2017-09-30

みそ煮込みうどん

朝夕がちょっぴり肌寒くなってきたこの季節、FBフィードに誰かが食べた味噌煮込みうどん写真がアップされていた。

それで、はっと昔のことを思いだした。


わたしは当時うつ病で、通院するほかはほとんど外出もせず一人で暮らしていたマンションに引きこもっていた。

夜な夜なネット徘徊していろいろな人ととりとめもない会話をしていて、2ちゃんスレで十歳下の男の子と知り合った。

彼も引きこもりだった。

中学時代からずっと引きこもっていて、当時は18歳だった。

お互いずいぶん遠くに住んでいたのだが、メンヘラどうしで話が盛り上がり、彼はわたしの住んでいるところまで新幹線バスを乗り継いでやってきてくれた。

彼にとっては大冒険だったはずだが、生まれて初めての長距離移動がうまくいったことはずいぶん彼の気持ちを前向きにしたように思えた。

それからそのまま、うちで一緒に暮らした。


ある日、病院から帰ってきたら彼が興奮気味で話してくれた。


少しでも外に出てみようと思い、住んでいるマンション通路部分で見晴らしのよい場所を見つけて長いこと外の景色を眺めていた。

そこが、よそのお部屋の玄関ドアの真ん前だったらしい。

そのお部屋の奥さんが、仕事中の旦那さんに携帯で「ドアの外に不審者がいる」とSOSを送り、駆けつけた旦那さんに彼は声をかけられた。

しどろもどろになりながらも、決して怪しい者ではない、同じマンションに住んでいる者で、たまたまここが眺望がよかったので立ち止まって景色を眺めてしまっていた、と説明したところ何とかわかってもらえた。


という話をしてくれた。


慌ててそのおうちに伺ってお詫びをした。

旦那さんは最初に彼を見たときに「何か事情がある子なんだろう」というのはわかったらしく、「よければ詳しく話を聞かせてほしい」とおっしゃった。

疑っているわけではなく純粋に親切心から言われているのがわかったが、どちらにしてもご迷惑をおかけした以上説明はしなければならないだろうと思って、彼の現状やわたしと知り合って一緒に暮らすようになったいきさつなどをかいつまんで話した。

そこからどういう話でそうなったのかは覚えていないのだが、別日に改めて旦那さん、奥さん、彼、わたしの4人で、近くのうどん屋に食事に行った。

「何が食べたい?なんでも食べたいもの食べろよ」

と気さくにすすめてくださる旦那さんの言葉に甘えて、彼が頼んだのは味噌煮込みうどんだった。

おいしいです、本当においしいです、と彼はすごくうれしそうに食べていた。

その旦那さんは、とある武道師範資格を持っているそうで、彼を練習に誘ってくれた。

彼も「行ってみたい」と言っていた。

それで何かが変わるかもしれない、と。

でも結局タイミングが合わなくて、練習に参加させていただくことはできなかった。

彼が自殺したとき、そのおうちにも連絡した。

わたしは半狂乱になっていて当時のことをよく覚えていないのだが、事情を知る知り合いが代わりに行ってくれたようにかすかに記憶している。

旦那さんと奥さんが、すぐにうちに来てくれた。

立派な体格の旦那さんが、小さく小さく体を折りたたみ、言葉一生懸命に選びながらわたしを気遣ってくれていたのを覚えている。

彼が味噌煮込みうどんをごちそうになっているときには、確かに何かが変わる予感がした。

そのときの、かすかな希望、明るい見通し、のようなものを、錯覚だったのだけれど、ふいに思いだした。

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