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「嘘でつながる少女」の物語 ~『プリンセス・プリンシパル』全12話を終えて~

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 美少女とスパイ。その組み合わせ自体は、ともすれば珍しくない組み合わせ。そんな「美少女スパイ」を、単なるキャラクターの要素で終わらせず、一つの物語として完成させたもの。それこそ、この夏クールに放映していた、『プリンセス・プリンシパル』というアニメなのだと僕は考える。

 今季も優れたアニメが輩出されたが、その中でも本作は、冗談抜きで「直近5年の中でも優れている」と語れる一作になった。脚本、作画、キャラクターなどなど、様々な点で秀でた、近年稀に見る秀作といっても過言ではない。

 そんな本作だが、先日Blu-ray第一巻が発売され、そして全話無料配信まで開始された。まもなく秋が始まるが、こいつを見てから秋に突入しても遅くはない。そのぐらいすばらしいアニメなので、滑り込みではあるがここに『プリンセス・プリンシパル』の簡潔なプレゼンを書き残しておく。

 

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 1. 派手でいて緻密なスパイ像

舞台は19世紀末、巨大な壁で東西に分断されたアルビオン王国の首都ロンドン。
伝統と格式ある名門、クイーンズ・メイフェア校には、5人の少女たちが在籍していた。
彼女たちは女子高校生を隠れ蓑に、スパイ活動を展開。
変装、諜報、潜入、カーチェイス……。
少女たちはそれぞれの能力を活かし、影の世界を飛び回る。


「私たちは何?」
「スパイ。嘘をつく生き物だ」

 

TVアニメ『プリンセス・プリンシパル』公式サイト より引用)

 上記のあらすじからも読み取れるように、『プリンセス・プリンシパル』は「スパイもの」にカテゴライズされる作品である。そして、その主人公が英国紳士ではなく、英国女子高生となっているのが、本作の特徴である。

 そんな少女たちが演ずる本作のスパイ像は、いわば「007」に近しい「派手なスパイ」であり、ともすればジェームズ・ボンドよりもファンタジーなスパイである。

 では『プリンセス・プリンシパル』のファンタジーなスパイ要素とはなにか。その代表例は本作独自ガジェット、「ケイバーライト」だろう。「周囲の重力を遮断する」という特性を持つこの物質によって、主人公・アンジェは重力に縛られないアクションを作中何度も披露する。高所からの降下、あるいは高所への上昇、さらには擬似的な飛行によって、それこそファンタジー世界のように彼女は飛び回る。それだけでも十分派手な絵が展開されるが、さらに銃撃戦、カーチェイス、果てにはサムライのチャンバラ*1まで添えられ、「ド派手なスパイ像」はエンターテインメントとして視聴者に容赦なく叩きつけられる。

 しかしながら、「トンチキスパイ」とも言われかねないスパイアクションだけに留まらないところに、本作の妙がある。変装やミスディレクションを利用した潜入、それに伴う偽装身分、監視や盗聴、社交パーティを舞台とした心理戦……と、リアルに近しいスパイ像も数多く投入されるのである。嘘と駆け引きによって展開される「諜報活動」は、暴かれそうなスリルの上に立つ緊迫感をもたらし、この作品に絶妙なメリハリが与えられている。

 そう、『プリンセス・プリンシパル』のスパイ像は、派手さと緻密さが非常にいいバランスで配合されている。緊張感に満ちたスパイ活動から、痛快なスパイアクションへのスイッチングは非常に心地よく、それでいて真面目なスパイ活動がないがしろにされない構成となっており、飽きも退屈も起こしにくい絶妙な塩梅である。

 純粋な「スパイ・エンターテインメント」としての完成度の高さ。そこに添えられるハードボイルドなシナリオ。これが『プリンセス・プリンシパル』という作品の基礎となる魅力である。

 

2. 「case」によって構成された物語

 このアニメの各話のサブタイには、「caseXX(XXは数字)」という文言が添えられている。この数字は作中おける時間軸を示しているが、この「case」という概念こそ、『プリンセス・プリンシパル』を語る上で外せないものだ。

 

①一話完結の「事件」

 この作品、基本的には一話完結を徹底している。直近のスパイものとしては『ジョーカー・ゲーム』も同様の手法をとっているが、一話完結方式は密度が高く、起承転結もハッキリしているため、非常にダレにくく、一話ごとのメリハリが効く。さらに「どこから見ても楽しめる」という特性も併せ持つ。

 なお、一話ごとの区切りが明瞭であることは「各話ごとに断絶している」とも受け止められる。そこに気づくと、本作における「case」とは、意味合いとしては「事件」「事例」が適切だろう、と考えるに至る。スパイである主人公たちにとって、各話の出来事は「章」でつづられる物語ではなく、「case」で区切られる案件の束である――そうしたある種ドライな姿勢が、一部の回ではすさまじく響いてくる。特にね、6話がね、えぇ……

 

②謎を先置きするための時系列シャッフル

 そして「数字が時間軸を表す」ことからお察しだろうが、本作は時系列をシャッフルして各話が構成されている。第1話は「case13」となかなか後半の時間位置、直後の第2話は「case1」、すなわち一番最初のおはなし……と、かなりアクロバティックに時間が行ったり来たりする。

 時系列シャッフル自体はたまに見かける手法だが、本作はシャッフルの仕方がかなり上手い。まず、1話目のcase13だが、これはメインキャラ5人が全て出揃い、一つのチームとして固まりつつある時間軸のお話である。与えられた任務遂行のため、ロンドンを奔走する5人のスパイの少女たち――そうした本作のフレームをあますことなく提示する、いわば12話全体のPVとしての側面がある。開幕からアクションモリモリでぶちかましつつ、ビターな終わり方で締める、まさに「顔見せ」である。

 では、そんな彼女たちは、どのようにして集まったのか――? そうした謎に、第2話のcase1、第3話のcase2が、時間軸を遡る形でアンサーを提示する。つまるところ、謎を先置きする形で時系列を混ぜられていることが多いのである。

 いわば各話に興味に釣り餌が撒かれ、継続視聴を促す構成なのだが、ニクいことに誘われるがままに次の回を見ると、以前の回で謎とも思わなかったことまで「こういうことだったのか!」という発見がもたらされるようになっている。話を進めるごとに小気味よく伏線が回収され、見返してみるとあまりにさりげない演出に膝を打つ。その無限ループに突入したら最後、このアニメの虜である。

 こうした巧みなシャッフル効果が最も火を噴くのが、第8話のcase20である。詳細こそ未視聴者のために伏せておくが、「予測可能回避不能」であることはお伝えしておく。

 

 なお、こうした「散りばめられたcase」という構造が、終盤では見事に裏返る。それもまた強烈であることは書き残しておく。

 

3. 嘘と敬愛でつながる少女たち

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ドロシー「どう? お互い正直になるってのは」

ちせ「魅力的な話だが、嘘をやめたら、もう友達ではいられんだろうな」

(第1話「case13 Wired Liar」より)

  さて、そんな上記2点をも吹き飛ばしかねない魅力が『プリンセス・プリンシパル』には横たわっている。それは、本作における「少女たちのつながり」である。

 作中内にて「チーム白鳩」と命名される、5人のメインキャラとなる少女たちだが、基本的に「互いに完全には信用していない」というスタンスを有している。スパイとしての力量は信用しているが、「気のおけない友人」とは見なさない、そんな姿勢。経歴や真意を隠しているなんてザラ。黒星紅白デザインの女の子が5人も集まればキャッキャウフフしそうなものだが、「友達であるという嘘」でつながる5にんぐみは紛れもなく砂上の楼閣であり、日常シーンすら気が休まらないという状況まで作り出すこともしばしばある。

 作中世界には「ロンドンの壁」と呼ばれる、ベルリンの壁のオマージュともいえる建造物が登場するが、登場人物たちにも「壁」が存在すると言って良い。それを表面上に出さずに「友達」でいるところは、ある種の生々しさとして映るだろう。*2

 ただし、この「嘘の壁」を乗り越えると、もはや「ほとんどレズ」と言ってもいい具合に親密になる。本作でよく名が上がるカプはまずこのケースに該当すると言ってもよく、このアニメが『ひなろじ』『チアフルーツ』に並ぶ今季の百合覇権として名乗りを上げている所以でもある。

 そして、「嘘でつながる少女」の最右翼が、アンジェとプリンセスである。彼女たちの場合、嘘は「擬似的につながるためのツール」のみならず、「二人だけの共有マテリアル」という側面も有しており、二人のやりとりは常に破壊力ばつぐんである。さらに、この二人に欠かせない感情が「敬愛」でもあり、単に「百合」と呼ぶことすら憚れる美しい関係性を、12話全部で見せつけられるのが『プリンセス・プリンシパル』というアニメである。*3

 ストレートな「女の子の友情」ではなく、嫉妬、罪悪感、敬愛、信頼といった様々な感情が入り交じり、時には捻れてメルトダウンする、そんな「女と女の関係性」をまざまざと見せつけられる。そして、そんな「嘘」でつながる彼女たちが、最後にどこにたどり着くのか――以下の言葉を常に復唱しながら各話を見てもらえれば、チーム白鳩の暗躍がさらに輝かしいものとして映るだろう。

「私たちは何?」
「スパイ。嘘をつく生き物だ」

 

総括

 スパイものとしてエンターテインメント性よし、一話完結で各話のメリハリもよし、それでいて登場人物の関係性は感情がすさまじくてヤバい。

 そうした本作の要素に、豪勢を極める制作スタッフ、新人揃いながら演技力ばつぐんな声優陣、描き込みがすさまじい背景に、重みが心地よい音響、「どうした大河内一楼!?」と狼狽すらおぼえる素晴らしい脚本……と、加点しようと思えばいくらでも加点できる。お世辞抜きで、今年はおろか、直近5年以内ですら五指に入る。そのぐらい総合的なクオリティに秀でた一作である。

 番宣の雰囲気や、序盤から公開されるスタッフインタビューなど、「なんかコケそうだな」とも感じてしまうくらい妙に自信のあるムーブがあったが、全話終えてみれば「実力相応」という言葉が似合う一件であった。看板倒れしなかった秀作というのもひさびさに見た気がした。普段の作品選出がダメなのかもしれないけども。

 ちなみにこのアニメ、恒常で無料配信をしておらず、有料レンタルがデフォである。そんな中、円盤発売というタイミングで全話無料配信ということがいかに狂気じみているか。ニコニコ動画での無料配信は10月10日(火)23:59までである。興味を持ったならぜひ追いかけてほしい。

ch.nicovideo.jp

 

 そして、Blu-ray第1巻も絶賛発売中である。梶浦由記手がけるOSTも発売中。2つ合わせていきなり買ってみるハメの外し方も悪くあるまい。

 

プリンセス・プリンシパル I (特装限定版) [Blu-ray]

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TVアニメ『プリンセス・プリンシパル』オリジナルサウンドトラック

TVアニメ『プリンセス・プリンシパル』オリジナルサウンドトラック

  • アーティスト: 梶浦由記,アンジェ(今村彩夏),プリンセス(関根明良),ドロシー(大地葉),ベアトリス(影山灯),ちせ(古木のぞみ),Konnie Aoki,高橋諒
  • 出版社/メーカー: ランティス
  • 発売日: 2017/09/27
  • メディア: CD
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*1:ちなみにこのチャンバラは「天メソステップ」でもおなじみの江畑諒真氏が絵コンテと作監を務めるリッチな回にて繰り広げられる。

*2:とりわけ、ゲストキャラを迎えた10話では、「同期と友人の差」「嫉妬と憧憬」「才能か人柄か」といったモチーフまでとりこんだ「女と女の関係性」がメルトダウンするすさまじい一話となっているので、一ミリでも関心がある人はぜひ見てほしい。

*3:それが火を噴くのもcase20である。じゃあcase20だけ見ればいいか? それだと確率即死だが、全話見れば確定即死なので、じっくり焦らず一話から追っていってくれよな。