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水攻め編
「どーも、勇者と一緒に魔王を倒した伝説の賢者カズマ・バルトリンです」
「自分で言うな」との野次を伝説の賢者は無視して、ナスカの地上絵に似た幾何学模様付きのフードごと頭を下げた。薄暗い講堂、頭から灰を被ったような色彩の中で、黄金の瞳がキラリと光る。
「本日は私の講演にお越しいただきありがとうございます。内容は「ゼロリスクダンジョン攻略 水攻め編」です。現代の流行と言えば、ずばり「ゼロリスク」であります。モンスターの生息するダンジョンをいかに人命の危険なく攻略するか、これがテーマになっています」
賢者は蛍石のレンズを組み込んだ投影機に、念写したスライドを差し込んだ。しょうもない講演よりも、この芸術的な投影機を見に来た聴講者も多かったりする。
「波ぁっ!」
スクリーンにとあるダンジョンの断面図が映し出された。
「実験を行ったバレンティエ廃鉱山の断面図です。かつては鉛とそれに二パーセント含まれる銀を産出していた鉱山ですが、廃坑になってからモンスターが住み着き、近隣住民に被害を与えていました。記録によれば深さ六十メートル、総延長十キロメートルを超えています」
バレンティエ廃鉱山に生息するモンスターの一例が、次々とスクリーンに映されていく。巨大なコウモリに、ホバリングするキノコ。賢者の紹介に冒険者の聴講者が、うんうんと相づちを打ってくれた。
画像を切り替えるたびにカズマが「波ぁっ!」と叫ぶのがうるさい。
「攻略前に存在が確認できたモンスターは動物系菌類系が多く、坑道内を水で満たすことで、大半を溺死させることが可能と判断しました。まず鉱山側面の水抜き穴三本を爆発魔法で落盤させて封鎖。瓦礫に無害化スライムを張り付けたところに石化魔法を掛けて水密性を確保します」
賢者の圧倒的な魔力を背景にしたお遊びの光景が投影される。さっそく「真似できるか!」の声。
「時間を掛ければ別の方法でも可能ですよ」と賢者は受け流し、「波ぁっ!」と、次の土木工事写真を披露した。
「つづいて穴掘りの魔法を駆使して鉱山を流れる小川を坑口に接続しました。ちなみに水を入れる前に五日間入り口を監視してもらい中に人がいないことを確認しています。それでももし善人がいたら、ごめんなさいです」
「それでいいのか……」まじめな聴講者は「ゼロリスク」との矛盾に汗を垂らした。しかし、わざわざ中まで取り残された人間を探しに行くのもゼロリスクに反する。仲間や依頼者のリスクをゼロにできればいいと考えれば理屈は通っている。
雨の多い季節を選んだこともあり、大雨の日に水が怒濤の勢いで洞窟内に流れ込む。ついには入り切らなくなって逆流して出てくる。
「この状態で水位を監視しながら、一週間ほど待機します。ちなみに各モンスターの溺死時間はこちらぁっ!」
主なモンスターごとに溺死するまでの時間が示されたグラフが表示された。溺死時間は強さに比例しないこともまとめられている。一週間は十分に余裕をみた数字だった。
一部の聴講者は、確認に必要な犠牲とはいえ、実験で溺死させられたモンスターを哀れに思った。講演者のマッドサイエンティストぶりが露わになる。
一方で、キラキラと目を輝かせる賢者にウットリしているファンもいた。彼の突出した名声と少年的な好奇心に憧れる人間も、嫉妬する人間と同じだけいるのだ。
「その後、水抜き穴を爆破して放水。濁流に巻き込まれて死にそうになりました。ケチって魔法を使わずに、時限式の爆薬を仕掛けるべきですな」
「カラダはってんなぁ……」
そんな呆れの声が漏れて聞こえる。高名な賢者として遊んで暮らせる立場なのに良くやる。魔王を倒したパーティーで、ゆいいつ現役を続けているだけはあった。
「水攻めの前には水抜き穴より深い部分まで空間があるようでした。そこで、鉱山稼働時にあったアルキメデスの水車と呼ばれる機械を再設置し、ゴーレムに排水作業をさせました」
円筒の内側に螺旋の羽根をとりつけた「アルキメデスの水車」の図が写された。三十度の傾斜までなら水を持ち上げることができると書いてある。
「あのー、ゴーレムにモンスター退治をさせちゃいけないんですか?」
わりと無遠慮な感じで薬剤調合師風の少女が質問した。賢者もフランクに答えた。
「それはですね。ゴーレムの強さはサイズに比例しますから、狭い場所の多い洞窟内の攻略には向かないんです。あまり複雑な命令を受け付けないのもネックですね。出会った者をすべて倒せと命令して送り込んだら、最悪生息するモンスターが変わるだけです。外にモンスターが出てくるのを防ぐぶんには使える場合もありますけどね」
「ありがとうございます」
賢者は本題に戻る。
「さて、一週間連続の排水作業で坑内の水位が十分に下がったことを確認し、私たちはバレンティエ廃鉱山に侵入しました。護衛にこちらの女戦士のガレナさんに着いてきてもらいました。波ぁっ!」
青みがかった銀髪ストレート、凛とした雰囲気の女戦士が投影された。
「実験的には残念なことに、彼女はさっそく活躍してくれました。縦穴の上部にできたエアポケットに大サソリが生き残っていて、それを撃破しました。空腹で弱ってはいたようです。水浸しの期間を長くすれば餓死させられるのでしょうが、川の下流との合意が必要です。大サソリは坑道に卵を産みつけており、サンプルにいくつか回収しました。味はそれなりに美味しかったです」
「食べたの!?」
知的好奇心の権化に聴衆はおののいた。
「食べ過ぎでの鉛毒に注意は必要ですねぇ」
賢者はなんでもないと受け流し、結果報告を続ける。
「エアポケットも課題ですが、水浸しにした部分にも生き残っているモンスターがいました。ゴースト系のモンスターです。これにはガレナさんも歯が立たず、私が光魔法でぶっ飛ばしました。彼女、実はゴーストが苦手だったらしく、泣きついてきたのでよしよししてあげました」
わざわざ、そのシーンを何コマも投影する賢者。女戦士の許可はとってあるのだろうか?
「あおあーーっ!」「なんの自慢だ!」と野次が飛んでくるのに、
「モンスターのほとんどいないダンジョンって、特別な気分に浸れて私は好きですね」と賢者はニヤニヤしていた。
収支計算に入ろうとする賢者を、さきほど野次を飛ばしたのとは別の一派が止める。「続きはないのか」というのだった。カズマは鼻で笑う。
「必要な分は見せたということです」
嫉妬団の怒りが凄いことになっている最中、水攻めゼロリスクダンジョン攻略法の収支が説明される。事前調査費、坑口監視員(近隣住民のボランティア有り)や護衛の人件費、工事の資材費などなどに対して、村からの謝礼、ダンジョン内で手に入れた財宝や素材になるモンスターの一部などの金額は三分の一程度、完全に赤字であった。
伝説の賢者にとっては大した痛手ではないが、そのままでは実用化できないと資料はまとめていた。
「以上、このようにダンジョンの水攻めはゴースト系のモンスターを選択的に残し、女戦士に吊り橋効果を起こすのに役立つのです。ご静聴じゃなかったけど、ありがとうございました!」
「「最初と目的がちがーう!!!」」
質疑応答
神官「ゴーストへの有効な手だてはないのでしょうか?聖水を流し込んでみるとか」
賢者「それは効果的な方法だと思いますが、さらにコストが掛かってしまうところが痛いです。実は坑口に流れ込む川に鳥居をくぐらせ、自動的に聖別した水を大量に流す実験を計画しています」
神官「なるほど。威力の低い水でも連続で流し続ければゴーストを撃退できるかもしれませんね」
公証人「さきほどの収支は赤字になっていましたが、有力な冒険家がいない状態で公共事業としてモンスターの出没を止めなければいけない場合、使える可能性がありまする。富裕な商業都市の市議会に紹介してもかまいませぬか?」
賢者「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」
薬剤調合師「再びすみません。モンスターの出没を防ぐだけなら、そもそも出口を埋めてしまってはいけないんですか?」
賢者「あー、それについては「蟲毒効果」で勉強していただきたいのですが、かいつまんで説明すると埋められたモンスターが共食いを起こして異常にパワーアップ。出口の封印が破れたときに大被害をもたらした事例がいくつかありまして――よろしければ後で授業をしてさしあげますが?」
薬剤調合師「えと……よろしくお願いします」
嫉妬団「「はいはいはーい。俺たちにも教えてください!」」
賢者「ちっ!!」
講義を受けた直後なのに人々は思った。
(この人本当に偉い賢者様なんだろうか……?)
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