これからの生き方・暮らし方を考える

女優・柴咲コウ、いま会社を立ち上げた理由

2017/10/02(月) 公開

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で主演を務める柴咲コウさん。女優であり歌手でもある柴咲さんは、実生活でも「城主」としての顔を持つ。

昨年11月、音楽事業、ファンクラブを前身としたメディア事業、そしてEC事業の3つを核にした会社を立ち上げ、代表取締役CEOに就任した。これまでに培ってきた経験を生かしながら、新たな分野にも挑戦している。試みのひとつとして、柴咲さんが地方の職人たちを訪ね歩く模様を発信するとともに、実際にプロダクトを作り販売するところまで一貫して企画・制作を行っている。

柴咲コウさんが今、起業という新たな挑戦をするに至った背景に、一体何があったのだろうか。そこには柴咲さんが抱える問題意識があった。来年には芸能活動20年目を迎える柴咲さん、自身が歩んできたキャリアを「受け身だった」と振り返る。(取材・文:大矢幸世、撮影:伊藤圭/企画:Yahoo! JAPAN)

芸能界に入って19年、初めて「自分発信」の表現へ

柴咲さんが会社を立ち上げたのは2016年11月。大河ドラマ撮影の真っただ中だった。立ち上げた会社の名前は「Les Trois Graces(レトロワグラース)」(外部サイト)。7月には、これまでの“ファンクラブ”という枠組みを進化させ、より身近に、より密接に、相互に関わり合う場を目指し、WEB COMMUNITY SPACE 「KO CLASS」を立ち上げた。さらに柴咲さんが地方の職人を訪ね歩き、「今まで欲しかったけれどもなかった」商品を開発し、実際に販売している。

「これまで通りのやり方を続けていてもよかったのかもしれないけど、どこか物足りなさを感じていて。会社をやりたいという気持ちは結構前からあったんです。『もし自分の会社を立ち上げたら、やりたいことを全部詰め込もう』と、ずっと思っていて。目に映る世界を何か表現したり、自分が欲しいものを形にしたり……新しいアプローチでメディアと関わりたかったんです」

女優として、歌手として、さまざまな表現に取り組んできた彼女だが、その実は「受け身」だったと振り返る。

「お芝居の仕事に関して言うと、思えば、たまたまスカウトされて、事務所に入ってわりとすぐに仕事をいただけるようになって……。言ってしまえば、受け身だったんです。必要としていただいているということなので、ありがたいですし、悪いことではないと思うんですけどね。ただ、その中で逃してしまったご縁もきっとあったのだろうな、と。今までは、やりたいことがあっても悶々とするばかりで、それをアウトプットすることがなかった。でも今回、近しい人たちに『会社を作りたい』と話してみたら、『え、できるんじゃない?』と言われて、実際に会社を経営されている方をはじめ、多くの方からいろんなヒントをもらえて。それで気づいたんです。やりたいと思ったら口に出せばよかったんだ、と」

映画やドラマの現場では、監督やプロデューサー、さまざまなスタッフとコミュニケーションを取りながら、作品を作り上げていく。しかし一方で、慣習や口約束で物事が取り決められ、物事が進んでいくことも多いという。そんな中、「女優」や「歌手」としての自分だけでなく、ひとりの「人」として自分の人生を考えた時に、より能動的に、物事を生み出していきたいという欲求が膨らんできたのだ。

「プロの方がしっかりサポートしてくれて、実演だけに没頭できる環境というのは良いと思うんです。ただ、『自分の人生』というものを考えた時、理屈が分からないまま、物事の芯が分からないまま生きていくのはもったいないと感じる部分もあって。表現する場やその世界とまた別の、自分が納得できる場を新たに作れば、何か意見を言ったとしても、誰からも『出過ぎだ』と言われることはない。それが会社という形で実現できるのでは、と。私一人の力は限られているけど、そこに一人でも多くの人が関わると、可能性が広がる。何を“魅せて”いくのか、ビジョンを明確にしなくてはならない難しさはあるけど、それを楽しめている状況ですね」

「ずっとオアシスのような場所を探している」。東京と地方を行き来する理由

柴咲さんは今、日本各地でものづくりに携わる人びとを足繁く訪ねている。佐賀の茶師・松尾俊一氏や千葉の育種家・三宅泰行氏、沖縄のガラス作家・おおやぶみよ氏、京都の染織家・冨田潤氏、京都の和菓子作家・杉山早陽子氏など、暮らす場所やそのバックボーン、作り出すものもさまざまだ。

「ささやかなことの積み重ねがそこにあって、日々慈しんでいるものが息づいている。モノを作り上げて、時には雇用が生まれて、循環していって、その土地から離れている人のもとに届く。その営みが素晴らしいな、って」

そうやって出会った職人、作家たちと協力し、商品を開発している。たとえば、日本茶の名産地である佐賀県嬉野市では茶師・松尾氏の生み出す「水出し茶」や「紅ほうじ茶」、千葉県茂原市の育種家・三宅氏とのコラボレーションで生まれたオリジナルブーケなど。地方に息づく素材の魅力をそのまますくい上げた逸品ばかりだ。

訪ね歩く職人は地方が多いが、柴咲さんは特に意識して地方へ目を向けている、というわけではないという。

「心を動かされたものを作り出す方々が、たまたまそこで暮らしていた、というだけなんです。美しい景色を見に行きたいならただ観光すればいいのだろうけど、私は、ものを生み出す人がどのような暮らしの中で、どんなご飯を食べ、何を考えているかが気になる。その人と、その周りのコミュニティーに興味があるんです」

それでもあえて、東京生まれ東京育ちの彼女に「東京と地方とを行き来する中で感じる違い」を問い掛けると、こんな答えが返ってきた。

「地方だから、東京だから、とは言い切れないですよね。たとえば東京でも、街や状況、そこに集う人が違えば雰囲気も変わるし、目まぐるしいほどの変遷もある。けれども地方へ行くとまた出会える人も違ってくるから、それぞれに暮らす人と彼らの感性と出会える場所、というのはあるかもしれない。それこそ、私が生まれ育った場所にはもう実家がありませんし、そこに親しい友人がいなければ、疎遠な場所になってしまう。結局は、自分の親しい人がいる場所が、ずっと親しい土地として続いていくんだろうなと思います。私の記憶にある景色もどんどん変わって、空き地もなくなって、コンビニやマンションになっていく。それでも愛しい場所には大抵、自然があるんですよね。木が1本生えていたり、公園だったり。何か、ずっとオアシスのような場所を探しているのかもしれません」

根底にあるのは、人と自然との共生への憧れだ。

「自然というものは偉大だけれど、一方でそこに人がいるからこそ生かされている土地もある。野山も田畑も、人が手を入れなければ荒れ果ててしまう。自然としてあるべきものと、そこで生活を営む人の調和が取れているところに、美しさを感じるんです」

自然に魅せられるのは、“人恋しさ”みたいなものがあるから

この秋、彼女は歌手デビュー15周年を記念し、東京・池上本門寺と京都・平安神宮で、「柴咲 寺院」「柴咲 神宮」という名のライブを開催。自らの会社で企画・制作を担う初めてのライブだ。「かたちあるもの」「月のしずく」「最愛」などバラードの代表曲の多い彼女だが、寺社でのパフォーマンスは今回が初となる。

「もともと、名も知れぬところも含めていろんな神社仏閣を巡っていたんです。お寺にも神社にもそれぞれ違いはあるけど、鎮守の森や御神木があって、凛とした佇まいがある。その空気感が好きなんです。その中だからこそ、きっと合う歌もあるだろうな、と思っています」

あるがままの自然を求めるのでなく、人が介在し、その中に分け入りながら、育まれていく自然に魅せられる……。その根本にあるのはなんだろうか。

「何か、“人恋しさ”みたいなものがずっとあるんだと思います。たとえば、ものにしても、私が心ひかれるのは、人の心や愛がそこに見えるようなもの。『愛を求める』というと語弊があるかもしれないけど、それを日々、暮らしの中で少しでも見つけていたいのかもしれません」

膨大な情報の渦、目まぐるしく変わり続ける世界の中で、彼女のようなスタンスを保ち続けられることの稀有さ。それこそが、彼女を輝かせ続けているのだろう。

「日本にずっと残っているもの、親しまれているものには強さがある。だからこそ、それを伝えようとしている方々を応援したいし、自分も巻き込まれたい。人が人をつないで、関わっていくのが楽しいし、その良さを多くの人に伝えていけたらと思います」

柴咲コウ(しばさき・こう)
1981年東京都出身。1998年女優としてのキャリアをスタート。2001年、映画「GO」での演技が高く評価され、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、キネマ旬報ベストテン最優秀助演女優賞ほか、数々の映画賞を受賞。2002年歌手デビュー。シングル「月のしずく」(RUI)は100万枚を超えるヒットに。2017年NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」主演。歌手デビュー15周年を迎える。
・KO CLASS:https://koclass.jp/
・Les Trois Gracesブランドサイト:https://lestroisgraces.jp/