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原発事故の東京電力“適格性”は

甚大な被害をもたらした福島第一原子力発電所の事故から6年と7か月。事故を起こした東京電力が運営する柏崎刈羽原発6号機と7号機が、10月4日、再稼働の前提となる審査に事実上合格しました。審査の中で原子力規制委員会は「東京電力に再び原発を運転する資格=“適格性”はあるのか」を確認するという、ほかの電力会社には求めていない異例の対応をしました。みずから重い問いを投げかけ、答えを出した原子力規制委員会の判断を検証します。(科学文化部記者 重田八輝)

覚悟と実績ない事業者に資格なし

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「福島第一原発の廃炉を主体的に取り組み、やりきる覚悟と実績を示すことができない事業者に、柏崎刈羽原発の運転をする資格はない」。

ことし7月10日、東京電力のトップと面会した原子力規制委員会の田中俊一前委員長は、こう言い切りました。

柏崎刈羽原発6号機と7号機の審査の申請が規制委員会に出されたのは、福島第一原発の事故から2年半後の平成25年9月。この4年間、事故を教訓につくられた新しい規制基準に、東京電力が示した地震・津波の想定や重大事故対策などが適合しているか、審査が続けられました。

その審査の終盤、規制委員会はみずから、重い問いかけをします。
「このまま、事故を起こした東京電力の原発に合格を出していいのか?」

東京電力をめぐっては、審査の中で、緊急時の対応拠点の耐震不足を把握しながら誤った説明を続けた問題や、原発事故のあと、2か月以上、「メルトダウン」を公表しなかった問題などについて批判され、組織の体質が疑問視されていました。

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結果、規制委員会は、本来の役割にある科学的・技術的な審査だけでなく、「原発を再び運転する資格=“適格性”があるか」を確認するという、ほかの電力会社には求めていない異例の対応を取ることにしたのです。

そして、田中前委員長は、東京電力の会長と社長に対して冒頭の言葉を述べ、福島第一原発の廃炉作業での課題を挙げながら「主体性がさっぱり見えず、危機感を持っている」と批判。柏崎刈羽原発の審査合格には、廃炉への覚悟や実績などを示す必要があると迫りました。

すぐには出せない具体的な対応に…

この際、田中前委員長は、廃炉の課題として、汚染水処理のあとに残る放射性物質のトリチウムを含んだ大量の水の処分や、解体作業で出る放射性廃棄物の搬出などを具体例に挙げていました。

たとえば、取り除くことが難しいトリチウムを含む水をめぐっては、水が増え続け、敷地内でタンクを設置する場所がなくなるおそれがあり、田中前委員長はかねてから「地元の理解を得た上で、海に放出すべきだ」としてきました。ただ、海への放出については、漁業者が風評被害への不安があると強く反対しています。こうした問題にどう取り組むか、田中前委員長は、東京電力の主体性が見えないとして、「実績」や「具体的な取り組み」を求めたのです。

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しかし、東京電力だけですぐに答えが出せるような問題ではありません。結局、面会から1か月半後の8月25日、東京電力は、廃炉の取り組みに対する「覚悟」や「決意」といった姿勢を示した文書を規制委員会に提出しましたが、それは具体性に欠けていると言わざるをえないものでした。

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これまでの姿勢を覆した?

その5日後に開かれた規制委員会と東京電力のトップとの面会でも具体的な説明はありませんでした。

ところが、田中前委員長はこの場で、一転して「安全に対する取り組みの姿勢を示すものとして受け止めたい」と東京電力を評価。これまでの姿勢を覆すような発言をしたのです。
これについて、前委員長は記者会見で「トリチウム水や廃棄物は一つの例で、それを『こうします、ああします』と言える状況にないから、『そういうことをきちんとできるようにしてください』というのが本来の趣旨だ」と述べ、東京電力が具体的な方針や行動を示さなければ規制委員会が認めないのではないかと受け止めていた報道陣は誤解しているとの見解を示しました。

このあと開かれた規制委員会の議論では、委員の大半が東京電力の“適格性”に理解を示しました。しかし、1人の委員が「これは結局、決意表明だ。決意表明は受けとめるが、それだけで『適格性あり』と判断してよいのかどうか、そこまでわれわれはお人よしでよいのか、不安を感じている」と発言しました。

条件つきの“適格性”も課題が

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議論は継続され、結局、規制委員会は、9月20日、東京電力が示した回答は「国民への約束」だとして、福島第一原発の廃炉に取り組む覚悟や経済性よりも安全性を優先して原発を運転することなどを、柏崎刈羽原発の「保安規定」に盛り込むことなどを条件に“適格性”を認めました。
「保安規定」とは、原発の事故時の態勢や設備の管理方法などを事業者みずからが定めたルールで、重大な違反と判断された場合、運転停止など重い処分が出される可能性もあります。
規制委員会は、今後、東京電力が申請する保安規定の内容に問題はないか、審査することにしています。

しかし、ここでも課題があります。廃炉に取り組む覚悟や安全性の優先などが、保安規定に違反していないかどうかの判断基準が示されていないからです。

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科学技術政策に詳しい明治大学公共政策大学院の松浦正浩教授は、「規制委員会は“適格性”に踏み込まず、あくまで技術的な審査を行うべきだった」としたうえで、「“適格性”を評価するのであれば、抽象的な言葉で語られている要素を客観的に評価できるようにする必要がある。原発を運転する人員の配置などの体制や経営のガバナンスなどに落とし込んで評価すべきだ」と指摘しています。

抽象的な答え 求められる丁寧な説明

9月22日、田中前委員長が5年間の任期を終えて退任し、これまで委員長代理を務めてきた更田豊志氏の委員長就任会見が行われましたが、記者からは、東京電力の“適格性”に関する質問が相次ぎました。

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更田委員長は「私たちは決して感情で規制を行っているわけではない」としたものの、「東京電力を信じようという判断に至っている。東京電力が示した『約束』はどうしても抽象的なことにすぎず、東京電力と向き合い、私たちが受け止める東京電力の姿勢が重要だ」などと述べ、結局、「約束」がきちんと守られていくかを確認していくことが大事だとの認識を示しました。

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一方、規制委員会の答えに、地元・新潟県の米山知事は「『覚悟を持って当たるから大丈夫』と言うのであれば、審査はいらない」と述べ、審査の進め方に疑問を投げかけています。

原発の再稼働には、米山知事の同意がなければならず、知事は、原発事故の検証や避難計画の実効性などを独自に行ったうえで是非を判断する方針で、見通しは立っていません。

規制委員会は今後、正式に審査書を決定する見通しです。みずから重い問いを投げかけ、未曾有の事故を起こした東京電力に「国民への約束」をすることを求めて、“適格性”を認めたことについて、新潟県や福島県をはじめ、国民にわかりやすく丁寧に説明する必要があります。

私たちも、福島第一原発の事故を決して忘れず、東京電力の安全に対する姿勢や廃炉への取り組みを、注視していかなければなりません。

重田八輝
科学文化部記者
重田八輝

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