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「ゲームばかりしてないで、本を読めば?」と、彼女は言った。

社会人5年目で後輩の指導を任されるようになった彼女は、新人と行動を共にすることが増えた。

「まだ、課題図書も読んでいないでしょう。」

しかし、移動中も、昼休みもその新人はずっとスマートフォンのゲームばかりしている。

「ゲームが好きなんです。」と、彼は言った。

「自由時間に何をしようが、勝手じゃないですか。ほっておいてください。」彼は画面に目を落とす。

「そりゃ、自由時間に何をしようが別に構わないけどさ。ちゃんと課題はこなしてよね。」

彼は迷惑そうにちらっと彼女の方を見た。

「…はい。」

 

 

「通勤の時さ、車内でスマートフォンのゲームやっているひと多いよね。」

と、彼女は隣の席の同僚に言った。

彼は同期の中でも仕事ができると評判だ。

 

「そうだね。」同僚は相槌を打つ。

「一体何がそんなに面白いのかな。」

「通勤の時ヒマだとか、ゲームが大好きだとか、いろんな理由があると思うけど。」

「ねえ、スマートフォンのゲームやったことある?」

「うん、昔はハマってたよ。今はそれほどでもないけどね。」

「何がそんなに面白いの?」

「うまく言うのは難しいんだけど…。僕が一時期ハマっていた理由は、手っ取り早く達成感が味わえる、ってところかな。」

 

彼は、カバンからスマートフォンを取り出し、ゲームを立ち上げて彼女に見せた。

「ほら、こんなかんじでダンジョンに入って…何回かこの戦闘を繰り返して、最後にボスを倒せばおしまい。」

彼は、彼女にスマートフォンを渡し、ひとつのダンジョンをクリアさせた。

「ね?単純で、簡単でしょ?」

「これだけ?ストーリーとか、謎とかそういうのは無いの?」

彼女は呆れたように言ったが、彼は即答した。

「僕の知る限り、ストーリーとかは、それほど重要じゃないんだよ。」

 

彼女は訝しげに聞いた。

「ふーん、何が楽しいのか、ますますわからなくなってきた。なんであなたはハマったの?」

「ダンジョンをクリアすると、時々強いモンスターやレアなアイテムが手に入る。射幸心が刺激される。たぶんギャンブルとか、宝くじとかと、モチベーションの源泉は一緒。」

「なるほど。ギャンブルも宝くじも好きな人多いもんね。」

彼は彼女に言った。

「まあ、けど趣味なんて人から見ればくだらないものばかりなんじゃないかな。何が良い趣味で、何が悪い趣味ってのは、別にないと思うけど。」

 

 

「課題図書は読んだ?」と、彼女は後輩に聞いた。

「いえ…まだ読んでないです。…すいません。」

消え入るような声だ。

「あなた、課題はきちんとやるようにと言ったじゃない。」

後輩は俯いている。

彼女は「勉強しなさい」と言う母親になったような錯覚を覚えた。

「いい加減、学生気分はやめてよね。」

彼女は嘆息した。

 

しばらく二人は沈黙する。

「先輩は、ヒマな時何やってるんですか?」

「いきなり何?」

「先週、付き合いはじめた子から「電車の中でゲームやっているとバカに見えるからやめなさい」って言われて、その時は「ほっといてくれ」って言ったんですけど、やっぱり気になって。」

 

好きな子の言うことなら聞くんだ、と呆れて彼女は答えた。

「バカに見える、っていうのは言いすぎだと思うけど、ソーシャルゲームよりも有意義な時間の使い方はあると思うけど。」

「例えば何ですか?」

そうストレートに言われると、即答できない。彼女は口ごもった。

「読書とか?」

後輩は、ニヤッと笑った。

「先輩、趣味ないんですね。かわいそう。」

生意気な後輩だ。

「先輩。」

「何?」

「課題図書って、就業時間内に読んでもいいんですよね。オフィスで。」

「普通、就業時間内に読まないでしょ。」

「でも仕事だったら、就業時間内にやるべきじゃないですか?定時後に読むなら、残業代つくかなーと思って。仕事なら、対価を受け取るのは当たり前じゃないですか?」

彼は本当に「残業時間」として申請しそうだ。そうなれば、私が上司に「どういう指導をしてるんだ」と責められるのは目に見えている。

 

結局、彼に、課題図書を読もうという気はさらさらないのだ。そう考えると、怒りがこみ上げてくる。

「わかったわよ。もう勝手にすればいいじゃない。読まなくて困るのは私じゃなくてあなたよ。向上心がない人に時間を使うほど私もヒマじゃないの。」

彼は冷たく笑った。

「どうせ僕はマンガしか読みませんよ。でも先輩、ビジネス書なんて本当にオモシロイと思ってるんですか?」

「課題だから、面白いとか面白くないとか、そういう話じゃないと思うけど。」

「昨日ちょっと初めの方だけ読んでみたんですが、よくこんなつまらないもの読めますね。こんなもの読んだって、一生稼げるようにはなりませんよ。」

全く腹の立つ後輩だ。

 

 

しばらくして、後輩は会社をやめた。

入社してちょうど1年だった。

ダメな後輩だと思っていたが、いなくなると寂しい。

「やっぱり、ガミガミ言い過ぎたかな……。」

彼女は少し後悔していた。

 

「ねえ、やっぱり私の指導方針、まちがっていたかな」

「なんの話?」

「やめた彼。あの人、私が嫌なことばかり言うからやめたんじゃないかって。」

「あ、ああ、それはないと思うよ。」

「なんで?」

「あー……、もういいかな。いや、ちゃんと話すよ。」

 

実は同僚は後輩から、会社をやめるかどうかについて、結構前から相談されていたらしい。

彼は「会社員がこんなにくだらないとは思わなかった」と言っていたそうだ。

 

「で、おどろいんたんだけど、自分がよく見ていた攻略サイト、彼が作ってたんだよね。」

「え…。」

「そのゲームをやっている人だったら、まず知らない人はいないっていうくらいのサイト。」

「そんなにすごいの?」

「うん。すごいと思う。彼のゲームレビューって、ものすごく面白いんだよね。」

 

同僚によれば、彼はアフィリエイトやイベント、原稿料などで月に100万円以上を得ていたらしい。

「どう考えても、みんな無駄な仕事ばかりしているって、彼、よく言ってたよ。」

「あの人、ウチの部長よりも稼いでたんだ。」

「まあ、稼ぎ云々、というよりも、我々よりビジネスについては遥かによく知っていた、というべきだろうな。」

 

 

「あたし、何やってんだろ。」

彼女は帰途について、そう思った。訳知り顔で「課題はきちんとやるように」なんてさ。恥ずかしいわ。全く。

後輩が内心、自分のことをあざ笑っていたのかと思うと、悔しいような、情けないような、そんな気持ちになった。

 

携帯が鳴動する。

見ると、後輩からメールが届いていた。

 

*****

 

すみません、Tさんから「全部話しちゃった」って、連絡が来たのでメールしました。

 

ぼくが会社をやめたのは、100%、先輩のせいじゃないですので、気にしないでください。

あと、先輩の言っていたことは、正しいと思います。

会社員やるなら、本を読んだほうがいいと思いますし、上司の評価は気にしなくちゃならないですよね。

まあ、僕が社会人としてダメなのは認めます。

 

でも、つねづね「苦手を克服するより、得意なことをした方がいい」と僕は思っているので、

会社は辞めることにしました。

僕は一流のサラリーマンにはなれそうもないので。

 

では先輩、お元気で。

 

*****

 

「一流……。」

彼女はそれまで、何かで一流になるなど、考えたこともなかった。

後輩には「向上心」などと宣ったが、実際に自分がやっていることはなんとなく仕事をして、上司とうまくやり、会社の言うとおりにしているだけだ。

 

「向上心」とは一体何か。

私みたいな人間でも、一流を目指す資格はあるのだろうか。

いや、よそう。

私のような凡人が野心を抱いても、ろくな結末にならないことは目に見えている。

 

彼女は後輩から貰ったメールを削除し、家路を急いだ。

 

 

 

 

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