感涙!「ひよっこ」の忘れられない名セリフ【ミツオと豊子の絶叫編】

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50年間、朝ドラを見続けてきたコラムニスト・堀井憲一郎さんは、『ひよっこ』を放送開始当初から「傑作」と断言していた。つい先日、最終回を迎えたこのタイミングであらためて初回から全話見なおし、印象に残った名セリフを振り返ってもらった。【全4回】

『ひよっこ』は言葉のドラマだった

『ひよっこ』は終わってしまった。朝の連続テレビ小説。

次の『わろてんか』が始まっている。

ドラマ『ひよっこ』は、ごくふつうの日常をきちんと生きろ、と教えてくれた。それに従うなら、もう終わった『ひよっこ』のことなぞかまわず『わろてんか』を見て、前を向いて生きたほうがいい。世界は動いている。留まっていいてはだめだ。

それはわかっている。

でもいま一度だけ、『ひよっこ』の言葉を振り返っておきたい。

『ひよっこ』は言葉のドラマだった。

セリフが、胸の深みに届いた。

いろんな登場人物が、それぞれの言葉をしっかり語り、別の世界を見せてくれた。世界の別の表情を示してくれた。さまざまな脇の登場人物までが、長いセリフで人生を語り、物語に深みを与えていた。

脚本の力である。それを演じた役者の力である。合わさってドラマの強い力となっていた。

その「心に残ったセリフたち」を書き留めておきたい。

いちおう、すべて私がドラマ放送から聞いて書き起こしたものである。あくまで私に聞こえたように書いた。また表記も私の責任(というか趣味というか)になっている。一部、読みやすいように省略、改行も加えてある。

でも、基本はみなが発していた言葉である。

ミツオの叫び

物語は、主人公みね子の高校時代から始まった。

みね子の友だちは、ミツオとトキコである(本当の表記は三男と時子)。3人は男と女ながら親友である。

やがて集団就職で東京へ出て行くミツオは、田舎での思い出のために、村で聖火リレーをやろうと計画する。そのため、村の青年団を説得に行く。そして、あっさり却下される。

「くっだらねえ」「無駄だ無駄」「誰もやんねえべ」

そして団長である兄から「どうせもうすぐ村を出ていくんだっぺ。余計なお世話だ」と言われた。ミツオは爆(は)ぜた。腹の底から言葉を吐く。

「たしがに、おれはもうすぐ村を出て行く。でも、でも、おれはこの村が、奥茨城村が、だいっ好きだ。でも出て行く。農家の三男坊だからね。おれの居場所はこの村にはねえ。生まれたときから決まってんだ」

その叫びに、強い緊張感が走る。

「そんなおれでも、この村が好きだ。おれみてえに、だいっ好きなのに、こごにいらんねえやつも、たくさんいる」

トキコやみね子の父がそうだと説明して、ミツオの言葉は高まる。

「村は、住んでる人間のためだけにあるわけじゃねえよっ!! 心の中に、ずっと村のことを思ってる人のもんでもあるはずだ」

ミツオは喋りながら、泣き出す。

「余計なお世話だなんて、言わねえでぐれ…(泣)…そんだこと言わねえで(泣)くれ。なあ(泣)あんちゃん、おれ(泣)こんだの初めてなんだ。生まれて初めてなんだ。(泣)もうちっとだけ、考えてくれよ」〔14話。4/18〕

見ていてひたすら泣けた。

このあと、青年団は強面のまま採用、聖火リレーは行われた。物語の本筋とはつながっていない。リレーの話はリレーの話として完結していた。なのに、心を揺さぶられた。

「そういう、恋なんです」

女優をめざすトキコのことを、ミツオはずっと好きである。彼女への思いを勤め先の東京日本橋の米屋の娘・さおり(ミツオが好き)に話した。〔126話。8/26〕

「ま、そんじょそこらの片思いとはわけが違う。自分の人生、ほとんどずーっとトキコに片思いです。それでいいんです。わかってんです」

ひとり納得しながら、ミツオは語る。

「そして、片思いなのと同んなじくらい、親友でもあるんです。だから心の底から一点の曇りもなく、おれはあいつの夢を応援してんです」

「わがっでもらえっかどうかわがんねえけど、おれに惚れられてるってことは、あいつにとって、力になんです。必要なんです。だからね、おれは、トキコが夢を叶えるまで、片思いしてなきゃいけないんです。そう決めてんです。そういう、恋なんです」

淡々と説明していた。切なかった。

そして、それをまた、トキコがこっそり外で聞いてたんだな(そういうこっそり聞きが多発していた。楽しかった)。

しばらくのちに、ミツオを訪い、トキコは宣言する。

「わだし、これ(「ツイッギーそっくりコンテスト」)に出っがら。スターになっがら。ぜったい優勝するつもりだから。だからさミツオ………いままで、ありがと……いままでありがと。ほんとにありがと。お互い、がんばろうね、これがらも。それを言いに来た」〔129話。8/30〕

やさしくしてくれる。でも恋には応えてくれない。しかし彼女は自分の人生に真摯である。きちんと恋を断ってくれた。いい娘だ。

だから、わがことのように、心が痛む。

トキコを見つめるミツオの悲哀

「ツイッギーそっくりコンテスト」のリハーサルで、そして本番の舞台上で、トキコはこう叫んだ。

「助川トキコです。日本中の、いや、世界中の女の子たち。女性たち。いろいろ大変だよね。女として生きていくのは。でも、でも、女の子の未来は私に任せて。みんな、私についてきて!」〔141話。9/13〕

会場から悲鳴が上がった。スターが誕生した瞬間だった。

ミツオは会場にいた。トキコを見つめていた。輝いていた。おそらく優勝できるのだろうとおもって見つめているミツオの表情は、ときに嬉しげで、そしてしっかり哀しそうだった。悲哀そのものの表情で見つめていた。

トキコの優勝を目撃し、飛び上がって喜び、歌を歌いながらミツオは帰った。

滂沱の涙を流しながら、歌いながら帰った。

そして、米屋の娘と一緒になる道を選んだ。

余計なお世話ながら、高校卒業して最初に勤めた家の娘と結婚するのは、いや、ちょっと早まっているんではないか、と心配である。うん。どうだろう。いや、早まっているとおもう。

もちろん早まっても不幸になるわけではないが、うーん、何というか、男としては確実に早まっているよ。余計なお世話だとおもう。しかし、あとで後悔するぞ、ぜったいするって、と強くおもったが、余計なお世話だろう。

いや、早まってるって、ミツオ。いいけど。

トキコの決意

トキコはデビューする。

143話(9月15日放送のはずがミサイル列島横切って朝の放送は翌16日)。茨城の親元へ立ち寄って、両親に謝る。

「今日は謝りに来たんだ。あのね、私、芸名を付けることいなるんだ、イズミマコトっつー名前んなる。助川の家に生まれて、お父ちゃんとお母ちゃんにつけてもらったトキコって名前があんのに、ごめんなさい、本当に」

しばらく黙って見つめる父、兄、母。いいんでねえか、気にすんな、と兄父が言い、トキコの母はこう言った。

「ありがとう。そんなふうに考えてくれて、うれしいよ。がんばっぺ、トキコ。日本一の女優になって、お金持ちになって、東京の豪邸で、お母ちゃんと2人で暮らそ」

「えっ」「えっ」と兄と父。

「ごめんなさい。堪忍してけ」

茨城の高校を卒業して、みね子とトキコは一緒に東京の墨田区のトランジスタ工場に勤めた。寮住まい。6人一緒に一部屋で暮らした。

先輩に寮長の幸子さん、少し身体の弱い先輩の優子さん。あとは中卒で同時に入った(つまり3つ下)澄子と豊子(私は幸子さんが好きでした)。

豊子は、勉強のできる、また知識の豊富な女の子である(中学の図書室の本を作者名「あ」から読み始め卒業までに「ぬ」まで読んだ)。

ある夜、豊子とトキコが言い合いになる。豊子が、みね子さんが仕事うまくできない理由を賢しげに説明したのに、トキコは怒った。

「豊子! やめなよそういうの腹立つ。やめろって言ってんの、そういう言いがだ」

冷静ぶって冷たく言い放つのをやめろ、と言う。

「イライラしてたんでっしょ、ずっと青森で。自分はみんなとは違うんだ、そう言いたぐてしかたがない。だからいつもトゲのある言い方するしかできない」

「わかるよっ! 私もそうだったからね。でもわたしはそういうのやめた。もう東京に来たんだから。そんなふうにギスギスすんのやめた。だってそんなことしなくたってもういいじゃない。新しい場所に来たんだから。もういいでしょ。

青森ではそうだったかもしんないけどさ、もういいでしょ、東京来たんだから。そんなふうにいちいち冷たいようなこと言わなくていいんだよ、新しい自分になれんだよ。もう。かわいぐないよ。素直になりなよ」

このあと、二人で取っ組み合いになる。ひと騒ぎのあと、豊子はいきなり、きちんと座り直し、トキコに向かう。

「ときこさん!」「なによ、やんのっ」「わがりました。トキコさんの喋ったとおりにします」「えっ」「ごめんなさい。堪忍してけ」

青森訛りで、堪忍してけ、と言って泣き崩れるように頭を下げる豊子。誰が泣かずにおられるものか。

これが29話(5/5)。

そしてこの向島の工場が倒産して閉鎖になる。

「馬鹿でいいじゃん」

工場最後の操業日。〔53話。6/2〕

すべての作業が終わって、工場の機械がすぐさま業者によって搬出されようとしたとき、豊子は作業場に入って中から鍵をかけ、立て籠ってしまった。搬出を阻止しようとした。

豊子は叫ぶ。

「こんだことしたって何もならねえってのはわがってる。わがってるんじゃん」 

じゃあどうして、と幸子さんが聞く。

「喋りたいんだよ。いやだって、喋りたいんだよ。誰にかはわがんねえけど、おれはいやだ、みんなと一緒に働ぎでえ、そうやって喋りてえんだよ」

いつもの冷静な豊子らしからぬ叫び。

「おれは今まで一度だっていやだっていったことはねえ。高校さ行けねえって両親から言われたときも、悔しかったし、悲しかったし、なんで、なんでおればっかりって思ったけんど、でも、いやだって言わなかった。わかったってゆった」

「でもいやだ。これはいやだ。意味がないがも知れない。バカだって思うかもしれない。時間の無駄だと思うかもしんない。でも、おらは、いやだって言いたい。こっだの、いやだっ!………最初は心は開けねかったけど、トキコさんはさ、もういいでしょって、もう意地張らなくていいでしょって……嬉しかったんだおら………嬉しかったンダ(泣)……(とよこ…)……ここは、おらが本当の自分でいられるところなんだ、いままで、そったな所は、ね。だからこの工場で、乙女寮で、仲間たちで、一緒に笑って、一緒に泣いて……一緒に悩んでくれて、そんだの初めてだったんだ……初めてだったのに……、なして…なして(泣)なしてみんなと一緒にいちゃいげねえの…。なしてここで離れねばいげねえの……なして……(泣)……何言ってんだか。自分でもわがんねえよ。馬鹿だとはおもうちゃ。馬鹿でいいじゃん(大泣)」

この豊子の絶叫に、幸子も澄子も優子もトキコもみね子も、見てるものみなが泣いた。

しかも、そのあと。

搬出業者が「開けないんだったらドア壊しても運ばせてもらうよ」と作業場に近づこうとすると、それを松下アキラ主任が身を挺して止める。業者の両肩を両手で叩きつつ、こういう。

「ちょっと待ってくれと言ってんだ! あなたたちだって、あの子と同じように働く人間だろ。わからないかあの子の気持ちが。中学出たばっかの、女の子。……たった一人で親元離れて、初めての職場なんだ。なくなるのがいやだっていう気持ち、あんただってわかるだろ」

そう言われても困るんだ、と搬出業者(岡部たかしが演じていた)は言うのだが、でもどっか優しい。おれたちだってそんなことしたかねえよ、でもこれが仕事なんだよ、という言葉が、胸を突く。

悪いけどもう勘弁してくれ、わかるけど、わかるけど、と業者が作業場に迫ったときに、豊子は自分から出てきた。そして、機械は運び出され、搬出業者も、切なげにトラックで去っていった。男たちはみな、どうしようもない運命を黙って背負っているようだった。

搬出業者を見送るとき、豊子に成り代わって「すいませんでした」と謝ったのはトキコだった。そのきりっとした態度が胸を打った。

忘れられないシーンである。

(第2回「トミと早苗の恋編」はこちら)

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