「『ひよっこ』は言葉のドラマだった。セリフが、胸の深みに届いた」

コラムニスト・堀井憲一郎さんが初話から最終話まですべて見なおし、「心に残ったセリフたち」を書き留めた短期集中連載の第2回。あの感動がよみがえってきます!

「心配するでしょうが!」

女子寮を出たみね子は、赤坂のレストランに勤め、隣接したアパートあかね荘に住む。このアパートの住人たちと、新しい家族のように暮らす。

住人のキャラクターのなかで、もっともどうでもいい扱いをされていたのが漫画家さんである。

私は、このドラマの登場人物は、だいたい役名で言えるのだけれど、漫画家さんだけは思い出せなかった(祐二と啓輔)。ドラマ内でも名前を呼ばれず、いつも、漫画家さんと呼ばれてたからだ。

彼らの言葉で印象的なのは、ほぼ最後のほう、152話〔9/26〕で編集者に示された漫画の新しいプロットの話。

「実はですね。先日、編集者の人に言われまして」「言われてしまいまして」「主人公のみね子を宇宙人の女の子の設定にしたらどうかと」「もしくは50年後の未来、つまり21世紀の未来からやってきたロボットの女の子にしたらどうやと」

そういう提案をされたらしい。しかし、大切な仲間を悪く言われたような気がして、断った(のち撤回して、連載を始める)。

するとみね子が「でも、私なら大丈夫ですよ。気にしなくて。私は私として、谷田部みね子として、とっても幸せに生きてますから……なので、大丈夫ですよ。それに何だか面白そうですよ。どっちも漫画として。まあどっちかってたら、私は、未来からのほうが好きだな。楽しくて」。

50年後か、西暦で言うと2017年か、とみなで盛り上がり、無邪気な愛子さんが漫画家たちに「どんなんなってんの、2017年」と問う。

「そうですちゃね。まず、クルマは空を走っとっとおもわれます」「はい。あと、月にはふつうに人が旅行に行っとでしょう」「お月さまに!? あらー、行ってみたいわー」(トミさん)

たしかにこのころ1960年代の未来予想では、日本全国で一致して、21世紀の都市ではクルマは空を飛んでおり、家の固定電話はすべてテレビ電話となっている、とされていた。

誰も、個人個人で1人1台づつ小型の電話を持つ時代になる、とは予想していなかったし、動画カメラを取り付けて、ドローンが飛び回る世界になっているとも考えていなかった。

「小型軽量化」と「個々人に分かれて消費する」という世界がまったく想像できていなかった。重厚さが偉く、団体で行動するのが当然だったからだ。

未来はいつもおもわぬ方向からやって来る。

「みね子さんの設定は、21世紀から来たタヌキ型ロボットっちゅうのはどうやってことになっとりまして」「はっ!? なんでタヌキ」

22世紀から来たネコ型ロボット「ドラえもん」の連載が始まるのは1969年からなので、タヌキ型ロボット「は!? なんでタヌキ」の登場はそれから2年先んじたことになる。なかなか楽しかった。

それ以前、漫画家2人が、3日間、姿を消したことがあった。みんなが集まって、夜逃げしたんだろうかと心配していた。〔122話。8/22〕

そこへ2人は、楽しげに歌いながら帰ってくる。

「どこ行ってたの3日間も、みんな心配していたのよ」と愛子さんが優しく聞き、いつも漫画家に厳しい早苗さんが「それがなんだいまのは、なにがウォンチューシーユーアゲインだ。ばかものが」と厳しく問いただす。

「あ。すんません。はい。工事現場のアルバイトをしておりました。泊まりで3日で1人6000円で、な」と2人はにこにこ答えた。

ひと呼吸おいて、大家のトミさんは、世界を震わせる大声で叱った。

「だったら、そう言って、行きなさいっ!! 心配するでしょうが!」

心配されたことが嬉しく、2人は抱き合って泣く。当然また早苗さんに「泣くな」と怒られる。

トミさんの過去

大家さんのトミさんは、強烈だ。

もと赤坂の売れっ子芸者、いまは迫力満点、容貌不可思議の大家さんである。

いちど、もと女子寮仲間の幸子、澄子、豊子がアパートに遊びにきたとき、澄子と豊子が、トミさんの容姿と挙動に驚いて、ひたすら瞠目して黙って見つめて続けているので、トミさんはゆっくりと髪をかきあげるようにして「にんげん、よ」と言ったのがすごかった。澄子は死ぬほど驚いていた。

彼女はお妾さんだった。今の言葉でいえば愛人ね、と言ってたが、それは1967年ではなくて、2017年の視聴者に向けて2017年の言葉で言ってくれてたことになる。時代を超えてやさしい。

そして、旦那の死を察知する。これもすごかった。ほぼ人間ではない。

131話〔9/1〕愛子さんとの会話。

「夕べあたりから、胸騒ぎ、って言うのかしら、してね……フッ……ハッ……死んだ。死んだわいま」「だ、だれが」「わたしの愛してる人。人生で一番」「感じるの?」「…愛してるの」

そこへ隣のすずふり亭から鈴子さんが駆け込んで来る。

「い、いまテレビの臨時ニュースで、松永さん、死んじゃったって」「そーう」「ひょっとして、トミちゃん…」「いま、そうじゃないかなって……そうか。死んだか」

132話〔9/2〕でトミさんは過去を語った。

「死んじゃったか。もう一度、会いたかったな」

「私は赤坂で一番美しい芸者として、とても人気だった。輝いてた。そのとき彼と出会ったの。大きな会社の、御曹司」

「何度も会ううちに、恋に落ちたの。背が高くって、彫りが深くて、ダグラス・ヘアバンクスみたいな、いい男」

俳優の時代感がいい。

「芸者の身の上、いつも一緒というわけにはいかなかったけど、2人で旅に出た。いろんなところへ」

このあとの列挙が見事だった。

「松島の、美しい島々。天の橋立。安芸の宮島。北海道の毛ガニ。仙台の笹かまぼこ。茨城のアンコウ。山梨の富士山。静岡のうなぎ。新潟のへぎそば。富山のホタルイカ。福井の越前ガニ。三重の伊勢海老。奈良の柿の葉寿司。つーてんかーくで、お好み焼き。讃岐うどん。宍道湖のしじみ。土佐のカツオ。下関のフグ。長崎のカステラ。阿蘇山の、カルデラ。鹿児島の桜島。沖縄の、青い、海。みんな、素敵だった。だから、全国の名産品が、いまも、好き。思い出すから」

「戦争とか、つらいことは、なーんにも覚えちゃいないわ。そういうことは全部忘れた。だから、私の人生楽しいことでいっぱい。ここには彼が私にくれた家があった。ここにいれば、素敵な思い出ばかり。あの、桜は、息を呑むほど美しかったわ。その桜……そして、いま、……桜は……散ったわ」

早苗さんの恋

謎の美女ビジネスガールの早苗さんは、ずいぶん最後に近づいてから、18のときの恋の話を聞かせてくれた。〔145話。9/18〕

岩手の一ノ関から出てきて、初めての東京、まず、銀座のデパートに行き、屋上に上がろうと、エレベーターに乗った。

「生まれて初めてのエレベーターだ。エレベーターにね、閉じ込められた。突然止まって、5時間も。乗ってたのは2人。私と男の人の2人きり」

(余計なことながら、1955年ころのデパートのエレベーターに操作手がいない〔エレベーターガールがいない〕ということは、ほぼありえないのだけれど、それはそれ、物語なので、ファンタジーなので、これでいいです)

「その人は、やさしい人で、私より背が高くて、25歳くらい、かっこよくて」「で、私、恋をしました」「5時間がたって、エレベーターが動き始める感じになって、あ、この人アメリカに行っちゃうんだ、もう会えないんだなあっておもって」「そしたら、彼は�まいったなあ恋しちゃったな�って言っちゃって」「気を失うかとおもいましたね」「�好き、離れたくない�って言いました」「�これは運命だよなあ。必ず、一人前になって戻ってくるから、待っててくれ��待ちます��そしたら結婚しよう��はい��何歳まで、待ってくれる�」

ここで早苗さんは一呼吸おいた。

「にじゅうご」

聞いてるみんなも息を呑んだ。

「いまっでも、後悔してます。なんでいつまででもって言わなかったんだろうって。そのときの私は25って遠い遠い未来だったんでしょうね。ばかです。ほんっとに」「でも彼は、�わかった、がんばらないとなー�って言ってくれて。そして2人は救出されました」「話はそこまで。それっきり。私は25を越え、5年ほど経ちました」

「ずっと待ってました」

そして、その彼が、約束の限度を5年越えていたが、赤坂のあかね荘へやってきた。〔152話。9/26〕

それは、みね子と、トミさん、愛子さん、世津子さんと早苗さんが5人でアパート前の小さな広場でお茶会をやっていたときだった。

「早苗ちゃん」
「龍二さん」
「ごめん、時間かかっちまったけど、迎えに来た」

このとき、当の早苗ちゃんはそれ以上反応せず(反応できず)、一緒にいた、みね子、トミ、世津子、愛子の順に反応した。

「えっ、もしかして」、「例の」、「エレベーターの!」、「おいらはドラマー?」

愛子さんの、おいらはドラマー、が可笑しい。おいら、要りません。

「一緒に、花のサンフランシスコ、行かないか、おもしろいぞ。あれっ。怒ってる? ひょっとしたらもうほかに、誰か」

早苗に変わって、みね子たちが答える。

みね子「あっ、いないですいないです」、愛子「いないいないいない」、世津子「ずっと待ってました」。トミさんは声も出ず、じっと早苗を強く見つめる。

この4人の反応が、いい。声の出ない早苗ちゃんにかわり、4人が必死で説明している。

「あっ、いないですいないです」「いないいないいない」「ずっと待ってました」

うん。とてもいい。仲間だ。彼女たちのほうが、慌てていて、あせっている。仲間だ。

これで早苗は彼に説明する必要がなくなり、おそい、とだけ呟き、彼の胸に飛び込んでいった。そしてすぐにサンフランシスコへ旅立った。かっこよかった。

でも見てるほうは、ああ、このドラマ終わるんだと、ここで強く感じた(最終週の火曜日)。

さびしかった。