今期は 異世界スマホ が超絶おもしろかった。
一部では「虚無のアニメ」「懲役24分」などと揶揄されている本作品であるが、毎クールのように量産される残念系アニメ群から目を逸らすことなく、健常な情動知能をじっくりと育んできたアニメ視聴者の諸君に対しては、これがいわゆる「愛情表現の裏返し」であることをわざわざ取り立てて説明をする必要はないだろう。ニコニコ動画には常時「は?」や「きっつ」などの威圧的なコメントが流れていたり、Twitterの訓練された実況民でさえもみな前頭葉を内部から損傷し、論理的な思考を奪われて情けなく疑問符を並べ続けることしかできていなかった、そんな怒涛の三か月であった。トピックとしては、第11話「ぱんつ、そして空中庭園。」が火付け役となり、空前絶後の異世界スマホブームがインターネットに到来したことが挙げられるだろう。今まで誰も話題にしてこなかった異世界スマホに向けられた好意的、あるいは敵対的な情報が大量に流入し、タイムラインが異世界スマホ色に染まりだしたので、嬉しさのあまり純情がエモーショナルしてしまったことも本稿のモチベーションに一役買っている。今日はそんな素敵なアニメーションの魅力について考えてみたい。
感情移入する対象が不在である
異世界スマホはハッキリ言って異質な作品だ。話題の11話でもその瘴気は健在である。そもそも最終話ひとつ前でなぜあの内容に仕上がるのか。最初から視聴していたボクでさえ当惑していたのだから、11話だけ摘まみ食いした哀れな視聴者は狐につままれた思いであることが容易に想像できる。11話の異常性は「11話なのに異常な展開である」ことへの不信感が個人的にはつよい。なぜ新キャラが出てきてディープキスをおっ始めるのか。この作品に込められたメッセージとはなにか。そして我々はどこへ向かうのか……。など、正直なところ、アニメ全編を通して自分でも何が面白くて繰り返し見ているのかさっぱりわからない。「異世界転生チート + ハーレム」という形式は、もはや古典芸能と言ってよいくらい枯れたフィールドであり、そこに新規性はない。しかしながら、ただ一つ、最終話まで視聴していて明らかに異質だと感じたことがある。それが 「誰に感情移入すれば良いのか全くわからない」 という点である。血の通った人間がまるで見つからないのだ。
先ずは、わかりやすい対象として主人公、男性キャラである望月冬夜さんについて考えてみよう。
神様の手違いで死んでしまった僕は、手違いなので生き返らせてもらえることにはなったものの、天界のルールによって元居た世界に生き返ることは叶わない。哀れに思った神様は「せめてもの罪滅ぼしに」と 基礎能力、身体能力、その他諸々底上げ、魔法スキル(全6属性 + 無属性)の獲得、ついでにスマートフォンを異世界でも使えるようにチューンアップ してくれる。当事者の冬夜はというと「はぁ、分かりました」「はい、有難いです」「それでお願いします」と達観したというよりは、人間らしさの感じられない淡白な反応を示し、異世界へ転生する準備を淡々と進めてしまう──と、ここまでが第一話の冒頭、アバンの内容である*1。
さて、異世界に到着した冬夜さんであるが、ここで物語の根幹を担ってくるのが行動の指針、いわゆる「動機」であろう。日常系作品など例外はあれど、異世界スマホのような冒険活劇は、視聴者が主人公に寄り添っていっしょに世界を渡り歩いてゆくわけであり、主人公は行動の動機を示す義務がある。いや、義務ではないんだけど、それが視聴者への最低限の「配慮」と言いますか、主人公への共感性を高めてもらい、スマートに、そして気持ちよく感情を移入してもらうための導入装置を整備することは、創作活動の重要な課題である。俗に「一話切り」と呼称される現象の正体は、この 主人公の動機が十分に読み取れていなかった 、または 主人公の動機に反感を抱いた(つまり思想が合わなかった) という心理状態のことではないだろうか。例えば、何かと話題になっている「けものフレンズ」などはその好例であり、1話の「狩りごっこ」の描写からかばんちゃん物語の本質を見抜き、「人間とは……」という純朴な感情を抱くエモーショナル人間は少数であったと推測される。また、気が付いたら異世界転生させられていた主人公がその不条理な境遇に嘆きながらも葛藤し、何度も挫折と苦悩を繰り返しながら、それでもヒロインの笑顔を求めて困難を乗り越えてゆくプロットは、主人公の心的領域に踏み込みやすく、これは「Re:ゼロ」の話ということである。あぁ、こいつも苦労してるんだな、報われてほしいな……といった具合に仕上がっている。
ところで我らが冬夜さんはといえば「ま、なんとかなるでしょ」の精神でやってゆく。スマホ太郎の称号に相応しい現代っ子である。「正義感がつよい」という性格特性は持ち合わせているが、無敵の能力を備えてしまっていることが仇となり「よーし、やるぞ~!」とピクニック気分で戦場に足を運んでは、物足りないくらいスマートに事件を解決してしまう。ラノベに換算するならば、1巻かけて敵/味方問わず様々な人間の関係や感情の機微を深めて掘り下げて事件を練り上げ解決の糸口を各所に散りばめるような内容を、長くても20~30ページで終わらせてしまう。つまるところ、異世界スマホの冒険に於いて進行を妨げる障害は存在していない。もし存在していたとしても、それは形式上のものである。冬夜さんが歩く道の先に落とし穴が発生したら、どこからかNPCが出現してスコップで穴を埋めてくれるし、川を渡る橋が壊れていたら、これもまた別のNPCが出現して修理してくれる。冬夜さんは「いやぁ、申し訳ないなぁ~」とか適当に謝辞を述べながら、舗装された道を真っすぐ歩いているだけでよい。とにかくそのような作りになっている。アバン開けで異世界に放り出された冬夜さんが「困ったな~」とか言ってると、馬車に乗った異常に目ざとい商人が通りかかり「その服はどこで手に入れたものですかな!?高値で買い取りますぞ!!!!」とかなんとか言ってとつぜん大金持ちになる。いきなり●億円もらったりもするので、これはこれでインターネットの人と親和性は高いのかもしれない。
魅力的なヒロインたちが救ってくれるかもしれない
ここまで自分が異世界スマホにハマっている理由を模索してきたが、今のところ否定的なことしか書いていないことにふと気が付く。「望月冬夜はもうだめだ、こいつはボクのことを救ってくれないのかもしれない……」といった不信感が募ってきたので、ここで考察の対象をヒロインたちに移してみよう。前述している通り、冒険に障害が存在していない異世界スマホを 物語性で語ることは愚の骨頂 であるわけであり、その魅力が物語性ではないならば、キャラクター性が魅力になっているのではないかと考えることはとても自然な戦略であるように思う。そして、作品を享受するとき、自己投影の可能性は何も男性キャラの主人公だけに与えられた特権ではない。キャラクターの担うジェンダー・ロールは流動的であり、自己投影の対象もまた、性別・ジェンダーを問わない。女性キャラが主人公の作品で女性だから共感できないということはないし、男性主人公に投影していた視聴者が、湖で水浴びをしている美少女と視線が交わってしまった瞬間に自己投影の対象を切り替えて、少女の中に湧き上がる羞恥の念を想像して愉しむこともまた可能なのである。
しかしながら、男性主人公、望月冬夜の場合と同様に導入装置の準備は念入りに行わなければならない。ボクの大好きなヒロインを例に挙げると、例えば「ロクでなし魔術講師と禁忌教典《アカシックレコード》」のシスティーナ=フィーベル嬢であれば、カノジョの行動の根源となっている「祖父が叶えられなかったメルガリウスの天空城の謎を解き明かす」という夢を背景に、主人公、非常勤講師のグレン=レーダスとの関係性を深めてゆく。初めはいがみ合っていた二人だが、学園爆破事件や親友の誘拐事件を背中の預けられる「パートナー」としていっしょに乗り越えてゆくうちに、システィーナはろくでなしだと思っていたグレンの表面的な性格の裏に、悲しい過去の出来事とともに押し込められてしまった優しい性格があることに気が付く。一方のグレンもまた温室育ちで成績優秀、気苦労や劣等感なんて無さそうなシスティーナの……、というようような、いわば双方向性のある十分な「関係の熟成期間」と、それを織りなす設定があると感情移入も捗るというものだろう。*2
なお、原作でのヒロインは現在 9人 となっているようだが、アニメ版では冬夜さんのお嫁さん候補として最終話で立候補してきた4人、 リンゼ、エルゼ、八重、ユミナ のみに絞って考察する。スゥシィは純粋無垢なお子様枠であるし、リーンに至っては冬夜さんのことを「お気に入りの玩具」というような扱いしかしておらず、俗に言う「デレ期」がアニメではまだ到来していないからだ。また、カノジョたちの感情の機微を推し量る期間として、ユミナが 「みんなで冬夜さんのお嫁さんになるのはどうか」 と初めて4人に提案した6話までを対象とした。この先もイベントはあるが、この段階で好感度は十分量を獲得できていると思われるからである。*3
リンゼ
主な出来事
- [1話]路地裏で暴漢に襲われているところを助けてもらった
- [1話]アイスクリームの作り方を教えてもらった
- [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
- [5話]古代魔法言語が読めるようになる翻訳メガネをプレゼントされた
- [5話]新しい魔法獲得のための修行を手助けしてもらった
- [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される
所感
新しい魔法の獲得で悩んでいるときに寄り添って指南してあげた成果は大きい。 ただし「バブルは泡、ボムは爆弾って意味だよ」で解決したシナリオに感動できる人間は少ないのではないか。
エルゼ
主な出来事
- [1話]路地裏で暴漢に襲われているところを助けてもらった
- [1話]アイスクリームの作り方を教えてもらった
- [3話]胸を刺され大量出血したが、回復魔法で治してもらった
- [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
- [5話]可愛いお洋服をプレゼントしてもらった
- [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される
所感
冬夜さんは命の恩人ではある。服をプレゼントしてあげたら惚れてきた。 あまりにもちょろい。今まで異性との接点がなかったのではないか。
八重
主な出来事
- [2話]街中で暴漢に襲われていたところを助けてもらった
- [2話]一文無しで腹を空かせているときにたらふく食べさせてもらった
- [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
- [5話]スマホの検索機能でお兄さんの居場所を探してもらった
- [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される
所感
たくさんご飯を食べさせてあげたら惚れてきた。 5話で冬夜さんと兄さんが似ているから安心すると言ってた。
ユミナ
主な出来事
- [4話]毒を盛られたお父様(国王)を魔法で助けてもらった
- [4話]毒を盛った真犯人を冬夜さんの抜群な推理力で特定してもらった
- [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
- [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される
所感
ユミナの場合は設定が特殊で、初登場から15分以内に冬夜さんとの結婚を決心する。
『こちらの望月冬夜様と結婚させていただきたく思います!冬夜様は周りの人を幸せにしてくれます。そのお人柄もとても好ましく、この人と共に人生を歩んでみたいと初めて思えたのです』
というのも、ユミナは《人の性質を見抜く看破の魔眼》という性質を備えており、もう出会った瞬間から冬夜さんの本質を見抜きベタ惚れ状態なのである。ユミナが冬夜さんに早い段階から惚れているという設定は、王道ラブコメには欠かせないはずの面倒な手続きをすべて省略し、他のヒロインたちを冬夜のハーレム入りへと焚きつけてくれる便利な少女として活用されている。さながら「ToLOVEるダークネス」のモモ・ベリア・デビルークである。王女だし。しかし、その献身的姿勢の反面、同時に冬夜への独占欲もしっかりと内在させていて、例えば第12話「決断、そしてスマートフォンとともに。」では
『私は冬夜さんがお妾さんを10人作ろうが20人作ろうが文句はありません!それも男の甲斐だと思ってます!ですが!でーすーが!正妻である私がまだしていないのにキスされるなんて!油断しすぎです!隙だらけです!そこは防御してくださいよー!』
といった「特別待遇」を要求してくることから、ようやく 「人間らしさ」 や 「年相応の少女らしさ」 を感じ取ることができ、心から安堵することになる。他のヒロインたちにも少なからずそのような描写はあれど、惚れるまでの過程が存在していないので「何を言ってるんだこいつらは……」となってしまうであった。なにより、冬夜がとても優柔不断で何一つとして決断できないため、痺れを切らした視聴者は「なんやねんこいつは!」と癇癪を暴発させてしまい、やはり自己投影先が不在となってしまう。その文脈を踏まえると、異常だと話題に挙げられた11話はヒロインたちの感情の糸口が随所に散りばめられており、「これだよこれ、この展開を待ってたんだよ」というお気持ちになったのであるが、それはボクだけであろうか?
異世界スマホは本当に虚無の存在なのか
ここまで見てきたとおり、異世界スマホは 主人公が敷かれたレールの上を走り、停車駅で乗車してきたヒロインたちをユミナが寝台個室へと招き入れる構造のアニメ だということがわかった。同じくレールの上を走るアニメなら「RAIL WARS!」の方が幾ばくかマシであり、純粋なえっちさを求めるのであれば「ToLOVEるダークネス」を見るべきである、などと言われてしまうかもしれない。しかし、勿論そのような心配は杞憂であり、異世界スマホは実に「充実」した異世界スマホアニメーションなのである。
そもそもスマートフォンとはなにか?異世界スマホに於けるスマートフォンとはどのような役割をもった記号であるか?
ロングセンスの魔法をエンチャントしたスマートフォンで着替えを覗かれるリンゼさん
ちょっと待ってほしい、「ロングセンス」「エンチャント」とは何か?異世界スマホを語る上で欠かせないのがこの「無属性魔法」の存在である。無属性魔法の説明を以下に示す。
無属性魔法は無属性の者が、何らかの状況、環境にいるときに、頭に魔法名と効果が浮かび上がり、使えるようになる。無属性魔法はある意味、個人魔法と呼ばれ、同じ魔法を使える者は滅多に居ない。 冬夜は上記のようなことはないものの、魔法名と効果さえ知れば、どの無属性魔法も使う事ができ、現代では失われた禁術や古代魔法があり、「図書館」を発見後の冬夜達は使用が可能である。
「ロングセンス」は「感覚拡張(実際には感覚を1㎞圏内までなら自由に飛ばすことができる)」、「エンチャント」は「任意の対象への魔法付与」である。そして上の画像で行われていることを解説すると、 「スマートフォンにロングセンスをエンチャントすることで、リンゼの部屋に飛ばした視覚情報をスマートフォンに投影している」 ということになるだろう。賢明な視聴者ならば、コメント欄に「は?」と打鍵したくなること必至である。異世界スマホはこの ウォーズマン理論 がいろいろな場面で活用されるところが面白い。
『100万パワー+100万パワーで200万パワー!!いつもの2倍のジャンプがくわわって200万×2の400万パワーっ!!そしていつもの3倍の回転をくわえれば400万×3の…バッファローマン、おまえをうわまわる1200万パワーだーっ!!』
http://d.hatena.ne.jp/keyword/���������ޥ�����
個人的に好きなものを上げると 「「ロングセンス」 で1km先の情報を得て、「ゲート(一度行ったことのある場所への移動魔法)で」移動すればどこまででも移動可能!!!」 とか 「無機物に任意の動作を組み込むことができる無属性魔法「プログラム」により、半永久的に相手を転ばせる「スリップ(摩擦係数を0にする)」弾の開発」 など、もう好き勝手な足し算をやりたい放題である。しかも冬夜さんは神様に記憶力を底上げしてもらっているので、いくつでも無属性魔法を憶えれる。さらには、この世界に於ける無属性魔法は「どうせ知識があっても使えない」ものであるため、 無属性魔法大百科 のようなものが古本屋で安価で購入できるのだ。
異世界スマホの設定の粗はこの程度では当然終わらない。無属性魔法「サーチ」は「頭に浮かべたものを探し出すことができる」という曖昧な設定(気になって確認したら原作に 「実はこの魔法、かなり大雑把な検索もできる」 と書いてあって笑い転げた)であるし、「物質を思い浮かべたものに造り変える造形術」である「モデリング」は、かなりイメージを細かく浮かべないと難しいらしく、最初は将棋盤の作成ですら難航していた(これは原作の記述なのでアニメだと楽々に見える)のに、その後は自転車やポンプを作ったり、ググって出てきた写真通りに銃なんかもちゃっちゃか作成してしまうのである。更にわかりやすい例で示すと、 「まるで将棋だな」 のセリフで一躍有名回へと昇格した第3話「将棋盤、そして地下遺跡。」に出てくる古代兵器の描写がある。
冬夜「そうか、王を取れば……!」
古代兵器は「魔法力を吸収する」から直接的な魔法は通用しない。なので、間接的な魔法でやってゆきましょう。という会話が為されるのだが、最後に王を取った無属性魔法「アポーツ(このすばのスティールのようなもの)」は果たして間接的な魔法なのだろうか……?
これはボク自身の感想に過ぎないが スマートフォンは全く必要ではない …というのは物語上の話で、 絵面としてはこの上なく面白い だから必要である。自由に魔法の足し算ができる時点でもうスマートフォンは不要に違いないのであるが、どうにか活用させてあげたいという作者の優しさがシーンの節々から感じ取れるようで非常に好感が持てる。異世界スマホの設定の自由さと、スマートフォンをなんとか活躍させてあげたいという制約は、我々に革新的な創造性を与えてくれる。そして、考察するに値しない粗い設定を 敢えて 紐解こうとする行為、即ち、原コンテクストを読み替え、意図的に誤読し、解体することへの知的興奮という快楽が得られることこそが異世界スマホの魅力なのではないだろうか。
ちなみに「良く練られた設定の作品」とは以下のようなものである。
異世界スマホとどのように向き合うべきか
唐突であるが、以下のツイートを見ていただきたい。
「イセスマ」(公式略称)と「異世界スマホ」では感想が180°違うという旨のツイート。 ボクはちょっと勘違いしていて、 「異世界スマホ」で検索すると絶賛しているツイートしか出てこないのかと思っていた がどうやら逆らしい。そして、ここから示唆されることは、そういう 「特殊な見方」をしているユーザとそうではないユーザが存在している ということである。これはいったいどういうことだろうか?
ボクが「異世界スマホ」で検索した方が絶賛されていると勘違いした理由は、「推奨されているものを避けて異質な略称を好む、そんな歪んだクラスタは、異質なアニメをより好んで見ているやつらに違いない」という偏見にもとづいている。自分の狭い観測範囲上では「最高のアニメーション」「本質ですね」といった感想とともに皆「異世界スマホ」の略称を好んで使っていた。「聖剣使いの禁呪詠唱《ワールドブレイク》」という作品をご存知だろうか?これは「俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している」と置き換えても良いし、制作会社を変えて「ファンタジスタドール」と置き換えても良い。もしかしたら、純粋なアニメファンの中にはこれら作品群の一部を切り取ったキャプチャ画像を見ただけで逃げ出す人もいるかもしれない。「内容がない」「意味が分からない」「会話を学んでこい」など、これらの作品に向けられるコメントは非常に辛辣だ。
しかし、我々はこれらの作品群を愛しているし、そのような批判は尤もであると熟知した上で絶賛しているのである。永山薫は著書「増補 エロマンガ・スタディーズ: 「快楽装置」としての漫画入門 (ちくま文庫)」の中でロリコン漫画というジャンルが常に 「何が描かれているか」のみをあげつらわれ、「どう読まれているか」という側面が恣意的に無視されている ことを指摘し、警鐘を鳴らしている。同様に、異世界スマホのような異質な構造のアニメを好む視聴者が「どのように見ているのか」ということを無視して作品を批判するべきではない。それはやはり「お前の見方に則していない」以上の議論には発展しなくなるからだ。
とはいえ、異世界スマホの場合は「イセスマ」で検索すると好意的なのであるから、これは若い世代の純粋なアニメファンの感想ツイートも含まれていると推測される。つまり、純粋な(まだ歪んでいない)アニメファンにとっても物語性の欠けたこのような作品が好まれる時代が到来しつつあるということになるのだろう。そして、ここで主張しておきたいのはそのような世代の批判ではない。むしろその逆で、そのとき、我々は既存の価値観にしがみついて批判するのではなく 一段メタをかませた新しい視点を導入してみると、新しい愉しみ方を見つけることができるのかもしれない 、という可能性の提示である。異世界スマホには最終話で「恋愛神(CV:堀江由衣)」という上位存在が登場する。なんでも、冬夜さんに降りかかるラッキースケベはすべてこの恋愛神が操ったものであり「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ!」とか宣言するやつのことは全力で結婚できなくするとのことである。
この不自然な着替えシーンは恋愛神の仕向けたものであることが語られる
恋愛神の存在は、異世界スマホが「メタ視点」から愉しむ作品だ、ということを示唆してくれる。 ヒロインたちは恋愛神の操作で視聴者の都合よい存在としてパッケージングされて出荷されており、それを視聴者に対してまったく隠そうとしていない 。これは異質なことではないか?冒険も恋愛も異世界転生した瞬間から完クリ状態だと視聴者は理解した上で、俯瞰的なというか、箱庭的なというか、感情移入だけではなく、一段階上の窃視者の視点でニヤニヤと眺めているのがちょうど良い作品なのである。
純粋なアニメファンにとっては理解しがたいことなのは重々承知であるが、ボクは 異世界スマホのCMがリンクスメイトであるだけで面白くて笑い転げてしまう 。
これも「特殊な見方」をしているがために発生する現象であり、理解してもらうのが難しいこともわかっている。このような消費のされ方というのは「空戦魔導士候補生の教官」のCM「おせえな……いや、俺が早えのか?」など枚挙に暇がなく、反響があるからこそ企業もこのようなCMをビジネスに盛り込んでいるという側面もあるだろう。
本当に異質なのは、異世界スマホではなくその作品を受け入れているファンの方なのかもしれない。だがしかし、オタクが尖らなくてどうするのだ。マイノリティに愛情を注ぎ、世間一般からその価値観を糾弾されようとも、 「一人でも多く同好の士が集まる沼の中へとお前たちも引きずり込んでやろう」 という気概を持つことが我々オタクのあるべき姿勢ではないだろうか。もとより価値観が違うことなど承知の上であり、それでも 「相手の価値観を変容させてやるぞ」 と躍起になって魅力を語ったりしたり、創作活動を行うことが、ボクにとっては堪らなく愉しいことなのである。*4
コンテンツの入り口は広い方が良くて、それはアニメをキャラクターから好きなっても良いし、好きな声優さんが出演しているからという邪な理由で視聴を始めても良い。
アニメロサマーLIVEの裏で行われていた異世界スマホトークショーの様子です。
もちろん純粋に物語性を愛することも重要であろうが、ようは視点は多く、来るものは拒まず、そして多様性を認めよ、という話に帰結するのである。女性声優のことを顔や身体から好きになっても良いし、そのあと少しずつ本質に近づいてゆけば良いのである。いつまでも身体の話だけしていても困るが、とにかくアニメでもなんでもこれに尽きるのではないだろうか。
積み上げられた駄文の山をここまで読み進めてくださった皆さまには、是非とも一度色眼鏡を装備していただき、「異世界はスマートフォンとともに。」をご視聴いただければ幸いに思います。若い奴らがどんな気持ちで見ているのかはさっぱりわからん。
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それとこれは宣伝ですが、冬コミで本を出すので皆さん買ってください。 hetyo525.hateblo.jp
*1:ここでA応Pの疾走感溢れるふにゃっとしたOPが入る。これがないと異世界スマホは始まらない。これもまた欠かすことのできない重要なファクターだ。我々は編曲: 大久保薫を無条件で信頼することしかできない
*2:アニメ1クールでこれを表現することはとても難しい。そのため「お当番回」などと呼称される話は重要な導入装置の役割を果たすのだが、異世界スマホにそのようなものはない。イーシェンに行く話が八重のお当番回といえばそうなのだろうけど、やはり一瞬でサクサク片付いてしまったので記憶に薄い
*3:正直なところ、本稿を書くことに疲れてきたのでサボりたいという気持ちがつよかったです
*4:こんな想定読者も不明な長文を書く必要はなく、もっと上手なやり方はたくさんあると思うので、各自上手にやってゆきましょう