エミネムのフリースタイル・ラップによる勇敢なトランプ批判

10月10日に公開したアメリカの人気ラッパー、エミネムのフリースタイル・ラップが話題です。これまでも多くの著名人がトランプを批判してきましたが、なぜ今、彼の歌詞が、大きな話題になるのか。
アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが、エミネムの歌詞を翻訳しながらその果敢なメッセージを読み解きます。

10月10日、「BETヒップホップアワード」の場でエミネムが公開したトランプ大統領を激しく批判するラップのビデオが話題になっている。

これまで多くの有名人がトランプ批判をしてきたが、エミネムのフリースタイルが注目されたのは、彼のファンとトランプの支持層が重なるからだ。

歌詞の全体はここで読めるが、5分間にぎっしり詰まった内容の一部を解説しよう。それを知ってからビデオを観ると、エミネムのボディランゲージが理解しやすくなるかもしれない。

エミネムの全方位的なトランプ批判

この5日前の10月5日、軍隊の司令官らとのミーティングを行ったトランプ大統領は、「嵐の前の静けさ」(calm before the storm)と表現した。その意味を問われたトランプが「そのうちわかる」(You’ll find out)と謎めいた返答をしたため、アメリカだけでなく世界中に「トランプは北朝鮮と核戦争を始めるつもりではないか」という不安が広まった。

エミネムが10月6日に録画したフリースタイル・ラップの「ザ・ストーム」では、デトロイトの駐車場で静かに並ぶ仲間から外れて歩き出したエミネムが「ここにあるのがまさに嵐の前の静けさだ(It's the calm before the storm right here)」と始める。それは先のトランプの発言から来ているのだ。

まずはタイトルになっている問題について、衝動的で無責任なトランプが大統領の座についていることを憤った。

「いまホワイトハウスにいるのは核によるホロコースト(大虐殺)を起こしかねないカミカゼだ」
(what we got in office now's a kamikaze/ That'll probably cause a nuclear holocaust)

「(自分が引き起こした)大騒ぎの間、自分にとって都合がわるいことが静まるのを待つ。自分は爆撃が止まるまで飛行機で飛び回るだけ」
(And while the drama pops / And he waits for s**t to quiet down, he'll just gas his plane up and fly around 'til the bombing stops)

そして、トランプに他者への思いやりも、ガッツ(エミネムの表現はもっと露骨な部分)もないことを批判し、こう揶揄する。

「特技は人種差別だけ」
(Racism's the only thing he's fantastic for)

次のネタは、トランプの異常ともいえる最近のNFL(全米プロフットボールリーグ)批判についてだ。

アメリカでは試合の開始の際に国歌斉唱があり、参加者は起立して国旗に敬意を示す慣わしがある。だが、警察による黒人に対する暴力が続いた昨年、人種差別と暴力への抗議として「サンフランシスコ49ers」のクォーターバックだったコリン・キャパニック選手が国歌斉唱のときに起床せずひざまずいた。
共感する黒人選手たちがそれに続いて抗議するようになったのに対し、トランプは「NFLのオーナーらは抗議する選手を首にしろ」とスピーチしただけでなく、今でも連日のようにツイッターでNFLとオーナーたちを攻撃している。

エミネムはそれについてこうラップする。

「だが、これは注意を逸らす奴のやり方だ。それに、大ウケもするのだから。NFLを攻撃しているのも、国民がプエルトリコの災害やネバダの乱射事件に対する銃規制案といったことを議論するかわりに、そっちに集中するからだ。これらの悲惨な災害や事件が起きているというのに、奴は退屈して、(プロフットボールチームの)パッカーズをツイッターで嵐のように口撃するほうを選ぶ」
(But this is his form of distraction/ Plus, he gets an enormous reaction/ When he attacks the NFL so we focus on that/ Instead of talking Puerto Rico or gun reform for Nevada/ All these horrible tragedies and he's bored and would rather/ Cause a Twitter storm with the Packers)

税制改革についても批判する。

「税金を引き下げたいと言うが、じゃあ誰が奴の豪華な旅行代を支払うんだ? ゴルフリゾートと豪邸を家族と一緒に行き来する奴の旅行費を?」
(Then says he wants to lower our taxes/ Then who's gonna pay for his extravagant trips/ Back and forth with his fam to his golf resorts and his mansions?)

だが、エミネムのトランプへの最大の批判は「人種差別」だ。

かつて南部で黒人をリンチして殺害した白人至上主義団体KKKのように松明を掲げて行進をし、イラク戦争で戦った黒人兵士に向かって「アフリカに帰れ」と言うような白人至上主義者を擁護するトランプのことを、エミネムはこう呼ぶ。

「人種差別者の94歳のジジイ」
(racist 94-year-old grandpa)

94歳はむろん誇張だが、トランプが「老害」だということを強調したいのだろう。

そして、黒人を奴隷にしたこの国の醜い歴史を無視しておきながら、国歌斉唱の際に起立しない黒人選手のことを「甘やかされている」と非難するトランプの愚かさを指摘する。

重なる支持層に対して突きつけた明快なNO

このフリースタイルの最も重要な部分は最後のここだ。

「奴の支持者で俺のファンの者がいたら、俺が砂に境界線をひいてやろう。お前は俺の味方か敵かどっちかだ。もし、どっちのほうが好きか決められなくて、どっちの側に立つべきか迷っているのなら、お前のために俺が決めてやるよ」
(And any fan of mine who's a supporter of his/I'm drawing in the sand a line: you're either for or against/
And if you can't decide who you like more and you're split/On who you should stand beside, I'll do it for you with this)

「フXXク・ユー!
残りのアメリカよ、立ち上がれ。
俺たちは軍隊を愛しているし、この国を愛している。
でも、トランプのことは大嫌いだ!」
(F**k you! /The rest of America stand up/We love our military, and we love our country/But we f**king hate Trump")

これまで多くの有名人がトランプ批判をしてきたが、エミネムのフリースタイルが注目されたのは、理由がある。
ニューヨーク・タイムズ紙の調査によると、最も強いエミネムのファンは「白人が多く人口密度が低い地方」に存在し、大統領選挙でトランプを最も強く支持した層と重なる。


50 Detailed Fan Maps - The New York Times

「俺かトランプのどちらかを選べ」と選択を迫ることで、エミネムは多くのファンを失う可能性がある。それを覚悟で「フXXク・ユー!」と言った彼への称賛が集まっている。

脅威を増すトランプ大統領への抵抗

女性に攻撃的な歌詞を書いてきたエミネムに対して「あなたにトランプを批判する資格があるのですか?」という反論もできるだろうが、そんなエミネムの言葉だからこそ耳を傾ける白人男性がいることも事実である。

ネットでは「お前の音楽なんか二度と買わないよ」という反応も少なくはないが、「よくぞ言ってくれた」という男性の意見も多い。状況を変えていくためには、エミネムの攻撃は決して無駄ではないと思うのだ。

NFLをはじめ、男らしさを強調するプロスポーツ界にはトランプ支持が多かった。オーナーや選手だけでなく、ファンもそうだった。

だが、トランプの過剰ともいえるNFL批判で、スポーツ界に反発が広まっている。それだけが理由ではないが、かつてトランプホテルの常連客だったプロのスポーツチームが使用をやめ始めているようなのだ。ワシントン・ポスト紙によると、質問に答えた17チームのうち16チームが過去2年以内にトランプホテルを利用しなくなったという。

エミネムのビデオの騒ぎがまだ落ち着かないなか、10月12日にアメリカ合衆国はユネスコ(国際連合教育科学文化機関)から脱退し、トランプ大統領は健康保険制度を変える大統領命令に署名した。この医療保険の変更で、慢性疾患がある患者の保険料が大幅に上がることが懸念されている。つまり、最も援助が必要な人にしわ寄せが来る改悪だ。

エミネムのフリースタイルを観たアメリカ人が、トランプのツイッターによる「目くらまし」ではなく、少しでもいいから本質的な問題に目を向けてくれるよう心から祈っている。

この連載について

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

movieguytex https://t.co/m1bBTZpZye 約1時間前 replyretweetfavorite

suerene1 こういうのがアメリカの希望のある面だよね。それにしても、これからどうなるんだろう?そして日本もねぇ・・・。→ https://t.co/CImiXbrNv1 約12時間前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe 「俺かトランプのどちらかを選べ」と選択を迫った # 約13時間前 replyretweetfavorite

RintaroWatanabe これまで多くの有名人がトランプ批判をしてきたが、エミネムのフリースタイルが注目されたのは、彼のファンとトランプの支持層が重なるからだ。 https://t.co/48KLah6tsJ @tim1134 約13時間前 replyretweetfavorite