「いい香りのする女になりたい」
私のひそかな願望である。
エレベーターに乗る。ドアがあくと、美しい秋のコートにパンプスという格好の女の人が立っていて、ふわっといい香りが漂ってくる。甘く、でもさわやかで、どこか懐かしいような気持ちにもなる優しい香り。
ああ、なんてすてきな人なの…
そう、すてきな女性というのは、すてきな香りをまとっているものである。
「女子力を磨く」とか「いい女になる」という言い回しはすっかり聞き慣れたものだが、しかし皆さんご存知のとおり、この場合の「女子力」や「いい女」というのは常に女目線に寄りがちで、ひとりよがりなものになってしまうことが多い。
例えば「女子力をあげよう!」と思って毎月一万円かけてネイルをやっても、男からすれば「どうでもいい」もしくは「何も塗ってない爪の方がいい」ということは往々にしてある。ネイルスクールにまで通っていた私が言うのもなんであるが、あれは完全に女性の自己満足である。
とはいえネイルを「可愛い!」と思う男もいれば「無理…」と思う男もいるように、誰に好かれたいかによっても変わるのだ。なんだかんだ一番確実なのは、自分の好きな人に好みを聞いてみることであろう。
というわけで聞いてみた。私の好きな人に。
「ねえねえ、私ってどんな香りがする?」
夫はまるで犬のようにクンクンとやって答えた。
「ayakoさんは無臭だね」
ここまで、1mmも色気のない会話である。
「私もいい香りのする女性になりたいって思いはあるよ」
「へえ」
「でも香水とかつけてないからなぁ…」
「へえ」
すごくどうでもよさそうな夫であったが、私は自分が香水をつけていない理由を滔々と語りだした。
「昔はつけてたこともあったんだけどさ、やっぱり香水をつけると、コーヒーとか紅茶、ごはんの匂いに自分の香りがちょっと混ざっちゃって、わかんなくなっちゃうんだよ。それが嫌なんだよね〜」
焼きたてのパンの匂いとか、美味しいカレーの匂いとか、そういうのを謎の小洒落たフレグランスに邪魔されたくないという、色気より食い気な私なのである。
しかし「いい香りのする女」への憧れも捨てきれない。私ももうすぐ30歳である。そうとう大人の女であるッ!ここは生活の邪魔をしない上品な香りの香水を、夫と買いに行く(プレゼントされる)という流れに持っていけたら最高だなムフフなどと思っていた。
すると夫はハッとして言った。名案を思いついたッ!という顔をしている。
「ayakoさん、最初から美味しい匂いをつけておけばいいよ」
「美味しい匂い…?」
「お肉の匂いをつけたらいいよ」
夫は生き生きとして、具体的な香りのアドバイスまでくれた。
「お肉の匂い…」
話はどんどんおかしな方向に進んでいる。私は反論した。
「いやでも気持ち悪いでしょ。だってお肉を持ってるわけじゃないのにお肉の匂いがするんだよ?」
「…たしかに。そう考えると、実際にお肉も持っていたほうがいいね」
私の好きな人は、満面の笑みで言った。
「鳥の唐揚げを持ってて、鳥の唐揚げの匂いがしたら、それはもう最高のシチュエーションだよ」
最初に思い浮かべたエレベーターのシーンがよみがえる。
エレベーターに乗る。ドアがあくと、ビニール袋に鳥の唐揚げを持った女の人が立っていて、ふわっとお肉の匂いが漂ってくる。香ばしく、でも醤油のようで、どこか懐かしいような気持ちにもなる優しい香り。
・・・・・
いや、これってただ単に、
唐揚げ買って帰ってきた人だろう。
えっと、最初の考えを改めたいと思う。好きな人に好みを聞くのが一番確実とか、嘘ですね。
読者の皆さん、自分の思う「いい女」像を突っ走っていきましょう。
まさにである。
美しい香水瓶に「Karaage」というタイトルが入ってたら、笑えるけどね。
おまけ
今日の写真は、シャネルの香水である。もしかしたらこれを見て「わぁ…ayakoさんってやっぱりすてき!セレブ!」と思ってくださった読者の方もいるかもしれない(ということにしておこう)。
お察しのとおり、これはもちろん、もらいものである。それも、母が昔お土産でもらったものをもらった、という二重の。
現実の私はこんな感じで秋を過ごしている。
もちろん今日も、ノースリーブにサンダルで近所を歩いていた。秋の服って、みんなどうやって入手してるんだろう。
いい香り以前の日々だよね。
Sweet+++ tea time
ayako
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