日曜に3回目の施術を受けた。一般的には整体と言われる施術。基本骨の歪みを矯正しているのだと思う。思うというのは、痛くて見ていられないからだ。兎に角、足を集中的に恐ろしいくらいの圧で押し続けられる。自分にとっては拷問のように思える。それが約1時間程続く。本当は施術なんかではなく、単に嫌がらせされているのかと思ったりもする。それでも今の僕には他に頼るものがない。少なくとも医者に診てもらうのを諦め、薬を飲むことを止めた今、これまで続けてきた一般的な医療は封印した。
整体やら、鍼灸やら東洋医学と言われるものは怪しいものも多いと思う。医学的な根拠がない施術はまじないの延長かもしれない。今の医療が発達する前の悪霊祓いのようなものだろう。
周囲からはブロック注射や手術を勧められ、薬と医者通いを止めて整体で鎮痛を治すと言ったら大いに笑われた。かなりバカにされた感じだ。自分も一般の医療行為を信じていた。今でも一般的には信じている。然し、ここ1ヶ月の経緯を振り返ると、薬害になり兼ねないと感じた。医者に言われるがまま、出された薬を飲む。薬局で処方された時も薬の説明にも具体的な副作用のことは一切書いていない。自分で調べて診て、初めてそれらの薬本来の機能や副作用を知ったくらいだ。そんな処方された強い薬を飲んでも、鎮痛効果は皆無だった。薬を飲んで効果がゼロだったことも初めての経験だが、副作用だけのマイナス効果というのも初めてだった。つまり百害あって一利なしの状態だったのだ。それは偶然だったのかもしれないが、それでも自分が経験した事実でも有る。そこまでの負のスパイラスに巻き込まれれば、他の道を模索しても悪くはないだろう。
継続的な体の痛みを抱えていると気持ちが萎える。気持ちが沈んだ時などのよく宗教に捕まるというような話を聞く。自分も気持ちが萎えて他ので、何かに縋りたい気持ちは良くわかる。それでもまだ疑い深い自分がいる。ただ助けてもらいたいから怪しいのも承知で何でも良いから試した訳ではない。自分なりには考えた。そして、この手の東洋医学はやや宗教のように信じられなければ、何も始まらないとも思った。唯一の救いはその施術を勧めてくれた友人が信頼できる人間だったから。冷静に考えてみると施術を信じているというより、その友人を信じているから、その友人が信じている、そして実際にその本人も薬害から救われ今元気に過ごしている姿を見ているから、全体としてh信じることが出来るのだと思う。
それでも尚、疑う気持ちはずっと持ち続けているのだ。今日、周囲から笑われた時には正直腹が立ったのだが、今は笑われたお陰で、より強く信じようという決意に変わった。盲目的に信じる訳ではないが、信じる気持ち、自分でも良くなろう、良くしようという気持ちが強くなった。
今日は2日間サボっていたウォーキングを再開した。1日目サボった理由は施術と同日は体が痛くてとても歩ける状態ではなかったから。2日目にサボった理由は仕事で飲み会があったから。そして今日のウォーキング。先週までのウォーキング(約40分)では最後の10~15分くらいは腰と足の痛みは強く出ていた。先生によると、痛みがあってもおかしくないが、その内40分の中で痛みが引くようになるはずとのこと。今日は痛みが引くことなかったが、酷く痛むこと自体がなかった。これは今日だけの傾向かもしれないが、明日以降もウォーキングをして経過観察をしたいところだ。
椎間板ヘルニアと診断されてから約6年。それを高々1ヶ月の整体で痛みが取れるものだったら世の中に医者なんかいらない、と言われるだろう。医者がいらないとは言わない。僕もこの先も医療に世話になることは必ず有るだろうし、否定はしない。僕が健康体でこのブログを第三者として読んだら、俄かには信じないだろう。然しだ。僕は今のやり方をまだ続けようと思う。次の施術は土曜日。それまでウォーキングを続ける。