お店を移転しようという気持ちが、ぼんやりとした空想から、計画と言えるものになってきたのは、2017年2月ごろだったと思います。
思い描いた形は、森下の店舗でやってきたことの延長線上にあります。新刊書籍×古本×展示の売上で店舗を運営するというスタイルは変えずに、古本屋の仕事を中心にしながらも、新刊書籍と展覧会への比重をもっと大きくしていこうと思いました。イベントや展示で集客する新刊書店(または新刊+古本屋)は今となっては珍しくありませんし、むしろイベントに関係する売上が、それ以外の書籍の売上を上回っている書店があっても意外ではありません。当店よりも遥かに多くのイベントを開催している書店もたくさんあります。色々な書店を参考にしながらも、品ぞろえや展示の内容は人真似に終わることなく、当店を利用していただいている特定の趣味嗜好(具体的には幻想美術や球体関節人形を好む人々)のお客様の心にはしっかり刺さる店づくりをしようと思いました。
理想的な立地について考えた三つの条件は、東京東側で古本を好きな方が多い場所、美術に関心のある方が多い場所、都心や観光地からアクセスしやすい(またはその場所自体が観光地)場所です。さらに物件については、広さ16坪以上を最低条件にしました。そして家賃の上限は森下のお店の約2倍に設定。場所次第では高い家賃を払っても大丈夫だという自信があったのですが、今思えば、無謀な数字であったかもしれません。
最初に物件を探し始めたのは、確か2017年2月か3月頃、まずは根津駅の周辺に狙いを定めました。
話は遡りますが、5年前に私が徳島の店舗を閉店して店舗探しのために上京した時、Twitterから声をかけてくださったのが、一箱古本市の生みの親である南陀楼綾繁さんでした。南陀楼さんは、1日かけて、谷根千エリアの街を案内してくださりました。結果的に森下に出店することになりましたが、その時歩いた谷根千エリアの印象はとても良かったので、上京してから時々遊びに行っていました。 なので、少しだけですが、街のイメージはできていました。
冬の終りから春にかけて、根津駅周辺の古本屋さんや、谷中在住の知人に周辺のことをお聞きしながら、街を見て回りました。観光地となっている谷中「へび道」は若い人がたくさん歩いていてにぎやかで、お洒落なお店もたくさんありました。しかし一本違う道に入ると少し静かになり、店の数は多くないものの良い雰囲気の洋服屋や雑貨店もありました。落ち着いた場所で仕事をしたい私としては、古本屋に馴染みのある方が多そうな根津の、あえて目立たない静かな場所に出店してみたいと思いました。
何日も通いながら隅々まで根津、谷中あたりを歩いていると、いくつかの空き物件を見つけられました。中にはこれからテナント募集予定の新築物件もありました。谷根千エリアは家賃が高いイメージがありましたが、一応は予算にも収まりそう。
しかし、結果的にこの時期に不動産屋に連絡して内見にまで至ることはありませんでした。探していた時期には、空いているのは理想より狭い物件が多く、最低16坪という基準にはなかなか当てはまりません。これは、昔、清澄白河で物件を探した時と同じことでした。
私は、全てにおいて理想的な物件や、掘り出し物の物件(都心・家賃激安・広さ十分みたいな)は、相当なコネか運がないと、個人には見つけられないと思っています。なので、いくつかの条件は妥協するつもりで探していました。場所が悪ければ、品揃えや展覧会の質を高くして、SNSでお客さんに情報を届ければいいし、家賃が高いなら・・・頑張って稼げばOK!と・・・。ですが、広さだけは妥協したくなかったのです。いくら場所が良くても、家賃が安くても、そのお店にスペースがなければ買い入れにも支障が出るし、展示も小ぢんまりとしたものになります。もちろん、小さくて素敵な店がたくさん集まっているのが谷根千エリアの個性であり魅力だと思いますので、小規模なお店を否定したいという気持ちは微塵もありません。数坪の空間に店主の世界観がギュッと詰まっている店は、私も大好きで、よく通います。しかし私が自分でやりたいお店に限っては、突然大量の本の買取が舞い込むこともあるし、球体関節人形などある程度大きな作品の展示もしたかったので、それなりの広さが必要だと考えていました。
新天地を求めて物件を探しているうちに、谷中で閉店予定の家具店を見つけました。家賃や広さも好条件なので気になりましたが、まだ物件を探し始めたばかりでしっかりとした計画も心の準備もできておらず、グズグズしていたら募集が終わってしまいました。少しガッカリしましたが、まだまだチャンスはあるだろう……と諦めました。あの場所なら、古本屋があっても違和感はなかったと思います…。春になってから谷中にはほとんど訪れていないので、今はどんな店が入っているのか、いつか見に行ってみようと思っています。
根津と同時期に物件を探していたのは、上野駅の周辺です。
まず、美術館巡りが趣味の私には、上野の近くに古本屋を出店するということに、上京したばかりの頃から漠然とした憧れがありました。美術館と博物館が集中し、東京芸術大学がある、東京を代表する観光地、上野。私にとっては東京で最もよく行く場所です。しかし上野の周辺には、ミュージアムショップ以外に美術専門の古書店はありません(もし存在するなら訂正いたします)。なら自分が古書店を開業すれば、美術が好きなお客さんや芸大生が来るのではないかと、単純に考えました。
しかし、上野駅の周辺には、少なくとも私の見る限り、あまり古本屋に向いているエリアは見つかりませんでした。
範囲を広げて、東上野、北上野の住宅街、御徒町周辺、アメ横、不忍池まわり、池之端全体など、何日にも分けてひたすらに歩き回りましたが、ここで古本屋を開きたい!と思える場所は見つかりません。いくら美術館に近くても、その場所に毎日通うことを考えると、気持ちが乗りにくかったのです。しかし、アメ横で面白い古着屋を見つけたり、気になっていた洋服屋や革専門の店にも行けて、充実した時間でありました。上野駅周辺にはジャンルは違えどマニアックで素晴らしい個人経営の店がたくさんあるので、古書店を運営するのも不可能ではないのかもしれません。ただし、上野での商売は自分にはかなり困難に思えたので、ひとまず物件探しは保留としました。そんな中、東上野にはかっこいい本屋もあり、広めの空き物件もありそうだったので、最後まで気にかけていました。
上野周辺を散策中に足を延ばして、できることなら古本屋を出店したいと強く思ったエリアは、上野桜木の界隈です。上野駅からはやや離れたエリアですが、カヤバ珈琲、上野桜木あたり、スカイザバスハウスなど…観光客が大勢集まる喫茶店やギャラリーが点在するエリア。とにかく雰囲気が気にいってしまい、根津と併せて10回くらいは通ったと思います。特に夕陽が照り付ける時間になると、知らない場所なのに何故か郷愁を感じる風景になります。芸大が近いため若者も多く、ここに美術書専門の古本屋を開くと大きな話題になりそうな気がしました。ここら辺は物件は少ないので、ひたすら歩き回って空いている場所をチェックし、この辺りに詳しい同業者の方からの情報提供で、近日中に移転予定の物件を知ることもできました。しかし、場所は最高に良いものの、やはり狭すぎたり、或いは広すぎて家賃も考える余地もない値段だったりと…私の希望とは離れた物件ばかり。街の雰囲気がかなり気に入ったことと、このエリアで美術専門の古本屋を出したいという思いは強かったので、今の森下の店を残したまま、ギャラリー併設の支店を出そうかとも真剣に考えました。しかし、今は二つも店舗を持つ時期ではないと思ったので、理想の広さに満たない物件は見送りました。
根津や上野桜木を見回った後は、さらに範囲を広げて、今までに行ったことのない街に足を延ばしました。
古本屋が成り立つ街は、どんなところか。寺社仏閣の多い街、良い喫茶店のある街、おいしいカレー屋のある街などなど・・・色々な説があります。しかし、一概には言えないかもしれませんが、この不況の時代でも小さな新刊書店のある街は、古本屋も必要とされるのではと思いました。
素敵な本屋が日暮里にできたらしい、という話をTwitterで知り、上野桜木から歩いて鶯谷駅周辺を通り過ぎ陸橋を登り、日暮里まで歩きました。なかなかの距離ですが、あえて2~3駅くらいの距離なら歩いてみることで、思いもよらぬ発見があるかもしれないと頑張りました。日暮里で本を購入して、住宅街を歩きました。そして次は駒込まで歩いて、Twitterで知ったもう一軒の本屋へ。別の日には、湯島にも行きました。
ネットの告知でお客様を呼べる今、必ずしも商業地にこだわる必要はありません。色々な街を歩き、定期的に物件情報を見ながら、家賃の手ごろな住宅街に出店するという選択も、現実的に考えました。そして、この周辺を歩いた経験は、決して無駄には終わらなかったのでした。
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