービスとして情報を提供させていただくものです。従いまして、内容に関わるご質問にはお答えしかねる場合も多々ございますが、悪しからずご了承下さい。特に、公的規格の具体的な規定内容、各メーカー製品の規格準拠状況、それらの仕様や特性・機能・性能・価格・流通量に関する事柄、国・地域ごとの市場の状況等については一切お答えできません。
記述内容については極力正確であるよう最大限の留意をしているつもりですが、記事の内容をもとに読者諸氏がとられた言動の一切について著者および当社は何ら責任を負うものではありません。
内容の一部ないし全部を転記・転載する行為、また日本語以外の言語に翻訳する行為は、お控え下さい。 |
この記事をプリントアウトして日々のお仕事の参考にしていただくとか、同じ職場の方にお渡しになるとか、そういうことについては大変ありがたく思います。必要に応じてお好きに切り取ったり、メモを書き込んだり、マーカーで印を付けたりして、ご自由に使いやすくカスタマイズして下さい。
では本題に入りましょう。
まずはエラストマーOリングを使うフランジから行きます。
【エラストマーOリングの使用を前提としたノンベーカブル仕様】
ここで取り上げる型式は:
・「KF型」「NW型」「クイックカップリング」と呼ばれている型式
・「ISOフランジ」と呼ばれている型式
・いわゆる「VF/VG」「JISフランジ」
・これらの型式と、これらと見分けのつきにくい例について。
一方、取り上げないものは:
・ゲージポートやゴムホース継手など、フランジシール機構ではないもの。
・いわゆる「JISフランジ」が普及する以前に使われていたもの。
・いわゆる「ASAフランジ」「ANSIフランジ」等のように、国内で普及していないもの。
概要: 日本で普及している3型式+1
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A型 |
B1型 |
B2型 |
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「A~D型」は、
この記事の中での
説明に用いるために
付けた、
とりあえずの仮称です |
C型(一例) |
D型 |
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エラストマーOリングを使用する真空用フランジシール機構は国や地域ごとに様々な型式が存在しますが、日本国内で広く普及しているのは、上の写真に示した中のA・B1・D型の3種類です。
この3種類の内、A型とB型の2つは国外でも広範に普及していて、両者ともISO規格化されています。B1型とB2型は本来同じ型式の2つのバリエーションなのですが、B2型の流通量はB1型に比べてかなり少ないようです。A型は基本的に2分割形式のクランプで接続される仕様であり、呼び口径50mmを超えるサイズでは接続が困難になるため、大口径シールには向きません。逆に、2分割クランプで簡単に接続できる50mm以下の小口径サイズを、わざわざクロークランプやボルト・ナットで留める仕様のB1・B2型に担当させる必然性はありません。A型とB型の2型式が互いに市場で淘汰し合うことがなく共存できているのは、このような理由によって、呼び口径50mm以下はA型が、63mm以上はB1・B2型がそれぞれ担当する、という棲み分けができているからです。
D型は、1960年代に日本国内で独自に開発され普及したフランジで現在でも広く使われていますが、国外での使用例は珍しいようです。
C型はA型と似ていますが、いわばA型とB1型を掛け合わせたような型式で、これを規定する公的規格は制定されていません。
A型
この型式を規定した公的規格:
・ISO 2861 “Vacuum technology - Quick-release couplings - Dimensions - part 1: Clamped type” (1974年 制定)
・JIS B 8365「真空装置用クランプ形継手の形状 及び 寸法」 (1988年 制定)
呼称:
「KF型」「NW型」「クイックカップリング」等の呼び方をされています。「ISO型」と呼ばれることもありますが、この呼び方はB1型およびB2型と混同されるおそれが特に強いので、お勧めできません。JISに「クランプ形継手」という呼称が規定されていますが、このことは殆ど知られていませんし、そのように呼ばれることもまずありません。
サイズ:
呼び口径10・16・25・40・50mmの5サイズが流通しています。これら以外のサイズはまず見かけません。また、意外に思われるでしょうが、ISOとJISで規定されているフランジのサイズは呼び口径10・16・25・40mmであり、実は、呼び口径50mmサイズは規定外です。しかし、市販されている50mmサイズはメーカー間の互換性が良好ですので、公的規格による規定外品であることを意識する必要はありません。ISOも、このサイズを規定に追加する内容での改定作業が進行中です。
クランプについて:
2分割形式のクランプを蝶ナットで締めるタイプが最も多く、ワンタッチスナップ式のものやVバンド、チェーンクランプもあります。ISOとJISでは、クランプの形状は規定されていません。
材質:
市販製品の材質は実に様々ですので、普段利用している購買先とは別のメーカーや販売業者から入手する場合にはカタログ等で材質を調べ、必要に応じて指定する必要があります。フランジはステンレスとアルミが大勢を占めますが、真鍮等にメッキをしたものや金属以外の材料を使用したものもあります。Oリングはバイトン(*1-2)・ネオプレン(*1-2)・ブナ・ニトリル等が共存しています。Oリングのカラーはフランジと同様、ステンレスとアルミが多いようです。ちなみに、ISOとJISでも各部品の材質に関する規定は一切ありません。
*1-2: Du Pont社の登録商標
金属シールについて:
エラストマーOリングの使用を前提としているA型フランジにアルミ製ガスケットを組み合わせる構成の製品が複数のメーカーから供給されています。このような製品を導入する際は「単にOリングをアルミ製リングに置き換えるだけで使えます」と供給元が謳っている場合を別として、フランジ・アルミ製リング・クランプを同一メーカーの専用品で揃えてください。別々のメーカーの部品を混在させたり、アルミ製リング締結用に設計されていないクランプを使用すると、真空シールどころか接続すらできないという事態に陥るおそれがあります。また、シール部にインジウムを使用したOリングもカタログ上で見かけることがありますが、最近は殆ど出回っていないようです。
ガラスやセラミック製のものについて:
フランジやチューブ類がガラスまたはセラミック等で製作されたものもあります。これらもやはり専用の接続部品を使用する場合が殆どですので、導入前にカタログ等で仕様を調べ、それでも不明な点が残る場合はメーカーや販売業者に問い合わせましょう。
内圧条件下の使用:
A型は基本的に内圧状態での使用を考慮した仕様ではありません。JISの解説にもその旨の記述があります。内圧状態での使用については、バックアップ用カラー付きのOリングを使用するなどの工夫をした上で、本格導入前のテストをお願いします。
B1型・B2型
この型式を規定した公的規格:
・ISO 1609 “Vacuum technology - Flange dimensions” (1986年 制定)
・JIS B 2290「真空装置用フランジ」(1998年 改定版 ←後ほど詳しく説明しますが、この改定まではD型が規定されていました)
締結の方法について:
B1型はクロークランプを使用し、B2型はボルトで留めます。B1型を留める際にクローの本数を少なくしがちですが、同じサイズのB2型で使用されるボルトの本数と同じかそれ以上の数で留めて下さい。特に、機械的に動作するコンポーネントを留める場合や動的な荷重がかかる箇所では念入りにお願いします。少ない本数のクローでチャンバーと接続されていたターボ分子ポンプのローターが急停止する事故が発生した際にクローが全て外れてしまい、ローターの運動量を吸収したポンプ本体が回転しながら飛んで来たという恐ろしい事例もあります。
呼称:
B1型・B2型共に「ISOフランジ」と呼ばれるのが一般的ですが、この呼び方だと流通量の多いB1型のみを連想する方も多いので、B1型は「クローで留めるISOフランジ」、B2型は「ボルト留めのISOフランジ」というように、呼び方を区別したほうが安全です。
サイズ:
ISOとJISでは、B1型については呼び口径10mm~630mmの18サイズを、B2型では10mm~1000mmの20サイズをそれぞれ規定していますが、市販されているのはB1型・B2型共に63mm~630mm位のサイズが多いようです。
呼び口径50mm以下のサイズは事実上市販されていません。これは、2分割フランジで留めるA型を使えば簡単に事が足りてしまうためです。また呼び口径125mmのものは上下のサイズに挟まれて需要がないせいか、扱っているメーカーは非常に稀です。
材質:
フランジの多くはステンレス製ですが、錆止めメッキを施した鋼製やアルミ製のものもあります。クロークランプやOリング付きセンターリングも、ステンレス製とアルミ製を中心として様々なものがあります。ISOとJISでも、材質に関する明確な規定はありません。
金属シールについて:
A型と同様に、B1型とB2型はエラストマーシールを前提とした仕様です。金属製シールリングの使用にあたっては、事前に使用経験のある人に相談するか、予備テストをするなどの準備をお願いします。
C型(型式群)
概要:
A型は基本的に2分割形式のクランプで接続される仕様であり、呼び口径50mmを超えるサイズでは接続が困難になるため、大口径シールには向きません。そこで、呼び口径63mm以上のB1型をA型に似た形状に改造し、チェーンクランプやVバンド留めできるように仕様変更したものが市場に出回り始めました。これらがC型です。大口径フランジなのにチェーンクランプやVバンドで留められる利便性は大きな魅力ですので、これから更に普及してくる可能性がありますが、現状においては供給しているメーカー毎に細かく仕様が異なるため、メーカー間の互換性は十分ではありません。中には互換性の完全なメーカーの組み合わせもありますが、例外と捉えた方が安全です。この意味において、C型は単一の「型式」ではなく「型式群」と言うべき状況にあります。導入の際には、フランジ・センターリング・クランプ等の部品一式をすべて同一メーカーで揃えることが大原則です。
呼称:
広く定着した呼び方はありませんが、フランジの外見がA型に似ていることから、A型と誤解されて「NW型」「KF型」と呼ばれることが多いようです。また、このような製品名称をつけるメーカーもあるものですから、話が余計にややこしくなっています。その一方で「チェーンクランプで留めるISOフランジ」と呼ばれることもあり、こちらもB1型やB2型との混同を生じる元凶になっています。
サイズ:
共通化されていません。また、A型ではカバーしていない大口径フランジを簡単に留められるよう開発された製品ですので、呼び口径50mm以下のサイズはまず見かけません。
D型
この型式を規定していた公的規格の経緯:
このD型は、1968年に制定されたJIS B 2290の初版で規定されていましたが、1998年にこのJIS B 2290が大幅改定された際に規定対象型式の座をB1型とB2型に譲るのと同時に「保守用フランジ」という位置づけになり、同規格の附属書にその仕様が収録されました。簡単に言えば、JIS B 2290はD型を規定する規格として1968年に制定されたのですが、その30年後の1998年に規定対象がD型からB1型とB2型に入れ替えられ、規定対象から外されたD型の仕様は、この大幅改定されたJIS B 2290の附属書(いうなれば参考用の付録)の中へと移されたわけです。なお、このD型がISO規格化されたことはありません。
概要:
アメリカで開発された「ASA (ANSI)フランジ」やB2型と似ていますが、日本独自のものです。Oリング用の溝がある型とない型が組になる、いわゆる「オス・メス」のある仕様が年代を感じさせますが、未だに新規開発の真空コンポーネントに採用されることがあるという、息の長い型式です。
呼称:
Oリング用の溝がないフランジは「VF」溝付きのフランジは「VG」と呼ぶよう、1998年に改定される以前のJISで規定されていました。実際に、この規定通りの呼び方が広く浸透していて、今でも「ブイエフ・ブイジーフランジの、ブイジーのほう」などの言い方が十分通用します。VFとVGの両者を合わせて「JISフランジ」と呼ぶのも普通でしたが、D型がJIS規格上の現役を引退してから10年以上が経過した今では、徐々に「旧JISフランジ」という呼び方に移りつつあるようです。
サイズ:
大幅改定以前のJISでは呼び口径10mm~1000mmの25サイズが規定されていました。現在でもフランジメーカーのカタログには65mm~600mm位のサイズがよく載っています。Oリングの締めしろを稼ぐためにリングのはまる溝の寸法を少し浅く(または狭く)した製品もありますが、互換性に問題はありません。当社製のフランジも溝を浅くしています。
材質:
現在市販されているものは殆どSUS 304製のようです。
コラム その1: 型式の普及 - 規格の制定が先か、それとも現物が先なのか この小冊子で取り上げているフランジの型式は、現在広く普及していて、かつ、(C型を除けば)何らかの公的規格で規定されているものばかりです。では、その型式が普及したのは公的規格が制定されてからでしょうか。それとも実物が普及してから公的な規格が作られたのでしょうか?
実は型式ごとに、これら2つのパターンのいずれかが当てはまり、その型式の通称から、どちらのパターンなのかが判別できるのです。
エラストマー仕様の中で、実物の普及が先行したのはA型(KF型)です。この型式は元々ドイツのメーカーが開発し、“Kleinflansch(小口径フランジ)”という製品名称で販売を始めたもので、“KF”という表記は、この“Kleinflansch”を縮めたものです。「NW型」と呼ばれることも多いですが、この“NW”は“Nennweite(呼び口径)”の略であり、本来はフランジの型式を示すものではありませんでした。しかしA型フランジのサイズを表すのによく用いられていたことから、いつの間にか型式の通称を兼ねるようになってしまいました。
一方、規格の制定と発行が契機となって普及したのがB1型ならびにB2型(ISOフランジ)とD型(旧JISフランジ)です。これら3つの型式は、前述したA型のように特定のメーカーが独創的な名称をつけて戦略的に売り出したものではなく、従って通称の元となるべき「製品名」を持ちません。つまり、いわば「名無し」のフランジだったために、その型式を規定した公的規格である“ISO”や“JIS”がそのまま通称になってしまったわけです。 |
コラム その2: 公的規格の果たしている役割
コラムその1で述べた「規格の制定と発行が契機となって普及した」パターンの型式はともかく、特定のメーカーが販売を開始し、その後に互換製品が複数のメーカーから発売されたことによって普及した型式を、わざわざ公的規格で改めて規定する意味はあるのでしょうか? これから購入しようとしている製品の寸法や材質などの仕様を知りたいのであれば、その製品を提供しているメーカーや販売業者のカタログを見るほうが規格の冊子を入手するよりもよほど確実で、しかも手っ取り早いのに。
ここから先は全くの私見になりますが、やはり公的規格で型式が規定されているという事実は、複数のメーカーによる製品間の互換性や真空用部品としての適性、また長期にわたる入手可能性などが担保されているらしいという(お墨付きが与えられているような)安心感を購買者側にも供給者側にも与える効果があり、これによって市場での流通が活性化されるという側面は無視できないと思います。
その一方、公的規格で規定された仕様を隅から隅まで厳密に守って製作されている「完全準拠品」のみが「機能や性能、互換性が保証された本物」で、たとえ僅かでも独自のアレンジを加えたものは「非準拠品=まがいもの=劣等品」である、という思いこみも招きかねない心配があり、これを防ぐためにも「規格」よりも広い枠組みである「標準」の実情について情報を広める必要があると感じています。 |
コラム その3: 意図せず「例外品」を手にしないために、購買者側でも対策をしましょう
「C型」群のカテゴリに入る製品を販売しているメーカーの方から「自分の扱っているラインナップが世界標準で、他社の製品とも問題なく繋がると、ずっと思っていた」と打ち明けられたことがあります。
この記事で紹介している「例外品」の存在を全てのフランジ業者が知っている、と思わないで下さい。また一方で、「例外品」の存在や標準化の状況について知らない業者は不勉強だと断じるのも酷だと思います。購買者側と供給者側の別を問わず、いつも自分が目にしている品物の仕様が世界標準だと無意識のうちに思い込んで特に疑わないというのは常識的な認識であり、ごく自然なことです。しかし一方で、この「手持ちのフランジ=世界標準」という思いこみが災難を招くことが多々あるのも事実です。
あらためて言うまでもないことですが、もし発注しようとするメーカーや販売業者のカタログが手許にあるのでしたら、そのカタログを開いて自分の欲しい品物の仕様を確認し、製品の型番を指定した上で注文するのが、意図せずに「例外品」を手にしてしまうという事態を回避するための最も確実な方法です。また、何らかの事情で真空用シール部品の購買先を変更する際には、初回の注文では少なめに購入して、品物の仕様や品質を実物で確認してから通常ペースの注文に切り替えてゆくという安全策を採って下さい。面倒ではありますが、しっかりと購買者側でも転ばぬ先の杖を突いてゆきましょう。 |
Oリング仕様のフランジについては、ここまでです。
次は、お待ちかねのICFフランジです。
【金属製ガスケットを使用するベーカブル仕様】
ここで取り上げる型式は:
・国内で「ICFフランジ」と呼ばれる型式について。
一方、取り上げないものは:
・金線シール等のように、規格化されていないもの。
・Swagelok(*1-1)やVCR(*1-1)など、主にガス導入系で使用されるようなコネクター型式のもの。
・ステップシール、ナイフエッジシール、コインガスケットシール、アルフォイルシール、ホイーラーフランジなど、今日では見かけることが珍しくなったもの。
*1-1: Swagelok社の登録商標
概要:
真空用ベーカブルフランジと聞いて、ほとんどの人は写真のような、いわゆる「ICFフランジ」を最初に思い浮かべるのではないでしょうか。
真空技術に関する古いテキストを2,3冊ひもとくと、およそ1950~60年代を中心として実に様々なベーカブル仕様のフランジシール機構が開発されたことがわかりますが、現在、国内外で標準的な型式と認識されるに至っているのは、実質的にICFフランジのみです。この型式は、元々アメリカのVarian社が開発し“ConFlat(コンフラット)”という登録商標で販売を始めたもので、今では数多くのメーカーから互換性のある製品が供給されています。
この型式を規定した公的規格:
・JVIS 003「真空装置用ベーカブルフランジの形状・寸法」(1982年 制定、日本真空協会規格)
・ISO 3669 “Vacuum technology - Bakable flanges - Dimensions” (1986年 制定・2017年改定、ISO規格)
ISO 3669の草案は1971年に作成されていましたが、その後の制定に向けた審議が長く停滞しました。その間にJVIS 003の草案作成と制定準備作業が進んで、先発であったはずのISO 3669よりも4年ほど先んじて1982年に制定されるという結果になりました。
参考のために、アメリカのASTM規格も挙げておきます。
・ASTM E2734/E2734M-10 “Standard specification for Dimensions of Knife-Edge Flanges” (2010年 制定)
呼称:
国内では「ICFフランジ」という呼称が最もよく使われています。この呼称は元々、ConFlat互換型フランジの販売についてVarian社から正規のライセンスを受けた当時の日電バリアン社(現在のキヤノンアネルバグループ各社の前身)が自社製品に付けた名称なのですが、いつのまにか後発の他メーカー製品も含む格好でConFlat互換型を包括的に指す一般的な型式呼称になりました。ただし、この「ICFフランジ」という呼び方は国内メーカーの製品名称が元であるため、日本国内でしか通じませんのでご注意下さい。ヨーロッパの多くの真空メーカーでは“ConFlat”を略した「CF」型という表記をカタログ中に記載しています。一方、アメリカでは“ConFlat”という綴りや音をアレンジして各メーカー独自の製品名称を付けることが多いようですが、やはり口頭で使われる型式の通称は「コンフラット」が一般的なようです。
先に挙げた3つの公的規格にも呼称規定はありませんが、いずれも規定文や説明の中で“knife-edge flange”と称しています。しかし、ICFフランジのオリジナルであるConFlatが開発される以前にはConFlatフランジと全く違う型式の「ナイフエッジ型フランジ」が存在し、少なくともアメリカの市場ではそこそこ普及していたという事実があるので、一般に「ナイフエッジフランジ」という呼称がICFフランジの型式を指すものとして使われることは、まずありません。但し、ICFフランジの型式呼称としてではなく、ICFフランジのシール部(ガスケットの表面に食い込む尖った部分)を指して「ナイフエッジ」と称するのは普通です。
サイズ:(「ICFフランジのサイズと~」もご参照下さい)
国や地域を問わず広く普及しているのは呼び外径34・70・114・152・203・253・305mmの7サイズで、国内外で多数の真空フランジメーカーや販売業者が扱っています。また、外径305mmを超える、いわゆる大口径サイズのうち国内でよく見かけるものは、呼び外径356mmと406mmの2サイズです。これら以外にも多様なサイズがありますが、それらの中には、アメリカのメーカーしか製造していないなど流通地域が限定されるものが多く、中には特定のメーカーによる独自サイズという例もありますので、十分な調査の上で入手することをお勧めします。
また、同じサイズ表記なのに互換性がない「仕様違い」が複数存在するケースもあります。これらについては、後ほどまとめて説明します。
サイズ表記について:(「ICFフランジのサイズと~」もご参照下さい)
ICFフランジのサイズ表記は、フランジそのものの外径を表した「呼び外径」を使うのが通例になっています。これは、オリジナルであるConFlatフランジのサイズが分数インチ単位の呼び外径で表記されていたことに端を発しています。国内では、日電バリアン社製のICFフランジがミリ単位の呼び外径をサイズ表記に採用し、互換製品を供給する国内メーカーの多くもそれに倣ったことによって、この「ミリ単位の呼び外径によるサイズ表記」が一般化しました。
およそフランジは管をつなぐための継ぎ手であって、あくまで主体は管のほうですから、フランジのサイズを示す表記は、そのフランジに接続されている管の径をおよその寸法で表した「呼び口径」を用いるのが普通であり、フランジ自体の「呼び外径」で表記するのは珍しいケースですので、この呼び外径によるサイズ表記がICFフランジの特徴のひとつになっています。しかし一方、前記した4つの公的規格では「呼び口径」がフランジのサイズ表記に用いられていて、これを参照したメーカーが自社のICFフランジ互換製品に「呼び口径」によるサイズ表記や製品型番を採用するというケースも出ており、長く「呼び外径」を使用してきたICFフランジのサイズ表記法に混乱が生じ始めています。
材質:
公的規格による明確な材質の規定はありません。市販品の材質はオーステナイト系ステンレスのSUS 304と、その低炭素材であるSUS 304Lが最も一般的です。少し前まではSUS 316とSUS 316Lを扱うメーカーもよく見かけましたが、最近では少なくなりました。かつてはESR等の二次溶解材や鍛造材がフランジ材料の主流だった時代もありましたが、通常プロセス材の品質が真空用フランジ材料として十分なレベルまで徐々に改善されるにつれて、高級材を使用したフランジは贅沢品扱いを受けるようになりつつあります。アルミ合金フランジはステンレス製ほど出回っていませんが、探せば割と簡単に見つかります。最近ではチタン製のものも販売されていますが、普及するのはこれからでしょう。
使用できる温度の範囲:
国内外のメーカー12社について、ステンレス製ICFフランジの使用温度範囲をカタログ上でどのように記載しているのか調べてみました。
国・
地域 |
カタログに記載された使用(可能)温度[℃] |
上限 |
下限 |
日本 |
450 |
- |
450 |
-196 |
450 |
-196 |
450 |
-190 |
米国 |
450 |
-200 |
450 |
-200 |
450 |
-196 |
500 |
-196 |
500 |
-196 |
欧州 |
400 |
- |
450 |
-200 |
450 |
-190 |
これらの温度については、この範囲ならリークフリーだと謳っているメーカーがある一方、単に「使用可能温度」または“Temperature Rate”としている場合もあります。もちろん各社各様の考えがあって自社製品の使用温度を公表していると思われますが、当社のカタログにはフランジの使用温度範囲を記載していません。あえて書くなら「ベーキング温度は、なるべく+300℃以下に抑えていただくのが安全です」ということになって、表記上のベーク上限温度が他社の多くに比べ低くなるため、品質と機能面で劣っていると誤解されるからです。
ちなみに当社では「ユーザーがカタログでフランジの使用可能温度をチェックするとき、本当に知りたいのはフランジ単体の使用可能温度ではなく、ガスケットも含むICFシールからのリークが起こりやすくなる温度の目安だ」と解釈しています。そして、この「リークしやすくなる温度」を推測するには、フランジよりも、2枚のフランジ間に挟まれたガスケットの特性を考慮しなければなりません。ICFフランジ用の無酸素銅製ガスケットは200℃を超えたあたりから急激な軟化が始まり、250℃~300℃にかけて室温時の硬さの80%以下にまで軟らかくなります。こうなると、当然ながらシール面圧が下がってリークしやすくなります。さらに、350℃を超えれば完全にアニールされた状態(ビッカース硬さで45~35位)になってしまい、うかつに振動や荷重をフランジに加えれば即リークに直結する恐れが出てきます。
しかし実際には、200℃を超える温度でICFフランジをベークする場面は多々あることと思われますので、
・200℃を超えるベーキングをしたときには、フランジを締めつけているボルトが緩んでいないかどうか確認して、必要に応じて増締めをする。
・300℃を超えるベーキングの対象となるフランジには、できるだけ振動や荷重が加わらないようにする。また、ベーキング後のガスケットは、なるべく早く交換する。
という定石通りの対応が、やはり現実の「真空の現場」では最も有効なリーク防止策になると思います。
ガスケットについて:
無酸素銅でできた穴開き円盤状のものが最も一般的で、銀メッキ品もよく見かけますが、当社のように金メッキ品まで扱っているメーカーは稀なようです。かつてはベーキング時の軟化とクリープを小さくするために銀やジルコニウムを少量添加した材料を使っているものもありましたが、今では殆ど見かけません。当社もバックスメタルのSEV事業部時代には扱っていましたが、かなり以前に製造を完了しています。
厚さは2mmが一般的ですが、少し厚目のものを供給しているメーカーもあります。アルミ合金フランジには、フランジよりも軟らかい材質のアルミ合金もしくは純アルミのガスケットが使用されています。また、ニッケル製のガスケットを供給しているのは地球上で当社のみのようです。バイトンのガスケットはベーキングには適しませんが、繰り返し使用できますので手許にあると重宝します。
ガスケットの硬さについて、公的規格による明確な規定はありません。国内外7社から供給されている市販の無酸素銅ガスケットについて私が測定したところ、ビッカース硬さで80台のものを中心に70台~90台の後半まで様々でした。ガスケットの硬さを判定するために1/2Hや1/4Hといった銅材の質別記号が手掛かりとして使われることもあるようですが、そもそも質別記号が示すのは「特定の物理的または機械的性質を付与するために、必要な処理を施した材料の状態」であって、硬さと単純に関連づけられるものではなく、ICFフランジ用ガスケットの材料として最も普通に使用される無酸素銅板C 1020 Pのビッカース硬さは、JIS H 3100「銅及び銅合金の板並びに条」によれば、あくまで参考値が示されるのみで規定や基準はありません。また、その参考値も1/2HではHv=75~120、1/4HではHv=55~100とそれぞれ幅が広い上に、隣り合った質別記号の間では重なり合う範囲も大きく、ここから個々の市販ガスケットの硬さを窺い知るのは困難です。
同じサイズ表記なのに互換性がない「仕様違い」が複数存在するが、その仕様をカタログや問い合わせで確認できるもの
ひとつのサイズについて複数の仕様が存在するICFフランジは、現時点で私の知っている限り以下に挙げた4つのサイズです。いずれもカタログ等を見るか、メーカーや販売業者へ問い合わせることで仕様が確認できます。
呼び外径54mmサイズ: 締めつけ用ボルトが [M5x6本/M6x4本] の2仕様
6本のM5ボルトで締めつける仕様のフランジは、国内のあるメーカーが自社製のイオンポンプに取り付けた状態で販売していたもので、フランジ単体での供給はされていませんでしたが、いつの間にかフランジのみのコピー品が少しずつ出回るようになりました。 もう一方の、4本のM6ボルトで締めつけるものはアメリカのメーカーが設計したもので、アメリカ国内では以前からフランジ単体でも流通していましたが、近年になって日本でも出回り始めました。この2つの「呼び外径54mmサイズ」はシール部の寸法も1mm以上違いますので、共通のガスケットを使い回すことができません。面倒でも、呼び外径54mmサイズのICFフランジや、このフランジ用のガスケットを注文する際には、必ず「M5のボルト6本でとめる型」または「M6で4つ穴のほう」などという言い方で明確に仕様を伝えてください。
呼び外径305mmサイズ: 締めつけ用ボルトの太さが [M8/M10] の2仕様
呼び外径305mmサイズのICFフランジは32本のM8ボルトで締めつける仕様のものが標準的ですが、UK(イギリス)の特定のメーカーではM10ボルトで締結する仕様の例外的な製品を販売していて、一般的な仕様のフランジ用のガスケットが使えません。この例外的な仕様のフランジはあまり出回っていませんので遭遇する確率は低いですが、一応お気に留めておいて下さい。
呼び外径356mmサイズと406mmサイズ: 締めつけ用ボルトの本数が [30本/32本] の2仕様
これら2つのサイズは共にM10のボルトで締めつけますが、厄介なことに、両サイズとも締めつけ用ボルトの本数が30本タイプと32本タイプの2仕様があります。必要なボルトの本数に関わらず共通のガスケットを使えますが、そのことが却ってフランジの仕様が違うことを分かりづらくする側面もありますので、ご注意下さい。
呼び外径305mmサイズの、ガスケットはめ込み部の径が微妙にバラついている問題について
呼び外径305mmと253mmサイズについて、前述した3つの公的規格によるガスケット外径と、フランジのガスケットはめ込み部の径を表にまとめました(公的規格の具体的な内容は著作権保護の対象ですので、各規格を仮称a~cとしています)。
規格 |
フランジの呼び外径サイズ |
305mm |
253mm |
a |
273.1 |
222.2 |
b |
273.2 |
222.28 |
c |
273.4 |
222.2 |
↑ガスケットはめ込み部径の規定寸法[mm]
規格 |
フランジの呼び外径サイズ |
305mm |
253mm |
a |
272.9 |
222.1 |
b |
273.02 |
222.07 |
c |
273.3 |
222.1 |
↑ガスケット外径の規定寸法[mm]
ガスケット外径も、それを嵌めるフランジの径も、呼び外径305mmサイズは253mmサイズに比べてバラツキの大きいことが一見してわかります。ここでは例として253mmサイズのみを引き合いに出しましたが、実は、国内外で広く普及している7サイズの中で、互換性に直接影響する箇所の寸法がこれほどバラついているのは305mmサイズのみです。しかも、305mmサイズのフランジに使うガスケットの外径について、規格cでは規定寸法を273.3mmとしており、他の3つの規格によるガスケットはめ込み部の規定寸法よりも大きくなっています。このことはつまり、規格dに準拠したガスケットは他の規格に準拠したフランジにセットできない、ということを意味しています。
これら4つの公的規格はいずれもICFフランジの実物が広範に普及した後に制定されたものであり、規定寸法のバラツキは複数のメーカーから供給されている市販製品において当該箇所の寸法がバラついていることの反映である、と解釈するのが自然でしょう。簡単に言えば、市販されている外径305mmフランジのシール部寸法が製造メーカー毎に細かく異なっていて、各規格がそれぞれ制定される際に、たまたま違った寸法が採用されてしまったということです。だとすれば当然ながら、現在市販されている呼び外径305mmサイズのフランジとガスケットの中には、組み合わせて使えないケースが存在する可能性が出てきます。しかしなぜ、メーカー間でシール部の寸法が微妙にバラついてしまったのでしょうか。以下は私の勝手な勘ぐりですが、真空装置に適するよう洗練された溶接技術が現在のように確立されていない頃に、溶接で歪んだオリジナルの呼び外径305mmサイズのフランジを採寸した複数のコピー製品が出回り始め、またそれらのコピー製品が作られるごとに同様の原因で誤差が累積し、現在のような状況に至ってしまったのではないかと思います。
さて、この呼び外径305mmサイズ用のガスケットが「はまらない(かもしれない)」事態を回避するための方法ですが、先に説明した4サイズの例のように「カタログや問い合わせで確認する」という単純で確実な手段が残念ながら使えません。なぜかと言いますと、下のような事情があるからです。
・フランジのガスケットはめ込み部の径について、製造元のメーカーが詳細な寸法を公表していない: ICFフランジのシール部とその周辺には設計思想や製造ノウハウが強く表れるため、殆どのメーカーが詳細な寸法と形状を機密扱いにしている。
・ガスケットの外径もカタログに載っていない場合が多い: もし掲載されていても、それをはめるフランジ側の寸法が分からなければ、あまり意味がない。
「シール部の寸法くらい自分で測るよ」という積極派のユーザー様もいらっしゃると思いますが、
・手持ちの呼び外径305mmのフランジについて、そのシール部の詳細な寸法をユーザー自身が実測するのは難しい: 既にチャンバーに溶接されている大口径フランジについて、そのシール部と周辺の寸法を0.1mm単位で正確に計測するのは、簡単なように思えて実はかなり困難。
とはいえ、なにも対策を講じずにいるわけにも行きませんので、とりあえず以下のような方法を使っていただければと思います。
・今現在「はまらない」問題に遭遇してないのであれば、呼び外径305mmサイズのフランジ用ガスケットを購入している業者をなるべく変更しない。
・もし業者を替える場合、または一時的に余所から入手する場合は、初回の注文で大量に買わない。
なんとも冴えない対策ですが、下策でも効果があればと思い、ご提案申し上げる次第です。
参考: ICFフランジのサイズと呼び外径・呼び口径・締結ボルトの仕様
手許にある公的規格や他社様のカタログ等から拾えるだけ拾って並べてみました。
国内で
入手が容易 |
呼び外径 |
呼び口径表記*(2-2) |
フランジ締めつけ用ボルト |
mm |
分数インチ |
小数インチ |
ISO |
ISO/TS |
ASTM |
JVIS |
太さ |
本数 |
|
25 |
1 |
1.000 |
|
10CF |
10CF |
|
M3 |
6 |
◎ |
34 |
1-1/3 |
1.333 |
16 |
16CF |
16CF |
16 |
M4 |
6 |
|
54 |
2-1/8 |
2.125 |
|
25CF |
25CF |
|
M6 |
4 |
|
54 |
2-1/8 |
2.125 |
|
|
|
25 |
M5 |
6 |
◎ |
70 |
2-3/4 |
2.750 |
40 |
40CF |
40CF |
40 |
M6 |
6 |
|
86 |
3-3/8 |
3.375 |
|
50CF |
50CF |
|
M8 |
8 |
◎ |
114 |
4-1/2 |
4.500 |
63 |
63CF |
63CF |
63 |
M8 |
8 |
|
117 |
4-2/3 |
4.625 |
|
75CF |
75CF |
|
M8 |
10 |
◎ |
152 |
6 |
6.000 |
100 |
100CF |
100CF |
100 |
M8 |
16 |
|
171 |
6-3/4 |
6.750 |
|
125CF |
125CF |
|
M8 |
18 |
◎ |
203 |
8 |
8.000 |
160 |
160CF |
160CF |
160 |
M8 |
20 |
◎ |
253(254)*(2-1) |
10 |
10.000 |
200 |
200CF |
200CF |
200 |
M8 |
24 |
◎ |
305(306)*(2-1) |
12 |
12.000 |
250 |
250CF |
250CF |
250 |
M8 |
32 |
|
305 |
12 |
12.000 |
|
|
|
|
M10 |
32 |
|
317 |
12-1/2 |
12.500 |
|
|
265CF |
|
M8 |
30 |
|
337 |
13-1/4 |
13.250 |
|
275CF |
275CF |
|
M10 |
30 |
○ |
356 |
14 |
14.000 |
|
|
295CF |
|
M10 |
30 |
○ |
356 |
14 |
14.000 |
|
|
|
|
M10 |
32 |
|
362 |
14-1/4 |
14.252 |
|
|
300CF |
|
M10 |
36 |
|
368 |
14-1/2 |
14.500 |
|
300CF |
305CF |
|
M10 |
32 |
○ |
406 |
16 |
16.000 |
|
|
|
|
M10 |
30 |
○ |
406 |
16 |
16.000 |
|
|
|
|
M10 |
32 |
|
420 |
16-1/2 |
16.500 |
|
350CF |
350CF |
|
M10 |
36 |
|
457 |
18 |
18.000 |
|
|
400CF |
|
M10 |
36 |
|
470 |
18-1/2 |
18.500 |
|
400CF |
405CF |
|
M10 |
40 |
株式会社 バックス・エスイーブイ「技術開発室だより」掲載資料(2012/10/12)転載はダメ。ゼッタイ。 |
*2-1: ( )内の表記は一部のメーカーが採用しているものです。
*2-2: 呼び口径が表記されていないサイズは、その規格では規定されていません。また、ISO/TSとASTMで呼び口径の表記が異なるサイズもありますので、ご注意下さい。
コラム その4: どんどん増えるICFフランジのサイズ - 特に大口径は増えやすい
上の表に並んだICFフランジのサイズの多さに驚かれた方も多いかと思います。なにやらICFフランジのサイズについて選択の幅が一気に広がったような気がして、つい嬉しくなってしまいがちですが、「サイズ」の説明でも申し上げたように、流通している地域や製造元が限られるものも多々ありますのでご注意下さい。特に表の下の方にある大口径サイズの中には、日本国内では流通していないサイズが少なからず並んでいます。それにしても、どうしてICFフランジのサイズはこんなに増えたのでしょうか?
いわゆる「大口径」のフランジが取り付けられる真空容器や装置は、特定の使用目的のために設計され、当面のタスクが終了した後に別の用途へと使い回すための汎用性をあまり求められない場合も多々あり、またフランジ自体も決して安価ではないことから、その仕様はユーザーの目的に合わせてカスタマイズされる傾向が強くなります。どうせ高いフランジを買うんだから既存のサイズで妥協するのではなく、大事な仕事が効率良くこなせる特別仕様にしてもらおう、という要望が少なからずあるのです。従って、ガスケット等の保守部品についても必ずしも長期にわたっての供給態勢は求められず、そのフランジが必要とされるタスクなりプロジェクトなりが一段落つくまでの間だけ入手できれば問題ない、ということになります。かくして特定のユーザーとメーカーの間で話がまとまり、新たに特注サイズの大口径フランジが作られる運びとなります。めでたしめでたし、のはずなのですが、この話には後日談がついてしまうことがあるのです。メーカーは概して2匹目のドジョウを狙いたがるもので、元々は特定のユーザーのために製作した特注フランジを、「特注品」ではなく「受注生産」扱いで自社のカタログに載せることが往々にしてあります。もちろんガスケットも「受注生産」です。やがて、このフランジを最初に注文したのとは別のユーザーから、このフランジについての問い合わせ電話が掛かってきます。そして、電話口でこう言うのです。「あのカタログに載ってるサイズのフランジでも間に合いそうなんだけど、ホントはもう少し大きいサイズが欲しいんだよ。作れそうかなぁ、検討してくれる?」―――― このようにして、新規サイズの設計→製作→納品→カタログ掲載→特別サイズの問い合わせ、というループが繰り返され、ICFフランジのサイズは増えてゆくのです。今日も世界のどこかで、上の表にないサイズが作られていることでしょう。 |
コラム その5: フランジの通称が決まる要因
「まえがき」で簡単にご紹介しました規格標準合同検討委員会の席上でも時々、「ISOやJISで真空用フランジの呼称をもっと整理して、わかりやすくしたらどうか」というご意見(というより率直なご感想)をいただくことがあります。
そのお気持ちは理解できるのですが、フランジ型式の呼称は、いわゆる「通称」が定着する傾向が強く、その型式が普及した後から公的規格で規定しても、その通りにならない、と私は見ています。通称は、その型式のフランジが広範に普及してゆく過程において「普通」であった呼び方であり、コラムその1で取り上げたA型やICFフランジのような特定のメーカー発のものは製品名称や商標、もしくはそれらの略称が決定的になりますので、普及がほぼ終盤となってから公的規格によって呼称を規定しても実際には誰も関知せず、通称を変えたり整理・統一する目的での実効性は、ほぼ皆無と言えます。
「普及する過程での通称」が一般的な呼称として定着するというパターンは、B1・B2型やD型のような公的規格の制定を契機にして普及が始まった型式についても同じで、D型はJIS B 2290の初版に規定された呼称「溝無しはVF・有りはVG」がフランジ実体の普及と並行して広まった好例ですし、逆にB1・B2型は、その型式を規定したISO 1609の中で適当な呼称を提示しなかったために、国際的に“ISO type”と呼ばれるようになってしまいました。もう今から規格で呼称を規定しても、どうにもならないでしょう。
一方、普及の途上にある型式を公的規格化する場合には、その規格による型式呼称の規定や、その規格の表題が「通称」となる可能性が高く、よほど真剣に「ヘンな型式呼称や規格表題を付けない」ように気をつけないと、非常にまずいことになると思います。 |
その6: 公的規格の規定寸法=設計寸法?
これから真空用のフランジやシール部品の製造販売を始めようと考えている人が、ISOやJISなどの規格の冊子を入手したとします。さて、その公的規格で規定された寸法をそのまま図面に書き写せば、真空用フランジやガスケット等の製品を実際に作れる「設計図」になるのでしょうか?
公的規格の中身をフランジ業者の目で見ると、設計や製作に必要な箇所の寸法指定が抜けていたり、逆に不必要な指定があったり、あるいは公差指定(公的規格では「許容範囲」といいます)が過度に神経質であったり常識外に緩かったりします。真空用フランジを製作した経験のない技術者が、公的規格だけを頼りに画かれた図面を基にフランジを作ったら、形だけはフランジでも売り物にならないような粗悪品が出来上がってしまう恐れが大きく、もし実際に売れるようなものができたとしても、製作コストがかかりすぎて目玉が飛び出るほど高い売値になってしまうでしょう。それなりに経験を積んだフランジ業者が持っている図面は、公的規格を参考にしながらも製作コストや品質管理上の要点を押さえた設計上の工夫が反映されています。
単品での販売を考えたフランジを製作しようというのではなく、例えばバルブやポンプの筐体にフランジを加工形成するためのガイドとしてなら公的規格の規定寸法も有力な参考資料として使えると思いますが、呼び外径305mmサイズのICFフランジに関する問題の説明でも述べたように、複数の規格の間で規定寸法が微妙に異なる場合が往々にしてありますので、なるべく実物の単品フランジを入手するなり複数の規格を比較するなりして慎重に検討されることをお勧めします。 |
公的規格の冊子を入手したい場合:
問い合わせ先をご紹介申し上げておきます。
JVIS規格: 日本真空学会
URL: http://www.vacuum-jp.org
(規格・標準委員会のページから閲覧できるJIS規格もあります。ただしダウンロードはできません。)
その他の規格: 日本規格協会
URL: http://www.jsa.or.jp
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(最後は宣伝で締めてみた)
フランジの呼び方について、もっと詳しく書いたページがあるなら見てやらんこともない。
どうせだから他のページも見てみる。
もういい。まともなページに戻りたい。
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