後輩は言った。「先輩も生きてください」

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後輩は会社を辞めた。
しかしそんなことはすぐに忘れてしまった。
某国からのミサイル攻撃が、全てを吹き飛ばしたのだ。

※リンク先の物語がしっくり来なかったので書いてみた。



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スマフォがけたたましく鳴り響き、一度は目を覚ました彼女だったが、連日のJアラートに、画面を見ることなく二度寝を決め込んだ。

それから数時間。
アラームによって目を覚ました彼女は出勤準備を始めた。
部屋にはテレビがなく、情報を得るには能動的に行動するしかない。
しかし連日の残業でスマフォの画面を確認する気になれず、外がどうなっているか彼女が知るには、まだしばらくの時間が必要だった。

▪️

それからの数日、これまで生きてきた経験も知識も役に立たない日常が訪れた。

港区にあった彼女の会社は、爆心地から数キロの避難地域にあり、近づくこともできない。
Youtubeにあがったテレビの動画を観ても都内のかなりの地域が、瓦礫の山と化しているように見える。
彼女の会社がどうなっているかは不明だが、似たような惨状になっていても不思議ではなかった。

昼過ぎに到着した会社からのメールによると、政府からの戒厳令発令に従い、数日は自宅待機とのことだった。
ミサイルが落ちたその朝でも、多くの人々が駅に溢れ、何とか出勤しようとしていたというから日本人というのは、つくづく御し難い。

彼女にしろ会社からメールが来なければ会社に向かっていたかもしれない。
今週末が期限の書類があるし、返信しなければならないメールも、プレゼン用の資料作りも途中だった。
だがミサイル攻撃のせいで保存されていたデータは破損したらしい。
クラウドに保存されているというメールはともかく、少なくともプレゼンは考えなくて良さそうだ。

それに爆心地からの距離や風向きを考えれば、彼女もここから避難したほうがいいのかもしれない。

こういうときにどうすればいいのか。

彼女がいつも読む、ビジネス書にも、幼い頃読んだ少女マンガにも、それは書いていなかった。
ピーター・F・ドラッカーも、引き寄せの法則も、ミニマリストの教えも、役に立たない。

彼女は、ネットを漁って情報を探したが、どれも扇情的なタイトルで煽るだけの記事や、どこかのニセ科学本を丸写ししたブログばかり。
フェイクニュースなんて自分には無関係と思っていたのに。
こういうときには邪魔にしかならない。
SNSには放射線の危険性を声高に叫ぶ無数のアカウント、あるいは某国への報復を叫ぶ右翼のアカウントがひしめいていた。
ネットサーフに興味のない彼女には、デマと情報を見分ける決定的なリテラシーが欠けている。
一体何を信じていいのかわからない。


ミニマリストの彼女の部屋には何もない。

だから食料もない。
平時ならスーパーやコンビニにでも買いに出ればいいが、今外出して本当に大丈夫なのか。
水道は出るが、飲んでいいのかわからず、たまたま買い置きしてあったペットボトルの水もすぐに底をつく。

ネットでは、彼女の住む地域で、放射線の影響を受け鼻血を出したというツイートも拡散されている。
彼女は空腹を抱え、窓の外を見るしかなかった。

▪️

その後、会社は放射線の影響が軽微な場所で再び業務を開始。
通勤は遠くなり、乗り継ぎを何度も繰り返しようやくたどり着ける。
会社の近くに引っ越しを考えているが
同じように考える人が多いらしく、周辺の地価や家賃が高騰しているとも聞く。

会社の業務は、すっかり様相を変えた。
これまでの業務は減り、被災地への支援や復興への手助けが急増した。
戦争への足音が聞こえる中、会社もまたそんな時勢に対応しなければならない。

それは彼女のこれまでの経験や知識の範疇を超えていた。
それでも彼女はなんとか会社の一員として、毎日懸命に働いた。

▪️

昼休憩。
いくら爆心地から離れているとはいえ、外での食事に抵抗のある彼女は、広々した食堂での食事が最近のルーチンになっていた。

食事をしながら課題図書を開いてみるが頭に入らない。
ここに書いてあることは、もうこれからの世界では役に立たないかも知れない。

部屋の片隅。
付けっ放しのテレビでは、ドローンによる被災地の惨憺たる映像や、高まる本格的な戦争の気配を伝えている。
右翼は血気盛んにデモ行進し、議員の大半が行方知れずの中で臨時に作られた国会は当然のごとく紛糾。

ただ孤立しつつある某国との本格的な戦争はもはや避けられそうにない。
日常もSNSも、日本のどこもかしこも来るべき戦争一色になっている。

社会人としての向上や計画性のある未来や、社会参画の意義。
それらはすべて、明日、突然無くなってもおかしくない危うい「平和な日常」の上に成り立っていたのだと、先の震災で学んだはずの教訓を、彼女は、思い出していた。

そんなときだった。
会社を辞めた後輩からメールが届いたのは。

▪️

先輩。
無事ですか。

僕は今、被災者の方々へ支援を行うボランティアとして日々働いています。

僕は、社会人としてはダメでした。
会社の役に立てない、社会の役に立てない。
だからこそ、こういうとき、人のために役に立ちたい。
そう思ったんです。

これまでの知識も役に立たない。
いつ死ぬかもわかりません。
ちょうど仕事を辞めたばかりでしたから毎日暇だったんですけどね。

これから先、どうなるかわかりません。
もしかすると戦争になるかもしれない。

ただ、こんなときだからこそ、自分ができることをして、毎日を、後悔しないように生きたいと思いました。

先輩も生きてください。
 
 

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