「ブルーバックス探検隊が行く」は、ブルーバックス編集部が最先端の研究を行う現場にお邪魔して、そこにどんな研究者がいるのか、どんなことが行われているのかをリポートする研究室探訪記です。
いまこの瞬間、どんなサイエンスが生まれようとしているのか。論文や本となって発表される研究成果の裏側はどうなっているのか。研究に携わるあらゆる人にフォーカスを当てていきます。
記念すべき第1回の探訪先は、
「スリーマイル島の原発事故(1979年)、チェルノブイリの原発事故(1986年)、あるいはスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故(1986年)など、重大な産業事故につながる失敗が起こりやすいのは深夜から早朝にかけてですが、この時間帯は”魔の時間”と呼ばれています」
そう語ってくれたのは、産業技術総合研究所・生物時計研究グループのグループ長を務める大石勝隆(おおいし・かつたか)さんです。
近年、大きな社会問題となっている睡眠障害。厚生労働省によれば、日本人の成人の5人に1人が睡眠に問題を抱えていると言われています。
睡眠障害は、単に個々人の精神的、肉体的な問題というだけではなく、経済的にも大きな社会問題となっています。
日本大学医学部の内山真(うちやま・まこと)教授が2006年に発表した試算では、睡眠不足や不眠症によって生じる経済損失は日本国内だけで3兆5000億円、医療費を含めると、なんと5兆円にものぼると見積もられています。
魔の時間の存在によって、ひとたび大きな事故が発生すれば、さらに大きな経済的な損失、取り返しのつかない問題につながる可能性すらあるのです。
いったいなぜ睡眠に悩む人がこれほど増えているのでしょうか。大石さんによれば、そこには社会の生活時間の変化が関係しているそうです。
「社会の24時間化によって、昼夜のリズム、あるいは食生活のリズムが乱れています。本来であれば眠っているはずの魔の時間に活動をすることが求められたり、私たち人間が、生物として生まれながらに持っている生活のリズムとは異なるタイミングで食事をしていたりする。
そのようなリズムの乱れが、睡眠障害をはじめとして、肥満とか高血圧とか糖尿病といった生活習慣病の増加と関係していると言われています」
大石研究室では、この睡眠障害という問題に対して、食を中心とした生活習慣を変えることによって、生体リズムを改善していくことを目標にしています。
「たとえば睡眠薬を使って無理やり寝かせて、どうだ、治っただろうというような対症療法ではなくて、根本的な治療に結びつく技術を開発していきたい」
そう意気込みを語る大石さんは現在、どのような研究をしているのでしょうか?
「睡眠障害の研究をするといっても、はじめから人を対象として試験をすることはできません。まずは動物モデルを使って、たとえば、睡眠障害を改善するような食品成分を探索することになります」
実際に大石研究室では、マウスを使った実験によって、いくつかの食品がストレス性の睡眠障害を改善する効果があることを発見するなど、さまざまな成果を挙げています。たとえば、世界で初めて、乳酸菌が睡眠に効くことを明らかにしています。