だいぶハゲてきた
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戦国物語 八
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足軽六蔵奮闘記 八

惟定一行は二の丸の屋敷一角を休憩所とし、
広間では惟定を上座にして、左兵衛以下四人の
神保家臣と、義正達五人とが相向かいで並んで
具足のまま軽い食事を済ませ、
惟定は仮眠を取るため奥の別室へ移った。
左兵衛は茶を一服して一息つくと笑顔で、
「いやはや、遠征は実に久々だ。それがしも
若い頃は、先代に従ってあちこちと転戦したものだ。
貴殿らの活躍は本城当時も知れ渡っておったな」
と、正面の義正に語りかけた。
義正は笑って隣の坂原を見やりながら、
「本城ではこの大膳と一番槍を競ったものだったが、
内心はヒヤヒヤでござった。此奴に付き合っていては
命が幾つあっても足りぬ」
と苦笑し、坂原も相好を崩して、
「いやいや、こちらは殿に従ったまで。
退くわけにはまいりませぬ」
と軽く一礼した。
左兵衛は微笑みながら、
「若い者が家を背負うことこそ望ましく、頼もしい。
本丸様も将来有望、当家も安泰であろう」
「それはもう、如何にも・・・・」
義正は同意するものの、元惟実派としては
皮肉にも聞こえる。
「・・・・さて、この後であるが、
いかなる手筈となっておるかな?」
「既に出発した先遣隊が古竹領北部の複数の砦、
狼煙台などを占領し、古竹の反撃が始まる前に、
我ら神保方の本軍が大挙押し寄せる予定にござる」
「ふむ、向こうの援軍が来る前に決着、と」
「我らもこれより暁、夜明け前には出発致し、
明け方には敵領内へ入る予定にて、その後、
敵の反撃があれば返り討ちの野戦となり、
無ければ本城攻めと致す所存。敵の援軍は出遅れ、
来たところでやはり返り討ちでござる」
「なるほど、有無を言わさぬ怒涛の攻勢だな。
愉快じゃな」
「では、これより我らも出陣の支度にて、
お先に失礼致す。まだ間がある故、御ゆるりと
仮眠でも取っていて下され」
「うむ、かたじけない」
義正とその家臣達がぞろぞろと席を立ち部屋を
出て行くが、下座に控えていた峰口が、
左兵衛の側に移って座り、
「左兵衛様、我が豊地勢への御配慮、
殿に成り代わり、改めて御礼申し上げます」
と平伏した。
「いやいや、気遣い無用だ。諸城に協力するのが
本城の義務であるからな。これで大勝すれば
また当家の威信も高まる・・・・で、お主はいいのか?」
「はい、左兵衛様御一行が仮眠を取られるので
あれば別室へ御案内致します。そうでなければ
それがしが御咄(はなし)相手をお受け致します」
「うむ、翌朝の激闘を考えればひとまず眠って
おいた方が良いかの。まあ、ここで良い。
野戦での陣に比べれば、これで不満を持てば
バチが当たってしまう」
よいしょ、と左兵衛はすぐ後ろの柱にもたれかかって
座り直すと、腕を組んで目をつむった。
他の家臣二人も姿勢を崩して眠る態勢となったが、
「左京殿」
左兵衛の隣りに座っていた宗善が、
左京に声をかけた。
「先日の使者、御苦労でござった。我が父でもある
左兵衛は、貴殿らも承知であろう、後見役として
惟実派を警戒しておる。俺はお主の口上に偽りなし
と思っておるが、父は長年の苦労のせいか、
性根が捻じ曲がっておってな、なかなか人を信用
することが出来ぬ。ことに戦に関わる・・・・」
「宗善、もうよい。少し寝るぞ」
左兵衛は目をつむったまま声をかけた。
宗善は苦笑して、
「あの通りでござる」
峰口は笑みをもって一礼した。



諸城から神保城に集結した援軍の数は八千。
実際には、戦闘を受け持つ者はその半数近い数に減る。
正規兵以外にも馬の口取りや物資運搬、陣設営など、
足軽程ではない非正規の雑兵、中間などの
奉公人や人夫などがあり、戦場の裏方である。
先遣隊として一足早く出発した一千六百の軍勢も、
厳密には一千人が兵である。
部隊は国境付近まで近づくと、寺を仮本陣として
小休止を取り、主だった家臣八人を集めて
改めて軍議を開いた。
指揮する武将は高木尚芳。坂原の直属の部下であり、
気骨さを認める坂原の強い勧めで義正が決めた。
尚芳もまた意気盛んな若者である。
その傍に並ぶのは、峰口の部下、淀橋正道。
坂原の判断を心配して、補佐役として義正に
要請して許可された。尚芳より一つ年下で、
肝太く冷静沈着な面を峰口は買っている。
他は両者の家来達である。
古竹側の状況は義正や峰口も大まかには掴んでいるが、
対戦中となれば、直近の把握も必要となる。
峰口から事前に助言を受けていた正道は、
出発前から北部攻略の策を練ると共に、
忍へ領内探索を要請し、本陣では農夫姿の忍から
報告を受けた。
「古竹方、本城北部の狼煙台は、東西の山の峰に六ヶ所、
砦は二ヶ所、それらを統轄するであろう支城が、
南方四里(約16キロ)先の山裾にひとつあります。
本城まではおよそ八里程先となります」
家臣らの囲む大きな筆書きの地図面に、
正道は碁石を置いて位置を示し、忍を傍らに招いて、
「事前の情報と合わせると、こんなとこかな」
「はい、ほぼ正確かと」
「で、兵数は」
「各狼煙台は数人、砦も数十人程度かと」
「二〜三十人と八十〜九十人では違うがどうかな」
「は、申し訳ありません、
多く見積もって三十人前後かと」
「二ヶ所共にそうか」
「はい、確認しております」
「本城より南はどうかな」
「南は砦が三ヶ所、狼煙台は六ヶ所ですが、
南が若干広く、今回の密偵はまだ戻っておりません。
北の支城は特に動きはありません」
「うむ、御苦労。この後の案内も頼む」
「は」
忍が立ち去ると正道は、
「以上が古竹側の状況にござる」
と尚芳に顔を向け、
「うむ、御苦労にござった」
と、尚芳は同席の一同に伝えた。
「今回は敵本城への連絡を遅らせるため、
本城より北部を一気に、一時的であれ、
取るつもりで攻める。あとは遅れてやって来る本軍が
主役となる。迅速果敢に確実に遂行せねばならぬ。
降参した者はともかく、敵は一人も討ちもらさぬように」
尚芳の指示に続けて、正道が図面を
扇子で指しつつ説明した。
「では、我が策を開陳致す。まず、軍勢の内訳であるが、
一千六百の我が軍勢を百名の中隊四つ、
四百名の大隊三つに分かち、
一中隊を遊軍として前方を警戒させつつ、同時並行で
残る中隊を東西の山に迂回侵入せしめ狼煙台を攻撃占領、
大隊を砦に向わせて一気に攻め取る流れにて、
順調に行けば明朝にはほぼ終わるものと考えており申す」
長年鍛えられた足軽達といえども、長距離を
歩いて来て、更に山を伝って戦となれば疲弊する。
極力分担して負担を減らし、且つ多勢での完勝を
考え、各地での討ち漏らしや、各中間地点での
警戒監視に気を配った。
「分散同時並行に警戒監視か。うむ、最もだ」
片や坂原、片や峰口の直属の部下という自覚があり、
坂原は裏表無く峰口を批判しているのも共に知っている。
尚芳がそれを間に受ければ、正道に対する侮蔑にも
なりかねず、
(高木殿、同じ性分では困りますぞ)
と、正道は尚芳の言動を危惧したが、これまで互いに
策を立て指揮する立場はなく、今回が初めての
重責である。そのせいか尚芳は特に否定的な言動も無く、
真摯に職務を全うしようという姿勢に見えた。
(大膳様は大膳様、高木殿は高木殿で分けるべきだろう)
と、正道は自戒した。

作戦は上から下に伝わる。
中隊を指揮する一人が高木の家来、森成豊英であり、
その中の小隊、足軽十人のまとめ役、組頭の一人に
弥助がいた。そのうち三人が弥助直属の家来であり、
自ら選び誘った、やや年の離れた弟分といえる
若者達である。
三人は、一人は快活、一人は静か、
一人はその中間と性格も分かれ、
この按配は誰に教わるでもなく、六蔵の家来当時、
吉兵衛や他の者との関わりでの影響だった。
「ちゃんと長短知って活かさないと、
人はついて来ねえぞ」
成り上がりを望んでぼやいた弥助に、
六蔵の一言が印象に残っている。
(なんでぃ、頭は成り上がってねえじゃねえか)
と反発を感じたが、自身は六蔵の家来である。
(じゃあ、俺はもっと駄目じゃねえか)
自分で自分を馬鹿にしてるように思えて苦笑した。
弥助もそれなりに槍働きを続けて、死地を
くぐり抜けて来たといっても過言ではなく、
不安や不満は消えないが多少の自負はあった。
「おめえらとの違いは場数だ。
この差はどうにもなんねえ。だが、
しぶとくやってりゃ度胸もつく。
最初はオドオドするもんだが、周りの具合も
落ち着いて判断出来たり変わってくるもんだ」
三人に語り、更に十人を前に、
「今回は十人一組の小隊で、他の小隊と競うように
敵の狼煙台を攻撃する。一気にやる。夜襲というか
奇襲かな。敵が気づくのは直前てわけだ。もたもた
してたら返り討ち食らっちまうぞ! 遠慮無用、
思いっきり暴れろ!」
「おお!」

豊地勢による古竹攻略に際して、神保城から
石峰城にも援軍要請があった。
これに石峰城が出した軍勢は、騎馬十騎、
鉄砲二十挺、弓七張、槍三十本、旗三本で計七十人、
足軽が五十人で、この百二十人が正規兵になり、
それを支える雑兵人夫が百人の計二百二十人である。
仕官となれば上下はあっても家来は家来、
組頭も少数とはいえ足軽雑兵のまとめ役になる。
六蔵は城主の箕山内匠助以下、主だった家臣達に
挨拶を終えて、諸々の手続きを済ませ、禄に応じて
再び五人の家来を持つ組頭の身になっている。
六蔵の直属の上司は、足軽大将の
三橋兵衛繁龍(みはし ひょうえ しげたつ)。
三の丸の屋敷一室で書面に目を通しながら、
「我ら領内諸城も援軍を送ることになった。
規模に応じてここからは二百二十人だ。
ついては六蔵、さっそくお主も行ってもらおう」
前に控える六蔵に命じた。
「は、・・・・あの、一つ、
お伺いしたきことがございます」
「うむ、何だ」
「此度の戦陣に吉兵衛は加わりますでしょうか」
「吉・・・・ああ、そういえば、吉兵衛はお主の
家来だったな。確認はしておらぬが、まあ、
かの者もあろうな」
「それは小荷駄でしょうか」
「いや、それはそれで別の者達が受け持つが・・・・
一緒がいいか?」
「いえ、今回は出来れば除外とするか、
小荷駄か後方にされますように」
「んむ? 何か不都合があるのか」
「まだ若き女房がおり、幼き子の親にございます。
簡単に死ぬわけにはまいりません」
「む・・・・なれど、境遇を慮っては戦にならぬぞ。
そもそも奴は自ら仕官した身で一兵ではない。
お主の家来当時に何かあったか」
「いえ、足軽として励んでおりましたが、
吉兵衛のような若い家族持ちは、身贔屓が過ぎて
戦働きには向いておりません。無理をさせれば
味方の不利を助長することになります。戦場に
おいては、身軽な野心ある者こそ適しております。
まずは気楽な独り者などを優先されますよう」
「仕官の有無は関係無いと?
奴の働きは鈍っておったか?」
「いえいえ、逆に、役目とはいえ健気に無理を
しておるのが身近ではよく分かる上に、
それがしも他の者も敵前では庇う余裕も無く、
こちらが気が気でなく・・・・」
六蔵は困惑の表情を示した。
「・・・・なるほど・・・・本領発揮とはならぬか・・・・
そこまで気が回らなんだわ・・・・
うむ、わかった、考えよう」
「それから、この事は内密に願います」
「うむ、わかった」
「御配慮、感謝致します」
今回の戦は惟定も出馬の大攻勢になるということは、
事前に念入りな対策もあるだろうが、
対する古竹が素直に潰れるかどうかは別であり、
攻城戦となれば数倍でも難しく、
どう転んでもおかしくない。
援軍が要るのはそれだけ大変、ということでもある。
(俺が吉兵衛の足を引っ張ったなんて思われちゃ
かなわねえからな・・・・)
結果、吉兵衛は留守役になった。
援軍とはいえ、石峰勢も主力をつぎ込んでいる。
意気込みが違うのは吉兵衛でもわかる。
吉兵衛は納得が行かない。
無理も承知で出陣も覚悟と望んで仕官し、
経歴も理解されて登用されたはずであっただけに、
留守役にされたのは意外だった。
「なぜですか?」
「お主はまだ若く家族持ちだ。簡単に戦を
やらせるわけにはいかぬ。戦だけが仕事と思うな。
留守役も必要なことくらいお主もわかろうが」
問われた繁龍は面倒そうに答えた。
「それは、他の者にも幾らもおります。
これが周りに知れたら示しがつきません」
「俺も責任ある身として、戦馬鹿など望んではおらぬ」
「私が戦馬鹿と?」
「吉兵衛、お主はよそにいた時は相応に活躍した
ようだが、ここは長らく平穏な地域だ。戦での活躍を
期待するなら東側に幾つもあろう。
なぜ向こうに行かなんだ」
「それは・・・・」
「向こうでは相手にされず、止むを得ずこっちへ来たか?
たまたま仕官して通ったか? いいか、そんな言い草は
金輪際するなよ。我らに対する侮辱だぞ」
「いえ、決してそのような・・・・」
「我らは支え役だ。地味で目立たぬ裏方である。
それを自覚し、我が殿も家臣らも役目を
果たしてきた。気に入らなければ派手なよそへ
行くがいい」
「いえ、他へなどは・・・・」
「吉兵衛、留守役といっても寝ておるわけではない。
仕事は幾つもある。嫌がらずに担ってくれよ。
どれも必要な役目ぞ」
「はい・・・・」
吉兵衛はうなだれ、一礼した。

石峰勢も援軍ということで、いつもは足軽大将の
三橋兵衛繁龍が総大将となり、弟の繁春が足軽大将で
副将格となっている。
その石峰勢始め、領内各西側勢は神保城に集合して
小休止を取り、惟定を迎えると、途中東側軍勢と
合流して戌の刻( 午後7時~午後9時 )
に豊地城へ到着した。
豊地勢からの説明では、援軍は惟定警護も
兼ねており、古竹領への行軍は夜明け前、
現地到着は明朝であり、戦があるとすれば
それ以降になる。

軍勢の華は騎馬であるが、攻撃の主力は足軽である。
石峰勢の足軽は十人一組が五部隊あり、六蔵も繁龍の
指示で、更に五人の足軽を加えた計十人の部隊長を
任され、五部隊の一角を担っている。
譜代家臣やその親族であれば足軽大将など格上の立場
になるが、どこの馬の骨ともつかぬ六蔵のような
百姓上がりの者では、手柄を多く立てたり、
理解ある主君でなければ到底上には行けない。
名のある敵将の首を狙うなどの危険極まりない活躍
よりも、もっと現実的に、戦を利用して敵の甲冑や
刀剣を手に入れて儲けにつなげるなど、戦利品目当てと
割り切った兵達の方が多かった。
六蔵にしても、自分が英雄譚の人物のように行けば
面白かろうと妄想くらいはなくはなかったが、
それから十年二十年三十年と平凡なまま過ぎれば、
いつまでも面白いわけもなく、現実的な身の処し方に
関心が移るのは自然の成り行きというものである。
月代(さかやき)を剃らずとも、随分と髪も薄くなり、
白髪も増えて、否が応でも肉体の衰えや老いを
自覚するに至って、今や弥助のような野望も無く、
このままでは遅かれ早かれ戦で討死か、生きながらえて
老後を迎えるにしても無事に暮らせるのか、考えれば
不安の種は尽きないが、下手な考え休むに似たりで、
良く言えば一所懸命で今の立場、役目を全うしようと、
それだけを考えている。
六蔵は豊地城での仮陣所設営を手伝い、しばらく
休憩となると、久々に弥助に会いに城方に尋ねて
みたが、
「さあ、先遣隊の一員として先に
出立したんじゃないですかね」
とのことで、城にはいないらしい。
(先に戦場か。張り切ってるだろうな)

六蔵の下にいる足軽十人は、
皆石峰城周辺の農民達である。
家来三人を除けば、七人は六蔵とは初対面で、
(敵じゃあるまいし、戦で初対面はまずいよなぁ・・・・)
と、戸惑いもある。
生き死ににも関わる戦の部隊であるから、
顔見知りの気心知った仲で、連日全員で
訓練を繰り返していた方が望ましい。
が、今は既にそうもいかない。
せわしい出発時と違って少し時間が空いたため、
陣所の一角では六蔵達十人が集まり、改めて
互いに自己紹介した。
「今回の戦で、みんなのまとめ役を仰せつかった
六蔵にござる。お見知り置き願いたい」
と六蔵は軽く会釈し、それぞれ名乗ってもらった。
「五作といいます、大戦(おおいくさ)は
初めてですが、よろしくおねげえします」
「俺は、久兵衛と申します。大戦は久々ですが、
足引っ張らんよう頑張りますので」
「おらぁ、与平ていいます。よろしゅう」
等々、久兵衛のように六蔵より年輩の者もいれば
五作や与平のような若者もいる。
大抵は農家の次男三男といった者で、
六蔵のように流れて来た者もいる。
「与平に与助に、五作に五助に五郎左か。
ややこしいなあ」
戦の前で名前を覚えるというのは、なかなかにつらい。
六蔵は物覚えに自信があるわけでもないので、
繁春より教わり、事前に用意しておいた
十人の名前の書かれた紙を皆に配った。
「もっとも、誰がどの名前か覚える必要はあるがね。
今回集まったということは、次回、また同じ顔ぶれに
なるだろうし、むしろその方がいい。
毎回人が違っては気疲れしちまうからね」
六蔵は、繁龍や繁春から受けた今回の戦についての
説明を彼らにも伝え、意欲と覚悟を促した。

五作はこれまで小荷駄や運搬の
手伝いがもっぱらだったという。
小荷駄といえば、敵から一番離れた安全な場で、
軽装も普通の輸送隊である。
「で、いい若いもんが、小荷駄やってる場合じゃ
ねえだろって、こっちに回されました」
と、あまり乗り気ではないらしい。
他の者も以前は城の警備や何やら様々である。
他家はどうあれ、神保方では足軽が正規兵で、
中間、徒士(かち)などの武家奉公人や人夫は
雑兵で格下という認識になっていて、
出世にも差がつく。
敵の将士を討ち取れば評価はがらりと変わって
名字帯刀も許され士分待遇もあり得るが、
危険な戦場で、そこまで意欲的に活躍する雑兵は
稀であり、戦は報酬や戦利品目当てが定番である。
六蔵は彼らから少しばかり経歴を聞くと、
(寄せ集めか・・・・烏合にならなきゃいいが・・・・)
少し心配した。
「俺らが出世するにゃ命が幾つあっても
足んねえやね」
と、久兵衛は苦笑する。
「まあね。平気な奴は無茶するから
簡単に死ねるでな」
と六蔵も笑った。
久兵衛はこの中では最年長らしい。
「隠居してぇが、余裕がねえでね。
この歳でまだ槍持って走ってるよ」
「じゃあだいぶ場数踏んだでしょう。慣れるもんかね」
「いやぁ、戦はいつになってもビクつくよ。
性格もあるのかなぁ」
正直な人らしい。
一番若く見える与平に、
「おめえは年はいくつだい?」
「はい、今年で十八です」
「ひょえ〜、若ぇなあ。俺の倅でもおかしくねえや」
良くも悪くも気持ちは若いままで今に至るが、
周りはそうは見ない。
(俺がオヤジってのがどうにも解せねぇ)
無駄と知りつつ同じ感慨が続いている。
(馬齢を加えるなんて避けたかったがなあ)
若くても戦場では死ぬ者は死ぬ。
天から気まぐれに選ばれ、あるいは捨てられたように、
呆気なく命を落とす者もいる。
出世を目指すなら張り合いがあるが、
大抵はお上の命令で渋々の身である。
勝てればまだしも、負けて追撃でもされれば
皆散り散りばらばら、無様だろうが見苦しかろうが、
「まいった! なしなし!」
と戦意喪失丸出しに降参しようとも時すでに遅し、
敵の怒号にかき消されて、たちまち槍か弓矢か
鉄砲で殺される。あるいは必死で逃げられても、
身ぐるみ脱いで置いて行けとばかりに、
地元の農民から落ち武者狩りに遭えば、
これもまた命の保証はない。年も立場も家庭の事情も
身の上関係なく、まさに弱り目に祟り目、
泣きっ面に蜂の悲劇である。
雑兵であればさっさと逃げるが勝ちと動けるが、
足軽となると自ら前は出ても、退くのは命令を
受けたときとの建前があり、勝手に逃げ出せば
咎めを受けかねない。まさに将棋の歩である。

彼ら足軽達の陣笠や胴丸は城が貸してくれたもの
だが、鎧と違って腕肩首元と露出は多く、
作りも簡素で気休めに近い。
六蔵は鎧ではあるが、
やはり安作りで上等とは言い難い。
また、足軽や雑兵程度では素足に草鞋が普通で、
どうしても指に怪我を負いやすい。だが、
足袋は高価で数は揃えられない。
どこまで本気なのか、久兵衛はまた、
「足の爪は何度かあるかな。足場の悪いとことか、
指引っ掛けたりもあるからね。まあでも、
爪は剥がれてもまた生えてくるよ」
と、のんきそうに笑う。
「手甲だけは用意したから使ってくれろ」
二本の指を失っている六蔵は、体の防備についても
気にして、十人分の手甲を用意していた。
薄い鉄板や鉄棒が通った手甲で、腕から手首
だけでなく、手の甲や指辺りへも届く作りに
なっている。十人分であるから出費がかさむが、
まとめ役の責任上、放っておく気にもなれなかった。
若い連中は喜ぶ一方、久兵衛は今更と諦めなのか
自信なのか、
「頭、俺はいいよ」
と断ってくる。
「なんでぃ、年食ったから無事になるわけでも
あるめぇ、俺みたいに指飛んでも知らねえぞ」
とたしなめるが、関心が無いらしい。
見てみれば、久兵衛は特に怪我もしていない様子で、
(意外と武芸者か、逆にさっさと逃げちまうのかな)
と六蔵は勘ぐった。
六蔵としては、年配者も若者も一括りにして
命令するのは、どうにもがさつで抵抗がある。
一方で年上もお構いなしに威張れる者もいるが、
こればかりは生まれ育ちが影響するらしい。
(まったく、世間知らずというか、
怖いもん知らずというか、無頓着がうらやましいよ)
さっきから久兵衛を相手に雑な言い草になっているが、
あくまでも身内親戚のようなつもりで、
威張ることはしない。
坂原大膳のような癇癪持ちで目下の者には遠慮がない
という者は珍しくない。六蔵もこの手の上司に
迷惑したことも一度や二度ではない。
長らく馬鹿にされがちな境遇を送って来た六蔵としては、
簡単に怒るのは愚劣極まることであり、
軽蔑の対象である。
そのため、怒ったら負け、怒るのは相手で良い、
と常に意識してきた。
裏を返せば腹の立つこともあったが、持ち前の
諦観やら空虚な感覚が怒りを鎮めた。
茅部、須田当時も、機能然とした厳格な上下関係と
いうよりは、周りを身内親戚に見立てて、命令ではなく、
呼びかけるのを前提とした。いきなり、
「進めーっ!」
とは怒鳴らず、まずは、
「行くよ〜」
と前置きがある調子である。
緊迫した戦場でのんきそうな調子に、
ある者は気抜けし、ある者は安心する。
それでも戦場であればのんきではいられない。
必然、各々自覚を持ち、判断して気迫を持って
現場に臨む。
内心で、
(この六蔵は抜けてるのか)
と疑念を持たれようが、そんなことはかまわない。
油断し馬鹿にすれば言動に表れる。
その時こそ厳しく当たればいいと割り切っている。

熟練には当然でも、新入りではさっぱりわからない、
知らないことも多い。命がけの戦場では手柄を競う
以前に、先輩が惜しみなく教えた方が
組織として望ましい。
六蔵は若い彼らに応急処置のように、戦場での心構えや
兵卒の心得など、先輩から教わったことや持論を伝えた。
「お互い様だから、みんなも頼むよ」
「はい」

by huttonde | 2017-10-07 03:30 | 漫画ねた | Comments(0)
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