刑法事例演習教材〔第2版〕㉔

47


1 乙の罪責

1 まず、乙がA銀行B支店の行員であるCに対して、口座等を他者に譲渡することを秘して開設手続きを行い、Cにおいてこの旨誤信させ、通帳等を交付させた行為につき、詐欺罪(2461項)が成立する。

1) 通常金融機関では口座の譲渡を約款で禁止していることから、口座開設者の通常の意思表示には口座の譲渡を行わないということが織り込まれているということができ、これを秘して口座開設を申し込む行為は、挙動による「欺」く行為に当たる。

 そして、Cは乙の申込みに応じてその旨誤信し、通帳等の「財物」を交付している。

2) ここで、乙は口座開設に応じて手続に必要な料金は負担しているといえるから、A銀行は相当の対価を得ており、財産上の損害が無いとも思える。

   そもそも詐欺罪も財産犯ゆえ財産上の損害が構成要件要素になると解される。そして、財産上の損害とは、本罪が個別財産に対する罪である一方、処罰範囲を限定する趣旨から、個別財産の喪失に加えて、被害者が達成できなかった目的が経済的に評価して損害といえることが必要であると考える。

   本件では、乙の欺罔行為がなければ通帳等を交付しなかったといえる点で、個別財産の喪失がある。そして、A銀行が達成できなかった目的は、譲渡に供する口座を開設させないという点であるが、当該事項は約款で規制されていることや、不正な資金操作の温床にもなりかねない以上、当該目的は経済的にみて重要であり、損害があるといえる。

2 次に、乙がEに対し携帯電話機の譲渡目的を秘して契約を締結し、その旨Eに誤信させ、携帯電話機の交付を受けた行為につき、詐欺罪(2461項)が成立する。

1) 携帯電話の他人への譲渡は、予め音声通信事業者の承諾を得なければ行えないものと法律上されており、この旨をDに誤信させ携帯電話の交付に向け申し向けを行った乙につき、「欺」く行為が認められ、かかる行為によりDは携帯電話という「財産」を交付している。

2) そして、真実を知っていればDは契約に応じず、また法律上禁止された行為を行わせないという目的は経済的にも重要であり、この意味で財産上の損害も肯定することができる。

3 なお、F社との間での通信サービス契約を締結した点についても、同様に考えることができ、仮にサービスの提供を受領した場合、そのような給付は有償性を備えるものであり、財産上の利益といえるから、詐欺利得罪(2462項)の成立を肯定できる。

4 以上より、乙には、Cに対する詐欺罪、Eに対する詐欺罪・詐欺利得罪が成立し、これらは後述のとおり甲との間で共同正犯となり(60条)、また併合罪(45条)として処断される。

2 甲の罪責

1 まず、乙に対して口座開設や携帯電話の譲渡等を命じて、これを行わせた行為につき、詐欺罪の共同正犯(602461項)がそれぞれ成立する。

  ここで、乙自身は実行行為に関与したわけではなく、共同正犯足りうるのかが問題となる。

  この点につき、共同正犯の処罰根拠は、共犯者間の相互利用補充関係に基づき、自己の犯罪を完成させる点にある以上、実行行為の分担自体は不可欠ではなく、共謀の存在と犯行への重大な寄与が認められれば、なお「共同して犯罪を実行した」ということができる。

  本件で、甲は乙との間で明示的に詐欺に関する共謀を果たしている。また、本件犯行計画は甲が立案し、これを乙に持ちかけており、報酬として30万円を与えている等の積極性に鑑みても、重大な寄与を及ぼしているといえる。

  したがって、乙の行った詐欺行為につき、甲にも共同正犯が成立する。

2 Gに対する振込の指示・口座からの引き出しについて

1) 甲がGの息子を装い、金策に困っている旨誤信させるべく電話をかけ「欺」く行為を行い、これによりGを誤信させ、乙名義の口座に100万円を振り込ませた行為につき、詐欺罪(2461項)が成立する。

   なお、当該振込みにより甲は100万円の債権を取得したに過ぎないとも思えるが、銀行口座に入金がなされればいつでもこれを引き出して利用することができる以上、「財産」を取得したものといえ、1項詐欺罪が成立する。

2) 更に、丙を介して同口座から100万円を実際に引き出した行為については、後述のとおり、丙に窃盗罪(235条)が成立し、甲は丙との共謀の下、自己の計画を完遂すべくかかる行為に関与したといえるから、共同正犯となる(60条)。

3 Jに対する振替の指示・口座からの引き出しへの着手について

1) 甲がJに対して医療費還付のため必要である旨申し向け、同人の口座から乙名義の口座へと50万円を振替させた行為につき、詐欺罪(2461項)が成立する。

   ここで、財物を「交付」させたというには、被欺罔者の意思に基づく占有移転が必要であるが、かかる交付行為は欺罔行為と財物交付とを因果的に結合させる限度で要求されるに過ぎないため、占有移転の外形的移転を認識していればよい。本件では、Jは自らが振込みを行っているとの認識はないが、振込行為の外形については当然認識している以上、これをもって「交付」したといえる。

2) また、丙をして乙の口座から50万円を引き出そうとした行為については、後述のとおり、窃盗未遂罪(243235条)の共同正犯が成立する(60条)。

4 以上より、甲には乙との間での詐欺罪の共同正犯が3個、更にGJを被害者とする詐欺罪・窃盗罪(未遂罪)の共同正犯がそれぞれ成立し、これらはすべて併合罪となる。

 

3 丙の罪責

1 丙が、A銀行乙名義の口座にGから振り込まれた100万円を、ATMを通じて引き出した行為につき、窃盗罪(235条)が成立する。

1)ア まず、「窃取」とは、相手方の意思に反して財物に対する事実上の占有を自己の下に移転する行為をいう。この点につき、他人名義の口座に関しては、口座の譲渡が禁止されていることから、口座名義人以外には正当な引出権限を認めることができず、甲・丙らに法律上の占有を肯定することはできない。

    そして、ATMという機械に対し欺罔行為を観念することもできないから、これを介して預金口座を引き出す行為は、預金に対する銀行の事実上の占有を害するものとして、「窃取」に当たる。

  イ 他方、丙は甲が詐欺行為等を働き、口座も不正に取得したものであることを未必的に認識しており、上記の意味での窃盗の構成要件に関し、故意(381項)を認めることもできる。

2) また、丙は、甲と通じて口座からの引き出し行為を行っているが、その地位は従属的ゆえ、幇助犯にとどまるとも思える(62条)。

しかし、窃取行為という実行行為を実際に担当していることや、報酬を受け取るためにそれなりに意図的に行為に及んでいることからすれば、犯行へ重大な寄与をなしているといえ、やはり共同正犯が成立するといえる(60条)。

2 1と同様に、Jからの振込み分をATMを通じて引き出そうとした行為については、窃盗未遂罪(243235条)が成立する。

  ここで、丙の行為時には口座が凍結されており、占有移転は不可能であり、実行の着手が認められないとも思える。しかし、実行行為とは法益侵害の現実的危険性を惹起するものであり、その判断は一般人の観点から具体的県があったかにより行うべきところ、丙の行為時において一般人であれば、なお預金の引き出しを危惧しえたといえ、占有侵害の現実的危険を肯定できる。したがって、実行の着手はあり、占有移転は生じなかった点で、未遂罪の成立にとどまる。

3 以上より丙には、GJの振込金につき、それぞれ窃盗罪・同未遂罪の共同正犯が成立し、これらは併合罪となる。


48


1 乙の罪責                                                                    

1 乙が、Bの誘拐目的を秘して、学校教員等により「人の看守する」小学校という「建造物」に立ち入った行為につき、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。

  小学校の管理権者は、犯罪目的を知っていたならば同人を立ち入らせなかっただろうといえる点で、乙の立ち入りは管理権者の意思に反した「侵入」に当たるからである。

2[k1]  また、乙が甲との間で報酬を得るという「営利」目的で、Bの叔父である等、虚偽の内容を申し向け、欺罔によりBの身柄の引渡しを受けて「誘拐」を行い、同人を甲の下まで連れていった行為につき、営利目的誘拐罪(225条)が成立する。

2 丙の罪責

1 丙も、乙と同様に甲との共謀に基づきBの誘拐を行うべく、尾行行為を行っているが、その途中で犯行から離脱しており、何らの罪責も成立しない。

21) ここで、乙・丙らがBを追って小学校まで尾行していた時点では、Bの移動の自由に対する現実的危険は生じておらず、誘拐罪の実行の着手は認められない。もっとも、丙が帰ったのちに、乙は単独で犯行を成し遂げているところ、丙も共謀共同正犯[k2] としての罪責を負わないか、共犯関係からの離脱が問題となる。

2) そもそも共同正犯の処罰根拠が、共犯者間の相互利用補充関係に基づき、自己の犯罪を完成させるという因果性に求められる点にあることからすれば、かかる因果性を切断した場合には、共犯関係からの離脱が認められると解される。

3[k3]  本件では、丙は犯行から手を引く旨、同じ実行正犯である乙に対し表明している。これに対し丙は思いとどまるように説得しているが、結局は丙がおらずとも自己のみで犯行を完遂しており、丙による心理的因果は、立ち去りにより遮断されたといえる。また、物理的にももはや何らの因果を及ぼしていない。他方、Bの尾行行為には着手しているが、これ自体は犯行に直接かかわるものではない以上、これを行ったことから、因果性の遮断が認められなくなるわけではない。

したがって、丙は、乙による犯行の着手前に共犯関係から離脱しており、その後に生じた犯罪については何らの責任を負わない。

3 甲の罪責[k4] 

1 甲は、乙らに対し「未成年者」であるBの誘拐を指示しており、実際に乙をしてBの引渡しを実現させているところ、建造物侵入罪・未成年者誘拐罪(224条)の共謀共同正犯(60条)が成立する。

21) まず、甲は実行行為に関与していないが、このような者でも共同正犯足りうるのかが問題となる。

2) 前述の共同正犯の処罰根拠に照らせば、因果性と正犯性が肯定される以上、実行行為への関与は不可欠の要件とはいえないから、共謀の存在と、犯行への重大な寄与が認められる限りで、なお「共同して犯罪を実行した」といえ、共同正犯は成立すると解される。

3) 本件で、甲は乙らに対しBの誘拐を指示し、明示的に犯行の共謀を遂げている。また、この際には小学校への立ち入りも予定しており、同罪に関する共謀も存在する。そして、かかる犯行計画は甲が立案し、乙らに持ちかけたものであるし、Bの誘拐により利益を享受するのは、何よりもその父である甲である。更に、乙らに報酬まで与えようとする積極性に鑑みれば、甲は犯行への重大な寄与を行っているといえ、「共同して犯罪を実行した」といえる。

 なお、実行正犯である乙には、営利目的誘拐罪が成立するが、法益保護の観点から、構成要件の重なり合う範囲で、共同正犯の成立は肯定されるべきであり、軽い未成年者誘拐罪の成立において、甲とは共同正犯が成立する。

3[k5] 1) 他方、甲はBの父親であり、犯行当時未だ離婚は成立せず、監護権(民法820条)を失っていなかったことからすれば、同人が監護権に基づいてその子であるBを連れ戻しても、当該行為は違法性を欠くと言えないか。

2) この点、本罪の保護法益は、未成年者に対する監護権に加え、その未成年者自身の身体・行動の自由も保護していると解される。未成年者の身体を、その親の所持物と同視することは正当ではないからである。したがって、監護権者による身体拐取であることの一事を以て違法性が阻却されるわけではなく、当該行為が社会的にみて相当といえる場合に限り、その余地が認められると解される。

3) 本件では、甲は乙らを介して欺罔手段を用いてBの身体の引渡しを受けており、その行為態様は相当とは言えない。また、Bが当初甲の下へと出向くことを喜んでいたとしても、その後、内心ではAの家へと帰りたいと思っているなど、未成熟な子どもの意思決定を尊重すべき場面ではないから、Bの承諾をもって拐取行為が相当であるともいえない[k6] 

    このことからすれば、甲の行為はやはり社会的に相当なものとは言えず、違法性は阻却されない。

4 丁の罪責

1 丁が、Bを拐取した甲からの相談を受け、しばらく隠れているように申し向けた行為につき、未成年者拐取罪の共同正犯(60224条)が成立する。

2[k7]  まず、本罪の保護法益が監護権者の監護権と未成年者の移動・身体の自由であることからすれば、監禁罪と同様に、未成年者が拐取され続けている限りで、同罪は継続犯であるということができるから、本件で甲に対し助力することは事後従犯的な関与ではなく、同罪の共犯関係を成立させうる。

3 そして、丁と甲には明示的な意思連絡があり、共謀が認められることや、丁はBとの暮らしを強く望み、また自分の所有する別荘の利用を持ちかけるなど、積極的に犯行へと関与していることからすれば、重大な寄与も認めることができるため、共同正犯が成立する。


 [k1]「営利」目的が問題になるが、判例によれば共犯者から報酬をもらう場合も含まれる。

「誘拐」も問題になる。

甲の違法性阻却がされる場合には、共犯と違法性阻却が問題となるが、本件では否定される

 [k2]共謀共同正犯肯定説が前提である

 [k3]共謀関係からの離脱が問題になる。離脱を認めた場合には、予備罪の問題になる。

 [k4]共犯と身分の問題。

まず、目的が身分に含まれるかが問題となるが、判例は一定の状態であれば足りるので、これを肯定できる

次に、65条の解釈が問題になるが、営利目的は加重要素なので、652の適用となり、未成年者略取が成立し、刑も加重されない

 [k5]違法性阻却の問題(35)である。

 [k6]本件では、Bが監護権者である母親のもとで平穏に生活していたこと・Bの福祉を考えた計画ではないこと等を考慮する。

被害者の同意も、B8歳なので有効な承諾と言えない

 [k7]拐取罪の既遂時期が問題となる(事後従犯ではないかという問題)。

判例は状態犯と解しているようであり、拐取者による監禁を併合罪として処理している。

継続犯と解した場合、2271項が成立するのかが問題となる。成立した場合には罪数で処理する

状態犯とした場合には、2271項の成立しか問題にならない

刑法事例演習教材〔第2版〕㉓

45


1[k1]  甲の罪責

1 甲が自車を加速させ併走するAを振り落とし、同人につき瀕死の重傷を負わせた点について、自動車運転死傷行為処罰法5条の罪は成立せず、何らの罪責を負わない。

21) まず、甲は「自動車の運転」を行っていることは明らかであるが、「必要な注意を怠」ったといえるか、過失の有無が問題となる。

2) ここで、過失とは処罰範囲の適正を期すべく、客観的な行為態様の問題として捉えるべきであり、一般人を基準とした結果発生の予見可能性に基づく、結果回避義務違反をいうと解する。

3) 本件で、甲はAが自車に掴み併走していることを認識していないが、一般人を基準にすれば同人がすでに甲に追いつき、車体を掴んでいることは認識可能であり、またそのような状態で車の速度をあげれば、Aが振り下ろされ、重傷を負うということも予見可能である。にもかかわらず、甲は自動車の速度を上げ、Aを振り下ろしている点で、結果回避義務違反が認められ、過失が存在する。

   そして、Aは当該過失行為に「よって」、瀕死の重傷という傷害を負っている。

31) もっとも、甲がかかる過失行為に及んだのは、そもそもAが甲に対しいちゃもんをつけ、攻撃を開始したためであるから、甲の過失行為はこれへの反撃として正当防衛により違法性が阻却されないか(361項)。

2)ア まず、Aは窓ガラスを叩いたり、「殺すぞ」などの威嚇をしており、追いつかれるや否や甲の身体という「権利」への侵害が切迫した状態にあったとえ、「急迫不正の侵害」が認められる。

    イ 次に、「防衛するため」というには行為の相当性を基礎づけるべく、急迫不正の侵害を認識しつつ、これを避けようとする心理状態を意味する防衛の意思[k2] が必要である。

この点、甲はAの行動をおおむね認識し、このままでは引きずり出されてひどい目にあわされると危惧して加速しており、侵害を認識し避けようとしており、防衛の意思も認められる。

   ウ 最後に、「やむを得ずにした行為」というには、正当防衛が「正対不正」の関係でなされる権利行為であることに鑑み、防衛手段として必要最小限度であれば足り、法益侵害の権衡はこれを問わないと解する。

本件では、甲は当初Aの攻撃を避けるべく、低速で走行していたが、信号待ちにつかまってしまい、Aに追いつかれている。この点につき、甲は青信号に変わるや否や急発進しているが、Aの暴行を避けるには、当初の低速での走行でも十分であった。しかし、一般人の取りうる手段としてそのような選択に至ることは困難であり、正当防衛が社会的相当性に基礎を置く違法性阻却事由の1つであることに思いを致せば、通常一般人がなし得た防衛手段として必要最小限であれば、なお「やむを得ずにした行為」に当たるというべきである。本件では、甲の急発進は、必要性に駆られて一般人が取り得る必要最小限度の防衛手段と言える以上、「やむを得ずにした行為」に当たる。なお、Aが瀕死の重傷を負った点は、相当性判断につき何らかの意味を持つ事情ではない。

3) したがって、甲の行為につき正当防衛が成立し、違法性が阻却される結果、甲は何らの罪責を負わない。

2 乙の罪責

1 乙がAとの衝突を避けようとして急ハンドルを切り、D車と衝突し、乗車していたDに重傷を負わせた点につき、自動車運転死傷処罰法5条の罪は成立せず、したがって何らの罪責を負わない。

2 まず、過失が認められるかであるが、乙の走行当時の一般人を基準とすればD車が対向車線を走行していることは予見可能であり、これとの衝突を避けるべく急ハンドルを切り対向車線に出るべきではないという結果回避義務が課せられていたにもかかわらず、これに違反して衝突事故を起こしており、結果回避義務違反に基づく過失が肯定される。

  なお、信頼の法理による過失免責は、なされないと考えられる。前方の注意を尽くして走行していたのであればAの存在に気付くことはできたのであるから、Aの不存在を信頼することは相当でないからである。

31) もっとも、乙はAとの衝突を避けようとしてやむを得ずD車と衝突したのであるとして、緊急避難(371項本文)により違法性が阻却されないか。

2)ア まず、乙がそのまま車両を走行させればAと衝突することは明らかであり、Aという「他人の生命」侵害が切迫しているとして、「現在の危難」が認められる。

   イ そして、「避けるため」とは、緊急避難の性質が違法性阻却にあると解されるところ、正当防衛と同様に避難の意思を要すると解されるが、乙はAとの衝突を避けるべく当該行為に及んでいる点で、これも認められる。

   ウ 更に、このまま乙車を走行すれば、Aと衝突し、同人を死亡に至らしめる可能性もあったのに対し、Dと衝突することで、同人を傷害させても、法益の権衡は保たれている。また、乙はAとの衝突を避けるためには、対向車線に進出することは不可避であり、他に選びうる手段がなかったことから、当該行為を選択したことは、「やむを得ずにした行為」といえる。

3[k3]  以上より、乙の過失行為につき緊急避難が成立するため、違法性が阻却される。


 [k1]故意犯の検討を行うべきである。本件では客観的には暴行を認めうるとしても、暴行の故意が否定される

 [k2]侵害の認識はある程度概括的で足りるのではないか。また、「防衛するため」とは、防衛行為を行う認識は必ずしも不要であり、避けようとする意思でよいだろう

 [k3]自招避難が問題になる


第46問

1 甲の罪責

1 まず、甲がその両親の自宅たる「住居」に、同人らを殺害する目的をもって合鍵で立ち入った行為につき、住居侵入罪(130条前段)が成立する。

ここで、「侵入」とは、本条の保護法益が住居権者の住居への立ち入りを許すかどうかの許諾権にあることから、住居権者の意思に反した立ち入りをいう。

本件では、甲は自らの実家に立ち入ったのだから、甲を以て住居権者とも思えるが、住居権の有無は住居における事実上の平穏を享受する者に認められるため、日常生活を当該住居で送っていない甲を住居権者ということはできない。

また、本件のように立ち入る者が殺人目的を有する場合には、通常住居権者はその立ち入りを認めないから、かかる意図をもった立入は、甲の両親らの意思に反したものとして、「侵入」に当たる。

2 次に、甲が両親らを殺害した行為[k1] につき、殺人罪(199条)が成立する。

 ここで、甲は相続による利益獲得を目的として殺害行為に及んでおり、強盗利得罪(2362項)が成立しないかが問題となる。

 この点、同罪は反抗抑圧状態に基づいた財物奪取を本質とする以上、実行行為として相手方の任意の処分を要求することは背理であるが、当該行為が利得に向けられている必要はある。そして、本罪が行為と利得との類型的な結びつきを要求している点から、利得には行為との直接性が必要と解される。

 本件で、甲は相続による利益の獲得を目的としているが、相続自体は犯罪行為ではなく、これを介した利益取得は遺言が無く確実なものであるとしても、なお間接的なものにとどまる。したがって、これをして「利得」とは言えず、利得に向けられた暴行が認められない以上、強盗利得罪は成立しない。

3 [k2] その後、甲が町内会長C名義のキャッシュカードを取得した行為につき、窃盗罪(235条)が成立する。

 まず、キャッシュカードそれ自体に財産的価値が認められ、これをもって「財物」に当たる。

 そして、「窃取」とは他人の財物に対する事実上の支配を、その意思に反して自己の下に移転させる行為をいうが、本件では占有者たる甲の両親が死亡しており、もはや占有侵害を観念できないのではないか。

 確かに、死者自身には占有を観念しえないが、規範的にみて、占有者を殺害した者との関係では、時間的場所的に接着する限度で、生前の占有がなお保護に値すると解するのが判例である。

 本件でも、甲は両親を殺害した直後に、その現場で同キャッシュカードを発見し、これを自己の手中に収めているのであって、時間的場所的に接着して、両親らの生前の占有を侵害したものとして、「窃取」に当たる。

 また、キャッシュカードの形状に照らし、甲がこれを実際に取得した時点で、事実上の占有は移転しており、本罪は既遂に達する。

 なお、甲が財物の奪取意思を生じたのは、両親を殺害した後であるから、財物奪取に向けられた殺害行為を認めることはできず、強盗罪(2361項)は成立しない。

4 続いて甲が、母Eの声色を用いてCに電話をかけ、CをしてEであると誤信させ、これをもってキャッシュカードの暗証番号を聞き出した行為につき、詐欺利得罪(2462項)が成立する。

 まず、甲の行為はCをしてEであると誤信させ[k3] 、これをもって暗証番号という情報を流出させており、詐欺罪の実行行為に当たる。

 では、キャッシュカードの暗証番号それ自体をもって、同罪にいう「利益」ということができるのか。

 この点、本件では単に暗証番号を取得した場合とは異なり、既にキャッシュカードを取得した者が暗証番号をも取得したのであって、これによってATM等を用いて事実上、その同口座の預貯金等の払戻しを受ける地位を獲得したといえる。このような地位が財産上の価値を有することは明らかであり、これをもって「利益」ということができる。

 したがって、甲が暗証番号を聞き出した行為をもって、詐欺利得罪が成立する。

 なお、甲は結局逃走の際にキャッシュカードを落としており、預貯金等の払戻しを受けるに至っていないが、暗証番号とキャッシュカードを用いて払戻しを受け得る地位自体に財産上の利益を認めるのだから、かかる事情ゆえに、本罪の成否が左右されるわけではないと解する。

5 その後、甲が玄関先でFに出会い、逮捕を免れる目的でこぶし大の石を投げつけ、同人に重傷を負わせた行為につき、事後強盗傷人罪(240条前段)が成立する。

1) まず、「窃盗」である甲は、捕まってなるものか、と「逮捕を免れ」る目的で、こぶし大の石を至近距離から顔面に向けて投げるという相手方の意思を抑圧するに足る「暴行」に及んでおり、これは窃盗を行ったE宅の玄関先で、時間的にも連続してなされており、窃盗の機会にされたものと言え、事後強盗罪(238条)への着手が認められる。

2) そして、強盗致傷罪はその人身犯的性格に照らし、致傷結果が生じれば既遂に至るといえ、Fが重傷を負った点で、甲の行為につき強盗傷人罪が成立する。

3) なお、同行為によりFのかけていたメガネも粉砕しているが、従たる法益侵害として、別罪(261条)を構成せずに、強盗傷人罪に吸収されると解する。

6 罪数処理

 以上より、甲には、①住居侵入罪、②両親に対するそれぞれの殺人罪、③窃盗罪、④詐欺罪、⑤強盗傷人罪が成立するが、③は⑤に吸収され、①と②・④はそれぞれ目的手段の関係にあり牽連犯となる(541項後段)ところ、①をかすがいにして全体が牽連犯となる。そして、これらと⑤が併合罪となる(45条)。

2 乙の罪責

1[k4]  まず、乙が甲に対し、その両親を殺害するように持ちかけた行為につき、殺人罪の共同正犯(60199条)が成立する。

 ここで、乙は実行行為に関与していないため、共同正犯足りうるのかが問題となる。

 この点につき、60条の趣旨は、共犯者間の相互利用補充関係に基づき、自己の犯罪を完遂した場合に、全部実行の責任を問う点にあり、このような関係が認められる限りで、なお「共同して犯罪を実行した」と認められる。具体的には、心理的因果を基礎づける共謀の存在と、正犯性を基礎づける犯行への重大な寄与があれば、背後者も共同正犯となる。

 本件では、乙と甲との間で、「早く殺して」等の明示的なやりとりがあり、殺人に関する共謀が認められる。そして、乙は甲への言動以外に何らの働きかけをしておらず、教唆(61条)にとどまるとも思えるが、愛人関係をバックに、甲との情をして同人を一定程度支配し得る関係にあり、乙の発言無くして甲は実行に及ばなかったといえること、また本件殺害計画の結果、自己もマンションを買い与えてもらうという利益享受の約束があったこと等からすれば、乙に重大な寄与を認めることができる。

 したがって、乙につき、甲の両親に対する殺人罪が成立する。

2 また、その後Hを介して甲を殺害した行為につき、少なくとも殺人罪の共同正犯(60199条)が成立する。

 なお、クラブAの経営権の獲得を目的にしていた点で、強盗殺人罪(240条後段)が成立しないかが問題となるも、経営権自体は甲の死後に適法な選出行為等を経て移転するものであり、甲を殺害したからと言って乙に直接的に移転するものではないところ、これをもって利得と評価することはできず、利得に向けられた暴行という、同罪の実行行為性を欠くため、その成立は否定される。

3 罪数

 以上より、乙には、甲の両親、甲に対する殺人罪がそれぞれ成立し、その3つは併合罪となる(45条)。


 [k1]殺意をもって、と書くこと!

 [k2]判例は、窃盗に着手し、いつでも容易にその占有を取得できる状態に置いておいたキャッシュカードの暗証番号を強いて聞き出した事案

なので、占有移転自体は既遂に至っている必要はない。

 [k3]欺罔内容は、CEの同一性の欺罔である。

財産上の損害も論点になる。誰に情報を取得させるかは、交付判断の重要な基礎になる事項である

 [k4]共謀の射程も問題になる。

刑法事例演習教材〔第2版〕㉒

43


1 甲が、客Aの提示したクレジットカードの情報を盗み見て、ひそかにこれらを内容とするメモを作成しても、何らの罪責も負わない。

 「財物」とは、可罰範囲の明確性の観点から、有体物を指すと解され、有体物でない情報をもって「財物」とは評価できず、また当該情報自体が何らかの財産上の利益を有していたとしても、利益窃盗は不可罰である以上、窃盗罪(235条)は成立しない。

2 甲がB社のインターネットサイトにアクセスし、A名義のクレジットカード情報を用いてCDの注文を行った行為について

1[k1]  まず、甲はAのクレジットカード情報という虚偽の情報を用いて、CDという財物の交付を受けているが、本件ではCD購入の契約の処理はコンピュータにより自動処理されており、詐欺罪の実行行為をなす欺罔行為の相手方を観念することができない。したがって、詐欺罪の成立は認められない(2461項)。

2[k2]  他方で、CDを虚偽の情報に基づいて発送させ、甲がこれを取得した点をもって、C社の意思に反して事実上の支配を取得するという「窃取」を認めることができるから、窃盗罪(235条)が成立すると考えられる。

 なお[k3] 、本件では、発送から甲による取得までの間に、店員Dによる交付行為が介入しているが、Dは甲による欺罔行為を知らず、甲の窃取行為につき何らの規範的障害とはならない以上、本罪の成立を妨げるものではない。

3[k4]  また、甲が「人の事務処理を誤らせる目的で」Aの名義を用いて本件CD購入に関するデータである「義務…に関する電磁的記録」を「不正に作った」点で、電磁的記録不正作出罪(161条の21項)が成立し、更に同データがB社のサーバーに記録された時点で、同供用罪(同条3項)も成立する。

3[k5]  甲がE社のインターネットサイトにおいてAのクレジットカード情報を入力し、映画のデータをダウンロードし得る状態を取得した行為につき、電子計算機使用詐欺罪(246条の2)が成立する。

 まず、甲はAのクレジットカード情報という真正な情報を用いている点で、「虚偽の情報」を与え不実の電磁的記録を作成したといえるのかが問題となる。

 この点、本罪が虚偽情報により電子上の不正な利益取得を処罰している趣旨に鑑みれば、虚偽であるかどうかは、単に情報を個別に判断するのみではなく、当該事務処理との関係で、その内容が真実に合致しているか、という観点から判断すべきである。

 そうすると、本件では決裁権限を与えられていない甲が、Aの名義を用いたことは、有償の映画データのダウンロードという事務処理との関係で、真実性を欠く[k6] といえ、なお「虚偽の情報」に当たる。

 そして、甲は当該行為により映画をダウンロードできる状態を取得しているが、このようなサービスは本来有償でのみ得られる点で、財産的な価値を有していることは明らかであり、「財産上不法の利益を得」た[k7] ということができる[k8] 

4 罪数

 以上より、甲には、①窃盗罪、②電磁的記録不正作出罪、③同供用罪、④電子計算機使用詐欺罪が成立し、②・③は手段目的の関係にあり牽連犯(541項後段)となり、これと①④とは併合罪(45条)となる。


 [k1]詐欺の方が重いので、窃盗に先立って詐欺罪を検討する。

Dを処分者とする三角詐欺の成否?

会社を被害者として、Dを処分者とする三角詐欺であるが、その場合Dを処分権限者と解さねばならない。しかし、この地位を認めるには、被害者のために財産を処分し得る権能ないし地位が必要であり、単なるアルバイトDにこれを認めることはできないだろう

 [k2]電子計算機使用詐欺を検討する場合、その客体は財産上の利益移転である(本件では代金支払いの免脱か)。

そうすると、本件では財産移転を客体としてひとまず検討しているので、同罪の成否は最後ということになり、まずは窃盗罪から検討すべきだろう。

 [k3]本件で、C社に対するデータを打ち込んだ時点で、実行行為性を認める場合には、①間接正犯性(=Dを介している点)と、②当該行為時点で法益侵害の危険が本当に生じているのか、が別に争点になろう。本件では、機械的にデータ処理がされることと、Dは末端のアルバイトに過ぎず、何らかの障害になるわけではないので、②危険も肯定できるだろう

また、この構成の場合、既遂時期も問題になる(自分が受け取った時点である)。

 [k4]もし紙媒体なら私文書偽造罪が成立する場合に、検討することになる。

また、本罪の検討をする場合には、「文書」に当たらないことが前提である

本罪の「不正作出」とは、設置運営主体の意思に反する電磁的記録の作出をすべて処罰し、私電磁的記録であっても無形偽造も処罰される

 [k5]電子計算機使用詐欺罪につき、後段が問題になるのは、キセル乗車の場合のみである

 [k6]本件では、他人名義のクレジットカード使用を本件取引が認めていないので、本件でもこれに当たる。

クレジットカード制度は,個別的な信用を基礎として,何らの担保的措置を講ずることなく個別の信用を供与するものであるため,他人名義のクレジットカードによる決済は認められていない

 [k7]本件では検討されていないが、実行行為の相手方(詐欺にいう被欺罔者)と被害者は同一でなくてはならず、本件ではEFとで一致していない。しかし、FEからの委託を受けているので、両者を同視することができる

 [k8]なお、サービスの提供が利益に当たるのかは一応議論となる。

有力説は、対価の支払いを通常伴うような役務・サービスの提供については財産上の損害に当たる


44


1 丙の罪責

1 本件手術の執刀者である丙が、Bの死亡を予見できながらあえて無謀な手術を行い[k1] Bを死亡させた点につき、業務上過失致死罪(211条前段)が成立する。

2 構成要件該当性

1) まず、丙は医師として社会生活上反復継続して、手術のような人の生命・身体に対して危害を加えかねない事務を行っており、「業務上」という要件を満たす。

2)ア では、「必要な注意を怠」ったといえるか、過失の有無が問題となる。

イ ここで、過失とは、不当な処罰範囲の拡大を防ぐべく、心理状態ではなく、客観的な行為態様の問題として考えるべきである。そこで、過失とは一般人を基準とした結果発生の予見可能性に基づく、結果回避義務違反をいうと解する。なお、一般人とは当該行為を行う上で通常想定される抽象的な通常人を意味する。

   ウ 本件で、丙はBが死亡することを認識していたとは言えないが、標準的見地からの医学的評価に従えば、手術の適合性はなく、通常の医師を基準とした一般人からすれば、死亡結果の発生が明らかに予見できた。そして、丙は死亡を避けるべく手術を行うべきでなかったのにこれを行った点で、結果回避義務が認められ、過失が認められる。

3) また、Bの死亡が丙による手術に基づくことは明らかゆえ、因果関係も認められる。

2 治療行為としての違法性阻却[k2] 

1) 他方で、Bは手術を行うことに同意しており、手術は医師の治療行為としてなされるところ、当該行為をもって違法性が阻却されるとは言えないか(35条)。

2) そもそも、違法性の実質は社会倫理規範に反した法益侵害にあると解されるから、社会的に相当な行為といえる場合には違法性は阻却されると考えられる。治療行為に関しては、当該行為が治療目的を有し、方法としても医学的に相当な手段を用いられ、患者の有効な同意が存在する場合には、社会的に相当な行為として違法性が阻却されると解する。

3) これにつき、本件手術が治療目的をもってなされたことは明らかであり、またその方法それ自体は、出血後の手術チームの対応が適切であったことからもわかる通り、医学的に相当な手段を用いていたといえる。

   また、手術に先立ち丙はBにその内容を説明し、同意を得ている。しかし、手術が患者の命に係わる問題である以上、死亡の可能性を含めたリスクの点まで説明すべきところ、丙はこれを怠っており、実際にBは入院してから一貫して一か八かの危険な手術は受けたくないと表明していた。このことからすれば、Bは丙が適切な説明をしていれば手術に同意しなかったといえ、その意思に重大な瑕疵があるから、これに基づく同意は無効である。

   したがって、本件では有効な同意がなく、治療行為として違法性が阻却されることもないため、丙につき、業務上過失致死罪が成立する。

2 乙の罪責

1[k3]  乙は、本件手術の実施を丙とともに決定し、これに助手として参加していることから、Bの死亡につき、丙との共同正犯として業務上過失致死罪(60211条前段)が成立する。

21) まず、過失とは心理状態に過ぎず、これを「共同」することができず、過失の共同正犯は認められないのではないかが問題となる。

2) この点、前述のとおり、過失とは客観的な行為態様の問題として考えられるから、これを共同して実行することは可能である。そこで、共犯者各人に共同の注意義務が認められ、それに共同して違反したといえる場合には、過失の共同正犯も認められると解する。

3) 本件で、乙らの医療チームは、生命侵害をもたらしかねない本件手術を実施しており、高度の危険を含んだ共同行為を行っている。

この点、丙は執刀医であり、乙はその助手であったに過ぎないと考えれば、その地位が同格とは言えず、共同の注意義務は認められないとも思える。しかし、乙は本件医療チームの指導医であり、チーム内の部下である丙よりもむしろ上位の地位にあり、また場合によっては乙が執刀に当たることも考えられるのであり、その地位は互換的ともいえる以上、両者を同一の地位にあるとみなしてよい。

このことからすれば、乙も丙と同様に本件手術なあたり適切にその当否を判断し、これを行うべきでない共同の注意義務を負っていたにもかかわらず、あえて手術を行った点で、共同の注意義務に共同して反してBを死亡に至らしめており、過失の共同正犯が成立する。

3 なお、以上の意味でチーム医療を行うに際して注意義務を分担する乙につき、丙を信頼することによる過失の免責がなされないということは、リスクの押し付け合いを認めないという点から、当然である。

3 [k4] の罪責

1 まず、丁も乙と同様に本件手術の助手であったことから、丙らとともに過失の共同正犯として業務上過失致死罪(60211条前段)が成立しないかが問題となる。しかし、丁は乙と異なり、医師2年目の研修医であり、本件手術にも純粋な意味での助手として参加していたにすぎず、丙らと同様の地位にあるとは言えず、共同の注意義務を課すことができない以上、過失の共同正犯は成立しない。

21) 他方で、丁は本件手術を行った場合にはBが死亡するかもしれないということを認識しており、にもかかわらずこれを避けるべく適切な措置を講じなかったとして、過失が認められないか。

2) ここで、結果回避義務違反が認められるには、行為者に不可能を強いることができない以上、結果回避可能性があることが前提となる。したがって、結果回避が不可能な事柄については、これを義務として課すことができない。

3) 本件で、丁は、医療チーム内の上司に当たる丙・丁に対し手術の危険性を訴えていたが、これを退けられている。また、手術に先立つ医局会議でもその危険性を指摘するが、ここでも意見を認めてもらえなかったが、手術を避けるべく研修医としてなすべき事柄はすべてなしていると評価できる。この点、チーム医療の末端にいるに過ぎない丁において、以上の行為を超えて結果回避のための措置を講じるよう求めることは不可能である。

   したがって、丁は手術の回避に向けなすべき行為を尽くしており、結果回避義務違反が認められず、単独での過失も認められない。

3 よって、丁は本件に関し、何らの罪責を負わない。

4 甲の罪責

1 本件医療チームの責任者の地位にある甲が、本件手術を行うに際し、丙らを適切に監督せず、よって手術を施行させ、Bを死亡させた点につき、業務上過失致死罪(211条後段)が成立する。

2[k5]  まず、甲は本件手術には参加していないが、本件医療チームの統括者の地位にあり、乙・丙らが過失行為を行わないように監督すべき義務を負っていたにもかかわらず、Bの手術に際し、その生命侵害の危険を予見可能でありながら、適切な指導を怠り、手術を実施させた点で、過失を認めることができる。

31) もっとも、本件でのチーム医療のような場合には、その統括責任者は下位の医師の業務遂行を信頼して分担していることが通常といえ、信頼の原則により、過失が否定されるとは言えないか。

2) この点、過失の処罰範囲の適正化を図るべく、信頼が現に存在し、その信頼が相当であると認められるような場合には、結果回避義務を課すことができず、過失は否定されると解する。そして、本件のように上下関係が存在する場合にも、その適用は否定されない。

3) 本件では、甲は丙らの適切な施術を信頼していたといえる。しかし、甲は自らも医局会議に参加し、丁から本件手術の危険性につき指摘を受けており、その点に関し何らかの考慮を尽くすべきであったのに、これを無視して手術の実施を認めている点で、その信頼が相当なものとは言えない。したがって、信頼の原則の適用は認められない。

   以上より、甲につき業務上過失致死罪が成立する。


 [k1]本件では手術自体を過失とみてよい。明らかに無謀な行為とされており、その施行自体が結果回避義務違反になる

 [k2]そもそも過失犯で被害者の同意(治療行為)を論じることはできるのか?できると考えてよい。

また、本件では丙に関しては傷害致死罪(205条)を問題にすることも可能である。身体侵襲自体は認識しており、この意味で故意を認めることができるからである

これを認めた場合には、業務上過失致死罪とは包括一罪になるのではないか。その場合の共犯関係は?

 [k3]同時犯としても処理が可能ということに触れるべきである。

同時犯で構成する場合には、乙固有の過失を設定したうえで、因果関係について論じる必要も生じる(自分の行為が無くても結果が発生していたのではないか)

この点、過失の共同正犯で処理する場合には、この問題を回避できる。

 [k4]因果関係の否定でもよい

 [k5]甲の過失として考えられるのは、

直接過失=自ら最終的な判断を行う職責と権限があり、にもかかわらず適切な判断をしなかったこと

監督過失=丙らが適切な治療を行っているかどうかを監督し、ひとたび治療方針として手術が選択されたときでも疑義があれば確認し、指示を与えて選択の誤りを是正すべき職責と権限があった

 

監督過失がメインで問題になるのは、自らが関与しない部下の行為が問題になる場合である。もっとも、この場合には予見可能性が問題になる

カテゴリー
  • ライブドアブログ