田中秀臣(上武大ビジネス情報学部教授)
22日に投開票される衆議院選挙をめぐって、主要政党の経済政策についての考えが出そろった。ここでは、自民党、希望の党、立憲民主党を中心にみておく。言うまでもなく、経済政策はわれわれ国民の生活を養う上で極めて重要度の高いものだ。北朝鮮リスクが潜在的に高まっている中でも、安全保障政策と並ぶ重要な関心事である。有権者の判断材料としても大切なものであろう。
日本経済の現状はどのようなものであるか、そのときに望ましい政策はどのようなものであるか、この二つの点を明らかにしたうえで、各党の経済政策を評価していきたい。
現在の日本経済は「総需要不足」の状態にある。総需要不足とは、私たち民間の消費や投資といったモノやサービスを購入するお金の不足を表す。この原因は、消費や投資を可能にする経済全体の所得が不足しているということでもある。総需要不足というのは要するに購買力不足のことだ。この状況は、デフレーション(デフレ、物価の継続的下落)を伴っている。
簡単にいうと、デフレが継続するということは、日本経済全体で総需要不足が今後も継続する可能性が高いことを示している。例えば、経済全体でモノやサービスが売れ残っているとすれば、モノやサービスの平均価格が低下することになる。この辺りは直観的には、スーパーが売れ残りを避けるため夕方以降に総菜などの料金表示を割引価格に貼り替える状況に似ている。もし売れ残りが恒常化したり、店舗全体の売り上げも伸び悩めば、やがてスーパーの閉店や従業員・パートタイマーの解雇という最悪のケースにもつながるだろう。そのような状況が経済全体で起こっていると理解してほしい。
もちろん、経済全体で不景気が蔓延(まんえん)しているという認識は完全に誤りである。日本経済は現状では経済停滞の状況から脱却する過程にある。直近の2017年4~6月期の国内総生産(GDP)成長率は2.5%でかなりいい。雇用状況はここ数年改善傾向を続けていて、失業率も低下し、実質雇用者報酬が上昇している。正規雇用は増加し、他方で非正規雇用は昨年から減少傾向にある。
デフレと総需要不足、三党の政策は?
ただし、上記の総需要不足は依然として継続していて、それが日本経済の景況感をいまひとつのものにしている。これは言い換えれば、日本経済はいまだにデフレにハマっているからだ。実際に物価指標をみると、直近ではエネルギーや生鮮食料品を抜いた消費者物価指数(コアコアCPI)をみると0・2%と極めて低い水準にある。さまざまな物価指標があるが、私見ではこのコアコア物価指数が安定的に2%に近くならないかぎり、日本はデフレ経済のままであろう。つまり日本は潜在的に経済停滞に陥るリスクを常に抱えたままだといっていい。現状の雇用の大幅な改善などは、世界経済の不安定化、北朝鮮リスクの顕在化、あるいは国内政策の失敗といった何かのショックにより、容易に「失われた20年」といわれる状況に再び戻りかねない。
このような日本経済の状況を改善する経済政策の特徴は明らかである。デフレと総需要不足を解消することである。この観点から主要三党の経済政策をみておきたい。
安倍晋三首相の「アベノミクス」、小池百合子東京都知事が率いる希望の党の「ユリノミクス」、そして枝野幸男元官房長官が代表に就いた立憲民主党の「中間層の再生」政策の三つとも消費税が焦点になっている。
安倍政権は、消費増税を確約し、増税時には従来の使途の配分を修正するとしている。具体的には、国の借金の返済に充てる分から、教育の無償化など社会保障の充実に充てる部分を拡大するという。このことは基礎的財政収支(プライマリーバランス)の2020年度黒字の先送りを伴う財政支出の拡大を潜在的に伴う。小池氏の希望の党は、19年10月の消費税引き上げを「凍結」すると主張している。この点では枝野氏の立憲民主党と同じである。ただし希望の党は、凍結に伴う代替財源として内部留保課税や行財政改革など政府の支出見直しを行うとしている。他方で立憲民主党ではこの代替財源そのものへの言及はないようだ。
この消費税を「増税」するか「凍結」するか、「それだけ」に注目するのはあまり得策ではない。もちろん現時点で消費増税を行えば明らかに経済に与える影響は悪い。実際の消費税の引き上げは2年後であり、そのときの経済状況次第だが、私見ではいまの経済政策が順調に機動したとして、ようやくインフレ目標に到達できたころであろう。まだ安定しているとは言い切れない。その意味で、消費増税は否定すべき政策である。
消費増税「だけ」に注目していけない理由
ただし、注意すべき点がある。消費増税「だけ」に注目してしまうと、経済政策全体のあり方を見失ってしまうことがあるからだ。最近、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授は、人間の経済的判断が非合理的なものだとして「行動経済学」を主張している。選挙になると、各党ともキャッチフレーズを利用して特定の論点だけに人々の注目を集めようとする。これを「アンカリング効果」ともいう。例えば、安倍政権の「消費増税」というレッテルだけに注目してしまうと、まるで緊縮主義的に思えてしまう。対して希望の党や立憲民主党の「消費税凍結」の方は総需要不足を解消するような経済拡大をもたらすように見えてしまう。
だが、このような見方は「アンカリング効果」の結果にしかすぎない。「アンカリング効果」が発揮されると、われわれの判断は非合理的なものになりやすくなる。確かに安倍政権の「消費増税」が実施されれば、デフレ経済に再び転落する可能性は大きい。だが、そもそも実施が2年後であり、首相の発言では、その間「リーマン・ショック級」の事態があれば見直すともいっている。この発言は前回の消費増税先送りのときにも見られたものだ。また日本銀行による金融緩和の継続などデフレ脱却を主眼としている。つまり経済政策全体でみれば、総需要不足解消・デフレ脱却に主眼をおき、また目標未達ではあるが、経済の良好なパフォーマンスを築いてきた実績がある。経済を拡大し、税収増の中で財源を確保していくスタンスでもあるのだ。
対して希望の党は消費増税凍結をするものの、経済政策全体では「緊縮主義」的だ。消費増税凍結の代替財源として内部留保課税などを挙げている。ただ、内部留保に課税すると企業の投資に悪影響がもたらされる。総需要の主要な構成は消費と投資であり、内部留保課税はその意味で総需要不足の解消にはマイナスに作用する。また金融政策については、財政政策とともに「過度に依存しない」としており、金融政策の「出口戦略」を強調している。
デフレ脱却という目標達成の強い意思を見せないままに、金融引き締めを意味する「出口戦略」をいまから強調することは得策ではない。まずは国民の懐具合を改善するには、デフレ脱却が優先であるべきだ。またインフラ整備などの長期的な公共事業の見直しなども含めて、その姿勢は小泉政権時の構造改革を想起させる。構造改革は、経済の潜在的な成長率を高める政策ではあるが、それが正しく機能するにはまずは総需要不足を解消することが重要である。その意味で「消費増税凍結」といいながらも希望の党の経済政策は緊縮主義そのもので形成されているといっていい。
立憲民主党の経済政策は?
枝野氏の立憲民主党の経済政策は、財政政策については若干拡大スタンスであり、児童手当や高校などの授業料無償化(所得制限廃止)などが盛り込まれている。この点は評価すべきだ。消費増税の凍結は、これらの財政政策の拡大と矛盾しない。また所得税の累進税率強化、相続税増税、金融課税の強化を主張している。特に所得税と相続税の見直しは、経済格差の縮小に貢献するだろう。ただし金融課税については、国際的な競争の観点から慎重に考えるべきだろう。
だが、基本的に立憲民主党の財政政策のスタンスは、総額を拡大するというよりも、あくまでも総額が一定もしくは微増の下で、再分配機能を強化するものでしかない。事実上、過去の民主党政権の財政政策スタンスと変わらず、デフレ脱却を意図したものではないのだ。その中で「消費増税凍結」も位置づけるべきだろう。また、金融政策については同党の方針ははっきりしない。枝野氏は、いまの日銀の金融緩和を直ちにやめることを考えるのは難しいと発言しているが、他方でデフレ脱却への強いコミットをしているわけでもない。つまり財政政策については拡張的な姿勢だが、他方でデフレ脱却のための必要条件ともいえる金融緩和政策については消極的である。金融政策への消極姿勢をとるということは、現状の経済の好転からすると政治的な不安定要因になりかねない。
要するに、希望の党も立憲民主党も「消費増税凍結」とはいいながら、その経済政策全体は緊縮主義に大きくとらわれている。対して安倍政権の経済政策は反緊縮主義(リフレ主義)だが、将来の「消費増税」に不安を抱えている、という形だ。デフレ脱却を確実に実現するという絶対的評価からすれば三党ともに不十分であるか、またはお話にならない。しかし相対的基準でいえば、現政権の経済政策は他の二党よりもはるかにましである。その理由はすでに書いた。
公明党は安倍政権と基本的に同じだとみなしてかまわない。日本維新の会は消費増税凍結を訴えるが、やはりマクロ経済政策全体がはっきりしない。共産党は消費増税中止だが、金融緩和政策も否定的なので、マクロ経済政策の観点からは論外である。
ノーベル経済学賞を受賞したセイラー教授が指摘しているように、人々の判断は必ずしも合理的に行われるとはかぎらない。むしろ、非合理的に判断することが普通だという。消費税の「増税」対「凍結」という論点のみでみてしまうと、経済政策全体が拡大重視か、緊縮的かという構図を見失いがちである。経済状況と経済政策全体のスタンスをもとに、有権者がよりよい投票を行うことを願いたい。