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いかにして洗脳するのか、またそこからの脱却プロセスについて──『家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言』

家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言

家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言

ヨーロッパではテロがたえない。それも、生粋の過激思想というわけではなく、ヨーロッパで普通に生まれ育った若者、周囲にちゃんと家族がいて、成績もよく、表向きは大きな不安を抱えているわけでもないようにみえる、安全で恵まれた環境で育っている若者たちが、テロリストへと仕立て上げられていく傾向があるようである。

これは日本にいるからかもしれないが、普通に考えたらどうしてそんなことになるのか理屈が通らないよなあというシンプルな疑問があったので謎を解消すべく本書を手にとってみたのだけれども、これが実に詳細に若者たちがイスラム過激派へと吸い込まれていくその理由と、組織が使う手練手管が明かされている豊かな一冊であった。過激派、テロ云々以前に普遍的な問題として、「人が人を思い通りに操作しようとしている状態の分析と、そこからの脱却プロセス」の本として興味深い内容である。

著者のドゥニア・ブザールは2014年にイスラム系セクト感化防止センターを立ち上げた創設者。そこでは近親者がテロリストに近づこうとしている人(大抵は子どもの親)の相談にのり、電話内容や会話内容を調べ、出向いていって子どもと親に対する、個別のセラピーのようなことをやっている。従来のイスラム過激主義は主に、父親も指標もない若者、家族を持たず、地域にもねざさず、学業で失敗し、将来の希望もないという人々が多かったが、このセンターの設立以来、彼らが扱ってきた事例は最初に述べたように「口に銀のスプーンをくわえて育った若者」が多いのだという。

 断絶は急激にやってくる。わずか一週間で、若者は外の世界との関係を絶つ。通常の思春期の反応とはまったく異なるものだ。動機は常に同じだ──世界の終末に備えて、わが身を「真実」に捧げるというものである。

彼らのセンターには日々相談がよせられるが、そんなところに連絡をよせるぐらいだから(下手すれば子どもが逮捕されるわけだから、相当危険な兆候がでないと連絡してこない)実際に危険な領域に踏み込んでいる割合は多いという。性別としては男女が半々(わりと意外)、40パーセントが無宗教で40パーセントがカトリック、19パーセントがムスリムとなっている。ほとんどは10代から20代の若者である。

若者との対話の中でみえてくるのは、過激派の個々人に最適化された取り込み手段。まざまなバックグラウンドをもつ若者をインターネットを通じて取り込むわけだが、国ごとに異なる戦術を用いている。たとえばフランスの若者なら、フランスの問題をよく知り、フランス語で考えることのできる者が勧誘にあたるのだ。そうやってある程度の信頼を得た後には、満たされぬ若者の心を充足させるようなプロセスが続く。

 インターネットによる洗脳や組織への取り込みのプロセスには、主に三つの段階がある。まず、「大人はみんな嘘をついている」と信じ込ませて、若者に現実の世界を拒絶させる。次に、それは単なる嘘ではなく、権力と科学を独占しようとする秘密結社による陰謀であることを示す。第三段階では、不正の源であるその陰謀と闘うための唯一の手段は、この世界を否定してそこから逃れることだと導く。現実世界の否定にまで至れば、あとは最終的な全面対決のみが世界を変えることができると信じ込ませればいい。

簡単に書いているが実際には難しいんじゃないの?(大人はみんな嘘をついていると信じ込ませるとか)と思うところだが、フェイスブックのメッセージ機能などを使って個別具体的なアプローチをすることでそれを達成しているようだ。たとえば、あなたが学や社会に対して居心地悪く感じるのは、自分だけが「真実」をつかみ「ほかの人たち」より優秀な人間として神に選ばれたからなんだよと幻想を抱かせる。

その後は、そうした「選ばれし人間」は結集しなければならず、あなたを説得する「無垢な人たち」には警戒しなければならないと続く。こうした前提があるために、洗脳・取り込みを解こうとする際に「あなたは間違っている」などというと、頑なに相手の反発を招くことがある(なぜなら敵はみなそういうと信じ込んでいるから)。ゆえに、お決まりのプロセスでそうした洗脳状態を解く方法はなく、個々人がどのような葛藤を抱えていて、どのように取り込まれたかを理解しなければならないという。

若者なみんな自分が「ひとつかみ」の人間であると信じたいものだ。もちろん大半の人間はそれしきのことでつけこまれたりはしないが、極度の悩みや不安を抱えている若者(たとえば、女性では性的虐待にあっており、親にも相談できなかったケースでこの手に引っかかっている)は救いを求めて取り込まれてしまうケースがあるのだ。

こうした洗脳の前段階、周囲との決別が進むと、次は組織への取り込みがはじまる。その際には動画が使われることもあるそうなのだが、これが特別にゼロからつくったものではなく、「マトリックス」(よく使われるのはネオが自分を選ばれた人間だと認識する重要なシーン)であったり、「ロード・オブ・ザ・リング」、「アサシン・クリード」といった若者に人気のコンテンツ・ゲームの映像を使って、キャラクタに自分を投影させるようにして動画にのめりこませるというのは意外だった。

洗脳や組織から脱却するには

そこまで進んでしまった若者を取り戻すためにはどうしたらいいのだろうか。これに関しては先に書いたように、地道なプロセスしかない。強制的に説得したりしようとせずに、本人に、自分の身に何があったのかを理解させるよう仕向ける。質問に質問を重ね、問題点を自ら見つけさせる、楽しい思い出を探し出し、蘇らせる、先に洗脳から開放された、同じような状況下にあった人間と対話をさせる──などなど。

おわりに

先にも書いたように、過激派の思想に染められていく際は一人一人違った道を通る。性的虐待を受けており、それを両親に言えなかった場合には、まずはそのことを認め、問題を一歩一歩解決していく必要があるというように。主に組織へと取り込まれていくプロセスと、そこからの脱却を扱っている本だけれども、過激派の実態、若者がみなそれぞれどのような事情で組織に身を投じるようになるのかなど、これから先のテロを分析する上で欠かせない情報が詰まった一冊だ。