南アフリカ共和国の動物虐待防止協会で働くレイネット・マイヤー氏は、彼女の27年にわたるキャリアのなかで最悪な状況のロバたちに出会った。
場所は同国中央部の都市、ブルームフォンテーン郊外の牧場。およそ70頭のロバがいたが、ゴミの山に鼻を突っ込んで餌を探すものもいれば、衰弱して泥の中に倒れ込むものもいる。牧場の警備員によると、彼の雇い主はロバの皮にしか関心がないため、この1週間は餌も水も与えていないという。10頭はすでに死んでいた。
建物の裏手では、屋根の上でロバの皮が干されていた。その日の朝に、2頭のロバの皮を剥いだという。
伝統薬として、美容・健康製品として
ロバの皮は、中国では「阿膠(あきょう)」という伝統薬の主原料になる。阿膠はさまざまな血液疾患の治療に用いられてきたが、近年は美容・健康製品としても使われるようになってきた。この10年で中国のロバは激減し、ロバ皮の価格は1頭当たり400ドル(約4万5000円)まで上昇した。その結果、前例のないロバ皮の国際取引が始まり、多くが違法なものとなっている。
マイヤー氏は、2016年6月にウマの愛護団体から通報を受けて牧場に踏み込むまで、ロバ皮ビジネスのことを知らなかった。
牧場のロバたちは「空腹のあまり段ボールや木の皮を食べはじめていました」とマイヤー氏。「多くは蹄が変形していて、ヘルペスに感染していました。ストレスで流産した母ロバも何頭かいました。私たちは少なくとも19頭の胎児の死体を発見しましたが、小さい上に腐敗も始まっていたので、数えるのは困難でした」
ロバたちは翌日、安楽死させられた。診察した獣医師により、衰弱しすぎていて命を救える見込みがないと判断されたからだ。同時に、この動物虐待事件は野生動物密輸事件の捜査へと発展した。きっかけは、不潔な小屋でガスバーナーと巨大な深鍋が見つかったことだった。マイヤー氏は当初、ロバの肉を調理するためのものだろうと考えたが、実際にはアワビを加工するためのものだった。南アフリカからは毎年大量のアワビが中国に密輸出されている。(参考記事:「アフリカ南部の海 保護と漁のはざまで」)
「内陸のブルームフォンテーンでアワビの密輸ビジネスをしているとは思いませんでした」と彼女は言う。
しかし、闇市場の利ざやは莫大で、密輸商人は国境を越え、さまざまな商品に手を伸ばす。中国でロバ皮への需要が急増しているのを知った密輸商人たちは、ロバ皮ビジネスに参入しはじめた。