クリスマス・ファシズムの勃興、回転ベッドの衰退、浮遊する月9ドラマ、宮崎勤事件、バブル絶頂期の「一杯のかけそば」騒動……1980年代、あの時なにが葬られたのか?

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地味な主人公

朝のドラマ「ひよっこ」は終盤になり、ばたばたと人が去っていく。

主人公の女の子はおそらく22歳になり(22歳になる1968年を迎え)、新しい恋人はできたが、それまでとあまり変わらない生活を送っている。

レストランに勤めてもう3年あまり、生活はだいたい同じである。主人公の生活環境がここまで変わらない朝ドラも珍しい。

主人公の子供のころからの親友のトキコは、142話で芸能界のコンテストで優勝し、スターへの道を歩み始めた。どちらかというと、彼女のほうが本来の朝ドラ主人公的存在である。

つまらない日常から抜け出ようとし、夢を持ち、努力をし、繰り返し挫折するも、最後は夢を叶えていく。うん。たしかにトキコは昭和の上昇女性の物語の主人公である。

でもトキコが主人公ではない。

その地味な親友の地味な物語である。

トキコがツイッギーそっくり大会で優勝したあと、みんなの反応は喜びだけでは描かれていなかった。切なく描かれていた。

トキコがみね子と一緒に住んでいたアパートに帰ってきたのは優勝した3日後で、それは彼女がアパートを出て行く日となった。142話の最後はみね子のこの独白で終わる。

「もうきっとトキコにはそんなに会えなぐなんだろなっておもいました」

ぎゅっとなった。

芸能界にデビューする親友を見て、素直にきちんと喜びつつも、いままでの生活が変わってしまう悲しみを淡々と見つめていた。トキコにずっと片思いしていた同級生ミツオも、同じである。見ている私たちもまったく同じ気持ちになった。

一瞬、とても嬉しくて嬉しくて、よかった、やった、とおもい、でも、もう近しくないんだと、少し寂しくなった。

ただひたすらに切ない…

終盤に向けて、みね子の周辺の人たちが、どんどん去っていく。

見ている者は、この長き物語が終わることを、否応なく受け入れざるをえない、という気分になっていく(NHK高瀬アナもドラマ直前のニュース番組終わりのコメントでそういう気持ちをしっかり伝えていた)。

謎のビジネスガールの早苗さんは、18年待ち続けた男性が迎えにきたので、すっと、サンフランシスコへ旅立っていった。

結婚を約束した人がニューギニアで戦死し、そのまま独身だったもと舎監の愛子さんもそのおもいを語ったうえで、シェフの省吾さんのところへ嫁入りしていった(みね子たちの住まいの向かいではあったが)。

まったく売れそうにもなかった漫画家たちは、みね子をモデルに未来からきたタヌキ型ロボットの漫画を描いて売れっ子になった。安アパートには似合わない漫画家となっている。

みね子が東京で所属していた赤坂の地縁共同体は、いろんな幸せによって、ゆっくり解体されていく。

時間が経ち、人が年を重ね、何かが生まれ、いろんなものが失われていく。その失われていくものの姿を、ハッピー感たっぷりに描き、見ている者をとても切なくさせていく。

それぞれみんな、次の自分の居場所を作り、そこへ移っていった。

ごくごくふつうの出来事である。

だから、ただ、ひたすらに切ない。

�主人公�は一人じゃなかった?

物語の最初、みね子は、生まれ育った茨城の家族と一緒にいた。

みね子のもともとの居場所である。

しかし父が失踪した。共同体の支柱が崩れ、家族を守るためにみね子は東京で働くことにした。そこに残るより、離れて働き、金を送る人になる、外から家族を支える人になった。

墨田区の工場に勤める。寮で同室になった5人と仲良くなり、みね子の属する新しい共同体となった。舎監の愛子さんをふくめ、仕事も私生活もほとんどの時間を共にする生活は、東京の新しい家族になった。

現実ではなかなか女性6人がしっかりそこまで仲良くなるのは難しいとはおもうが、そこはドラマであり、ファンタジーである。あっという間に居心地のいい新しい共同体が形成された。

でもそれも長く続かなかった。

工場が入社8ヵ月で倒産した(ドラマ内では5週間の職場だった)。

そのあと赤坂のレストラン「すずふり亭」に勤め、隣接するあかね荘で暮らす。ドラマ最終盤までみね子はここに住む。

あかね荘の不思議な住人たちと不思議な交流が始まり、奇妙な同居生活が展開した。すずふり亭の人や、近所の商店街の人を含めて、こんどはこれがみね子の地縁共同体となった。

物語の終盤は、この共同体がやさしく解体されている。納得づくの嬉しい別れが続く。これはこれでしかたがない。人生とはこういうものだ。でも胸が締め付けられる。毎朝、こんなに締め付けられてどうしようとおもうが、しかし終盤にかけて物哀しい日々が続く。明るく、楽しく、そして哀しい。

身を削られていくようである。でもしかたない。切なくなるがゆえに、きちんと生きて行こうという気分にさせてくれる。力強い物語である。

半年という長丁場ながら、そして�何者にもならない主人公�を中心に据えながら、きちんと大きな一つの物語になっていた。すごいドラマである。

ほとんどの朝ドラは、主人公の成長を中心に追うので終盤はほぼただの�まとめ�になることが多い。見てる者の気持ちはただ盛り下がるばかりである。でも今回は違った。

ひとつの骨太な世界を、その誕生から終焉までを見ている気分だ。

一人が主人公ではないからだろう。みね子を含む�共同体�が描かれ続けている。ひとつの息づく集団として、それが描かれ、ポップで楽しくて、切なくて骨太な物語となってしまった。

人生は、それほど劇的なことの連続ではない

主人公のみね子の人生はまったく波乱万丈ではない。

父が失踪し、東京へ出て働くもその工場がすぐに倒産した。そこまではかなり大変だった。でもそのあとレストランに勤めてからは、さほどの大きなことは起こらない。

失踪した父との再会という展開はあるが、それくらいである。いくつかの恋があるが、べつだん世間に発表するほどのものでもない。物語の主筋が主人公の変化にはなかった。

人の人生は、それほど劇的なことの連続ではない。

まわりの人たちにはいろんなことは起こってるみたいだけど、自分のは少しだけだ、というのがふつうである。それが集まると、うねるような動きが見える。

この物語はその「ふつう」を丁寧に描いていた。

主人公の周りにいる人たちの抱えている物語が、まず小出しに出され、あるとき細かく語られ、最後きれいに回収されていた。みごとに心地いい構成だった(それぞれのエピソードについても語りたいことが山のように川のようにあるのだけれど、また別の機会に)。

常に成長が善というわけではない

成長の物語ではなかった。

NHKオンラインで「成長を描く物語」と紹介していたが、違うとおもう。というか、明確に違います。

子供は成長しないといけない。大人にならないといけない。しかし、大人にとっては、常に成長が善というわけではない。

そう静かに主張していた。

まったくそのとおりだとおもう。

最初の舞台が農家だったのもそれを象徴している。

成長はいいことだとはおもうが「毎年、必ず成長しなければいけない」というのは資本主義社会という不思議な仕組みの持つ決定的な病いである。歪みでしかない。

農業は年ごとに成長していくものではない。

春に苗から育ち始める稲は、秋には成熟し収穫して、それで1タームである。

翌年はまたゼロから出発する。成長して成長しきって収穫して、またゼロに戻す。同じことを繰り返す。毎年繰り返す。

自然を相手にしているかぎり、毎年成長し続けるというのが妄想であり、ひとつの哀しい精神的な病いであることにはすぐ気がつく。山は毎年高くなっていくわけではない。川の水は毎年増えるわけではない。人の生に比べれば、自然はほぼ不動である。

同じことをそつなく繰り返すのが農の基本である。才覚のある人はいろんなものを広げていくかもしれないが、才覚がなくても、真面目に働きさえすれば、それできちんと生きていけるのが農業である。

かつて、多くの日本人がそこに従事して生きていた。そうすることがより多くの人間が生きていける元だからである。その、はるか弥生時代から続く生活のぎりぎり末端が、この1964年の茨城の風景の中にはまだ生きている。

農業は商品経済に巻き込まれると立ちいかなくなる。

各領主の規模をその領地の米の獲れ高で示し、米が金銭代わりとして流通していた徳川政府の時代、中央政府は何度も、農家を商品経済県に巻き込まれないように腐心し続けていた。�禍々しい成長神話�に農村が巻き込まれていかないよう、いろんな政策を打ち出していた。三大改革などがその最たるものである。

成長を善と信じてしまっている人たちから見たら、意味がわからないだろう。

しかし弱者をより多く生かすためには、その方策がよかったのだ。

「自由ってなに?」

みね子の生き方は、その成長しない方式をきちんと守っていた。

日本が理解した仏教の理念のひとつは�輪廻転生�である。成長はしない。ぐるぐるとまわる。世界は最後の一点に向かって突っ走っていて、最後に救われればオッケーというあまりにも大束な思想はこの国には根付いていない。

ただ、根気よく繰り返すのである。

高校生のときみね子はこう言っていた。

「自由ってなに?………わたしは、やることが目の前にあって、それを一生懸命やんのが好きだよ、それを不自由なんておもわないよ全然……それじゃ駄目なんけ」(4月25日放送の20話。1965年のお正月のシーン)

そして東京に来て3年、8月18日放送の119話でもこう言っていた。

「自由って何ですか。みんな好き勝手にすることですか」「自由って、自分で選ぶってゆうことでしょ、人から見たらそんなんでいいのか楽しくないだろっておもわれても、本人が選んでんだったら、それは自由でしょう。違いますか」(バー月時計における女性会議で、由香に向かって言ったセリフ)

変わっていない。表現は違っているが(成長好きな人はそこをもって成長というかもしれないが)、でも根本は同じである。

たしかに1960年代後半から1970年代にかけて、もっと自由に、というのが一種の熱病のように若者を席巻していたとおもうが、その風潮に対して、大地を踏みしめて敢然と異議を唱えるみね子は、自然存在のように一貫している。弥生時代からの田畑に生きる者の声として、力強く身体にまで響いてくる。

ただ毎日の仕事をしっかりやればいい

このドラマの凄みは、主人公は成長しない、というところにあった。

善きものとして田舎で存在していたみね子は、そのまま都会でも善きものとして存在しつづけている。それは成長ではない。善きものであるかぎり、そのまま変わらずそこ在るのがよいのだ。

そういうドラマである。

そもそも�成長して役者が変わる�ということがなかった。

みね子は高校3年から21歳までだから、まあ大丈夫であるが、みね子の妹弟も変わらなかった。弟の進は、たぶん小学2年が6年になっている(推定)のはずだが、同じ役者で通した。田舎の家は変わっていない、ということを示していて、またこのドラマは成長を描いていないのだ、というメッセージが込められている。

人は、こまめに成長しなくていいんである。

ただ毎日の仕事をしっかりやればいい。

大人になったら、一瞬のうちに変わるものなのだ。間違っていることに気づけば、即座に変わればいい。あまりそれは成長とは言わない。大人は成長しなくていいんである。大人は豹変すればいい。そして、もとから善きものは、死ぬまで善きものであればいい。

なんというか、土着的なものからの地の底からの教えに聞こえてくる。

ドラマ第1話では、弟の進がズック靴を破ってしまい、すぐ上のちよこと一緒に直そうとしているのをみね子に見つかった。みね子姉ちゃんは、なにやってんのとやさしく怒り、姉ちゃんが直してやっがら、と針と糸とで縫いだしたのだけれど力をいれすぎて破ってしまい、妹弟ともにとても哀しい気持ちになるというシーンがあった。

この、何ともいえない小さい世界の出来事が、ついに156話まで貫かれ、見ている者を離さなかった。

ラスト前4話になって、みね子は父から、もう仕送りをしなくていい、と言われた。つまりもといた共同体とのつながりが切れるわけである。父ちゃんは、みね子のことを考えて、農家の仕事を増やして、仕送りしなくていいようにしてくれたのだけれど、それは、もう、もといた共同体と無理につながってなくていいという宣言に聞こえた。

やさしいからこそ、聞いていてとても哀しかった。

久しぶりに帰った田舎のバスがワンマンカーになっていて、車掌の二郎さんがいなくなってるのと同じように切なかった。

(私も子供のときはバスで通学していたのだが、記憶によると私の乗っていた京都の市バス1番系統の玄琢ゆきがワンマンカーになったのは1968年の秋からだった。記憶によってるので正確かどうかわからないが、しかしなんでこんな細かいことを覚えているのか、自分でもわからない〔日付が10月1日だった、という記憶まである〕)。

人はいまいるところで目の前のことを処理していればいい、と繰り返し教えてくれた。

そして大事なのは、きみはいま、しっかり生きるために、共同体にいますかとも問いかけてきた。

近所に住んでるだけで(同じアパートに住んでいるだけで)家族のように暮らすという地縁共同体は、いまはもうあまり見られない。東京の赤坂のようなエリアには存在しないだろう。

また、あそこまで親しく協力しあう血縁共同体つまり家族も、あまり見かけなくなった。どっかにはあるんだろうけれど、でも私は知らない、という気持ちになってしまう。ひょっとしたら、もう、ほとんどないのかもしれない。

そしてこの時代から生きていた者としては(私はおそらくみね子の弟の進とだいたい学年が同じである)、そういうのを面倒がって、都会での一人暮らしを始めたということがある。そういう世界はあったかいけど、また鬱陶しいという気分から、そういう共同体を抜け出していったのである。

おそらくすでに存在しないだろう共同体を描き(ただしその善き側面だけを描き)いまはもうそこには戻れないだろうということも悟らされた。

みね子が親掛かりの高校生だった時代から、一人の大人として生きる段階までも描き、大人になることは、悲しく切ないということを示してくれた。日本の社会の動きもまた、悲しく切ないものだったのではないか、ということである。

いいドラマだった。

終わったらどうしたらいいのか、ちょっとわからない。

クリスマス・ファシズムの勃興、回転ベッドの衰退、浮遊する月9ドラマ、宮崎勤事件、バブル絶頂期の「一杯のかけそば」騒動……1980年代、あの時なにが葬られたのか?