インタビュー

ニコンD850(前編)

"高画素&高速連写"を目指した理由とは?

ニコンが9月8日に発売した「D850」は、有効4,575万画素の高解像度とボディ単体で7コマ/秒の高速連写を両立した最新のデジタル一眼レフカメラ。予約完売状態となった注目機種について、気になるポイントを聞いた。(聞き手・本文:杉本利彦 / 写真:編集部)

話を聞いた株式会社ニコン 映像事業部の皆さん。左から開発統括部 第一設計部 第三設計課の馬島章充さん、開発統括部 第一設計部 第一設計課 副主幹の大石兼司さん、開発統括部 第一設計部 第五設計課 主幹技師の原信也さん、マーケティング統括部 UX企画部 商品企画一課 主幹の江口英志さん、開発統括部 第二開発部 第四開発課の服部佑子さん、開発統括部 第二開発部 第一開発課の段家加生里さん

商品コンセプトは「高画素・高速連写・高機能で表現領域を広げる」

——昨年あたりからD810後継機を期待する声が挙がるなか、今回ついに発売となったことで、待ちに待った、あるいは大いに楽しみにしているというユーザーも多いのではないかと思います。まずは、D850の開発の狙い、コンセプトの部分からお伺いします。

江口:今回のモデルはD810の後継機という位置付けで、常に変化する時代のニーズやお客様の撮影環境の拡大にお応えするため、有効4,575万画素でありながら通常時で最高約7コマ/秒、バッテリーグリップ装着時は最高約9コマ/秒の高速連写を実現しました。加えて、さらなる高機能化でお客様の表現領域の拡大を目指すというのがD850のコンセプトです。

できるだけ幅広くいろいろなお客様に使っていただけるカメラを目指すべく、高画素のスタンダード機であるD810の後継機として、より高画素、より高速な連写、より高度な機能を実現することで、さらに表現領域を広げ、いろいろなお客様に使っていただきたいというのが狙いになります。

マーケティング統括部 UX企画部 商品企画一課 主幹の江口英志さん

——D5の機能の多くを取り入れているということで、位置づけ的にはD5が高速連写版の最上位機種とすれば、D850は従来の位置付けから少し上がって、高画素版の最上位機のようなポジションになるのでしょうか?

江口:位置付けとしては従来のD810と変わりません。最上位機としてD5があり、その下に高画素のスタンダード機としてD850があります。

——"スタンダード機"というとミドルクラスのイメージですが、ニコンではD850がミドルクラスであるという意味ですか?

江口:プロ、コア、ポップ(ポピュラー)と弊社で呼んでいるカテゴリーの中では、プロのカテゴリーに属しています。

原:スタンダードとは上級、中級、初級の「中級」の意味ではなく、高画素機のカテゴリーの中で高速連続撮影と多様な高機能を兼ね備えた「新世代の標準機」という意味で、スタンダード機と表現しています。

開発統括部 第一設計部 第五設計課 主幹技師の原信也さん

——他社では高速連写や高感度、高解像度など、"機能特化型"のように見える商品企画も多く見られますが、今回のモデルは高画素機でありながら、連写性能も上げてきています。その意図は?

江口:「高画素機では、それほど高速連写ができないのでは?」という従来の固定観念を突き破る意味で、高解像と高速連写を両立させました。実際、D810をご使用いただいていたお客様からは「もっと連写能力が欲しい」という要望がありました。例えば野鳥や航空機といった被写体では撮影画像をトリミングして使われるケースも多く、そうした場合は高解像度かつ連写能力も求められています。

——D850が記者発表された際に、「風景撮影でも高速連写が必要なシーンがある」という説明がありました。鉄道や航空機などを絡めた風景写真では、高速連写が活きるということでしょうか?

江口:はい。そうした場合を含めて、幅広いお客様の声にお応えする形で高解像度と高速連写を両立させました。

——全体の性能を上げることで、カメラのクラス分けで他社との差別化を狙うという意図はありますか?

江口:今回はD810の表現領域をさらに広げるという方向で開発しました。結果的に全方位的に性能が上がっていますが、特に他社との差別化を意識して開発したということはありません。

——今回のモデルは、どんなユーザーが望むカメラを実現したのでしょうか?言い換えれば、意見を重点的に取り入れたユーザー層は?

江口:D810をご使用いただいているお客様のご意見を重点的に反映しています。

——D850では動画機能の充実が目立ちますが、4K動画が入るかどうかは現在の売れ行きに大きく影響するのですか?

江口:市場の動向を見ますと、特に若者の間で動画に接する機会が増えているということ、2018年12月からBS・CS放送で4K画質の本放送が始まるということ、加えて4Kテレビがすぐ手の届く価格帯になってきているという状況があります。

4K動画機能を搭載することが売り上げや販売利益に直接繋がるかといえば、今の段階ではまだ何とも言えないのですが、先ほどからD850のキーワードとしてお伝えしている「表現領域の拡大」の一環として、4K動画機能もその要素の一つとして捉えています。4K解像度で撮影した素材は、そうした動画環境が進化した場合でも末長く楽しめますし、お客様の表現領域を拡大できるのではないかと考えています。

動画記録設定の画面。4K解像度の3,840×2,160が選べる

——個人的には4K動画機能が入ると何となく嬉しいですが、なくても困りませんし、直接の購入動機になりません。日本では「静止画ユーザーは静止画記録のみ」「動画ユーザーは動画記録のみ」とはっきり用途が分かれるようですが、海外のユーザーの最新動向はどうなのでしょうか?アメリカ、ヨーロッパ、アジアのユーザーの傾向を教えてください。

江口:弊社の調査では、日本と欧米・アジアの動画に対する傾向は、はっきりと分かれています。例えば「普段から動画を撮影するか」という質問では、撮影すると答えた方が日本だと約2割しかいなかったのに対して、欧米・アジアでは約8割でした。

このデータは、どんな機器で動画を撮影しているかまではフォローしていないのですが、"動画撮影をするかどうか"というだけでこれだけの違いが日本と欧米・アジアのあいだであるということです。

——それは面白いですね。日本人だけ動画をあまり撮らないのですね。それはさておき、動画機能が充実する一方で、動画撮影時のAFで有利な像面位相差AFや電子ビューファインダーの併用など、この時期に先進機能の搭載がなかったのは意外です。カメラの次世代を睨むと、これからのイメージセンサーには像面位相差AFとグローバルシャッターまたはそれに近い機能が求められていると思いますが、そうしたユーザーサイドの認識はニコンのカメラ開発で共有しておられますでしょうか?それを踏まえて、今回像面位相差AF機能を見送った理由も教えてください。

江口:そうした認識は開発チームの全員と共有しています。像面位相差AFに関してはミラーレスのNikon 1シリーズで搭載していることもあり、技術としてはすでにありますがが、今回のD850では、画質を優先して像面位相差AFを搭載していません。

——像面位相差AFを搭載すると画質面への影響があるのですか?

原: イメージセンサーの読み出し方法と画像処理によって、位相差検出用画素の画質への影響を最小限にすることは可能ですが、現時点では全く影響がないと言えるレベルではありません。D850では最高品質の高画素モデルをお届けしたい、という意思から、像面位相差AFの搭載を見送ることにしました。

D5より大きく「じっくり撮れる」ファインダーを搭載

——ニコンの特許公開技術の中に、光学ファインダーと電子ビューファインダーのハイブリッド技術がありますが、今回のモデルでは検討されなかったのでしょうか?

馬島:今の技術で光学ファインダーを維持しつつ電子ビューファインダーも入れて2系統にするとなると、どうしても光学ファインダーの性能を少し犠牲にしないと成立しない面があります。例えば、撮影レンズからファインダー接眼部までのどこに電子ビューファインダーの機能を入れるか検討する際に、光路の途中に入れれば光学性能が落ちることになると思いますし、光路の外から割り込む形で入れるとカメラボディが大きくなってしまうという問題が考えられます。

開発統括部 第一設計部 第三設計課の馬島章充さん

——アイデアとしてはあるけれど、実現までには課題があるということですか?

馬島:そうですね。実験室レベルでは実用化できている技術でも、すぐに製品化するのは難しいというケースはよくあります。

——反面、光学ファインダー機能が充実していますが、D5も一部上回るスペックの光学ファインダーを搭載した理由は?

原:企画当初からD850は光学ファインダーを主体にしたカメラで、ファインダー性能をどこまで向上させることができるかを検討しました。弊社にはすでにD5の優れたファインダーがあり、例えばファインダー倍率でこれをどこまで上回ることができるか?という議論がありました。

検討したところ、D5の0.72倍に対して0.75倍くらいは可能ではないかということで、一度これに挑戦をしてみようということになりました。D850は高画素機ですから、大きなファインダー表示のほうがピント確認もしやすいという事情もあったわけです。

0.72倍というのは素早く視野全体を見渡せる大きさという面で、スポーツ撮影などを想定するD5にはバランスの良いファインダー倍率です。しかし、D850は高画素モデルですので、もう少し踏み込んでギリギリまで大きくしてみようということになりました。

——なるほど、高画素機ゆえ、光学ファインダーへのこだわりがあったのですね。話は変わりますが、名称がD820ではなくD850になったのは?

江口:性能面・機能面で比較して、D810から大きく進化しているということを表現するためです。

——"D900"というほどではない?

江口:D800系のカメラであるというイメージを残したかったところもあります。

——D800/D800E登場時の有効3,635万画素というのは、それまでのデジタル一眼レフカメラの約1.5倍ほどの画素数だったこともあり、非常にセンセーショナルでした。比べて今回の有効4,575万画素は"正常進化"として予想の範囲内です。5,500万画素、できれば6,000万画素くらいあれば、再びセンセーショナルになったと思いますが、この画素数を選択した理由を教えてください。

江口:高解像度でありながら高感度性能や高速連写性能を実現するためにも最もバランスがよく、さらに8Kの解像度にも対応した4,575万画素を選択しました。

——D800/800Eの時に「買ったはいいけど画素数が多すぎて手に負えない」というユーザーもいたようですが、実際の要望はどうだったのでしょうか?

江口:やはり画素数に対しては「もっと欲しい」という声は常にあります。特にトリミングを使うお客様などの要望が強いですね。

原:画素数に加えて、連写に対する要望や、今回ISO25600まで常用可能とした高感度に対するご要望なども加味しますと、4,575万画素が最適なバランスであったということです。

——D800/D800E登場時、レンズの画質差や手ブレが目立つようになったことを思い出しましたが、このカメラではさらに目立つことになりますね。D800/D800Eの時のように、推奨レンズの発表をしたり、使いこなしのためのマニュアルが作られたりしますか?

江口:まず、D800/D800E同様に推奨レンズをWebページで公開しております。テクニカルガイドは現在準備中ですので、もうしばらくお待ちください。

——ニコンの直販サイトで税込40万円を切る価格は、リーズナブルと好評です。同程度の性能のものが他社よりも手頃に販売できる秘訣は?

江口:D850はできるだけ幅広いお客様にお使いいただくという意図で、現在の価格に設定させていただいています。

——ということは、ある意味戦略的な狙いでこういう価格設定にしているということですか?

江口:できるだけご購入を検討していただける価格にしているという意味では、そうですね。

——円安がひと段落したことも価格設定に影響していますか?

江口:為替相場につきましては、常時適切に反映させていただいていますので、影響があるかないかといえば、あります。

——他社でカメラの価格が急に高くなった時に理由を聞いたところ、米国での価格を基準にしていて、為替相場で相対的に日本での価格が高く見えるという答えを聞きました。ニコンの場合もそういうことはありますか?

江口:米国での価格が基準になる面は弊社でもありますが、それぞれの国での個々の事情もあり、為替の状況も見ながら適宜調整・検討しています。

——D850の組み立てはどこでやっていますか?

江口:タイで生産しています。品質に関しましては、中国やタイの工場であっても国内と全く同じ基準で生産していますので、なんら変わりません。

——品質というよりも、"モノ作り日本"を応援する意味で、ある程度の高額製品は日本製であって欲しいという思いが日本のユーザー間ではあるようですが。

江口:ご意見としておうかがいいたします。

有効4,575万画素のイメージセンサー。ピクチャーコントロール「オート」を搭載

——次に、今回採用したイメージセンサーの特徴を教えてください。

服部:有効4,575万画素で解像感を向上させた上で、通常時で約7コマ/秒、バッテリーグリップ装着時は最高約9コマ/秒の連写を実現するため、イメージセンサーからの読み出し速度を高速化したというところが特徴になっています。

開発統括部 第二開発部 第四開発課の服部佑子さん

——今、読み出しの高速化が特徴とお聞きしましたが、読み出しの高速化のために行なっている工夫はありますか?

服部:センサーの配線を銅素材にして、信号の伝達速度を上げています。銅は電気抵抗が小さいので、同じ太さのアルミ配線と比べると、信号を速く伝達できます。また、裏面照射型センサーはフォトダイオードの下で配線できるため、回路配線の自由度が高く、配線間の容量が減らせたことも高速化に寄与しています。

——裏面照射型ということですが、通常型のイメージセンサーに比べてどれくらい感度的なメリットがありますか?

原:違いがあることは確かなのですが、具体的な数値としては公表していません。

——裏面照射型の模式図を見ますとマイクロレンズがついています。裏面照射型だと一見マイクロレンズはなくても良さそうに見えますが、なぜ必要なのですか?

服部:マイクロレンズはより多くの光を取り込むためには必ず必要です。ない場合には集光率が低くなり、受光部に入る光の量が少なくなってしまうため、S/N比が低下してしまいます。

——イメージセンサーの設計と製造はどこでやっていますか?

服部:開発はニコンですが、製造元は公表しておりません。ニコンが定める仕様に基づいて、協力会社に生産を委託しています。

——ベース感度は他機種でISO100が多い中、なぜISO64なのでしょうか?

原:D810で採用したISO64が非常に好評だったので、継承しています。元々は晴天下で絞り開放で撮影する場合や、日中に水の流れなどの動的な表現をする際に、ISO100では感度が高すぎるので、もう少し下げられるようにして欲しいという声があり、D810で実現しました。

——ベース感度をISO100からISO64に下げるなど、これくらいの範囲なら比較的自由に設定できるのでしょうか?

原:有効4,575万画素でISO64が実現できるセンサーを開発する必要がありました。ISO64が達成できる画素を開発しつつ、センサーの他の特性への影響を確認しながら開発しなければいけなかったので、D850のISO64は簡単に達成できたものではありませんでした。

——ISO64を実現するために、「センサー感度とフォトダイオードに蓄積する光の情報量を最適化」とありますが、もう少し具体的にわかりやすくご説明をお願いします。

原:裏面照射型センサーはセンサー感度が高くなる傾向があります。画素のサイズとも関係がありますが、D850はセンサー感度とあわせて画素(フォトダイオード)の飽和電子数をチューニングする必要がありました。製品コンセプトを満足するようにその他のセンサー特性を追い込んでいますので、ISO64とその他の特性のバランスが良いセンサーにしています。

——では高感度側で、ISO25600を実現した技術背景を教えてください。何が良くなったのでしょうか?

服部:裏面照射型の構造により高感度でも十分なS/N比を確保できたということ、画像処理エンジンがEXPEED 5になったことでノイズ低減アルゴリズムが最新のものになったことに加え、新しいセンサーに最適化したパラメータのチューニングといった、各要素における高感度のノイズリダクション効果の相乗でISO25600を実現できました。

——そうしますと、何か革新的な技術進化があったというよりは、従来技術の積み重ねで実現したというイメージですか?

服部:はい。各要素の着実なステップアップにより、それを組み合わせる形で実現しているということになります。

——ピクチャーコントロールで進化点はありますか?

服部:D850ではピクチャーコントロールに「オート」という設定が加わりました。ピクチャーコントロールのオートはD7500から搭載した機能で、D850が2機種目になります。

——ピクチャーコントロール・オートとは、「ビビッド」や「風景」といった既存のピクチャーコントロールを自動選択する機能ですか?

服部:いいえ。ピクチャーコントロールの「オート」は、「スタンダード」をベースに、アドバンストシーン認識によって、階調や色再現性を微調整するモードです。例えばポートレート、風景、夕景といった撮影シーンに合わせた制御を行うことで、人肌はより柔らかく、青い空などはより鮮やかな描写になります。

また、D850では光源判別性能が向上したことで、特に夕焼けや朝焼けの赤味をより強調した画作りが可能にもなっています。

——ニコンのカメラは伝統的にRAWデータのダイナミックレンジが広いと言われますが、どんな工夫をしているのでしょうか?

服部:ニコン独自の工夫かどうかはわかりませんが、ダイナミックレンジをできるだけ確保することは、画像処理の重要な課題であると常に意識しています。センサーの性能を画像処理で最大限に引き出すことで広ダイナミックレンジを確保していますが、先ほどの高感度ノイズ低減と同様に、各要素での工夫の組み合わせによって実現しています。これはこの機種に限らず従来機からやってきていることです。

ハイライト部分に関する一例では、太陽が画面内に入った場合の"トビぎわの白"の階調表現も写真表現として重要です。どういったパラメータ設定をするとイメージセンサーからその部分の階調を引き出せるかなど、ダイナミックレンジを常に意識した階調設計を心がけています。

——D850はD810に引き続き"光学ローパスフィルターレス仕様"ということですが、画像処理によるモアレ対策は行なっていますか?

服部:画像処理全体として、モアレの色づきを極力抑えることを配慮しながらパラメータのチューニングを行なっています。

——ローパスレスであることでユーザーからのクレームはありましたか?

服部:光学ローパスフィルターレス仕様の是非にはお客様ごとに様々なご意見があるかと思いますが、D850としてのメリットとデメリットを総合的に考慮した上で、今回は光学ローパスフィルターレスを採用させていただきました。

機構ブレを追放する「サイレント撮影」

——サイレント撮影機能が搭載されましたが、これに関するD810からの進化点は?撮影条件も教えてください。

原:D810では先幕に電子シャッターを使えたのみで、後幕も電子シャッターを使う今回新規の「サイレント撮影」の機能はありませんでした。D850でサイレント撮影を利用するには、ライブビュー画面で「i」ボタンを押して、表示されたメニューからサイレント撮影をONにします。サイレント撮影はモード1(4,575画素、6コマ/秒)とモード2(864万画素、30コマ/秒)を選べます。

ライブビュー撮影画面の「i」メニューからサイレント撮影を選べる

D850で新搭載のサイレント撮影と、D810にもあった電子先幕シャッターは混同されがちなのですが、それぞれ独立した機能になっていて、個別にON/OFFが可能です。

さらなる工夫としては、D810の電子先幕シャッターはレリーズモードが「Mup」(ミラーアップ)時のみ作動する仕様になっていましたが、D850ではミラーアップ時に加え静音モードの「Q」および「Qc」(静音連写)ポジションでも作動可能になり、振動を抑えた撮影の使用機会を増やしています。

一方、サイレント撮影はライブビュー時だけの機能なので、通常のファインダー撮影時は作動しません。また、サイレント撮影をONにした場合は、電子先幕シャッターの設定に関わらずサイレント撮影が優先されます。

——蛍光灯をサイレント撮影の高速シャッターで撮影してみたところ、走査線が約6.5本写りました。関東では1本の間隔が約0.01秒なので、スキャン時間はおよそ0.065秒、つまりだいたい1/15秒になると思います。サイレント撮影時の連続撮影速度は6コマ/秒になっていますが、通常撮影の7コマ/秒あるいはMB-D18装着時の9コマ/秒など、メカ動作が伴う場合より遅くなるのはどうしてですか?

原:サイレント撮影では、電子シャッター独自の内部処理手順があり、その処理に少し時間がかかるため連写速度が若干遅くなっています。工夫によって6コマ/秒から少しは速くできるかもしれませんが、大幅に連続撮影速度を上げるのは難しいです。

——4K動画から切り出した静止画と、サイレント撮影モード2の864万画素を使って30コマ/秒で記録した静止画は、どちらの画質が良いですか?

服部:両者は一見同じように感じられるかもしれませんが、実際には画像処理全体のシステム設計からパラメータのチューニングが両者で異なるため、単純比較は難しく、また、"画質"はお客様ごとの用途や主観的判断も異なりますので、どちらがいいかはお伝えしづらいですね。

原:サイレント撮影のモード2ではアスペクト比が写真サイズの3:2となりますが、動画からの切り出しの場合は16:9になります。また、シャッタースピードの設定がサイレント撮影のモード2の場合は通常のファインダー撮影時と同じですが、動画撮影時はMモードで撮影しないとシャッター速度の指定ができません。そのため動きのある被写体ではブレ方が異なりますので、用途に合わせて使い分けていただければと思います。

——サイレント撮影の連続撮影可能枚数は、モード2の864万画素時は30コマ/秒で3秒間だそうですが、モード1(4,575万画素)時はどれくらい撮影できますか?

原:1例としてUHS-II対応・300MB/sのSDカード(32GB)を使った場合、14bitRAW非圧縮形式で約24コマ、JPEGサイズLでは無制限です。

——̶̶サイレント撮影・モード1(4,575万画素)で連写した時に、いつシャッターが切れているかわからないのが不安でした。後でチェックするとRAW+JPEGモードの場合、3秒間の18コマを撮影できていることがわかりましたが、サイレント撮影では目安がないのでつい撮り過ぎてしまいます。サイレント撮影でも、シャッターが切れる瞬間に測距点が光るなど何か視覚的なサインが出るか、音も出せるようにすると、撮影タイミングがわかりやすくなると思います。ファームアップでなんとかなりませんか?

原:アクセスランプの点滅により撮影していることは確認できますが、視覚的なサインについては検討課題にさせていただきます。

——機構ブレの観点からすると、電子先幕シャッターとサイレント撮影ではどちらが有利ですか?

原:サイレント撮影は電子先幕シャッターと違い、露光終了時に走行する後幕も電子シャッターを使うので、完全にメカ的な駆動は伴いません。"究極の機構ブレ対策"となりますので、これにはサイレント撮影の方が有利です。

それでは電子先幕シャッターがなぜあるかというと、サイレント撮影は現時点ではライブビュー中しか撮影できないようになっています。しかし「通常のファインダー撮影時にも極力メカ機能の振動の影響を抑えて撮影したいシーンがある」というユーザーの声があり、それに対応するためです。

ところが、D810で電子先幕シャッターを使用する場合はドライブモードをミラーアップにする必要があり、シャッターボタンもミラーアップとレリーズで2回押さなければならないために、使いにくいとの指摘がありました。そこで、D850では従来のMupポジションに加えて、静音撮影モードのQ・Qcポジションでも使えるようにして、手持ちのファインダー撮影でも電子先幕シャッターを使えるようにしています。

電子先幕シャッターの設定画面

——通常撮影、電子先幕シャッター、サイレント撮影のそれぞれのメリット、デメリットを教えてください。

原:通常撮影時のメリットは、スナップやスポーツなどの撮影におけるレリーズタイムラグが短いことです。これは、撮影する瞬間のレリーズタイムラグを最短にするためのメカの駆動を行なっているためです。電子先幕シャッターはレリーズモードのQとQcポジションで使えるため、スナップ撮影で通常撮影よりも振動を抑えた撮影ができるというメリットがあります。サイレント撮影は、ライブビュー撮影時に限りますが、電子シャッターで完全にメカの振動を伴わない、無振動の撮影ができるというメリットがあります。

デメリットとしては、サイレント撮影では動きの速い被写体に対してローリングシャッター歪みが出やすいです。電子先幕シャッターは、Q、Qcモードの静音効果のためにミラーをゆっくり動かすためレリーズタイムラグが長くなるという点。通常撮影は、レリーズタイムラグを短くするためにメカQ、Qcモードに比べて振動が大きめになるという点が挙げられます。

——サイレント撮影時のローリングシャッター歪みはどんなシーンで発生しがちですか?

原:動きの速い被写体です。例えば列車が横切るようなシーンですとか、バットを振る、ゴルフのスイングといったスポーツの素早い動きです。

——サイレント撮影のシャッタースピードの上限は1/8,000秒になっているようですが、電子シャッターなのだからもっと速くできるのではないですか?

原:高速シャッターを切りたい被写体は主に"動きの速い被写体"が多いと想定しています。その場合は高速シャッターで被写体を写し止めることができても、ローリングシャッターで像が歪む場合がありますので、被写体ブレが止まったとしても像が歪んでいては画像としては使えないという判断もあり、今回はメカシャッターに合わせて上限を1/8,000秒としました。

——例えば、晴天の日中にF1.4で撮影していて露出を少しアンダー気味にしたい場合など、多少歪んでも1〜2段速いシャッターを切りたいシーンは意外と多いのでは?

原:そうしたシーンもあることは認識していますが、例えば絞り開放を使う機会が多いと思われるポートレート撮影ですと、ファインダー撮影が主体ではないかと思います。今回のサイレント撮影はライブビュー撮影時に限定した機能なので、実際の使用機会はより限定されるのではないかと思います。

——そうですか。できればこの辺りもファームアップが可能なら要望したい点です。ところで、このイメージセンサーの場合はサイレント撮影時にスミアの発生はありますか?

大石:CMOSイメージセンサーを採用しているため、原理的にスミアの発生はありません。

最速連写「9コマ/秒」の利用条件は? 新たな機構ブレ対策も

——D850のボディ単体で最高約7コマ/秒、マルチパワーバッテリーパックMB-D18使用で約9コマ/秒の高速連続撮影が可能になっています。MB-D18はボディと同じバッテリーのEN-EL15aまたはD5と同じEN-EL18b、単3電池8本などが使用可能だそうですが、どのバッテリーでも9コマ/秒で撮影できますか?

大石:9コマ/秒の撮影が可能なバッテリーはEN-EL18bです。他にEN-EL18、EN-EL18aでも9コマ撮影が可能です。

開発統括部 第一設計部 第一設計課 副主幹の大石兼司さん

——9コマ/秒撮影のためには、大電力が取り出せる12Vバッテリーが必要ということでしょうか?

大石:その通りです。

——ボディに割安感がある一方で、9コマ/秒の実現にはMB-D18が6万円弱、EN-EL18bバッテリーやそのバッテリーチャージャーも含めて12万円程度の追加投資が必要になります。せっかくD850自体が「意外と安いかも?」と思われているのに、これは少しイメージ的にもったいないかなと思います。

江口:先ほどもD850のコンセプトとして「表現領域の拡大」と「できるだけ幅広いお客様に使っていただきたい」というところで価格調整を行ったことについてお話ししましたが、撮影用途によって「連写は必要ない」、「9コマは絶対必要」というお客様がそれぞれいらっしゃいますので、必要とされるお客様に向けて選択肢を用意しました。

マルチパワーバッテリーパックMB-D18
9コマ連写に対応するバッテリーのひとつ「EN-EL18b」と、これをMB-D18に使用する際に必要なバッテリー室カバー「BL-5」

——9コマ/秒を実現した機構はD5と同様ですか?

馬島:D5とは機構は違います。どちらかといえばD810の機構をブラッシュアップして高速連写に対応させたということで、D5の機構をそのままこのボディに搭載するのは無理があります。

——D750などで採用されたモノコック構造による薄型化技術は活用されていますか?

馬島:ボディ構造としましては、従来のD810やD5と同様のボディ構造を採用していまして、モノコック構造による薄型化技術は採用していません。

——画素数が増えたことで機構ブレがさらに気になると思いますが、対策はありますか?

馬島:新たにシャッターのバランサー機構を搭載して、シャッターの振動による機構ブレを低減できるようにしています。機構ブレに対する耐性は、画素数は増えているのですが、絵として見た時にD810と同等になるというところを目指しています。つまり、D810と同じような条件や使い方では、機構ブレの量はほぼ同等になると思います。

(後編では、注目の新機能「自然光オート」「ネガフィルムデジタイズ」についても聞きます)

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2017選考委員。

デジカメ Watchをいいね・フォローして最新記事をチェック!