2017年8月に米国テキサス州をハリケーン「ハービー」が襲い、ヒューストンの街は洪水により甚大な被害を受けた。その濁った水の中に、誰知るともなく危険な生きものが潜んでいた。目には見えないその生物は、浸水した自宅で転倒し、腕を骨折した77歳のナンシー・リードさんを攻撃した。(参考記事:「大型ハリケーン「ハービー」被害の記録 写真29点」)
ほどなくリードさんは亡くなった。犯人はいわゆる「人食いバクテリア」である。強力に進化した菌がリードさんの皮下組織に侵入し、筋膜と呼ばれる組織に感染し、まるでハリケーンのように行く手にあるもの全てをみるみるうちに破壊したのだ。
人食いバクテリアという呼び名は、厳密には正しくない。細菌は人の肉を食らうのではなく、毒素を出して、それが組織を液状化させる。医学的には「壊死性筋膜炎」と呼ばれる。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、米国では年間およそ1000件の症例が報告されているが、実際にはもっと多いとも言われている。(参考記事:「脳を食べる病原性アメーバ、鼻から侵入」)
これはいったいどんな菌なのだろうか。対策はないのか。現在までにわかっていることを以下に紹介する。
人食いバクテリアの正体
壊死性筋膜炎を引き起こす劇症型の細菌は数種類いる。なかでも最も一般的なのはA群連鎖球菌である。実は、私たちの身の回りに普通に存在する菌だ。人間の喉にもよく生息しており、普段は何の害も及ぼさないが、時に咽頭炎やしょう紅熱を引き起こし、組織を壊死させることもある。(参考記事:「電子顕微鏡で見た連鎖球菌」)
2014年に、A群連鎖球菌のゲノムの塩基配列が決定されると、細菌には過去数十年の間に4段階の変化が起こり、その結果より伝染力の強い病原菌が生まれたことがわかった。特に、別々のウイルスに2度感染したことによって、細菌は病気を引き起こしやすいウイルスの遺伝子を併せ持つようになった。(参考記事:「無害の細菌が急速に“人食い”へ進化」)
どのようにして体の中へ入り込むのか
「ほとんどの場合、どこかに入り口があるはずです。切り傷があると、細菌はそこから皮膚の下深くまで潜り込めますが、トゲや針先による小さな傷口や、虫刺されの跡も侵入経路になります」。米バンダービルト大学医療センターの感染症専門医で、連鎖球菌の研究を数十年間続けているウィリアム・シャフナー氏はそのように説明する。だが、侵入口が見つけられない場合もあるので、まったく傷のない皮膚でも、細菌は通過できるのかもしれない。(参考記事:「小さな細菌の世界」)