古代から続く神秘的なその儀式は、年に1度、イタリア、サルデーニャ島の内陸部にある小さな村マモイアーダで行われる。動物と火の守護聖人である聖アントニオ・アバーテの祝日に、村の男たちは「マムトーネス」と「イッソアドレス」に変身する。マムトーネスとイッソアドレスは陰と陽のように互いを補完する存在であり、前者は闇を反響させ、後者は光を引き寄せる。 (参考記事:「欧州のワイルドなやつら」)
聖アントニオ・アバーテの祝日には、この村だけでなく、サルデーニャ島全土でかがり火が焚かれる。これはイタリア国内でもとくに人気の祝日だ。冬の寒さを払い、暖かい春を招き入れるこの日、マモイアーダの村は歌とダンスと荘厳さに満ち、村人たちは独特の不気味な行列を披露する。
儀式の主役であるマムトーネスは、死者の王国の住人であると同時に、羊飼いと羊の間に結ばれた固い絆を表す存在でもある。彼らは地元の職人が作った、人間の顔に似たグロテスクな仮面をかぶる。顔のひとつひとつの造作が大きく誇張されていることと、なめらかな黒い塗装が特徴だ。彼らの背中からは、分厚い革のストラップに縫い付けられたずっしりと重い銅のカウベルがいくつもぶら下がっている。その様子はまるで亀の甲羅のようだ。頭部には薄手の布が巻かれ、黒い羊の毛皮がその肩、背中、胴体を覆っている。(参考記事:「外国人写真家が撮った「妖怪の島、ニッポン」」)
一方のイッソアドレスは、赤い上着を身にまとい、鈴の付いた黒革の帯を肩から斜めにかけてパレードを歩く。
キリスト教誕生以前から続く儀式
行列が出発するのは、村でいちばん大きな教会の前だ。ひとりのイッソアドレスに先導されて、12体のマムトーネスが厳粛かつリズミカルなステップで行進を始める。体を地面に引き倒さんばかりにぶら下がる重さ30キロ近いカウベルを彼らはものともせず、周りの視線をいっさい気にすることもない。はつらつとしたイッソアドレスたちは、細い葦の縄を投げ縄のようにクルクルと回し、見物客のなかにいる若い女性たちを捕まえる。行列は昼過ぎから深夜まで、村中のかがり火をすべてめぐるまで続く。(参考記事:「クリスマスの悪魔「クランプス」、米国で大流行」)
2000年を超える歴史があり、キリスト教が誕生する前から続くこの儀式の真の起源については、学者たちの間でさまざまな議論が戦わされている。一説には、その起源は紀元前1500年頃からサルデーニャ島で栄えたヌラーゲ文明まで遡り、元は動物への敬意を表し、悪霊から身を守る意味があったとも言われている。(参考記事:「生き続ける仮面の魂」)
今回の短編映像を撮影した映画監督のアンドレア・ペコラ氏は、母方の祖先がサルデーニャ島出身であることから、この伝統の儀式との深い縁を感じている。ペコラ氏はサルデーニャ島の文化を世界に伝えたいと考えており、自身がマムトーネスの伝統を体験したことは実に有意義だったと語る。
ペコラ氏は言う。「男たちの目には、強烈な緊張感が宿っていました。這い回る炎と神聖な雰囲気はまるで魔法のようです。そうしたものをすべて、映像にとらえられているといいのですが」