バッハのヴァイオリン・コンチェルトは3曲伝わっており、この第2番で全てご紹介したことになります。
いずれもヴァイオリニストのレパートリーとしては定番中の定番であり、ヴァイオリン教室の発表会でもほとんど必ず取り上げられています。
その中でも一番親しみやすく、人気が高いのがこの第2番ホ長調です。
それだけに、ヴァイオリニストの数だけのパターンの演奏があるわけですが、今回は楽器にこだわってみましょう。
名器の秘密
ヴァイオリンの名器といえば、なんといってもストラディヴァリウスが有名です。名器の代名詞といってもよいでしょう。
イタリアの楽器の町クレモナで、アントニオ・ストラディヴァリ(1644~1737)が製作した楽器が、ラテン語で〝ストラディヴァリウス〟と呼ばれます。
ヴァイオリンのほか、ヴィオラやチェロなどの弦楽器を1000挺以上製作したとされ、現存するのは約600挺といわれています。
時々、何億円で落札された、とニュースになりますね。
その音色は神秘的なまでに官能的、蠱惑的といわれ、その秘密を解き明かすべく、長い間科学調査、研究がされてきましたが、結論は出ていません。
特に、表面に塗ったニスに秘密があるといわれ、精液を混ぜているなどという気持ち悪い俗説までありましたが、成分自体には変わったものは検出されず、調合なのか、塗り方なのか、無関係なのか、これも謎のままです。
ただ、そもそも音色が違うのか?という疑う研究者もいて、演奏家を集め、ストラディヴァリウスを現代楽器と混ぜ、どれがどの楽器か分からないようにして、優れた音色を判断させたところ、現代楽器の方に軍配が上がった、という実験結果もあります。
しかし、ストラディヴァリウスに限らず、バロック時代の楽器は、室内楽用に作られているので、近代になって、大ホールでのコンサートが主流になると、より華やかで大きな音が出るよう改造されたのです。
それを、当時の形に戻した古楽器演奏にこのブログではこだわっていますが、時代によって求められる音色は変わりますし、そもそも好みは人それぞれですから、一定のレベルに達した楽器の優劣比較は意味がないように思います。
小林一三は、名物といわれる茶器について、単にその形や色合いだけを鑑賞するのではなく、〝ああ、これを松平不昧公が手に取ったのだ〟と、その代々の愛用者に思いを馳せるところに最高の味わいがある、と述べていますが、歴史的楽器の音色を楽しむのにも、同じことが言えると思います。
名器を持つということ
日本の演奏家が現在自己所有しているストラディヴァリウスは、Wikipediaによれば8台ということです。自宅を売って購入した、という人もいます。
ヴァイオリニストの堀米ゆず子さんが2012年、所有するストラディヴァリウスに並ぶ名器、グァルネリを持ってドイツに演奏旅行した際、フランクフルト空港で輸入手続きが不備だと指摘され、税関に愛器を差し押さえられて、時価約1億円の19%、約1,900万円の関税支払いを要求された、という事件がありました。
ドイツの税関ひどい・・・と思ったものです。外交問題にまで発展し、結果としては無事無償で返還されたのですが、同じような案件はほかにも発生したようで、名器所有演奏家にとって、フランクフルトは〝鬼門〟といわれたようです。
そんな名器は、家に保管していても、室温とか湿度とかに気を遣うでしょうし、盗難や火事の心配が常につきまとうのに、それをあちこち持ち歩くなんて、気の休まるときはないように思います。
でも、それだけの魔力が名器にはあるのでしょう。
ちなみに、私の住む町がモデルとなったジブリ映画『耳をすませば』で、牢屋でヴァイオリンを作る職人の話が出てきますが、そのモデルはグァルネリです。
幻の名器〝デュランティ〟
そんなストラディヴァリウスの所有者のひとりが、千住真理子さんです。
名器の中でも、特に由緒あるものには通称がついているのですが、千住さんのものは〝デュランティ〟と呼ばれ、製作されてから約300年間、誰にも弾かれずに眠っていたことで有名です。
ストラディヴァリはこれを1716年に製作し、ローマ教皇クレメンス14世に献上しました。
それだけの自信作だったのでしょう。
教皇没後はフランス貴族のデュランティ家の手にわたり、城の奥深くに約200年間、隠されていたことでこの名がつきました
1921年から80年間、スイスの富豪が所有していましたが、2002年に買い手が演奏家であることを条件に売りに出されたのです
教皇、貴族が宝物として、演奏することなく約300年間秘蔵していたため、幻の名器といわれていました。
千住さんが運命の出会いを感じたのは無理もありません。
もちろん高価ですが、お金さえあればいつでも買える、というものではありませんので、千載一遇のチャンスでした。
価格は非公表ですが、2~3億円といわれています。千住さんにもそんなお金はありませんでしたが、妹の思いにこたえ、ふたりのお兄さんが東奔西走してお金を集めたそうです。
そして、幻の名器は千住さんの個人所有となりました。
このバッハのコンチェルトは、千住さんの奏でるデュランティで楽しみましょう。
バッハ『ヴァイオリン協奏曲 第2番 ホ長調 BWV1042』
Concerto for Violin, Strings, and Continuo, in E major BWV1042
演奏:千住真理子(ヴァイオリン独奏)アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
第1楽章アレグロ
この上なく明るく、楽しく始まります。同じメロディが繰り返されていきますが、時には陰影を帯びながら、微妙な変幻で聴く人をひきつけていきます。ソロ・ヴァイオリンが孤独にオーケストラと対峙する近代のコンチェルトとは違い、オーケストラと混然一体となりながら活躍する、バロック・コンチェルトの楽しさを満喫させてくれます。
第2楽章アダージョ
一転、絶望を感じさせるような哀歌になります。第1番イ短調の第2楽章と同じ、バッソ・オスティナートの上で、ヴァイオリンは纏綿と情感を込めて歌います。中間部では、絶望の中で希望を見出したような光が差し、心を慰めてくれます。
第3楽章アレグロ・アッサイ
明るいロンドのテーマで、一度聴いたら口ずさみたくなるような軽快なメロディです。トゥッティが5回同じテーマを奏する間に、ヴァイオリンが4つの異なったエピソードを奏でる凝った作りの楽章で、ヴァイオリンの魅力を心ゆくまで楽しませてくれます。
- アーティスト: 千住真理子,バッハ,千住明,アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2005/09/07
- メディア: CD
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
デュランティの響きは、私としては特に低音が好きで、気品に満ちているように感じます。
この世に生み出されながら、長い年月沈黙していた幻の楽器に、初めて息を吹き込み、歌わせたのが日本のヴァイオリニストというのは誇りですね。
この響きを、家を売らずとも聴けるのはなんという幸せ。
古楽器演奏はこちらです。
演奏:サイモン・スタンデイジ(ヴァイオリン独奏)
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート
Simon Standage(Violin)
Trevor Pinnock & The English Concert
ポチッとよろしくお願いします!