1粒に70文字の宣伝文を彫った「お米」が10月10日、発表されました。
制作したのは、米どころ新潟県の三条市にある金属加工会社・板垣金属株式会社です。
職人技のこだわりをこの道40年の社長・板垣薫さん(58)に伺いました。
高校卒業後から金属加工の道へ
三条市は、隣の燕市とともに伝統的に金属加工業が盛んな街です。
板垣さんは地元の高校を卒業後、父が経営していた板垣金属に入社します。当時の仕事は鋼板の切断や曲げる加工を行う「鈑金」が主でしたが、若い板垣さんには単調でつまらない作業でした。
転機が訪れたのは25歳だった1984年、東京であった工作機械の展示会です。
最新式のドイツ製レーザー切断機に一目惚れ。当時1億4000万円と、けた違い値段にその場は諦めましたが、「どうしても欲しくて」1年後にお金を工面して同様の機械を購入しました。
板垣さんによると、当時の鈑金業界ではどれだけ厚い鋼板をきれいに切断できるかを競っていました。
しかし、それは工作機械の性能によるところが大きく、鈑金職人の手を離れた部分で過当競争の様相を呈していたといいます。
じゃあ、うちはまったく逆の方向で「薄さ」で勝負しようとなりました。
現在では超精密の「微細レーザー加工」を強みに、半導体や医療用機器の製造を行っています。
エイプリルフールのネタを実現
2016年1月、板垣さんの元に「お米に文字を彫って欲しい」という依頼が届きます。依頼者は、東京都港区のPR会社・PR TIMESです。
4月1日のエイプリルフールに同社のサービス開始10周年を記念して、米粒にメッセージを載せた「世界最小のプレスリリース(広報資料)」というネタを発表したい、そして実際にお米を作りたいとの提案でした。
板垣さんは快諾したと振り返ります。
昔からこういうイベントごとが大好きでね。大いにやりましょうと、動くことになりました。
金属に小さい文字を彫るのは慣れているし、まあ簡単だろうと思っていました。
この時は9カ月に及ぶ大プロジェクトになるとは、誰も思っていませんでした。
米粒が焦げて割れてで文字読めず
文字を彫ったのは、今季から新たに流通する新潟県産の大粒米「新之助」です。レーザーで米粒の表面を彫り、文字を浮き上がらせています。
文字の高さは295ミクロン(普通紙約3枚分)で、読者はマイクロスコープを使い読み取ります。
二つ返事で引き受けた米粒への文字入れプロジェクトでしたが、作業は予想以上に難航しました。
レーザー加工は、レーザー光を一点に集中させることで物体を加工します。
平面の金属に比べて、不規則に湾曲した米粒の表面にレーザーを当てると、移動する際に焦点が上下して、文字がぼやけたり焦げたりしたそうです。米粒の細かな亀裂が原因で、レーザー照射の衝撃で割れることも多発しました。
食紅(竹炭)が米に染み込んで文字がにじむ障害の解決にも、時間を要したそうです。
文字数は大幅に減らし、品種は当初の「コシヒカリ」から粒が大きい「新之助」に変更。
これでできなかったら最後にしよう-。板垣さんが最後に選んだ機材は多少の焦点の上下にも耐えられる、リチウムイオン電池の電極加工などに使うレーザー加工機でした。
固定位置の調整など試行錯誤の末に迎えた9月、ようやく焦げずに、割れずに、にじまずに読み取れる米粒が完成しました。
無機物の加工はやってきたので、もともと有機物の加工には興味がありました。
有機物は、たとえば材木だと同じ木材という素材でも、木によって節くれがあったりして加工方法が変わるわけです。非常に難しい部分でした。
そこがクリアできた。これからは何でもできるんじゃないかって気がしました。
食品への加工で新たな構想
古くから「お米1粒には八十八の魂が詰まっている」と言われます。
企画したPR TIMESのPRプランナー・千田英史さんは、情報を出す側の責任として「プレスリリースには送り手の熱意が詰まっていること」が伝わる形を目指したそうです。
受注した板垣さんは今回の経験を基に、新たな食品への応用の構想を膨らませています。
金属加工から次の段階へ。板垣金属の挑戦が始まっています。
※株式会社マッシュメディアは株式会社PR TIMESの子会社です。