なぜ徹底した人への投資が必要なのか?:経験経済先駆者のディズニーとスターバックスに学ぶ


なぜディズニーとスターバックスは、そこまで人を大切にするのか?

ディズニーとスターバックスは成功企業として有名です。両者とも従業員を大切にすることで知られています。

そのことは、従業員の呼び名にも現れています。ディズニーはキャストと呼び、スターバックスはパートナーと呼びます。

なぜ、そのような呼び名が重要なのでしょうか?そのような幼稚とも思われる呼び名に首をすくめる経営者も少なくありません。

なぜ両者は過剰とも思える従業員投資でも成功しているのでしょうか?常識的に考えれば、もう少しコストを削減した方が業績は良くなりそうです。

これらの非常識的な扱いについては、創業者のウォルト・デッィズニーやハワード・シュルツの特異性に説明が求められることが多いですが、それでは他の経営者の参考にはなりません。経営知識とするためには、後付けでも良いのでもう少し合理的な説明が必要です。

その観点からこれらの疑問が意味するのは、これらの企業の成功理由を理解するためには普通の経営者の頭の中にある「常識」を疑うことから始める必要がある、ということです。

企業経営の「常識」が変わりつつあると考えなければ、2つの企業の成功理由の説明がつかないからです。

では、どのように「常識」が変わりつつあるのでしょうか?そのヒントは、ディズニーの「マジック」にあります。

ディズニーの重役室では、マジックという言葉が普通に使われています。例えば、次のような具合です。

“ゲストは、驚き、楽しみ、もてなされたいと考えている。日常生活から抜け出し、ディズニーにしか想像できない世界に連れて行ってくれるマジックを求めているのだ”

小さな子供が人間大のミッキーマウスに出会う時、などにこのマジックが生まれます。そして、マジックが積み重なり感動を売ることで、ディズニーワールドのリピート率70%以上という驚異的な数字を生み出しているのです。

「マジック」という言葉が、数々の顧客の体験を生み出す仕掛けのもととなっていて、それが顧客の感動と思い出につながり、リピートを促しているのです。

ディズニーの強みは、この「思い出に残る経験」を生みだせば業績を上げられる、ということを理解していることにあります。そして、「思い出に残る」ために尋常でない努力を重ねているのです。

「キャスト」と言う言葉に大袈裟さを感じる普通の経営者が理解すべきなのは、「経験」と言う経済価値が生まれている、ということです。

これまでの「常識」を超えた経験経済が生まれていることを、ディズニーとスターバックスは理解しているが故に成功している、ということに気がつくべきなのです。

経験経済とは

経験価値について最初に述べたのは、B.J.パインとJ.H.ギルモアの本「経験経済」です。

農林水産物や鉱物など(コモディティ)を採取していた一次産業から、それを加工して商品化する二次産業、さらにサービス産業が生まれました。そして現在、その先の経験経済が生まれていると言うのです。

経験経済を理解するためには、彼らの本にある「ママが焼いてくれたバースデイ・ケーキ」の以下の変遷を辿れば良いでしょう。

  • ベビーブーマー世代の大半の人は、誕生日に母親が手製のケーキを焼いてくれた記憶を持っている。その材料(砂糖、卵、小麦粉などの「コモディティ」)の費用はせいぜい30セントだった
  • そのうちに、これらの材料を加工した缶入りのケーキミックス(「商品」)が、スーパーマーケットで売られるようになった。その価格は、1ドルから2ドル
  • 80年代には、多くの親たちはケーキを焼かなくなった。近くのケーキ屋に電話して、ケーキとデコレーションの種類を言い、取りに行く時間と上につける言葉を指定する。この注文「サービス」は10-20ドルかかる
  • 21世紀では、著者のパイン一家は、孫娘の誕生日に近くの「ニューポンド農場」へ行き、孫娘とその友達は羊を撫で、にわとりに餌をやり、りんごでシードルを作り、古い農業経済を堪能した。その「経験」にかけた費用は、146ドル

この例が示すように、世の中はコモディティ経済から、商品経済へ、そしてサービス経済へと移行してきて、その度に新たな付加価値が生まれてきました。今、その次の経験経済への移行が始まっているというわけです。

ここで、図に経験経済にまで至る各経済システムの特徴を転載しておきます。

経済システムの進化

経験価値の実現法

経験価値を理解したとして、どうすればそれが実現できるのでしょうか?

パインたちは、そのためには演劇のモデルを使うのが良いと言っています。演劇の世界には、人に驚きや感動を与え、記憶に残させるためのノウハウが確立されているからです。

このモデルに従うと、経験価値を提供するためには、次の要素を決定すべきとなります。

  • ドラマ:経験のテーマが何であるかを語り、演技者に何をすべきかを指示する(ビジネスでは戦略に相当)
  • 台本:ドラマを演技者に伝える(イベントを指示する)コード(ビジネスではプロセスに相当)
  • 劇:演技者のグループによって演じられるイベント。演技者が実際に行動を通して行うドラマと台本の具現化(ビジネスでは仕事に相当)
  • パフォーマンス:観客がパフォーマンスの場に入ってきた時から去るまでの間に、演技者と監修の相互関係の中で過ぎ行くイベントの総体(ビジネスでは提供物)

このモデルを用いると、優れた経験価値を伝えるためには、ドラマのテーマを決める、そのテーマが伝わる台本(プロセス)と舞台を用意する、台本を的確に演技する演技者を集めリハーサルする、などのことに徹底的にこだわるべきことがわかります。

ディズニーワールドでは、「人々が幸福と知識を見出せる場所」というテーマが決められ、テーマパークの舞台が緻密に用意されます。そして、いろいろのアトラクションで考え抜かれた劇が演じられます。

劇を演じるためのキャストの採用にも、非常に力を入れています。著名建築家がデザインした専用のキャスティング・センターで、オーディション(ディズニーでは面接をこう呼ぶ)を行い、次の4段階の研修を行っています。

  1. グローバル規模のオリエンテーション「ディズニーの伝統」。ディズニー・ユニバーシティで、組織全体でキャスト全員が共有すべき考え方と姿勢を教える
  2. 職種ごとの研修。たとえば、フードの販売を担当するキャストは、食品安全に関する一連の手順を学ぶ
  3. 現地でのオリエンテーション。配属先に応じたパフォーマンスに必要な、特有の情報などを伝授する。(レストランでテーブルを片付ける行為も、パフォーマンスと呼べば、自ずと要求される品質が高いことが理解される)
  4. OJT。新入りのキャストが実際に働き始めてから行う

特に、最初の「ディズニーの伝統」では、次の4つの目的を達成するように研修が行われます。ここで、ディズニーワールドで演じられるドラマを徹底的に理解させるのです。

  • ディズニーの文化に新しいキャストを順応させる
  • ディズニーの用語、シンボル、受け継いできたこと、伝統、クオリティ基準、価値観、特徴、姿勢などを伝える
  • ディズニーで働くという感動をつくりあげる
  • 新入りキャストに安全規則の重要性を教える

ディズニーワールドの従業員の大半はアルバイトですが、このように時間をかけて教育し、ディズニーの文化を叩き込むのです。このようにして、全員がディズニー・マジックという優れたドラマを演じることができるようにするのです。

スターバックスが演じるドラマ

ディズニーは、「夢の国」を実現して成功しているビジネスですので、演劇モデルがうまく当てはまるのは当然であまり参考にならない、と思われる方も多いでしょう。そこで、スターバックスにも全く同じモデルが当てはまることを説明しておきましょう。

スターバックスは広告にほとんどお金をかけていないにもかかわらず、非常に強いブランドを構築しています。それは、経験価値を提供し、それに感動した顧客の口コミでビジネスを拡大してきているからです。

その背後にあるスターバックスの演劇モデルを解説すると、次のようになります。

まず、スターバックスの演劇テーマは、”スペシャルティ・コーヒーを楽しみながらくつろげるスターバックス体験を提供する”ことです。

この体験の実現のためには、「スペシャルティ・コーヒー」と「くつろげる場」の提供が不可欠です。

スペシャルティ・コーヒーを提供するのは、台本(プロセス)です。スターバックスは、次のように「美味しさ」に徹底的にこだわったプロセスを実現しています。

  1. 産地を厳選したアラビカ種の特選のコーヒー豆のみを扱う。また産地の維持のための支援を行う
  2. 時間をかけた深煎りの焙煎(深煎りするほど水分が抜け豆は軽くなり重量あたりの価格が高くなるが、気にしない)
  3. バリスタに美味しいコーヒーの淹れ方を徹底して訓練する
  4. バリスタがコーヒーの知識を披露して、顧客のコーヒーの楽しみ方に花を添える
  5. 3. 4. を徹底するために社内コンテストを行い、優秀者に黒いエプロンを与える

次は、「くつろげる場」です。スターバックスは、ここでも演劇的な発想で成功しています。「第三の場」という概念を持ち込んだのです。

社会学者レイ・オルデンバーグによれば、人間は、仕事や家庭を忘れ、形式張らない社交の場に集い、くつろいだ雰囲気で話し合いたいという欲求を持っているとのことです。

ドイツのビアガーデン、イギリスのパブ、パリやウィーンのカフェなどは、日常生活のはけ場になっています。これが第三の場です。

ところが、アメリカでは郊外化が進み、これらの場所が姿を消してしまいました。都市生活の本質である様々な人との多様な接触が欠落し、人々は群衆の中で孤独な状態にとどまっているというのです。

スターバックスは、人々が自社の店舗に集まり始めた状況を見て、このことを理解しました。そして、積極的に第三の場の提供を始めたのです。

具体的には、次のようなものを提供したのです。

  • お客様と交流できるバリスタの話術
  • 店内でコーヒーを飲みながら楽しめる音楽や無線LAN
  • 座り心地の良いソファと読書用のテーブル
  • サービスの向上のための従業員の増強
  • 地域の文化を反映した店舗設計

通常であれば、これらは利益を損なう余計な支出とも取られかねません。しかし、顧客に第三の場を提供するというドラマを演じるのであれば、むしろ積極的な投資をすべきものとなるのです。

そして、これらの投資の仕上げとして必要となるのが、人材の確保です。

スターバックスが演じるドラマのためには、バリスタはスペシャルティ・コーヒーの技術と知識を有している必要があります。また、第三の場という概念を理解し、顧客と楽しい会話を交わすという即興劇を演じられる必要もあります。

このためには、バリスタの動機付けが重要です。それゆえ、スターバックスはアルバイト社員にも手厚い教育と福利厚生を与えているのです。

アルバイト社員と正社員とを分け隔てなくパートナーと呼び、のべ80時間、2ヶ月に及ぶ研修を行い、一定時間以上勤務する場合には健康保険とストック・オプションまで与えています。

この常識はずれの気前の良さは、顧客がスターバックス体験を評価してそれ相応の対価を払うというビジネス・モデルに裏打ちされていなければ、到底実現不可能です。

スターバックスは、ディズニーと同様に、経験価値の重要性と効果を理解しているからこそ、このような常識はずれの施策をとることができるのです。

ますます競争が激しくなるコモディティ、商品、サービスの経済から抜け出し、これまでとは競争ルールが異なる経験価値の世界を見出せば、豊穣なビジネス機会を獲得できる可能性が出てきました。経営者は、他社に先駆けてこのことに気づくべきなのです。

まとめ

  • ディズニーやスターバックスのように、従業員に対し常識では考えられないような手厚い教育や福利厚生を施して成功している企業が出てきている
  • それを理解するためには、企業が提供する価値が従来のコモディティ、商品、サービスを超えた経験になってきていることを理解する必要がある
  • 経験経済では、顧客に「思い出に残る」ものを付加価値として提供することにより、顧客の愛着を獲得する。競争のルールを変えることにより企業の好業績を生むのである
  • 「思い出に残る」ものを提供するためには、人に感動を与えるノウハウを蓄積してきた演劇のモデルに準拠すると良い。ドラマのテーマを決め、それを実現する台本、演技者などを用意するというふうに考えると、テーマの実現に必要なことを自然に妥協することなく徹底して実行するようになる。その徹底さが顧客の愛着を獲得し、結果的に好業績を生む
  • たとえば、スターバックスのテーマは“スペシャルティ・コーヒーを楽しみながらくつろげるスターバックス体験を提供する”ことである。そのテーマが、産地での豆の選択からお店でのコーヒーの淹れ方までの一貫性や、長時間滞在できるソファや地域の文化を反映した店舗設計などを通した第三の場所の提供などに対する「こだわり」を生む
  • 「こだわり」の実現のためには、テーマを理解した動機付けられた従業員が不可欠であり、そのために従業員に投資することが自然な経営判断となる
  • このようなこだわりと従業員への投資は、経営資源に乏しい中小企業でも実行可能なことである。中小企業経営者は競合との差別化のために経験価値を用いることを経営のオプションとして心得ておくべきである