こんにちは。川村義之です。今日もこれから、本当に理に適った体の使い方についてお話ししましょう。
物体を動かす、物体に影響を及ぼす力は、運動エネルギーです。
その運動エネルギーの供給源は、人体の場合一般的には筋力だと思われています。
もちろん、筋肉の力を使って体の部分や全体を動かし、運動エネルギーを生み出すことはできます。
質量は静止していれば位置エネルギーのままで、何もなければその場に留まり続けようとします。
しかし質量は動かされれば運動エネルギーとなり、今度は動きの流れに乗って動き続けようとします。
物体を動かしたり、物体に影響を与えたりする力の正体とは、質量×加速度のことなんですね。
ですから筋力でがんばろうと、脱力でやろうと、質量を加速できればそれが力になりますから、どっちでもいいわけです。
しかし人間がやる、ということを考えると、がんばるよりはがんばらずにできたほうが、当然いいに決まっています。
そのほうが疲れず、壊れる確率も低いからです。
そして人間の体は、一番重い重心に、関節によってたくさんのパーツがつながれている構造をしています。
ですから重心が動き出せば、関節でつながっているいくつものパーツは、重心に近いほうから順番に、重心に引っ張られて勝手に動き出せるようにできているんですね。
このとき、重心を動き出させるのに筋力でがんばらず、動き出す前の位置に重心を固定していた筋肉の力を脱力すれば、重心は勝手に動き出せるんです。
さらに、重心が動き出してからも、体からできるだけ力を抜いていれば、重心に引っ張られるのを邪魔する抵抗を極力排除できます。
そうすれば、脱力によって重心を動き出させたあと、引き続き脱力によって連鎖的に、連続的に、重心に近いところから順番に、全身が動かされるということです。
このとき、自分の質量は運動エネルギーの流れとなって、体の中心である重心から、末端へ向かって順番に伝達されていきます。
こういう仕組みになっているので、体を動かすときには末端から先に動かしてはダメなんです。
そうすると末端が動いた反作用が中心に向かって返ってくるので、自分の質量を運動エネルギーの流れにして伝えることができなくなるんです。
もちろん不用意に、あるいは無駄に動かれては困るところは、筋力で止めておけばいいということになります。
どこを止めておけばいいか?というのはそれぞれの動作、行為によって異なります。
そしてこのようなことは、地球上の重力下であれば、人間の基本構造や共通の形状・形態によって可能になることなんですね。
つまり、こういうことは人間ならよほど体の動きに制約がない限り、誰でも元々できることであり、無理に鍛えたりなど不自然なことは必要がないということなんです。
だから、老齢かつ小柄で滅法強い武術の達人、などという存在が現実にいるわけで、ああいう人たちは一般に考えられているような特殊な存在ではなく、人体の基本構造や共通の形状・形態を正しく活かしているだけなんですね。
そして、誤った体育教育や身体観が普及してしまっているため、世の中ではこうした原理、すなわち理を知らない人がほとんどだということです。
それは超一流の格闘家、といったような人たちでもほぼそうで、効率的に質量を運動エネルギーに変えられないぶん、常人には不可能なくらい筋力を鍛えているんですね。
もちろんそれでも尋常でなく強くはなれますが、効率的でない、不合理で不自然、誤った体の使い方をしているため、体をひどく故障させている人が非常に多いのも事実です。
ですから普通は相手に運動エネルギーを働かせるというときに、相手の質量をものともしない運動エネルギーを、自分の筋力を中心に生み出さなければならないわけです。
それで、体重に差があると軽いほうが圧倒的に不利、という図式が崩せないんですね。
ですが、自分が運動エネルギーの流れを勝手に伝達していく構造であるということは、同じ人間であれば相手も同じだということなんです。
つまり、相手を動かしたり、相手を崩したりなど、相手に影響を与えようとする場合、相手に運動エネルギーをぶつけていくのではなく、相手の質量を運動エネルギーに変えてしまえばいいんです。
相手との接触点から、相手の体のパーツを順番に動かして、各部の質量を運動エネルギー化していけば、その流れはいずれ相手の中心である重心に到達します。
つまり原理だけで言えば、自分の倍の体重の相手であったとしても、自分が生み出した運動エネルギーを使うのではなく、相手の重さを運動エネルギーにしてしまえばいい、ということになります。
相手は相手自身の質量で動かされたり、崩されたり、ダメージを受けたりするので、こちらが相手と同等の体重である必要はなくなるということですね。
これが、小よく大を制するとか、柔よく剛を制するとかの、科学的根拠です。
ただし、これができたからといって、これを実際に有効に使う技術、戦術、せんりゃく、さらには無意識の判断なども必要になるので、それらの訓練も別途必要にはなります。
武器がある、ということと運用するということは、全く違う問題ですから。
しかしこれは物理学(力学)の法則に基づいたこと、人体の解剖学的構造に基づいたことなので、例外はあり得ないんです。
鍛えないのでがんばった満足感はありませんが、満足感があっても結果が伴わないのはならがんばり損です。
また一生懸命がんばらないので手応えもありませんが、手応えというのは反作用のことなので、手応えが感じられたら運動エネルギーの伝達はうまくいっていない、ということなんですね。
とはいえ、ここまで理の内容が明らかになっているのなら、これを選ばないというのは僕には全然理解できないですね(^_^;)
僕は空手の師匠に、本当の空手、本当の日本武道というのは、
「楽で、速くて、効果があって効率がいい。しかも健康にもいい。悪いところが1つもない」
と教わりましたが、その言葉が少しも誇張でないことを、いつも痛感しています。
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