「スマホでポチッ」――。今やスマートフォン(スマホ)を数回タップすれば、大抵のものが簡単に買える世の中になった。この波が不動産マーケットにも押し寄せている。「今やマンション購入も、スマホで探して決めていくのが主流になりつつある」と話すのは、中古マンション仲介サービス「カウル」の運営を手掛けるハウスマート代表取締役CEOの針山昌幸氏。昨今のマンション購入のトレンドを聞いた。
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――「マンションを買う」というと、とにかく多くの物件を見て回るイメージがあります。
私がこの業界に入った7~8年前は、まだそういうやり方が主流でした。でも今は様相がガラリと変わっています。スマホで探して、気に入った物件を「一本釣り」。これが最近の中古マンションの購入スタイルです。
――スマホでマンションを買っちゃうんですか?
さすがに「ポチッ」とワンタップで買えるわけではないんですが(笑)、購入行動の入り口がスマホにシフトしているのは確かです。スマホの急速な普及で、スマホから物を買ったり、店を予約したりといった行動が当たり前になりました。こうした世代にとって、スマホでマンションを探すのは自然なことなんです。
以前は、中古マンションの物件情報は不動産事業者の店舗に出向かなければ手に入れられませんでした。ですので、購入希望者は営業スタッフに希望するエリアや予算を伝え、薦められた物件を5~6件ほど内覧して、気に入った物件を絞り込んでいくというプロセスをたどってマンションを購入していました。
ネットとスマホが普及した現在、こうした情景は一変しました。購入希望者はスマホで中古マンションの情報を自分で集め、条件に合う物件の中から気に入ったものを絞り込んで、そこではじめて不動産事業者にアクセスしてきます。以前は「広く網を張る」ことが購入の必要条件でしたが、今はネットがその役割を果たしてくれるので、「一本釣り」スタイルに変わってきたんですね。
これ以外にも、着実に「スマホシフト」は進んでいるんですよ。不動産事業者って、「とにかく電話をかけまくる」イメージがあると思いますが、今は「LINE」といったチャットでのコミュニケーションが主流です。スマホでの購入や予約に慣れてしまった世代にとって、電話は既に「わずらわしいツール」なんですね。同業他社からも、「今やLINEがないと話にならない」と聞きます。
――確かに、こちらのオフィスではほとんど電話の音がしませんね。
当社が手掛ける中古マンション仲介サービス「カウル」では、購入希望者(登録ユーザー)とのやり取りはLINEではなく、専用のチャットツールを使っています。パソコン向けのWebサービスに加えて、スマホ向けのアプリも提供しているので、スマホ利用率は非常に高いですね。
大半のユーザーは気に入った物件が見つかったら、電話ではなく営業スタッフとチャットでスマホから連絡を取って、内覧の予約を取り付けます。その後の値段交渉もチャットで済みますので、当社の営業スタッフがお客さんと会うのは、内覧と売買契約の時と、あと銀行で融資を受ける時くらいです。
■共働き夫婦、「駅まで坂道」はお断り
――住まい選びも相当変わってきているんですね。ところで、どのような世代がスマホでマンションを探しているのでしょうか。
大半は30代半ばの若いファミリー層ですね。「カウル」では、取り扱い物件を東京23区と横浜・川崎エリアに限っているため、若いファミリー層が比較的多めかもしれません。ただ、首都圏のマンションの需要は都心回帰の流れでこのエリアに集中していることもあり、同業他社でも傾向はさほど変わらないと思います。
共働きが多いのも特徴です。登録ユーザーの9割は共働きのご夫婦です。そして、小さなお子さんを抱えた子育て世代でもあります。大半は保育園や幼稚園に通うお子さんがいる、もしくはこれから子育ての予定があるといったご夫婦ですね。
こうした子育て世代、あるいはその予備軍は、「既に通っている保育園を絶対に移りたくない」あるいは「子供はまだだけど、保育園に入りやすい場所が前提」と、エリアに対する条件は極めてシビアです。いい物件が見つかってご案内しても、ちょっとエリアが違っただけで難色を示されます。同じ町内であっても、「6丁目ですか……。4丁目か5丁目でないとダメです」と断られるのも珍しくはありません。
同時に、駅からの距離も厳しくチェックされます。駅から徒歩10分を超えたら、もはや論外。たとえ10分をクリアしていても、駅まで坂道が続く場合はダメなことが多いです。
実際、とあるお客さんで条件に合う物件が見つかり、駅から現地にご案内したら、「すみませんが針山さん、もう結構です」とお断りされたことがあります。物件を見る前だったので、驚いて理由を聞いてみると、「この坂道を毎日、ベビーカーを押して歩くのは厳しい。この物件はパスします」と。前提が「共働きと子育てを両立させる」ための住まいなんですね。その条件を満たせる物件を、夫婦でじっくりと選んでいく。そんな意識の変化を感じます。
■物件選びは慎重、以前よりも長期に
――「マンションをスマホで選ぶ」という話からは、パパッと選んでパパッと買っていくイメージがあったのですが、実情はずいぶん違うのですね。
はい、むしろ物件探しには以前よりも時間をかける傾向があります。かつては物件を探し始めてから購入を決めるまでは、2週間から1カ月ほどというのが一般的でした。現在は物件をじっくり見ようという方が増えており、平均すると3カ月ほどでしょうか。中には1年かけてじっくり探すという方もいます。
その一方で、冒頭で申し上げたように、条件がピタリとはまれば即断即決で購入されるパターンも少なくありません。当社のお客さんの中には、見学予約から内覧、購入決断までわずか3時間半という方もいます。
その方は、もともと目星をつけていた物件を「お気に入り」物件として登録していたのですが、ある日、その物件が300万円ほど値下がりしたんですね。その情報がスマホにプッシュ通知で送られて、その日の午前11時ごろに「内覧できますか」とチャットで連絡されてきたんです。こちらで調整して午後2時ごろに内覧していただいたところ、その30分後に「買います」と即決されました。
これはあくまで一例にすぎません。とはいえ、スマホを活用して物件情報を慎重に調べておき、「これだ!」という物件が出てきたら一気に決めるというスタイルは、今後も増えるのではないでしょうか。
■ローンはネット銀行有利、ただし注意点も
――中古マンションの「買い方」が変化しているというのはよく分かりました。一方で、購入する際の注意点に変化はありますか。
マンション選びの鉄則としては、「選ぶなら駅から10分以内」や「管理を買え」などといわれていますが、これらはほとんど変わっていないと言えるでしょう。むしろ、駅からの距離については、もっと近い場所を選ぶ傾向すらあります。
これ以外に「時間を変えて現地を見よ」という鉄則もあります。ただ、こちらはなかなか難しいところもありますね。忙しい共働き世帯にとって、平日の昼や夜に現地を見に行くというのはなかなかハードルが高いものです。ですので、「少なくとも夜だけは見に行った方がいい」とアドバイスするようにしています。また、最近ですと「Googleマップ」を使うのもお薦めです。工場など、騒音が出そうな施設の位置を事前にチェックできます。
一方で、銀行ローンについては注意すべき点が出てきました。金利の安さなどから最近、急速に人気が高まっているネット銀行の住宅ローンは、うっかりすると融資が間に合わず、売買に支障を来す可能性があるのです。
――具体的に教えてください。
メガバンクなどが提供する住宅ローンの場合、通常は審査申し込みから融資まで1カ月ほどみておけば問題ありません。このため、売買契約書には「契約締結から1カ月後に決済・引き渡しを行う」といった文言が盛り込まれているケースが大半です。
ところが、ネット銀行は手続きに時間がかかることが多く、審査の申し込みから2カ月~2カ月半は余裕をみておく必要があります。これを知らずに「1カ月後に決済」という売買契約書を作ってしまい、後で決済が間に合わないと分かって大騒ぎになるケースが散見されるようになりました。これを防ぐには、売買契約を結ぶ前の段階で、担当の営業スタッフに「ネット銀行を使うから決済日を少し延ばしてほしい」と伝え、了解を取り付けておく必要があります。
実は、ネット銀行の住宅ローンが広く使われるようになったのは、ここ2、3年のことなんですよ。なので、不動産の営業スタッフもまだ慣れておらず、融資までに時間がかかると知らずに契約を進めてしまうことがあるのです。
当社のお客さんでも、ぎりぎりになってネット銀行のローンを申し込みたいという話になり、私が隣でつきっきりになって書類を作ってもらったことがあります。そのケースでは申し込みから1カ月半ほどしか猶予がなく、本当に焦りました。ネット銀行は書類のやり取りが郵送になりますので、仮に書類に不備があったら一発でアウトです。幸い、この方はギリギリで間に合ったのですが、その1カ月半は本当に気が気ではありませんでした。
――ちなみに、何割くらいの方がネット銀行の住宅ローンを使っているのですか。
当社でいえば、7割くらいですね。しかも、ネット銀行を利用される場合は、ほぼ100%が変動金利を選択されています。人気が高いのは楽天銀行と住信SBIネット銀行で、最近はじぶん銀行を選ぶ方も増えてきました。
変動金利で比較すると、メガバンクとくらべてネット銀行は0.2~0.3%ほど金利が低くなります。当社のお客さんの場合、5000万円を35年間で借り入れて、繰り上げ返済で20年ほどで返済していくケースが多いのですが、支払総額はネット銀行だと210万円ほど安くなります。団体信用生命保険の内容も、例えば楽天銀行や住信SBIネット銀行では8大疾病保障が無料でついてくるなど手厚いので、ネット銀行の住宅ローンを選ぶ方は今後も増えていくでしょう。
針山昌幸さん 1986年東京生まれ。2009年に大手不動産会社に入社し、戸建てやマンションの仲介、用地の仕入れなど幅広く経験。不動産業界の非効率さに疑問を感じ、ITで効率化を図りたいと楽天に転職。2014年にハウスマートを創業し社長に就任。ITを活用して不動産営業の効率を高め、仲介手数料を半額に抑えた中古マンション仲介サービス「カウル」(https://kawlu.com/)の運営などを手掛ける。著書に「中古マンション本当にかしこい買い方・選び方」(日本実業出版社)がある。 (マネー研究所 川崎慎介)
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