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三行で分かるあらすじ
・龍刃会が個性の不正使用をした上に黄金を売り捌いてる!? カチコミじゃあ!
・じゃけんその前に色々調べましょうねえ
・赤羽「うわっ……私の影薄すぎ……?」
No.54 外道少女のインターン そのさん・龍刃会が個性の不正使用をした上に黄金を売り捌いてる!? カチコミじゃあ!
・じゃけんその前に色々調べましょうねえ
・赤羽「うわっ……私の影薄すぎ……?」
そしてその言葉を証明するかのように、あの会議から二日後。明日再び警察署へ集合するように、という連絡が入って来たのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
三日ぶりの警察署。以前と同じ会議室に通されると、以前と同じようにそこはヒーロー達でごった返していた。
「あ、おはようございます」
「おう、おはよーさん」
挨拶を返してきたのは偶然にも、これまた以前と同じ顔だ。ギリギリでも20代にはとても見えない、やさぐれオッサン系ヒーロー、パラライザーである。
「おや、今日は誰だか分かったので?」
「あん時は悪かったって……」
今日も制服なので、にやりと笑みを浮かべて言ってみると、ばつの悪そうな声が返って来た。
この間、同じように顔を合わせた時、私だと分からなかった事を根に持っている訳ではもちろんない。ゆえにこれも嫌味ではなく、単なる確認に過ぎない。過ぎないと言ったら過ぎないのである。
「つーかな、嬢ちゃんが学生だってのが頭から抜けてたっつーかな……」
「毎回、行きと帰りは制服ですけど……」
「いや、まだ見た事ねえからよ、ピンと来なくてな」
言われてみればそうかもしれない。エンデヴァー事務所に出入りするようになってから、日数そのものはまだ浅いのだ。であるならば、私の制服姿を見た事が無くとも、そんなにおかしな事ではない。事務所に着いたらすぐ着替えているし、実際私も、パラライザーの私服姿はまだ見ていない。
しかしそれはそれとして。
「体育祭の映像を見たと仰ってませんでしたっけ」
「見た事は見たが、結構前だからな……ぶっちゃけ結構忘れてる」
体育祭はもう四ヶ月ほど前になるのか、それなら忘れていても無理はないか。神野の激戦とかオールマイトの引退とか、色々とインパクトのある出来事も多かったし。
「それより、『新人のサイドキック』って意識の方が強くてな……。なんつーか、若さっつーか青さっつーか、そういうのを感じられねえっつーか……」
「それは褒めてるんですかけなしてるんですか?」
「あー、ワリイな、上手く言えなくてよ。まあけなしちゃいねーよ、嬢ちゃんくらいの年だと考えなしに突っ込むアホが多いが、そーゆーのはなさそうで安心してんだ。だからどっかで経験積んだサイドキックだと無意識に思ってたのかもしんねーな」
「はあ……それならまあいいですけど」
「ロクでもねー事もよく考えつくしよ。こーゆーの何つーの? ホラ……老獪?」
「前言撤回、全く良くありません」
女子高生に向けて何たる言い草か。大体碌でもないとは何だ碌でもないとは。効果的と言え。
とりあえずテレポートで髪を毛根から引っこ抜いておこうかと考え始めた時、着席を促すバリトンボイスが部屋に響き、会議が始まったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「黄金の入手手段が判明したァ?」
薄い茶髪に濃い緑色の全身スーツが、怪訝そうな顔でバリトンボイスの刑事に聞き返す。彼に続き、また別のヒーローがその手段を問うた。
「どうやって分かったんだ?」
「その辺りは私から」
スッと立ち上がったのは、この間はいなかった顔で、しかし見た事のある顔だ。
三十絡みのスーツ姿の女性。氷山のように青い髪に、アイスブルーの切れ長の瞳。硬質ガラスの如き雰囲気を纏った鉄面皮。
「ここでは初めましてになりますね。クリアアイと申します」
新しく雄英の副校長になった、防犯ヒーロー クリアアイである。ちなみに正式には『透視ヒーロー』と言うそうだが、誰もそちらで呼ばないのがちょっとした悩みだとか何とか。
「ああ、防犯ヒーローの」
「雄英の副校長に就任した、って聞いてるけど?」
「その件はまた後ほど。今は龍刃会について説明致します」
その彼女が何でまたここに、と思いきや、どうやら調査や偵察のために呼ばれていたらしい。前回は都合がつかず来ることが出来なかった、との事。
「まずはこちらをご覧ください」
その言葉と共に、巨大モニターに3D画像が表示された。三階建ての建物だ。壁や扉が半透明で、内側まで見えるようになっている。
「これは?」
「『届け出にあった』龍刃会の事務所です。そして――――」
手元のノートパソコンを操作すると、建物の地下に部屋が付け加えられる。おまけにその一室からは、通路が画面の外まで伸びていた。
「こちらが私の個性『透視』を用いた調査結果です」
「地下室……?」
「増築していたのか」
「地下通路まで……」
地下室はあまり大きくはない。精々一階分あるかないかだ。ご丁寧にも3Dモデルの下に付け加えられた情報によれば、水道管やガス管等がちょうど下にあるらしい。そのせいで上手く広げられなかったようである。
「その通路、どこに続いてるんだ?」
「これを」
画面が切り替わり、何の変哲もない民家と、ポイントが二ヶ所ほど打ってある地図が映し出された。片方は龍刃会事務所、そしてもう片方が民家の場所。通路はその民家に繋がっているようだ。
バリトンボイスがクリアアイの後を引き取り話を続ける。
「こちらでも裏を取りました。通路は間違いなくここに繋がっています。偽装されていましたが、この民家は龍刃会が所有する物件でした。非常用の脱出路として使用する事が予想されるので、摘発当日はこちらにも人員を割きます」
「そっちには誰が行くのかな?」
「それはこれから決めます」
ばっさりと切り捨てられる見慣れぬヒーロー。覆面で顔は分からないが、ちょっと傷ついたような雰囲気を醸し出している。
しかしクリアアイが言っている事はもっともである。それを決める為に集まっているのだから。
「さて、順番が逆になってしまいましたが、話を戻します」
捨てられた子犬の如き様相を呈して来ているヒーローをあえて無視し、クリアアイがノートバソコンを再び操作する。すると、先程も出た龍刃会事務所が再度画面に映し出された。
「龍刃会が、黄金を調達している手段についてです」
今回の一件における最重要事項だ。ここを疎かにしては強制捜査の意味がなくなると言っていい。それを理解するヒーロー達によって、会議室の空気が一気に引き締められた。
「まずこちらをご覧下さい」
画面に浮かぶ龍刃会事務所、その地下室の一つに明かりが灯る。それに注目が集まった事を見て取ったクリアアイの口から、驚くべき言葉が発せられた。
「この場所に、四歳か五歳ほどの幼児が監禁されています」
「なっ……!」
「マジかよ……!?」
「助けないと!!」
会議室が俄かに騒然とする。特に年若く、正義感でヒーローやってますと顔に書いてある面々の動揺が酷い。どよめきが喧騒へと変わりつつある部屋で、収拾がつかなくなるのも時間の問題かなと思ったところで、低い声が響き渡った。
「落ち着け」
大きくこそないが重みのある声に、
「話はまだ終わっておらん」
その
「その幼児がどうやら、黄金の供給源であるようです。あくまで推測になりますが、物体を黄金に変える個性ではないかと思われます」
「おいおいおい、マジ錬金術じゃねえか」
「どちらかと言えばミダス王だろう」
「へっ、ロバの耳だったりすんのかい?」
ミダス王とは、ギリシャ神話に出てくる王の一人だ。触れるもの全てが黄金に変わるように望んだところ、水や食料、果ては娘すらも黄金に変わってしまい、結局はその力を捨てた、という伝説が残っている。
そして同時に、『王様の耳はロバの耳』の王様当人でもある。皮肉げに口元を歪めている緑色のヒーローが言っているのはそういう事だ。見た目によらず案外教養があるようである。
「そこはどうだっていい。何でそれが分かったんだクリアアイ?」
「調査初日の事です」
透視の個性を用いて龍刃会事務所を見ていたところ、違法に増築された地下室と、その一室に監禁されている幼児を発見。そこに組長と取り巻きが赴き、何かをした。
すると、戻ってくる彼らが持っていたスーツケースの中身が、金色になっていたとの事。なお、部屋に入る前のスーツケースには白い何かが入っており、少なくとも黄金ではなかったのは確かであったようである。
「何かをしたって……何をしてたんだ?」
「不明です」
「おいおい、肝心なとこだろうがよ。透視の個性なのに双眼鏡も持ってなかったのか?」
「意味がありません、そういった物も透けてしまいますから。使えるなら使いたいといつも思っていますがね」
つまり、彼女の視力がそのまま透視の射程範囲である、という事か。『何か』と言わざるを得なかったのは、遠すぎて見えなかったためであろう。事務所に下手に近づいたら怪しまれる以上は仕方ない。
それでもここまで分かれば十分だと言える。直接的に戦闘に役立つ個性ではないが、利便性が半端ではない。本人はあまり気に入っていないようだが、防犯ヒーローとはむしろ尊称なのであろう。
「その後、私が見た限りにおいては、世話係らしき人物以外の出入りはありませんでした」
「しかし必要な情報は集まったと判断し、こうして皆さんに集まって頂いた訳です。迅速さが必要な案件でもありますしね」
バリトンボイスがクリアアイに向けて礼を述べて話を締め、話題を別の物へと変えた。
「そしてもう一点。これはグレイブの方からお願いします」
「ああ」
クリアアイと入れ違いに立ち上がったのは、青っぽい全身スーツにマントをつけた、筋骨隆々の男性ヒーローだ。暗い紺色の髪の中に一房、銀色が流れている。年の頃は二十代半ば、といったところか。
真面目や謹厳実直という言葉が似合いそうな男性だ。私服はポロシャツでボタンを一番上まで締めて、ズボンの中にシャツを入れてそうである。
「とりあえず自己紹介だな。グレイトグレイブという、よろしく頼む」
「で、そっちで何があったんだ? わざわざ報告するって事は、それなりに大事なんだろ?」
「ああ。私は長野の方を担当していたのだが、そこで意外な人物を発見したのだ」
画面がまたもや切り替わり、今度は男の姿が映し出された。四十代後半程度の、特徴らしい特徴というものがない、地味な男だ。誰だろうかと思う前に、バリトンボイスがその答えを出した。
「田中秀明。無個性ながら、龍刃会の金庫番を務めている男です」
「無個性とは珍しいな……」
「珍しいですけどおかしくはありませんよ、私の知る組でも無個性の構成員はいましたから」
「それで、その金庫番が長野くんだりにいたって事は……」
「戦闘能力のない重要人物を避難させた、と考えるのが自然だ。護衛らしき人影もあったからな」
グレイトグレイブが推測を述べる。しかしその推測が正しいとするならば、それは重大な事を意味している。
「……つまり何だ? 連中、俺達とやり合う気だって事か?」
「自分が逃げる前に先に逃がしたって事じゃないのかしら。例えこっちの動きを察知していたとしても、ヤクザが警察やヒーローと戦いたがるとは思えないわ」
女性のヒーローが正論を出す。それはまあそうだ。普通なら、ヤクザには警察やヒーローと戦う理由はない。一文にもならないし、勝とうが負けようが犯罪者になる事は変わりはない。本格的に公権力を敵に回したくはないだろう。
ならば、黄金の供給源となっているという幼児を連れて逃げ、ほとぼりが冷めるのを待つ。それがおそらく最適解で、もしもそうしていないというのなら、相応の理由があるはずなのだ。
「私の見た限りにおいて、組長の
龍刃会事務所を監視していたクリアアイが口を開く。彼女は防弾ガラスの鉄面皮を崩さず声にも感情を乗せず、重要事項を明かしていく。
「ですが数名、戦闘に向いていない者が消えており、加えて構成員以外の人員を確認しました」
「というと?」
「ヴィランがいました。どうやったのか引き込んでいるようですね」
彼女が確認したのは、ヴィラン名『ビッグノイズ』。個性は『スピーカー』。腹に巨大なスピーカーが生まれつき存在し、そこから巨大な音を出すというもの。能力的には山田教諭の『ヴォイス』とほぼ同じだが、外見が異形系であるのが差異だ。
その特徴のあり過ぎる姿から、遠目でも同定が可能だったとの事である。
「他にもいるようではありましたが、残念ながら遠すぎて、私の視力では見えませんでした」
「警察の方でも引き続き捜査は行っていますが、どうしても時間が足りません。あまり期待はしないで下さい」
「いや、そこまで分かれば十分でしょう」
「そうだな、いるという事が分かっていればやりようはある」
――――ぐるる
低く凄烈な、猛獣の如き唸り声が耳朶を打つ。否応なく向いた意識が、不機嫌を極めている二足歩行のシャチを捉えた。
「ああ、十分だ。十分すぎる程によく分かった。連中が、俺達を迎え撃つつもりである事がな」
ただでさえ悪い目付きに拍車がかかり、凶相と化しているギャングオルカだ。その黒々とした身体から、怒りが噴き上がっているのが可視化されているかのようである。
「――――舐められたものだ」
魚の虎と書いて
「しかし何故、彼らは逃げないのでしょうか?」
しばしの沈黙の後、誰も発言する気配がないので、あえて空気を読まず言ってみる。まあ折角来たのにずっと黙ってるのも芸がないし、別に喋るなと言われた訳でもないし。
それに実際謎なのだ、彼らの行動は。
警察やヒーローが龍刃会を摘発する、と考えた根拠は分かる。この間の黄金を警察が回収した事くらい把握しているはずだから、そこからの推測だろう。インゴットの刻印が偽物である事くらい、警察ならすぐに分かると考えるのが自然である。
しかしそこで何故逃げずに迎撃態勢を整えているのか、これが分からない。今はまだ確定ではなく可能性レベルだが、それでも最も高い可能性であるのは確か。であるならば、その理由も知っておいた方がいいのは間違いない。
「分かりません」
答えを返したのは、バリトンボイスの刑事であった。私の望む内容ではなかったが。
昨日の今日なら仕方ないかと考えたところで、エンデヴァーの気迫に満ちた低い声が響いた。
「連中が何を企んでいようが関係ない」
オレンジの炎に包まれた目が私を見る。傲岸で傲慢で、有能なるヒーローが、私を見ている。
「我々はただ粉砕するだけだ、ヒーローとしてな」
その言葉に思わず納得する。確かにそうだ、こちらのやる事は最初から決まっている。『相手は逃げない』という事実さえあればいい。ある種の脳筋的思考かもしれないが、それ以外にない事も確かである。
「なるほど……それもそうですね、失礼しました」
「構わん、当然の疑問だからな」
私から視線を外すと、エンデヴァーはバリトンボイスの刑事に顔をずらし、無言で先を促す。彼はそれを受け気を取り直し、会議を進行させた。
「それでは、強制捜査の決行日を伝えさせていただきます」
場の雰囲気が一気に引き締まる。自身に視線が集まった事をしっかりと確認し、バリトンボイスが宣言した。
「九月××日、朝八時。三ヶ所同時に実行します」
その言葉に、ヒーロー達の目に火が宿る。それが義憤か正義感かはたまた義務感か、未だ未熟な私には判然としない。しかし、熱意と呼ばれるものである事だけははっきりと分かった。
「では、誰がどこを担当するか決めていきましょう――――」
◇ ◇ ◇ ◇
会議終了後。特に用もないのですぐに帰る予定のはずが、何故か警察の取調室に私はいた。
「かけて下さい」
「では失礼いたします」
と言っても別に犯罪を犯したとかではない。クリアアイと、あらかじめ話が通っていたらしいエンデヴァーに、話があると言われて連れてこられたのである。
取調室というのは少し驚いたが、万一にも盗聴の心配がない場所であるから、らしい。クリアアイは公安の出身であり、話の内容も警察に関わりのあるものであるため許可が出た、と言っていた。
「それで、話とはなんだ?」
隣に座るエンデヴァーが口火を切る。クリアアイはそれを受け、硬質ガラスの鉄面皮のまま口を開いた。
「これからするのは、クリアアイではなく雄英の副校長としての話だと思って下さい」
「……今回の強制捜査、私の参加は認められないと?」
「む? ああそういう事か」
少しだけ目を見開き、驚いたような表情を見せるクリアアイ。何に驚いたのかはよく分からないが、わざわざエンデヴァーを交えてする話なぞ他には思いつかない。『場合によってはインターンの中止もあり得る』と聞いているし、的外れではないはずだ。
「ここで仮に生徒が死んだとしたら、雄英が終わりかねんからな」
「ですねえ。街のチンピラを捕まえるのとは訳が違いますし」
「いえ、少し違います。そういう話ではありません」
首を捻る。では何の話だというのだろうか。
「雄英としては、今回の強制捜査に赤羽さん……テレポーターが参加する事は認めています」
さらに首を捻る。では何故話などと言い出したのだろうか。
「その上でお聞きします。エンデヴァー、彼女を参加させる予定ですか?」
「そのつもりだ」
「それは、突入に同行させるという意味ですか?
それとも、外縁部での包囲に参加させる、という意味ですか?」
「前者だ」
「まだ一年生ですが……」
「仮免は取ったのだろう? ならば年齢は関係ない、実力があればいい。そしてそれは見せてもらった。個性も汎用性が高いし、何よりこの女ならば早々後れを取る事もあるまい」
随分な高評価のようである。ヒーロー殺しの事を除けば、そんなに特別な事をした覚えもないのだが。
「出来る事をしていただけですが」
「それは貴様が思っているほど容易い事ではない。だからこそ貴様を評価しているのだ」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
よく分からないがそういう事らしい。出来る事をする、というのは全ての基本だと思うのだが……まあエンデヴァーがそう言うのなら納得しておこう。
……この冷静さが、オールマイトの話をする時にもあるといいのになあ……。オールマイトが絡むとちょっとどころではなく駄目になるのが欠点だなこのオッサン。
「そうですか……」
そしてこちらはこちらで、僅かに目を伏せ歯切れの悪いクリアアイ。はっきりしない、本当に何なのだろうか。
「突入ではなく、包囲の方に変更する事は出来ませんか?」
「それは雄英副校長としての要請、と受け取っていいのか?」
「いえ……これは個人的なお願い、になります」
つまりその個人的なお願い、とやらが話の内容という事なのだろうか。『雄英は参加を認めている』と明言した以上、個人的なお願いという形になるのは分かる。しかし――――
「なんでまた今更……?」
龍刃会とヴィラン連合に繋がりでもあったのか、と一瞬思ったがすぐにあり得ないと思い至る。それなら先程の会議で議題に挙げていたはずだからだ。秘匿する意味のある情報でもないから、今のところ繋がりは見つかっていないのであろう。
大体それなら、個人的にではなく雄英からの要請になるはずである。
「そうですね……今はまだ口外されては困りますが、話しておきましょう」
かくかくしかじかと語られた内容に頭を抱える。何やってんだあの連中は。
駄々こねて校長に突っかかった挙句に返り討ちとか、本当に何やってんだあの連中は。
「頭痛い……」
「若いな……」
机に突っ伏す私と、何か心当たりでもあるのか遠くを見る目になっているエンデヴァー。
そのよく分からない空気を塗り替えるように、硬質ガラスの声が届いた。
「それで、どうですか?」
「ええと……まあクリアアイの顔を潰す訳にもいきませんし、頷いてもいいと言えばいいんですが……」
顔を上げて言葉を吐き出す。別に今回の強制捜査に拘る理由がある訳でもないので、構わないと言えば構わない。突入ではなく包囲でも経験にはなるだろう。
それに何より、私はヴィランを減らしたいのであって、何が何でも自分の手でやらなければならないと思っているのではない。私の手によらずしてヴィランが減るのなら、それはそれで本意なのである。
しかし今の状況下では、安易に頷けない理由があるのだ。
「ヴィラン連合の事が気にかかるので、出来れば突入班に参加しておきたいところですね」
二度あることは三度ある。再びヴィラン連合の襲撃を受けた場合、私は優先的に狙われるだろう。何せ合宿の時はそれで死にかけたのだから。オールマイトが引退した以上、次の可能性は低いだろうが、それでも万一の時に負けました死にましたでは話にならない。
ゆえに今回の一件で、なるべく経験を積んでおきたいのだ。
「それを言われると弱いですが……」
「スパイも見つかっていないのでしょう? ならば次も考えておかねばなりません」
クリアアイが雄英副校長に就任したのはその為だろう。透視の個性なら監視にうってつけだ。今回の強制捜査、彼女が調査だけして当日は不参加なのも、万一にでも重傷を負って監視任務に支障が出るのを避ける為と考えれば筋が通る。
「その件に関しては、私の口から言う訳にはいきません」
「死にかけた私としては、聞く権利くらいあると思うんですよね。まあそちらには言う義務はありませんけど」
スパイがいるかどうかは分からないが、いるのなら教師陣かヒーロー科一年生の誰かである可能性が高い。
能力で考えるなら私、響香さん、障子君、葉隠さん辺りか。私ならテレポートで各所に盗聴器を仕込めるし、響香さんと障子君は個性で直接盗聴が可能、葉隠さんは言わずもがな。
後は八百万さんくらいだが、彼女の個性で創れるものは基本的に、既存の物かその組み合わせ。つまり既存の対策が通用するという事なので、可能性はあまり高くはない。顔に出るタイプだから、性格的にも難しいものと思われる。
教師陣については、皆合宿について知っていただろうから私には何とも言えない。というかプロヒーローがスパイになっているとしたら色々終わるので、あまり考えたくはない。個性で洗脳でもされたのなら別だが、その場合は調べる方法くらいあるだろう。
「話が逸れているぞ」
「これは失礼。で、どうします?」
その問いに答えは返さず、腕を組んで目を閉じ、黙考にふけるエンデヴァー。私やクリアアイが何を言おうが、今回の一件で決定権があるのは結局のところエンデヴァーだ。
どうなるかと思いつつ見ていると、彼の瞼がゆっくりと開かれ、その目が私を見下ろした。
「……危険に備える為に危険に飛び込むか。矛盾だな」
「ですがしなければならない事ではあります。それに遅かれ早かれ、今回のような仕事はあるでしょう。今出来る事ならば、先送りしようとは思いません」
「ふむ……クリアアイはどう見る」
「難しいところですが……私としては、『今』ではなくてもいいのではないか、と考えます」
「と仰いますと?」
「やむを得ない事とはいえ、カリキュラムを前倒ししているのです。その反動を吸収するためにも、危ない橋を渡るのは、もう少し経験を積んだ後でいいのではないでしょうか。死んだらそれこそ元も子もありません」
「一理ありますね……」
無理して死んだらそれこそ意味がない、というのは正しい意見だ。それにここで生徒が死んだら雄英には大ダメージだ。立場的に止めるのも理解できる。まあ校長とは意見が違うようだが。
その辺は私には関係ないから置いといて、今必要なのは戦闘経験だ。それを積める機会は、出来得る限り逃したくはない。
「今やるか、後でやるか。結局はそこに帰結しますね」
「ですね……。まあこの件について、最終的に決定権があるのはエンデヴァーです。お互い言うべき事は言ったと思いますし、エンデヴァーの判断に従いますよ」
「よろしいのですか?」
少し驚いたような表情で、再び私に目を向けるクリアアイ。まさかとは思うが、私も緑谷君の如く暴走するとでも思われていたのだろうか。心外である。
「いや、よろしいもよろしくないもないでしょう……学生であってもサイドキックなのですから、上司の判断に従うのは当然です」
今度はまじまじと見てくるクリアアイ。鉄面皮はほとんど変わらないのでちょっと怖い。何だというのだろうか。
「卒業後、公安の方に来る気はありませんか?」
「何ですいきなり……?」
「ヒーローは良くも悪くも個人主義者が多いので、ヒーロー公安委員会は常に人手不足です」
「はぁ……」
「学生のうちからあなたのような思考が出来るヒーローは少数派です。エンデヴァーが認めているのなら能力はあるはずですし、成績も確か問題なかったはず。という事で、いかがでしょう?」
「いや、いかがも何も」
ちらりと横目で燃えるヒゲオヤジを見る。彼は僅かに呆れを含ませながら、いつものように傲然とした口調で言い放った。
「俺の目の前で引き抜きとはいい度胸だな」
「まあそうなりますよね」
「分かってて言ったんですか……」
「将来の選択肢を提示しただけです」
しれっと宣うクリアアイ。中々分厚い面の皮をしているようだ。
「卒業後はこのままエンデヴァー事務所に勤める予定なので……」
「では独立時にご一考ください」
「話が逸れているぞ貴様ら。二度も言わせるな」
案外押しの強いクリアアイを、エンデヴァーの言葉が断ち切った。
確かに本題から外れすぎである。
「コホン……失礼しました。それで、結論は出ましたか?」
「結局決めるのはエンデヴァーですからねえ」
「この際私の顔がどうとかは気になさらずとも結構。
エンデヴァーが善しと信じる形で決めて下さい」
どちらからともなく、二人揃ってエンデヴァーを見る。
その視線に動じもしない彼が出した結論は――――
◇ ◇ ◇ ◇
そして時間は飛んで九月××日、強制捜査当日の朝。
警察官やヒーロー達が集まる警察署の前に、私は来ていた。
クリアアイとエンデヴァーとの三者面談の結果、私が突入班に参加する事は条件付きで認められた。その条件は三つ。
『突入後はエンデヴァーと離れない事』
『万一はぐれた場合は早急に合流を目指し、不可能なら撤退する事』
『内容に関わらず、エンデヴァーの判断には従う事』
要するに、危険だと判断したら即撤退、という事である。本来なら敵地でそんな事は不可能なのだが、私の個性なら十分に可能だ。障害物も意味をなさないし、事務所は地下を含めても私の射程範囲内に収まる。だからこその同行許可なのであろう。
ただ、最後の条件を逆手に取ると、エンデヴァーが私に無茶な命令をしても従わなければならない、という事になる。なるが、あのプライドの塊が学生にそんな命令を出す事はないだろう。それこそプライドに賭けて。
「いよいよッスね。緊張してるッスか?」
モフモフな頭が私に話しかけてくる。複眼の瞳、薄水色の蛾の翅、頭から伸びる櫛の触角。大人げない系ヒーローのパピヨンだ。
彼女もまた今回の強制捜査に同道する。というか、私・パピヨン・パラライザー・エンデヴァーの
「いえ特には」
「かーっ、可愛げが無いでヤンスねえ! ここは『頼りにしてますセンパイ!』くらいは言ってもいいところッスよ!」
「多分合宿の時の方が大変だったと思うので」
「あー……すまねッス。無神経だったッスね……」
「いやそこで落ち込まないで下さいよ……うっかり合宿を話題に出した私も悪かったかもしれませんけれども」
どうしたものかと考えているとそこに、こんな時でもオペラ歌手に負けぬほどのバリトンボイスが通り抜け、集まっている皆の注意がそちらに流れた。
「皆さん、揃いましたね?」
彼は周りをぐるりと見回し、ヒーロー達の顔を確認すると、よく通る朗々たる声を再び響かせた。
「かねてよりの予定通り、これより突入となります。隠蔽の時間を与えない為にも、『最悪の事態』を避ける為にも、確保はなるべく迅速に行います」
明言こそしないが『最悪の事態』とは即ち、黄金の供給源たる幼児の殺害であろう。金の卵を産むガチョウを絞める事は普通なら無い。しかし追いつめられれば別だ、『自分以外の手に渡るなら』と考える可能性はゼロとは言えない。
そして何より、逃げるのに子供は邪魔にしかならない。捕まってしまえば意味はないのだ、そのためなら金の卵だって切り捨ててもおかしくはない。人質に使ったはいいが、物の弾みで……という事だってあり得る。
それに、クリアアイが見つけた地下通路以外にも逃げ道があれば、逃げられてしまうだろう。そういった事を考えあわせれば、迅速な確保を目指すのは正しい方針だ。
「気を緩めることなく、各員の仕事を全うして下さい。では、出動します!」
装備の確認はすでに終わっているし、龍刃会構成員の個性もこの間の会議で明かされている。ヴィランもいるようだし、個性増強薬のトリガーがある以上は参考程度に考えておいた方がよさそうだが、それでも無いよりは遥かにいい。
であれば後は勝つだけだ。私は一つ深呼吸をすると、静かな決意と共にパトカーに乗り込んだ。
やはりサーは出さないで正解だった(確信)
あれはちょっと扱いきれませんわ……。
下は愚痴注意。読み飛ばし推奨。
「つまらない」「面白くない」「合わない」だとかわざわざ仰るお方々に、オールフォーワンからありがたーいお言葉です。
『生産性のない話題だな。聞いても納得などできやしないくせに。わかりあえない人間ってのは必ずいるんだから』
合わない、だから何? なら読むな、無料の上に強制でもないんだから、としか言えません。
お互い何を言おうが意見の変更などあり得ない以上、まさに生産性のない話題です。
まさか「あなたの気に入るように書かせて頂きます!」なんて言うはずもあるまいに。
読者に言う権利があっても、作者に聞く義務はありません。
そちらに批評の権利があるなら、こちらには怒る権利があります。
『あいつはけなした! ぼくはおこった! それでこの一件はおしまい!』
つまらん話は以上! 閉廷! 解散!
さあ次回からカチコミだ! まだ全ッ然書けてないけどな!