ダイヤの原石が眠る国
2016年春、ナイジェリア最大の都市、ラゴスのゲットー(貧困地域)に、在日ナイジェリア人と日本人がオーナーをつとめるサッカーチーム・イガンムFCが誕生した。同国のサッカー熱は高く、推定1500万人の競技人口がいるとされる。優れた選手を発掘し、世界のトップリーグで活躍する選手を輩出することを目的に誕生したクラブだ。
加藤さんとエバエロさんのオーナー2人が、新しいクラブの設立して世界のトップリーグで活躍出来る選手を輩出するために奮闘するドキュメンタリー映像(24分)。一癖ある地主との土地契約や、遅々と進まない役所の手続きを”王様”の口添えで解決する裏技など、記事とは異なるストーリーを紹介する。
在日ナイジェリア人のエバエロさんは、ゲットーの若者にチャンスを与えたいと考え故郷のゲットーにサッカークラブを設立した。彼の熱心なアプローチに突き動かされ、共同オーナーに名乗り出た加藤明拓さんだが、就任当初からクラブの土地取得を巡る混乱や、降りかかるトラブルに翻弄される。選手達をダイヤの原石に例える加藤さんは「磨く環境さえ整えれば、海外のトップリーグでも活躍できる選手を輩出できるはずだ」と期待を込める。
サッカーで繋がる2人の挑戦
エバエロ アバヨミさん
1980生まれのエバエロさんは、6歳から22歳までの約16年間をラゴス州のイガンム・ゲットーで育った。
エバエロさんがイガンムに暮らしていた頃はギャングの活動が盛んだった時期で、抗争に巻き込まれた友人が何人も命を落としている。高校時代には学校内でクラスメイトが拳銃を所持していたため、教室に警察官が踏み込んできて、近くにいたエバエロさんも一緒に逮捕され留置所に放り込まれたことがあった。
こうした環境からいち早く抜け出そうと考え、家財を売った金で片道航空券を買い、海外ではたらく親戚を頼って22歳の時に南アフリカへ移住した。渡航先でさらに日本のビザ取得に成功し23歳で来日。生活のために様々な職に就く中で、湘南ベルマーレの関連組織でサッカースクールのコーチを経験した。28歳でりえさんと結婚し家族を設けたエバエロさんだが、子供の頃から親しんだサッカーに仕事として携わりたいという夢があり、一念発起して東海大学の体育学部に入学する。
ここでスポーツマネジメントを学んだエバエロさんは、夢を具体化させるため、イギリスに渡航しサッカーコーチの資格も取得した。自身の境遇をもとに「サッカー選手として海外で活躍することができれば、家族全員が貧困から抜け出し犯罪やドラッグに関わる必要もなくなる」と考え、イガンムFCの構想を本格化させた。
加藤明拓さん
現在、都内でブランドコンサルティングを行う会社を経営する加藤明拓さんは、高校時代に地元の八千代高校からインターハイに出場し優秀選手に選出されている。
インターハイの1週間後、父親が末期ガンであることを知され、その数ヶ月後に55歳の若さで他界する。この時に「人生には必ず終わりがある。やりたいことがあれば、必ず行動して実現させよう」という想いが芽生えた。高校卒業後の進路は、元々経営者になりたいという思いから大学に進学。選手ではなくビジネスの世界から、サッカーに携わって頂点を目指したいという意識に変化した。
大学卒業後、新卒で入社したリンクアンドモチベーションでは、組織経営のコンサルティングに携わり、スポーツコンサルティング事業部の立ち上げを経てブランドコンサルティング部門の執行役員に就任した。2013年、入社10年を機に独立し、株式会社フォワードを設立する。あらためて自らの原点に立ち返り「2035年までに世界No.1のクラブを持ち、世界No.1の選手を輩出すること」を目標に掲げた加藤さんは、会議室の壁に世界最高のサッカー選手と称されるメッシの姿を描いた。目標に掲げた2035年とは、加藤さんが高校生の時にガンで他界した父親の享年と同じ55歳を迎える年だ。
2015年、加藤さんは会社のコンサルティング事業に並行して、最初のサッカーチームの買収に乗り出す。資金難で受け入れ先を探していたカンボジア1部リーグのサッカーチームを買収し、「カンボジアンタイガーFC」の運営をスタートさせた。加藤さんの噂を耳にしたエバエロさんは、すぐにコンタクトを取りイガンムFCの構想を打ち明ける。
エバエロさんの熱意と、「貧困地域から世界を目指す」というビジョンに共感した加藤さんは、チーム運営に必要な資金を出し、エバエロさんとの共同オーナーという形で、イガンムFCの運営に加わる。サッカーと言う共通言語で、同じ夢を見るすナイジェリアと日本出身の2人は、世界のサッカーのメインストリームからは離れた西アフリカの貧困地域から世界の頂点を目指そうと走り始めた。
塀を建てると泥棒がくる
選手育成のために不可欠な、クラブ専用のグランドと選手寮の建設を進めていた加藤さんたちは、1年がかりで土地を見つけて工事に取り掛かろうとしていた。建設予定地を訪れると、目の前には木々の生い茂るジャングルが広がっており、池のような水たまりがあちこちに出来ていた。巨大な水たまりを前に、加藤さんは「どうしてこんな水たまりが突然出来たのだろうか」と首をかしげる。横に立つエバエロさんが「誰かが土を盗んで穴ができた。そこに雨が降って水が溜まったにちがいない」と推測する。穴に水が溜まった理由は理解できたが、土が盗まれるという事実に驚いた。
4エーカーの広大なジャングルをグランドに整地する費用は30万円。1週間もあればきれいに整地出来るという。加藤さんは「そんな短時間で出来るのだろうか」と不安を覚えたが、エバエロさんが「人手を掛ければ大丈夫。人件費が安いから問題ない」と胸を張る。これ以上、土が盗まれてはたまらないと加藤さんが「泥棒よけの塀を作ろう」と提案するが、かえって逆効果だとエバエロさんの反対に遭う。「囲いをつくったら、中に大切なモノがあるように見えて、もっと泥棒に狙われるから」という理由を聞き、日本の常識が通用しない世界であることを思い知った。
外国人が理解出来ない商習慣がチャンスとなる
アフリカ最大となる1億8600万の人口を抱え、総GDPもアフリカトップのナイジェリアだが、原油に一極集中したいびつな経済構造と脆弱なインフラにより、庶民の暮らしに豊かさは感じられない。さらに、部族社会の名残をうけた商習慣は、有力者の口利きや役人への袖の下が不可欠で外国人のビジネス参入を阻んでいる。
イガンムFCがグランド用地を取得した際も、最初の候補地は契約直前で”政府に接収される可能性”があるいわく付きの土地であることが発覚した。次の土地では、書類を整えて売買契約を進めていたが、なかなか役所の許可が下りず工事をはじめることが出来なかった。ようやく地域を治める王様の口添えを得ると、電話1本であっという間に登記が完了し許可が下りたという。
加藤さん自身も当初は「理解を超えた商習慣や、時間を守らないスタッフ、スケジュールが直前で二転三転する日々に振り回され、かなりイライラした」という。しかし、他の外国企業もこの状況になじめず参入障壁になっていることを知り発想を変えた。「この国で上手くやっていくことが出来れば、世界中どこの国でもビジネスが出来るんじゃないですかね」。
この状況を避けるのではなく受け止めることにしたのだ。
ナイジェリアへの参入障壁の高さをチャンスと捉えた加藤さんは「いまは、彼らの文化や習慣をリスペクトしつつ、自分がなじんでいくしかない」と考えている。アフリカという地勢と1億8600万の人口のポテンシャルは高い。いづれ、経済の発展と共にナイジェリア独自の商習慣もフラット化して、あくが抜けていくだろう。そのとき自分たちの先行した足跡が、大きなアドバンテージとなる。
辺境から世界の頂点を目指す
エバエロさんと加藤さんの奮闘に、現地からエールを送る日本人がいる。現在、日系食品メーカーのラゴス駐在員を務める小林健一さんもその一人だ。
小林さん曰く「通常、貧困地域から海外へ出たナイジェリア人は、成功者として羨望のまなざしを向けられる。一方で、よほどのことが無い限り地元には戻ってこない」という。ようやく抜け出したゲットーに、再び戻って来て、仲間の為に一肌脱ごうと行動を起こすエバヨロさんのようなタイプはかなり珍しい存在だ。
また、共同オーナーの加藤さんに関しても、信じられないようなトラブルに遭いながら「土を盗まれちゃって」と常に笑い話にしてしまう姿に、「この国でやって行くには、非常に向いている性格だ」と頼もしさを感じている。
ナイジェリアのニュースを見ると、外国人の誘拐事件や北部でのイスラム原理主義組織による爆弾テロ事件の見出しが目に入る。こうした治安について加藤さんは「エバエロさんというパートナーの存在が安心に繋がっている」という。常に現地のスタッフと行動することで、不用意な危険は回避できる。必要以上にすべてを怖がるのではなく、どこが危険なのかを知ることが大切だと考えている。
「ナイジェリアで、危険を感じないのか?」と日本人からよく尋ねられる加藤さんだが、「結局は日本でも、酔っ払って駅ホームから線路に落ちたり、車にはねられる可能性があるのだから、そんなに大差はないですよ」と笑う。
「移籍」が生み出す好循環
現在イガンムFCはナイジェリア国内リーグの5部に所属している。クラブはまだ、アマチュアチームという位置づけだ。練習には40名程度の選手が集まっている。イガンム・ゲットーの近郊にあるハイウェイ沿いの空き地を借りて週4日ほどの練習と、月数回の練習試合を行いながらリーグ戦を戦っている。
2016年冬にはイガンムFCの選手2名が、カンボジア1部リーグのカンボジアンタイガーFCへ移籍している。移籍先は加藤さんがオーナーを務めるプロサッカーチームで、「今後もイガンムからの移籍や選手交流の可能性があれば積極的に行う」としている。
イガンムの選手にとっては、これを足がかりに東南アジアの強豪クラブや日本への移籍の道が開ける。各国のトップリーグ上位のチームで活躍すれば、欧州クラブのスカウトの目に止まるチャンスも広がる。
また、チームにとっても移籍で手にする移籍金は魅力的だ。この資金を元に、クラブの育成環境を充実させ選手を強化、指導者の招聘や上位リーグへの加盟、有力選手の獲得などに投資する。チームのレベルが上がることで、さらなる選手の海外移籍へとつなげていく。
エバエロさんはイガンムFCと他のチームの違いについて「ほとんどのナイジェリアのクラブは、長期的な視点が薄いので、お金の管理がずさんで、収入はオーナーの懐に入ってしまう。わたしたちのチームは、ちゃんと選手の為にお金を使って、クラブ大きくして行くことが目標だ」と強調する。
イガンムFCの選手たちは、海外経験はおろか、イガンムを出たことがない者すらいる。生まれて初めて耳にしたカンボジアという国へ行き、全く異なる食文化と言語の中で暮らすことに不安ないのか、移籍直後のオリンベ選手に尋ねた。
「毎日、家族やイガンムの選手とも通話アプリで話せるし、食事は自炊するので問題無い。英語もある程度通じるから、練習の内容も理解できる」と明るい表情で答えた。さらに「給料を貰いながらサッカーが出来るようになり、ようやくプロ選手になれたと実感した。試合の度に、選手全員でチームのフラッグを貼ったバスに乗って移動できるのが嬉しいね」と喜びをかみしめていた。最初の給料の使い道を尋ねると「買えるだけのスパイクを買って、イガンムに送ったよ」と照れくさそうに教えてくれた。
選手の海外移籍はクラブの収入のみならず、貧困地域に暮らす選手たちの希望にも繋がる。カンボジアに選手が移籍した直後から、エバエロさんのFacebookメッセンジャーには、入団希望の選手からひっきりなしにメッセージが届くようになった。エバエロさんは「反響の大きさに驚いた。良い選手が集まって、チームに競争が生まれればレベルアップにも繋がる」と嬉しい誤算に笑みを浮かべる。
イガンムFCは現在、日本人投資家やプロサッカー選手からの支援を受け(リンク)、選手寮やグラウンドの建設をスタートさせた。まだ5部リーグ所属のアマチュアクラブだが、サッカー協会とも連携しながら、上位のプロリーグへの早期昇格についても具体的な計画を進めている。
ナイジェリアのサッカー代表チームは、「スーパーイーグルス」と呼ばれ、世界の強豪国として知られていたが、近年は低迷が続いている。さらに「リオオリンピックの試合ボイコット事件(リンク)」(サッカー協会の賃金未払いに対し、代表選手がオリンピック準決勝試合のボイコットを表明し抗議した。日本の高須クリニック院長が未払い賃金の肩代わりを申し出て話題になった)など、汚職や醜聞に関する話題が多く、改革と再興の声が国民からも上がっている。
こうした中、加藤さんとエバエロさんがイガンムFCで取り組む、若手選手の育成と海外移籍を連携させた長期的なチーム作りは、ナイジェリアのサッカー協会関係者やメディアからも、注目を集めはじめている。
加藤さんは今後について、海外リーグで活躍する選手の輩出と国内トップリーグへの昇格を当面の目標に据え「10年以内にはアフリカでもNo.1を目指せるクラブに育てていきたい」と力を込める。
イガンムFCの原動力
ナイジェリアの貧困地域から、自ら道を切り拓いて日本にやって来たエバエロさんの行動力や、サッカーを通じて故郷に若者にチャンスを与えたいというエバエロさんの熱意が、加藤さんやクラブに関わる人々の心のよりどころになっている。
エバエロさんに、いま一番の目標は何かと尋ねると「選手にちゃんと給料の払えるサッカークラブにして、チームを大きくしていくこと。そして世界一の選手をここから送り出すこと」と即答した。
加藤さんは、そんなエバエロさんの想いを共に実現させようと「イガンムFCの取り組みを、慈善事業ではなくビジネスとして軌道に乗せ、継続させること」に力を注ぐ。今後もエバエロさんを中心にしたチームづくりの中で、マネジメントやファイナンスの側面から支えていくつもりだ。
さまざまなトラブルや困難が降りかかってきても、エバエロさんと2人で大笑いしながらやり過ごしていく加藤さんの原動力は、学生時代から変わっていない。
「挑戦せずに人生最後の時を後悔で迎えるほど、残念なことはありません。多少のリスクがあっても、やりたいことに挑戦することが自分の生き方です」
筆者は、イガンムFCと選手たちの今後の動きを継続取材する予定です。2019~2020年の完成を目標に、国内リーグの昇格や海外リーグに出た選手たちの活躍を追った長編ドキュメンタリー映画の制作を計画しています。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】
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