ノーベル物理学賞『重力波』に注目
世界を変えるような画期的な研究に与えられてきたノーベル賞。私たちNHKは、毎年ノーベル賞の発表にむけてさまざまな研究者にその年の注目点などを取材しています。私は物理学賞を担当しているのですが、取材をしていてことしほど多くの人が1つの成果に注目しているというのは、珍しいと感じています。その成果とは「重力波の初検出」です。今なぜ「重力波」が注目を集めているのか。そこには初検出の偉業に留まらず、今後宇宙誕生の謎に迫るための大きな武器になるという期待があります。そしてその先には、日本人研究者の新たなノーベル賞受賞の可能性も見えてきました。(科学文化部記者 大崎要一郎)
時間や空間は伸び縮みする?
私たちがふだん生活していると、空間や時間が伸び縮みするなんて、感じることもイメージすることも難しいですよね。しかし、20世紀最大の物理学者アインシュタインは、時間や空間はゆがむもので、そのゆがみは水面を伝わる波紋のように、波として時空を伝わっていくと予言しました。100年も前の予言ですが、私たちはようやくそのことを実感できるようになってきました。時空を伝わるゆがみの波「重力波」をついに捉えたのです。
「We did it!」広がり続ける重力波検出の衝撃
2016年2月、アメリカにある「LIGO重力波観測所」の国際研究チームが、世界で初めて宇宙から来る「重力波」を検出したと発表しました。しかし、衝撃はこの発表に留まりませんでした。それから1年余り、チームはさらに2度の「重力波」検出に成功し、この記事を書いている9月27日にはついに4度目の検出を発表したのです。検出したのはいずれも、太陽の何十倍も重たいブラックホールどうしが衝突し、合体するときに出た「重力波」でした。こうした成果に今、世界中の研究者が驚いています。
検出したLIGO
「重力波」を検出したLIGOは、長さ4キロメートルもあるパイプが2本L字形に交わった形をしています。
この管の端にある鏡にレーザー光を当てて、跳ね返ってくるところに検出器がついています。2本のパイプに同時にレーザー光を放つため通常は同じように跳ね返ってきます。
しかし、重力波が到達すると空間がゆがんで2本のパイプの長さが変わるため、中を通る光がわずかにずれて到達するのです。このずれ方の変化を捉えることで、どのような重力波が来たかを検出する仕組みです。
しかし、地球に届く重力波の大きさは水素原子1個分程度とあまりにも小さく、アインシュタイン自身が観測は不可能ではないかと言ったほどです。
果たして初めての検出はいつになるかと注目されていましたが、大幅な改造を施して本格的に稼働する直前のなんと試運転の最中に成功しました。
そのうえ、2年足らずで合わせて4度も検出することができたのです。アインシュタインの「最後の宿題」と呼ばれていた重力波を実際に、しかも4度も見つけたのですから、研究者たちの驚きや喜びもうなずけます。
驚きの背景
ただ、驚きの理由はそれだけではありません。1つは重力波が、誰も文句のつけようがないほどにはっきりと捉えられたことです。
初検出当時、LIGOは観測を始めたばかりで、高い感度で重力波を捉えられるとは考えられていませんでした。ところが、研究者自身も何かの間違いではと疑ったほどはっきりとした波が捉えられ、予想を大きく覆したのです。
もう1つは、ブラックホールどうしの衝突という、それまで実際にあるかどうかすら分かっていなかった現象から生じた重力波を捉えたことです。
そもそもブラックホールのような光を出さない天体は、これまでの望遠鏡では見ることができません。宇宙では私たちが想像もしなかったような頻度で、時空そのものを大きくゆがめるダイナミックな現象が起きていることが初めてわかったのです。まさに宇宙観を変えるような発見と言ってよいのではないでしょうか。
ブラックホール合体とわかったのは
なぜ今回検出された重力波が、ブラックホールの衝突によるものだとわかるのか、気になりますよね。実はこれもアインシュタインのおかげです。
研究チームは、アインシュタインの理論(一般相対性理論)に基づいて、どんな時にどんな重力波が生じるか理論上の予測を行いました。
初検出の時の重力波の波形を予測に当てはめてみると、太陽の36倍と29倍というとてつもなく重たいブラックホールどうしが衝突し、合体したことを示す波形と、ほぼ一致したんです。
さらに合体によって太陽3つ分軽くなっていて、そのエネルギーが重力波として放出されたことまで導くことができました。アインシュタイン最後の宿題と呼ばれる重力波の検出は、アインシュタイン自身の遺産によって、豊かな情報を伴った価値ある形で実現されたんです。
世界で建設ラッシュ 日本は
LIGOの成果に世界中が興奮する中、ことし8月にはヨーロッパで新たな重力波検出器VIRGOが動き出しました。
27日に発表された世界で4度目の検出は、このVIRGOがLIGOと同時に成し遂げたものです。VIRGOが加わったことで、重力波がどの方向から来たか、これまでの10倍も詳しくわかるようになったということです。
欧米を追いかける形で、日本も重力波の観測に向けて準備を進めています。東京大学の宇宙線研究所が岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の跡で建設を進めるKAGRAです。
KAGRAは来年度中の本格稼働をめざし、建設が最終段階を迎えています。KAGRAの特徴は、雨や風といった振動の少ない地下にあるため、重力波を観測しやすいこと。そして、装置を極低温まで冷やすことで、熱による振動も抑えて非常に高い感度で検出できると期待されていることです。
KAGRAの中心的なメンバーである川村静児教授は、LIGOの建設にも初期から携わった重力波観測のスペシャリストです。川村さんは「世界の観測ネットワークにKAGRAが加われば、さまざまな現象をさらに詳しく調べることが可能になり、『重力波天文学』の質が格段に向上する」と話しています。
重力波天文学への期待
では今後どのようなことが期待されるのか。川村さんは、重力波を使って、光を出さない星など、これまで見ることのできなかった宇宙のさまざまな現象を知ることができると言います。
たとえば、宇宙は今も膨張し続けていると言われているのですが、重力波を調べることで、それがどれくらいのスピードで進んでいるのかを知ることができます。そのスピードが分かれば、宇宙がどこまで大きくなるのか、このまま消えてなくなってしまうのか、それともどこかで小さくなるのか、といった宇宙の将来を知る手がかりにもなると期待されているのです。
それだけではありません。ちょっと想像することも難しいのですが、物理学の世界では、私たちの生きている縦横高さの3次元に時間を加えた4次元の世界以外に、5次元、6次元と別の次元が存在しているという理論があります。
私たちはその存在を見ることも聞くこともできませんが、なんと重力だけは次元を超えることができると言うのです。将来、重力波の観測が進むと、地球に届く重力波が予測よりも少ない事実がわかるかもしれません。それが重力波が別の次元にしみ出している証拠になるのではというのです。
想像もつかないような話ですが、川村さんは「われわれがまだ考えていないようないろいろな物が見つかると思います。それによって今のわれわれの宇宙に対する理解ががらっと変わると思います」と今後の成果への期待を述べていました。
最大の挑戦「原始重力波」
さらに、世界中の重力波の研究者が、検出に挑戦しようとしているのが、宇宙の始まりからの重力波、「原始重力波」です。
現在の有力な宇宙理論では、私たちの宇宙はとてつもなく小さな状態から、ほんの一瞬で膨張し、火の玉の状態(ビッグバン)になったと考えられています。
しかし、人類がこれまでに見ることができたのは、宇宙が誕生してから38万年後の様子までで、それより前は宇宙があまりにも高温高密度で、光が出てこられなかったために、いま見ることはできないのです。
ところが重力波には、あらゆるものを突き抜ける性質がありますから、「原始重力波」が今も宇宙を漂っていると考えられています。
これを捉えることができれば宇宙の始まりの頃にどんなことが起きていたのかもわかると期待されているのです。先ほどの川村さんによれば、「原始重力波」が見つかれば間違いなくノーベル賞級の成果だということです。
理論提唱の日本人研究者は
実は、宇宙の始まりを説明したこの理論を提唱したのは、日本人研究者の佐藤勝彦東京大学名誉教授です。
1981年、アメリカ人研究者と同時期に発表した理論は「インフレーション理論」と呼ばれます。今や多くの研究者に支持される有力な理論となっていますが、その確からしさを裏付ける最後のピースが、インフレーションによって生じたと考えられている「原始重力波」の検出なのです。
佐藤さんは今後への期待を込め、「『原始重力波』が見えるなんてまだまだ夢物語のように語られていたと思いますが、今回、本当に重力波があるということがわかったことによって、『原始重力波』の検出もすごく現実味を帯びてきたと思います。理論で提唱したものの存在が観測で本当に分かれば、理論物理学者としては最高の喜びだと思います」と話していました。
観測は宇宙で
すぐにでも見つかってほしい「原始重力波」ですが、これまでに検出された重力波よりもはるかに弱いため、今ある設備での検出は難しいのが実際です。そこで、宇宙に重力波検出器を作ろうという計画もあります。
日本の計画では、3機の人工衛星を打ち上げ、1000キロもの間隔でレーザーの光をやり取りすることで、ほんのわずかなゆがみもキャッチしようとしています。具体化するのはまだ先ですが、佐藤さんの言葉のように夢物語から現実的な目標になったと言えるかもしれません。
ノーベル物理学賞の系譜
今回の取材を始めたきっかけは、ノーベル賞を前に、注目の研究を調べることでした。重力波の初検出は、それ自体すばらしい成果ですが、その先には多くのノーベル賞級とされるような成果が期待されていることもわかりました。
ただ、そうした研究は今や何百億、何千億という予算を必要としています。こう書くと、「その研究が私たちにとってどんな意義があるのか」という声が聞こえてきそうです。もちろんすぐに何かの役にたつということはないでしょうし、一般の人たちに理解されない研究は、続けていくのが容易ではないとも思います。
取材の中で、私は佐藤さんにこの問いを投げかけました。
佐藤さんは「私たちが暮らすこの宇宙がどのような成り立ちを持っているのかや、これからどうなっていくのかといった問いこそが、研究の源泉であり、私たち人類が本能的に知りたいと願うことなのではないか。実際に多くの人たちが興味を持ってくれていることはありがたい」と話し、研究者の好奇心が、人類が抱き続けてきた疑問を解き明かしていくことの意義を伝えるとともに、関心を持って支えてくれる人たちに感謝の気持ちを示していました。