東名高速道路でワゴン車が大型トラックに追突され、夫婦2人が死亡した事故は、高速上で進路を妨害され、車を無理やり停止させられるという特異な事故の形態から、この「NHK NEWS WEB」でも連日、高い関心を集めています。
いま、ネット上では、逮捕容疑をめぐって異論が相次いでいます。警察の見解や専門家の意見を紹介しながら、今回の事故をどう受け止めたらよいのか考えてみます。(横浜放送局記者 山内拓磨)
1キロ以上にわたり 急接近・割り込み
警察によりますと、今回の事故で東名高速道路の追い越し車線で進路を妨害したとして逮捕された福岡県中間市のアルバイト、石橋和歩容疑者(25)は事故が起きるまで1キロ以上、1分半にわたり、加速や減速を繰り返しながらワゴン車に極端に接近したり、前に割り込んだりして進行を妨げていた疑いがあるということです。
そして、追い越し車線上でワゴン車の前にみずからの車を止め、ワゴン車を停止させます。そのわずか3分後、後続の大型トラックがワゴン車に突っ込み、萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が亡くなり、2人の娘もけがをしました。
萩山さんは、現場の手前のパーキングエリアで、駐車スペースではない通路部分に車をとめていた石橋容疑者に対し、通行の妨げになると抗議していたことがわかっています。その後、石橋容疑者が萩山さんのワゴン車を追いかけ、一連の妨害行為に及んだとみられています。
捜査関係者によりますと、石橋容疑者は容疑を認めたうえで、「むかついたので車を止めた」などと供述しているということです。
「殺人に近い」という声も
猛スピードで車が走行する高速道路の追い越し車線に無理やり車を停止させた今回の行為。同じパーキングエリアに立ち寄っていたドライバーたちに話を聞いたところ、「常識としてありえない。殺人に近い」という意見も聞かれました。
石橋容疑者の逮捕容疑は、自動車運転死傷行為処罰法の「過失運転致死傷罪」。故意ではなく注意が不十分で起こした行為を処罰する「過失犯」で、刑の上限は懲役7年です。
一方、同じ法律には「危険運転致死傷罪」もあり、第4号には「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」を罰するという規定があります。
危険運転致死傷罪は「過失犯」ではなく「故意犯」で、その分、量刑は重く刑の上限は有期刑(併合加重で懲役30年)です。
今回の行為は、この「危険運転」に該当するのではないか、ネット上では、「どうみても危険運転致死傷!」「これで適用しなかったらいつ使うのか?」など「過失運転致死傷」の逮捕容疑に疑問を投げかける声が相次いでいます。
警察「検討したが適用できないと判断」
警察は「危険運転致死傷罪」が適用できるかどうか検討したということですが、今回は適用できないと判断したということです。
捜査関係者によりますと、「危険運転致死傷罪」は車が動いている運転中の事故が前提となるといいます。
今回の事故では、大型トラックが突っ込む前に石橋容疑者が萩山さんのワゴン車の前に車をとめて停止させていて、2台とも止まった状態でした。運転中に起きた事故ではないことから、適用できないと判断したといいます。
また、車を停止させる前に繰り返した妨害行為については、妨害行為によってけがをしたり死亡したりしていないことや、大型トラックが突っ込む事故そのものに直結していたとはいえないことから適用できないと判断したとしています。
専門家も「難しい…」
専門家はどうみるか。
自動車運転死傷行為処罰法が制定される際に、法制審議会の部会のメンバーを務めた武内大徳弁護士に話を聞きました。
武内弁護士は、事故の詳細は把握しておらず、報道されている情報で検討すると断ったうえで、「やはり危険運転致死傷罪の適用は難しいと思う」と答えました。
危険運転致死傷罪の立法当時は、今回のようなケースは想定されていなかったといいます。念頭に置かれていたのは、狭い道路で走行中に前に割り込むとか、先行している車が蛇行して後続の車に接触するといったケースだということです。
「今回の事故では、妨害行為そのものによって追突事故が起きていれば適用できた可能性はあるが、実際は双方の車が停車し、妨害行為はいったんとまっている。これを危険運転致死傷の類型に入れるのは難しいのではないか」
武内弁護士は、刑法には犯罪の内容はあらかじめ明確に規定する「罪刑法定主義」という大原則があり、危険運転致死傷罪の「外縁」にあると言える今回のような行為まで処罰対象を広げるべきではないと指摘しています。
一方で、高速道路上に急停止させる行為を「過失犯」で問うのは個人的に違和感を覚えると話します。そのうえで、こんな考えも披露しました。
「刑法124条に『往来妨害致死傷罪』という規定がある。『陸路、水路又は橋を損壊し、又は閉塞して往来の妨害を生じさせ、人を死傷させる行為』を罰するもの。今回の行為を陸路をふさいで往来を妨害したと考えられないか」
往来妨害致死傷罪は故意犯で、刑の上限は懲役20年、併合加重すれば最高刑は懲役30年になるといいます。
ただ、武内弁護士は「今回の容疑者をどう罰するかという視点ではなく、今回の行為がいかに危険なことだったか、車社会のなかでは一歩間違えれば何人もの命が奪われるおそれがあるということを多くの人が考えるべきではないか」と話します。
「二度と起きないで…」
今回の事故で亡くなった萩山さん夫婦は、15歳の長女と11歳の次女の一家4人で遊園地などで遊んだ家族旅行の帰りに事故に巻き込まれました。
車内に一緒にいた2人の娘は警察に「進路を何度もふさがれ、怖かった」などと事故直前の状況を詳しく説明し、なぜこんなことが起きてしまったのか解明してほしいと訴えたといいます。
萩山さんの母親の文子さんは、取材に対し、「孫たちは尊敬していた両親をいっぺんに亡くし、どれだけ悔しいことか。二度と同じようなことが起きない世の中になってほしい」と涙ながらに答えました。
危険な行為によって生じた、あまりにも重大な結果。捜査関係者によりますと、石橋容疑者は以前にも別な場所で車の進路を妨害して停車させ、ドアを繰り返し蹴るなどの行為を起こしていた疑いがあるということです。
同様の行為を繰り返していたという容疑者が高速道路で車を止めさせることの危険性をどこまで認識していたのか、適用される罪名の議論とともに注視していきたいと思います。