演説すれば、この人だかり(筆者撮影)

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記者たちも茫然

目の前にいる女性記者の手は小刻みに震えていた。

「なんで万歳するんですか?」

彼女から「なぜ解散の瞬間に万歳をしなかったのか」と訊かれた小泉進次郎は、とっさにそう返した。

衆院解散の直後、進次郎は衆院本会議場の外で報道陣に囲まれていた。質問した女性は「進次郎番」の中でもあまり見ない顔だ。

本会議場の上にある記者席から取材対象の議員を目で追うことは、ベストの座席を確保しない限り、意外と難しい。進次郎は、自分より若そうな記者の努力を「よく見ていましたねえ」と労った直後、逆質問で不意打ちをしたのだ。

すると、女性記者の顔は凍り付いた。

4秒の沈黙が続いた後、「正解」を口にした。

「わかりませんよね。だから、やらないんです。『今までやってきたから』と言って、慣習だからとか、合理的理由がないのにやり続けることはボクは好きじゃない。全部なくせばいいと思う」

まるでホリエモンが憑依したようなストレートな物言いは、進次郎がこれから仕掛けようとする「ある狙い」を暗示していた。

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36歳の進次郎は党の代表でも幹部でもない。ところが、今回の総選挙でも公の場で口を開けば、新聞もテレビもこぞって飛びつき、一言一句を全国に流す。連日鈴なりの「小池劇場」を面白く仕立てるには、格好の材料になるからだ。

「小池さん、選挙に出てください」

冒頭の囲み取材でも、報道陣を前にそう連呼すれば、メディアは「何分間で何度その言葉を言ったのか」までニュースにしてしまう。

一方、従来ならばマスメディアが担ぐ神輿に乗っかり、慣習通りに愛想よく振舞う進次郎だったが、今回はどうも様子が違う。これまで5度も彼の全国行脚を密着取材してきた筆者には、どうも選挙後を見据えた「ある狙い」があるからだと思えてならない。

衆院解散直後、進次郎は報道陣の前でいつになく持論を饒舌に語った。たとえば、小池を挑発するかのような「ジャブ」の後、新聞記者たちの目を睨みつけながら挑発を続けた。

「新聞の軽減税率、おかしいですよね。なんで新聞だけ(消費税率が)10%になっても8%のままなんですか。新聞は全部、消費増税に賛成なのに、自分たちには課されないんですよ。おかしくないですか。どこも報じませんよね?」

小池百合子と同じトレードカラーの緑のネクタイを締め、スーツの胸ポケットに白いハンカチーフを「TVフォールド」で整えた進次郎は、いきなり新聞の軽減税率について切り込んだ。2019年10月に消費税率が10%に引き上げられる際、新聞の値段には「生活必需品」という理由で軽減税率が適用されるのは周知のとおり。新聞業界だけが優遇されている実態に、突然石を投げたのだ。

そして、こう続ける。

「もし新聞を国民の7割、8割が読んでいて、これは国民の財産で、課税されたら困る、生活が苦しくなるというのならわかる。だけど、実態は逆で、新聞はどんどん読まれなくなっているでしょう。若い人なんて、『LINEニュース』ですよ。10年後、新聞あるんですか、ね。その業界のありかたを問わずして、他の部分がおかしいというのは業界のエゴじゃないですか。みなさんのしがらみじゃないですか」

約20分に及ぶ囲み取材のうち、じつに2分50秒も費やして、総選挙の争点にもなっていない軽減税率への批判を展開した。そこにいた10人ほどの記者たちは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「こう言ってもだいたい翌日の新聞には載っていない。でも、これは全国遊説でも言おうと思っています」

まるで父子が歩調を合わせるように

宣戦布告の通り、10月1日に小池のおひざ元である東京・練馬で行った「第一声」でも、1500人の前で同じような「軽減税率見直し論」を繰り返した。

そして、以前よりも強い言葉でマスメディアを批判した。

「私が言っても(軽減税率については)書いてくれるところはほとんどない。都合が悪いから。これを言って報じてくれるテレビもない。これが『フェイクニュース』というものです。ネットニュースにはガンガン報じてもらいたい」

筆者は進次郎の取材を続けて8年近くなるが、彼ほど新聞好きの政治家は見たことがない。全国紙、スポーツ紙、地方紙、業界紙など、じつに10紙以上を紙で購入し、毎朝、隅から隅まで読んでいる。

かたや新聞も、進次郎が妙案を打ち出せば、大の付く編集委員が出てきて紙面で特集を組み、社が協賛するイベントに引っ張り出しては賛美を繰り返す。きょうび、安倍晋三と最も距離のある朝日新聞は、小泉進次郎を抱きしめる「最大の応援団」と言っていい。

無論、進次郎は新聞を敵視しているわけではない。ならば、なぜいま軽減税率を槍玉に挙げるのか。

そこで浮上してくるのは、「公明党」の存在である。公明党は「聖教新聞」や「公明新聞」を熱心に購読している支持者を擁している。

演説すれば、この人だかり(筆者撮影)

そもそも、軽減税率見直し論は進次郎の父・純一郎の持論だ。少し長いが、以前、父が筆者の取材に応じた際に語った言葉を引用したい。

「あれ、軽減税率なんて、高所得者対策なんだ。公明党は必死でやっているけど、最悪だよ。

食料を非課税にするにしても範囲を決めるのも大変。どうやって食料を区別するの、何を軽減するの。消費者にとっては複雑だぜ。牛肉一つ取ったって、安いのと高いのと、差がすごいでしょう。低所得者は高級品食べないよ。うまい食料に一番金使うのは富裕層。彼らに軽減税率を設けてあげてどうするの。

しかも軽減税率は税の原則から外れている。導入されたら、簡素な税制から複雑な税制になるんですよ。どの政党も簡素な税制を求めているのにもかかわらず、だよ」(拙著『小泉純一郎独白』より)

2年前、政界引退後初めてのロングインタビューに応じた純一郎は、この話題になったとたんに多弁になった。元大蔵族は「低所得者救済」と「簡素な税制」の観点から軽減税率を批判する。それは、進次郎が最近マイクを通じて訴える主張とソックリなのだ。

このインタビューでも、息子と同じジャブを忘れなかった。

「そんなことを指摘する新聞記事、ないね。書けないんですよ。新聞社も軽減税率を支持しているからね」(同前)

自民党単独政権への布石か

純一郎はこの主張を公の場でも繰り返している。9月6日に大阪であった講演でも、安倍晋三が衆院解散を表明した直後の26日昼に都内であった講演でも、同様の持論を吼えている。息子が切り出したのは山形での24日。父と同じ26日にも同じ考えを党本部での講演で語り、阿吽の呼吸で足並みを揃えた。

その前日の25日には小池が父・純一郎と極秘会談を行い、「近さ」をアピールしたばかりだった。「原発ゼロ」を合言葉に小池と父が連携するという憶測がメディアに蔓延する中、息子は改革保守の代名詞である「小泉」の金看板を自民党に取り戻す役割を担ったのだ。

冒頭の囲み取材では、父との違いを問われると「私だって原発ゼロにすべきだと思っている」と踏み込んだ。小泉進次郎という政治家は、これまで原発政策の方向性について「議論の必要性」を訴えるまでにとどめ、いつも報道陣を煙に巻いてきた。その彼がテレビカメラの前で初めて、党の方針を飛び越えて「ゼロ」と言ったのだ。

解散前後の数日間、進次郎は小池が父を利用して打ち立てる戦術を次々と潰していった。その表情は、まるでモグラたたきを楽しむかのように笑っていた。一方の小池は公の場でも苛立ちを隠せなくなった。

「進次郎さんがキャンキャンとはやし立てている」(3日午後、鹿児島市)

軽減税率といえば、その導入に最も熱心だったのは公明党だった。

解散当日の公明新聞でもその実績を大々的に訴え、「国民の8割が賛成。野党は反対」と強調している。

公明党の支持母体である創価学会の支援なくしてはまともに戦えない自民党の現職も少なくない中、党の役員は、選挙直前に友党を刺激しかねない言動は慎むのが「慣習」というものだ。だが、進次郎はまったく空気を読もうとしない。

もとより、小泉家と公明党の距離感は微妙だ。

かつて中選挙区時代に公明党と議席を争った父・純一郎は、過去に公明党関係者から受けた誹謗中傷の数々を昨日のことのように覚えている。その影響もあってか、息子・進次郎は初当選時から公明党の推薦を求めたことがない。これまでも全国遊説で公明陣営に入ることはあっても、候補者の応援に徹し、「公明党」をアピールするようなことはしていない。

「近い将来の連立組み換え、いや、ひょっとしたら自民単独政権への布石ではないか」

そう話す自民党関係者もいる。

再び「ニュースの主役」となるか

父子鷹で公明党肝煎りの政策をぶっ壊そうとする様は、解散当日に渋谷の街頭で公明党代表と一緒にマイクを握った安倍のスタンスとは対照的である。しかも、安倍が国民に問うているのは「消費税の使い方」であり、進次郎がしきりに問題としているのは「消費税の集め方」である。

だが、異論を封じ、「排除の論理」を働かせる希望の党が失速する中、進次郎が安倍と違うビジョンを訴えることこそが、寛容な保守層をつなぎとめ、「国民政党」を自負する自民党には有利に働く。それは進次郎自身も意識している。

実際、「第一声」の後に記者たちにつぶやいた。

「自民党は多様な考えを懐に抱える政党ですよ。私みたいに、時に違う意見を言うものを抱えてくれるんだから」(10月1日、東京・練馬区)

じつは解散直前、進次郎は安倍から直接こう告げられていた。

「北朝鮮のミサイル対応もあるので、私も官房長官も防衛大臣も遊説ができないから、小泉さん、よろしく」

これまでも進次郎の自由な発言は、時に安倍政権の趨勢を測る「観測気球」となってきた。彼がいつも通り身内にケンカを仕掛けてくるのは、安倍も織り込み済みだろう。単なる「安倍隠し」という姑息な安全策ではない。むしろ、進次郎と言うアンファンテリブルを全国に解き放つことで、聴衆の反応から得られる「ビッグデータ」のほうが選挙戦略や今後の政権運営に生きてくるのだ。

自民党本部の一角には、「小泉進次郎遊説チーム」がすでに立ち上がっている。これまで党本部職員の精鋭3人を中心に全国遊説がプロデュースされてきたが、今回は警備もスタッフも増強されるだろう。12日間の選挙戦では60~70カ所に入るのが物理的に限界のところ、今回は2012年に安倍がマークした〈88カ所入り〉に挑むことになりそうだ。

選挙中、進次郎は走る、走る(筆者撮影)

果たして、小泉進次郎は、国民からの失望を買った安倍の代わりとして、小池百合子から「ニュースの主役」の座を奪えるか。

12日間の全国行脚がいよいよはじまる。筆者にとっても、通算6度目となる密着取材がはじまろうとしている。

(文中敬称略)